目撃情報
横田は神河社長の殺害について、妻の涼子の行動から情報を集めることににした。
加田殺害と社長の殺害の二件に共通して、彼女が動機的に最も強いだろうと思っていたからだ。
どんな行動をとっているのか、誰と会っているのか。
殺害以降、彼女の行動に何か変化はなかったか。
横田を含めた六人が、二人づつペアになり、交代で彼女の行動を見張ることにした。
運転席にいる若手警察官が言った。
「今日もただ運送会社と自宅の往復ですかね」
「どうかな」
「えっ、今日は何かあるんですか?」
横田は朝、家から出てきた時、化粧がいつもと違って見えたと言った。
「そんな毎日化粧のこと見てましたっけ?」
「後で撮った映像を見比べてみろ」
「……はい」
ほんの些細なことだが、可能性はある。単に会社に来客があるだけかもしれない。ただ、会社が終わった後に愛人に会いにいく可能性もある。
横田は車内で待っていると、涼子が会社から出てきて自分の車に乗って出ていく。
「慎重にいこう」
若手の警察官は、涼子の車を丁寧に追いかけた。
走っている車の数が少ないので、後ろにつけてしまうのは致命的だからだ。
「止まるぞ、気をつけて」
涼子の車が駐車場に入った。
車は気付かれないよう別の駐車場に停めるため、一旦、横田は先に下りて涼子を追う。
涼子は駐車場に車を停めるとそのまま通りを歩いて、レストランに入っていく。
横田は立ち止まって通りを避けると、ネットでそのレストランを調べた。
なかなか高級そうだ。と横田は思った。
ここに自分とあいつ、男二人で入るのは、少々無理がある。
そのまま若手にスマホで連絡をとり、車で待つように伝えた。
立ちっぱなしで不自然にならない場所を探し、横田は監視を続けた。
商談なのか、個人的な交際のために来ているのか。あるいは誰とも関係なく、一人で食事を楽しむためなのか。
横田が通りを見ていると、通りの反対側からやってくる人影があった。
背格好と醸し出す雰囲気が、資料で見たものと同じだった。
男性だったが長い髪を後ろで一括りにしている。
「確か、土産物販売会社の」
言いかけて横田は思い出した。
彼は合田という人物で、土産物販売会社の社長だ。
今は北海道のインバウンド需要が高まっていて、事業を拡大しているらしい。
神河社長の運送会社が所有している土地の権利が欲しくて、路上で揉めていたと言う話も入っている。
神河太助が殺され社長が涼子に代わっているので、必然的に交渉を彼女と行うことになったのだろう。
合田はコートを着ていたが、カジュアルな感じで、コートの下にビジネススーツを着ている感じはなかった。
そのまま、合田はレストランへと入っていった。
中の様子はわからないが、涼子と合田が会っている可能性は非常に高い。
そして二人が何を話しているのか。
この二人の関係が、単純なビジネスだけではないかもしれない。
横田は考えた。
この二人が計画して、青海の銃を盗み、神河社長を殺したということは考えられないか。
もしここで用地買収の計画が一気に進むのだとしたら、土地を売ることを拒んでいた神河社長を殺して、二人は利益を享受したことになる。
あるいは、ビジネスだけの関係でなければ、それこそ邪魔な旦那を殺したということだ。
横田はスマホで地図を開き、二人が会っているだろうレストランにピンを打ってメモを書きつけた。
二時間ほどすると、涼子と合田が同時に店を出てきた。
楽しげに笑う二人を見ていると、仕事の間柄だけではないものを感じた。
だが、こういう考えは『憶測』であって、現実を示していない場合もある。
道路脇に積み重なった雪を利用しながら隠れ、横田は二人の行動を追った。
二人は駐車場に入ると、合田の車に乗り込んだ。
横田はスマホのメッセージアプリで、待機している若手に車を回すよう伝えた。
合田の車はドイツ製の黒いSUVだった。
ディーゼル車特有のガラガラ言う音をたてながら駐車場を出ていく。
横田は車が回ってくる車線を予測して、道路を横切った。
合田の車が目指す方向を覚えておくと、ようやく車がやってきた。
乗り込むと横田は言った。
「Uターンして信号を左だ。黒い大型のSUV」
「はい」
若手の警察官は、躊躇なく車をUターンさせると、すぐに信号を左に曲がった。
通りの先で合田の車が、右へ曲がっていく。
横田は見失ってしまう危険を感じた。
「おい、少し急げ」
「は、はい」
合田の車を追って曲がった先に、車が見えなかった。
「……」
若手の警察官が、ハンドルを拳で叩いた。
「仕方ない」
横田は周囲に目を配りながら、そう言った。
「こう言うこともある。とりあえず、このまま合田の家に向かってみよう」
「住所覚えていますか?」
「ああ、覚えている。まっすぐ進んで二つ先の信号を……」
横田は言いかけて、視野の端に見えたものを確認するため、振り返った。
「しまった、後ろ」
「!」
若手の警察官はサイドミラーで対向車線を走り去っていく車を確認した。
それは神河涼子の乗る車だった。
合田の停めていた駐車場の方が近かったから、涼子をそこまで乗せただけなのだ。
「おい。早く、Uターン!」
必死に周いを見ながら車を突っ込める場所を探す。
そしてスペースを見つけると、車を旋回させた。
「急ごう」
涼子の車を追いかけて、進んでいくと道脇の駐車場から、いきなり黒いSUVが出てくる。
「危ない!」
雪道での急ブレーキは効かない。
案の定、車は止まらず滑っていく。
だが奇跡的にABSがうまく働き、合田のSUVに当たる寸前で車が止まった。
大きなクラクションの音がして、合田の車が道に出ていく。
「くそっ、狙って前にでやがったな」
合田の車が反対車線に入って去っていくと、横田たちからは涼子の車が完全に見えなくなっていた。
横田は若手の警察官に、念のため神河宅に車が戻ったかを確認しろと告げ、そこで車を下りた。
彼は歩いて二人が商談していたレストランに向かった。
レストランに入ると、近くにいた女性の店員に声をかけた。
警察であることを告げて手帳を見せると、そのままスマホを取り出し涼子の写真を見せた。
そして手で自分の髪の毛を後ろに引っ張りながら、言った。
「こんな、髪を後ろで縛った男は、一緒だったかな?」
「……」
「本当の警察官で、捜査をしているんだよ?」
店員があまりに周りを見回すので、横田は店の端に行くように指示した。
店の端にくると、店員は口を開く。
「ええ、二人は同じ席で食事をしていました」
「どんな様子だった? 書類とかの受け渡しはあった?」
「……そこまでは見ていませんでした。とても明るい感じの会話であった印象があります」
明るい会話。ビジネスではないのだろうか。
「明るいと言うのは、親しげなということ?」
「……」
店員が首を傾げる。
「親しげ、というのは違う感じです」
横田は質問を変えた。
「1月5日だけど、勤務だった?」
「ええ、午後からでした」
「そう。それじゃ、今日いた二人、どちらかを見かけたとかは?」
再び首を捻る。
そして何にやらノートt取り出すと、ページをめくった。
「予約はあったんですが、キャンセルになってます」
「見せてくれる?」
横田はノートに記録されている名前を見る。
神河の名で、二名予約が入っているが、取り消し線が引かれていた。
「今日の人とくるの?」
「いえ、いつもは別の方です」
横田は素早く青海の画像を表示させる。
黒縁のメガネをした男だ。
「この方です。けど、5日はキャンセルだったので誰がくる予定だったかはわからないんですよ」
横田は頷いた。
「他に何か気づいたことあった? 例えばキャンセルの電話が震えていた、とか本当になんでもいいんだ」
「……」
「いや、なければないでいいよ」
店員は右手を握り込んで、親指の方を口に当てていたが、急に手を下ろして口を開いた。
「順番に話していけば何か思い出すかも」
店員は思い出しながら、ゆっくりと話し始めた。
彼女が勤務に入って、しばらく経った時。
完全に陽が落ちて、暗くなってから涼子はやってきた。
一人で店に入ってきて、店長と彼女は涼子に気づいて挨拶をした。
席に案内して涼子が店の中を見ながら、奥に進と急に立ち止まった。
『今日はやめておくわ。御免なさいキャンセルで』
彼女は涼子に理由を聞けなかったが、店長が訊いた。
『どうなさったんですか? 体調でも……』
『ええ、本当にごめんささい』
涼子はある方向を見ないようにしながら、慌てて店を出て行った。
彼女曰く、店の中にいた客を見て、それからずっとその方向を見ていない。だから、その客のせいじゃないかと言う。
「その日、丁度神河さんの予約時間あたりで、変なお客様が入ってきて…… 神河さんは多分その方を見てキャンセルになったんだと」
店長が口を挟んでくる。
「おい、きみ決めつけたような発言は」
「大丈夫です。参考にするだけですから。変というのはどういう」
彼女が言うには、入ってくるなりワインを頼んで食事はワインを飲んで考えると言ったらしい。
だが、ワインには手をつけず、何か持ち込んだ真っ赤なビニールパックを啜っていたと言う。
「ペットボトルぐらいは持ち込む人はいるんですが、その人、そのビニールパックの飲み物が真っ赤すぎて」
「容姿とか、体格とかは?」
「えっと……」
店長が親指を立てて奥を指して言う。
「監視カメラの映像を見た方が」
「営業中ですが、大丈夫ですか?」
「一番、客が来ない時間帯だから」
三人で監視カメラ映像を見ながら『変な客』を探すのだが、見当たらない。
「あ、今、神河が通り過ぎていった」
「えっ、じゃあ、ここですよ」
女性店員が画面を指差した。
ワイングラスは映っているのに、座っているはずの場所に何も映っていない。
「そんなバカな……」
店長はそう言って映像をとめた。
横田は子供の頃に漫画で透明になる薬を飲む話を読んだ時、体は消えても服や持ち物は消えないと言う設定だった。
だからこれは透明人間ではなく、たまたま席を外しているとしか思えない。
透明になる薬など現実にあるわけがないのだ。
「もう一度前後の映像を見ましょう。トイレなどに行っているだけではないでしょうか」
ゆっくり映像を戻していくと、今度はこの女性店員が注文をメモしているところが映っていた。
「正面に座っていたお客様から、注文を聞いているはずなのに……」
「……」
横田はここにこだわると、本来の目的から外れてしまうことに気づいた。
「す、すみません。この変な客のことは一旦置いておきましょう。容姿などを言葉で教えてくれませんか」
おそらくロシア系の女性だという。
髪は染めている金髪らしい。なぜなら地毛、つまり根本が黒かったからそう思ったそうだ。
店長が付け加える。
「よくそこらのスナックにいる感じの娘ですよ。日本語ペラペラの」
「ありがとうございます。後ほどで構いません、このあたりの映像を警察に提出いただけませんか。若い者に取りに来させます」
「ええ、いいですよ。今日中にやっておきますから、明日にでも来てください」
横田は頭を下げ、そのレストランを後にした。




