第二十九話
そして年が明けた一月一日。
「諸君、新年が明けた。今年こそ自由イギリスの息の根を止めねばならんな」
「その通りですな総統」
俺はゲーリング達と大島大使が提供してくれた餅を焼いて食べていた。
ちなみに俺はきな粉派だ。
「御茶を御持ちしました」
「ありがとうエリカさん」
俺は御茶を持ってきたエリカさんから受け取るが、エリカさんの手は震えており顔も真っ赤だった。
「大丈夫かエリカさん?」
「ひゅいッ!? だ、大丈夫です総統」
俺に呼ばれたエリカさんは変な声を出しつつもいそいそと部屋から出ていった。
「……これはやり過ぎましたかな?」
「取りあえずゲッベの今月の給料は八割引いておくからな」
実は前話の最後にエリカさんと一緒に寝てしまった(やましい事は一切してない)俺だが、朝に目覚めたエリカさんは俺が横にいる事にテンパってその場で俺をどついた。
その日、俺の両頬は手形がついてた。それからはエリカさんとの関係がギクシャクしていた。
全くゲーリングとゲッベの奴め……。
「それはさておき総統。お年玉でもくれませんかね?」
「……最近、お前らヤバくないか? お年玉は普通子どもにあげる物だぞ。だからヒルダにはあげたのに……」
「我々は平常運転ですマインフューラー」
「………」
……大丈夫だろうか。
「まぁいい。お前らにお年玉だ」
俺はゲーリング達にある物を渡した。
「こ、これは……」
「幻想物語登場人物のお正月版だ」
ぶっちゃけお正月に着ている振袖をキャラに描いているだけどな。それでもゲーリング達は大変喜んでいた。
そして三日が過ぎて一月四日になった時に事件は起きた。
「何? オランダ海軍がアメリカの商船を沈めただと?」
「ヤー、報告ではそのように……」
報告によれば、インドネシアにいるオランダ海軍は定期的にシンガポールやインドに向かう自由イギリスの船団を捕捉して攻撃、撃沈をして前線に物資等が行かないようにしていた。
オランダは自由イギリスに宣戦布告しているのでこの行為は問題無かった。
しかし、一月二日にオランダ海軍が自由イギリスの船団を臨検しようとした時、二隻の商船が遁走した。
オランダ海軍は直ぐに追跡をして停船命令を出すが二隻は停船命令を無視して遁走。オランダ海軍は威嚇砲撃をしたが二隻は停船せず、遂に二隻を砲撃して撃沈をした。
乗員を救出したら何とアメリカ人だと判明した。
アメリカのルーズベルトは「アメリカの国旗を掲げている商船に無差別で砲撃して死者を出したオランダを許すわけにはいかない」と強くオランダを批難する事を表明した。
対するオランダは「停船命令を無視して遁走したのだから攻撃したのだ。しかもアメリカの国旗は掲げていない」と表明してアメリカと対抗したのだ。
「アメリカとイギリスとの事もあるのに……」
俺は思わずそう呟いた。実はアメリカとイギリスとの間であるトラブルがあった。
それは戦時中にアメリカが有償でイギリスに提供した物資――レンドリース法により、全額耳揃えて返済しろと言い出したからだ。
イギリス首相に就任したクレメント・アトリーはイギリス国内にあったアメリカから輸入された物資を全て返して全体の四分の一しか返済しなかった。
ルーズベルトはアトリーに抗議をしたが、アトリーはルーズベルトに対して「貴国とレンドリース法をしたのは自由イギリスであり、我がイギリスではない。むしろ四分の一でも返しただけでも有り難いと思いなさい」と諭すように言ったらしい。
ルーズベルトは不愉快だと言って抗議をしているがアトリーは知らぬ顔で通している。
「総統、このままアメリカのこういった行為が続けば……」
「判っているよゲッベルス。アメリカが参戦するかもしれないのは俺も判っている」
「如何なさいますか?」
「アメリカに無駄な刺激に送るなと両国に言っておけ。我がドイツは陸ではアメリカに対抗出来るが海では余裕で負ける。今は我慢だ」
俺はゲッベルスにそう言った。
「今はマルタ島攻略に注ぐべきだ。マルタを取ればエジプトの自由イギリス軍は丸裸だ」
「作戦予定日は明日0630です」
無事に成功してくれたらいいな……。
――空母グラーフ・ツェッペリン――
「長官、攻撃隊の発艦準備完了しました」
「うむ」
航空参謀の報告に第一機動部隊司令長官のギュンター・リュッチェンス大将はゆっくりと頷いた。
第一機動部隊はマルタ島沖合い三百キロの地点を航行をしていた。各空母の飛行甲板には爆弾とロケット弾を搭載したBf109M型、シュトゥーカ、トール攻撃機が整列しており、リュッチェンスの発艦命令があれば飛び立てる事になっていた。
「よし、攻撃隊発艦せよ。マルタ島の自由イギリス軍を徹底的に叩くのだッ!!」
「ヤーッ!!」
攻撃隊はプロペラを回し始めてBf109M型から発艦していく。攻撃隊は戦闘機四二機、シュトゥーカ三六機、トール攻撃機三六機であった。
また、シチリア島に駐留しているドイツ空軍の第六航空艦隊とイタリア空軍の攻撃隊も発進してマルタ島を目指していた。
さて、対する自由イギリス軍であるが、エジプトのアレキサンドリアではH部隊司令官のサマービル中将が自由イギリス暫定海軍長官のカニンガム元帥に詰めよっていた。
「マルタ島を放棄ですとッ!? 出撃しないのですかッ!!」
「そうだ、出撃は認められない。我々はむしろセイロン島に避難する事が決定している。出撃は0745だ」
サマービルの言葉にカニンガムは異論は認めない表情をしていた。
「ではマルタ島の部隊はどうするのですか? まさか見捨てるのですかッ!?」
「いや、マルタ島の部隊は既に退避しておる」
「何ですと?」
カニンガムの言葉にサマービルは目を見開いた。
「国王陛下が本国を脱出する時からの命令でな。マルタ島の部隊は少しずつエジプトに退避していた」
「何と……国王陛下はそこまで読んでいたのですな」
「うむ、近いうちにエジプトにいる軍も中東方面に引き上げる」
「そこまで引き上げるのですか?」
「全てはアメリカが参戦するまでの時間稼ぎだ。アメリカはオランダと傀儡イギリスに挑発行為をしている。両国が爆発するのも時間の問題だ」
カニンガムはニヤリと笑った。そして独伊軍は物資を消費しただけでマルタ島を攻略するのであった。
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