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運命は我々を導き、かつまた我々を翻弄する (下)【1】

続編です(Dark版)

超鋼メンタル向けとなっています

SR:B1【Break版】を未読の方はシリーズよりお探しになり、そちらを先にお読みください

 2026/06/01 21:37


 ミランが俺の前から立ち去った後。



 神聖な癒しに包まれた森の中──その開けた大地の真ん中で、修道女服姿の俺は一本の樹木が立つその傍に佇んでいた。

 腕時計を手首に装着して、首にかけていた筒型のペンダントを手に取る。

 筒の中から取り出したのは一枚の家族写真。

 そこに映っているのは、おっちゃんと亡くなった母さんと赤ん坊の俺。

 その写真を見つめて、俺はぽつりと問いかける。


 おっちゃんのところへ戻ったら、おっちゃんは俺のことを息子として受け入れてくれるのかな?

 それとも、なんでそのまま向こうの世界へ戻らなかったのかと怒鳴りながら、また突き放してくるんだろうか。


 心の中で渦巻く選択の迷い。

 俺としてもどうしてもそれだけが不安で仕方なかった。


 ……この世界で生きていくことを願ったら、ダメなんだろうか。


 何かを思い返すようにして。

 俺が選んだ道── "この世界での生活" に罪悪感が生まれる。

 向こうの世界でなら、俺はそのまま平凡で幸せな人生を送れていたかもしれない。

 社会人になって、結婚して、自分なりの家庭を築いて、そして老後を迎える。

 しかしどうしても気になるのは、もしかしたら現実だと思っていた世界は、俺にとっての幸せなシミュレーションの世界なんじゃないかって。

 そう思ってしまった。

 もちろん、向こうの世界を否定するわけじゃない。

 色々と説明の付かないこともあったし、向こうの世界で得た物は確かにかけがえのない友人や家族との繋がりだった。

 どちらが本当の世界かなんて、俺には分からない。

 もしかしたら、この世界が俺にとってのゲームの世界──つまり、異世界なんじゃないかってことも考えられる。

 この世界でその真実を探すことも、俺に定められた運命なんじゃないかって……そう思った。

 結局、俺に与えられた【Breaker】という意味は分からないままだけど。

 微笑して。

 俺は踏みしめる大地へと視線を落とした。

 足に感じる、確かな大地の実感。

 この世界も俺にとってはシミュレーションなのかもしれないけれど。


 ……。


 だけど、どちらの世界も俺にとっては大切な本当の世界だ。

 向こうの世界にも帰るし、この世界も行き来したい。

 二重の生活にはなるけれど、それが俺にとっては幸せなんじゃないかってそう考えた。

 ふと思い出す、向こうの世界での出来事。

 向こうの世界で終えるはずだった俺の人生。

 そんな俺に、おっちゃんは手を差し伸べてくれた。

 おっちゃんには色々と訊きたいこともあるし、話したいこともある。


 俺のこと、本当にどう思っているのか直接訊いて知りたい。


 手持ちの写真へと視線を落とし。

 写真の裏を返せば、そこには女性の文字でこう記されていた。


《最愛なる夫ナグラロクと私、そして二人の愛するKとともに、この幸せが末永く続くよう祈りを込めて》


 俺の右手首には貴族紳士からもらった腕時計がある。

 きっとこの腕時計が俺を導き、大事な助けになるのかもしれない。

 でも出来れば何も使わずに、平和に事を済ませたいところだけど。

 脳裏を過ぎる貴族紳士ミランの言葉。


【君にはこれが何に見えているのか、私には見当もつかない。これが何であるかは君にしか分からない。

 ──そしてこれが、君の運命を変えてくれるはずだ】


 敵か味方か最後までよく分からない奴だったけど、完全に信用出来ないわけではない。

 信じてみるのも、また運命ってやつかもな。

 俺の腕に戻った時計。

 今度はちゃんと正確に右回りに時を刻んでくれている。

 

 ……。

 

 何かを想うように、家族写真を自分の胸に軽く当ててから。

 俺は大切に筒型のペンダントの中へとそれを入れた。


 よし。


 空を見上げて、俺は決心する。

 向こうの世界へ二度と戻れないわけではない。

 リザーネの魔法陣さえあれば、今までのように二つの世界を行き来することは可能だから。

 この判断が正しいのかどうかなんて俺には分からないが、もしかしたら俺にとっては幸せでも、誰かにとっては迷惑なのかもしれない。

 でもそんなことを迷っていたら、俺はきっとここから前には進めないと思っている。


【彼は君に、もう一度この世界へ戻ってきてほしいと願っています】


 もし、ミランの言葉が真実であるとするならば。


【今回はアイツも相当焦ったんでしょうね。そのキーコードを犠牲にしてまでお兄ちゃんのことを助けようとしていたんだから】


 もし、蓮花の言葉が真実であるとするならば。


【これが最初で最後の、俺からのコンタクトだ。その世界から出てこちらの世界に来たいと願うなら──】


 もし、おっちゃんのあのメッセージが、この世界へ戻る道を示してくれたとするならば。


 ……。


 俺は首にかけていた筒型のペンダントを片手で握りしめると、空に向けてやんわりと微笑した。

 これは俺の決めた選択だから。

 たとえ間違っていたとしても後悔はない。


 ……。


 穏やかな風が俺の肌を凪いでいく。

 背後で樹木がざわわと風に揺れて音を鳴らし、俺に言葉なき声で伝えてくる。

 【お父さんのこと、よろしくね。K】、と──。

 あの時の母さんの声が俺を温かく包み込み、ゆっくりと浸透してくる。

 俺は誰にでもなく静かに頷くと、筒型のペンダントから手を離した。

 そっと目を閉じて、心の中で魔法の言葉を詠唱する。


 道標(チェック・ポインタ)。


 俺の中に眠るクトゥルクの力が、その願いに呼応するように解き放たれていく。

 眩いほどの光の中に包まれて──。

 俺は樹木の前から姿を消した。







 ◆







 そっと、目を見開けば。


 ……。


 果てなき乾いた荒野の大地に、俺は一人佇んでいた。

 その前に見えるは北口の門。

 相変わらずというか、以前見た時より少し厳しめなチェック体制で、白騎士達が検問所の各配置に立っている。

 戦況でも変わったのか、兵士たちの様子に余裕がない。

 怪しい輩や、魔物一匹でも見過ごすまいと緊張を走らせているように感じる。

 俺は自分の今着ている服装を改めて見回してみて、安堵する。


 変に旅人や白騎士の兵士を装うよりも、現地の説明しやすい服装を着ていて良かった。


 なんとなくだが。

 今までおっちゃんと一緒に居てある程度のことを直感で察することができるようになった。

 検問を見て思う事、そしてどういう風に侵入していけばいいか。

 どのタイミングなら突破できるか、それとも引き返すべきか。

 今までの俺だったら尻すごみで誰かに判断を頼ろうと思ったかもしれない。

 怖気づいて話したり、下手な演技をしたかもしれない。

 それは俺が、自分が上手くやれるか自信が持っていなかったせいだ。

 俺自身が命がけでやろうと思わなければ、誰も助けてくれる人なんていないんだから。

 ましてやクトゥルクの力がバレようものならどういう目に遭うかなんて、経験からして分かっている。

 だから──


 大丈夫。俺なら行ける。


 俺は俺の下した決断を信じて、北口の門へ向けて歩き出した。

 なるべく平静を装い、怪しまれないように。

 言葉ではないけれど、今までおっちゃんと一緒に行動していたことが、今の俺の助けになったような気がする。







 ◆







 そして──。

 意外と、俺は一人で北口の門を突破する。

 多少は怪しい修道女ではあったかもしれないが、聞かれたこと以外をしゃべらなければ普通に突破できた。

 もちろん平常心を装うことも大事だ。

 たしかに俺の直感通り、以前より兵士たちの様子が緊張感に張り詰めているように感じる。

 俺が居ない間に、この街の──いや、この国全体の内部状況がだいぶ変わってきているようだ。

 向こうの世界に居た時間と並行するように、時間の流れがどんどん進んでいて、街の雰囲気も少し変わったように思える。

 どこかギスギスしているというか、暴動前の民衆の塊を路地裏で見かけるというか。

 大きく騒ぐわけではなく、声を上げて暴れているわけでもなく、何かの情報に踊らされるように静かにそれは動いていた。

 武器を帯剣した白騎士達が集団で歩く様子を頻繁に見かけるようになったし、街にもどこか警戒心がある。

 店はほとんど活気がなくなり、街に人々が気楽に出歩いていることもない。

 まるで良くない何かがこれから始まりそうな、そんな余裕のない雰囲気に包まれていた。


 ……。


 俺は街をさりげない様子で観察しながら、足早に家路へと急ぐ。

 おっちゃんが待っているであろう家路へと。

 家路の道は覚えている。

 ふざけ合いながらもおっちゃんと無駄にそこら辺の店に寄り道して、二人で夕食などの買い物をしたりして。

 おっちゃんは俺に目印となるものを言葉ではなく体で、色々教え込んでくれていた。

 だから俺はその思い出とともに目印となる物を自然と覚えていて、それが帰り道へと繋げることが出来た。

 きっとおっちゃんは、どうすれば俺が道順を覚えるのかを知っていたのかもしれない。

 言葉で教えてもダメなんだって。

 だから共に行動することで教え込んできたんだって。


 ……。


 それが改めて分かったことで、俺の心に熱く込み上げてくるものがあった。

 目元の涙をそっと手の甲で拭う。

 おっちゃんが俺に示してくれた道標。

 言葉にも地図にも無い、魂だけの導き。

 それはただ真っ直ぐに。

 記憶とともに、家路へと繋げてくれていた。

 たとえどんなに離れていても、世界の時空を超えたとしても、たった一人で遠いところへ飛ばされたとしても。

 俺は自分の足で、そして自分の意志で、ここへと戻ってくることが出来たんだと。


 ……。


 その場で足を止めて。

 見上げれば、俺はおっちゃんの居る家──自宅の前へと辿り着いていた。

 閉められた家のドア。

 中の様子は分からず、物音も、話し声もなく、とても静かであることが伺える。

 おっちゃんは家に居るのだろうか、それとも不在なのか。


 ……。


 俺は少し手を躊躇うように胸にあるペンダントを握りしめて。

 そして何かを決心するように。

 俺はその手で家のドアをそっと押し開けていった。







 ◆







 家の中は無人と思えるほども静かだった。

 でも、あの時から時が止まったように何も変わらない部屋の様子に、俺は警戒ながらも辺りを見回しつつ、家の中へと入っていった。

 白騎士の討ち入り捜索に遭ったというわけでもなさそうだ。

 ドアを静かに後ろ手で閉めて。


 ……。


 俺は視線だけでおっちゃんの姿を探す。

 いつものリビング、いつもの台所。

 まるで竜宮城から何十年ぶりに帰省してきたかのような浦島太郎のような心地で、俺は家の様子を伺いながらもいつもの場所を静かに探していく。

 しかし、おっちゃんの姿はそこには無い。

 どこかへ出かけているのだろうか。

 それとも俺は家を間違えて入ったのだろうか?

 そんな多少の不安を抱えつつも、不法侵入しているような気持ちで、奥にある俺の使っていた部屋へと静かに移動した。






 俺の使っていた部屋のドア前へと辿り着いて。

 ドアに手を当てようとして、しばしその手を躊躇う。

 この部屋に居ないなら、たぶん不在だ。

 不在ならこの部屋でおっちゃんの帰りを待てばいい。

 そんな軽い気持ちで居たのだが……。


 【俺なんて最初から生まれてこなければ良かったんだ!】


 あの時俺の吐いた言葉をつい思い出してしまって。

 苦虫を噛み潰す思いで俺は、ドアを開けるのを躊躇ってしまう。


 そういえばおっちゃんとは最悪な形で別れたんだっけ。


 後悔の念が今更俺の頭の中に押し寄せてきて、俺は身悶えるようにその場で頭を抱えて蹲った。

 なんで俺、あんなことをおっちゃんに言ってしまったんだろう、と。

 あの言葉をおっちゃんが根に持っていたらどうしよう、と。

 そんな色々と最悪なことが俺の頭をぐるぐると駆け巡る。


 ……。


 今にして思えば、おっちゃんは意外にも内心はナイーブで、結構そういうことを気にするタイプだ。

 俺が竜騎軍に襲われて助けてもらった時もそうだった。

 感情的に俺が喚き散らかしたことを、ずっと気にして覚えていて何かと俺に気遣ってきた。

 2026/06/02 00:02

 2026/08/09 19:48

 たぶん今回のことも、恐らく気にしていそうである。

 では俺は、いざおっちゃんと対面した時に最初にどんな言葉をかけるべきだろうか?

 こんな時に俺に迫られる究極の二者択一問題。


 ごめんなさい、か?

 それとも素知らぬフリして「ただいま」と言うか?


 しばらくドアの前で悶々と考えを巡らせた後。

 俺はやり場のない気持ちで床から立ち上がると、そのままお手上げして肩を竦めて鼻で笑った。


 やっぱり最初は「ごめんなさい」と素直に謝るべきだよな。


 言い訳も何も口にはしない。

 素知らぬフリなんてしようものなら、今までの経験上からおっちゃんの怒りを買うだけだ。

 それに、あれはあの時の俺の素直な感情だったんだ。

 まぁ……だけど俺はあの時おっちゃんに対してあんな言葉を口にするべきではなかったが正論だ。

 全部俺が悪い。

 それだけのことだ。だから謝るんだ。

 ここも、俺の帰るべき場所なんだって。

 そのことをおっちゃんにも理解してほしいから。


 ……。


 よし、と。

 俺は心の中で気合いを入れて、気持ちを入れ替え。

 勇気を出して、部屋のドアを自らの手で押し開いていった。


 ……。


 ドアを開けていって。

 少しずつ見えてくる馴染みの部屋。

 そして、ドアの前に仁王立ちして俺を無言で睨みつけるおっちゃんの姿。

 おっちゃんが俺に向けてボソリと半眼で言う。


「忘れたのか? お前の思考は全部俺にフルオープンで筒抜けだと」


 ……。


 言葉の衝撃波が俺の中に見えない暴風となって吹き抜けていく。

 すっかり俺はそのことを忘れていた。

 白んだ眼、正気の抜けた真っ白い魂となって、俺は間抜けに口を開けたままその場に地蔵のように硬直した。


 あ……あ……。


 ようやく絞り出す声。

 ごめんなさいという言葉も、ただいまという言葉も全部。

 衝撃的な羞恥心から俺の思考を一瞬にして掻き消した。

 おっちゃんが微笑してくる。


「……」


 そのまま何も言わずに、静かに俺の体をハグしてくる。


 ……え?


 目を何度か瞬かせて。

 混乱する思考に、俺はおっちゃんにハグされたまま事を待った。

 おっちゃんがぽつりと言ってくる。

 その声はどこかいつもと違って寂し気に、俺にはそう聞こえた。


「お前が謝る必要はない。悪かったのは俺の方だ。

 たしかに俺の言葉はお前に対して一方的に強要していた。

 それがお前にとっての幸せなんだと考えていたからだ。

 お前が俺の息子で良いと願うなら、それはそれで構わない。

 ここで暮らしたいというのなら思う存分一緒に暮らせばいい。

 だが俺は……赤ん坊だったお前を、そして最愛のチヅルを、肝心な時に傍に居て守れなかった最悪な父親なんだ……」


 ……。


 ギュッと何かを耐え忍ぶように、力強くおっちゃんが俺を抱きしめてくる。

 そして語尾からして、そこでおっちゃんが男泣きしていることが俺の耳に届いた。

 俺も思わず感極まって涙が溢れる。

 赤ん坊の頃のことなんて全然覚えていなかったし、おっちゃんはずっと俺のことを守ってきてくれていた。

 だからおっちゃんに対する恨みなんて微塵もない。


「それでもお前は、俺を実の父親だと認めてくれるというならば、それは俺にとって最高の幸せだ」

 

 ……。


 言葉でどう伝えていいか分からないけれど。

 俺はおっちゃんの本音が聞けたことでようやく安心できたのかもしれない。

 今まで悩んでいた疑問とか不安とかが一気に解けたことで、自然と伸びた手がおっちゃんの背に回り、ハグを返した。

 俺のこの選択は間違っていなかったんだ、と。

 そう思うと一気に俺の目から涙が零れ落ちてきて、俺は無言で頷きながら咽び泣き。

 そして伝えたい言葉を口にする。


 ただ……いま……そして、ごめんなさい……。


 この世界も俺にとっては大切な居場所。

 かけがえのない繋がりがあるのだ、と。



 2026/08/09 22:03


たぶん大丈夫だと思う

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