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84.過去-真夜中の戦い

 


 その日の夕刻、地下の執務室にて、録画された映像の再生を開始した。


 それは正直に言って観たい映像ではなかった。


 それでも俺は映像を見なければいけない。




 映像には昨夜の位階の信徒と、ハーベルとアルテナたちの戦いが記録されている。


 動画は暗がりの山中を村へと行進する位階の信徒の集団を捉えていた。


 その数はちょうど50人である。


 軍隊として見れば小隊程度で、決して大規模というわけではないが、一人一人が自他の死を省みない恐ろしい集団である。

 個の位階も高く、殺人にも慣れているため戦闘だけならば王国軍でも第一師団以外より手強いかもしれない。


 一方、味方の戦力はアルテナ、ハーベル、キリル嬢、イオナ嬢の4人だ。

 ナッシュ含む支援や捕縛のための裏方を合わせても15人程度である。

 総数で3倍以上、戦力では12倍もの差があるわけだ。


 レベルが存在して、その影響が大きいこの世界で数は必ずしも勝敗に直結しないが、それでも数が脅威であることに変わりはない。


 そのため立案した作戦では戦力を分散させることを第一の目標とした。


 ハーベルが水属性と闇属性の複合魔法『デイジーミスト』を山の中に充満させて、徐々に集団の正気と注意力を喪失させた。

 それから『アースコントロール』で、彼女のゴーレムの――正確には俺のゴーレムだが――『チム』が掘り進めていた地下空間に位階の信徒の一部を墜落させた。


 この時点で穴に8人が落ち、想定よりも敵戦力の分散は上手くいかなかった。


 この場に俺がいればテトラくんちゃんの加護による無尽蔵のエネルギーに任せて、更なる分散化をはかるが、ハーベルの霊気は常人よりも遥かに多いといえど限りがある。


 地上と地下がすぐに合流できないよう、ハーベルの側に控えていたイオナ嬢が五月雨のごとく大量の弓矢を地上と穴の中に放った。


 それに続いて、アルテナとキリル嬢も地上に残っている42人へと斬り込んだ。


 咄嗟に反応した狂信者たちと幾度か切り結んでから、二人は態勢を整えるために後退した。


 アルテナとキリル嬢は殺意こそほとんどなかったものの、本気で相手を無力化するために斬り込んでいた。

 それでも無傷で対応したことに俺は驚きを隠せない。


 アルテナとキリル嬢の不意打ちに近い攻撃を凌ぐような奴ら50人と戦うというのは、死に戻り可能な5年後の現在でも王城に侵入しようとした時くらいだ。


 アルテナとキリル嬢も敵の強さを深刻に受け止めたようだった。


「……ここまで実力があるとは思っていなかった」


「……手心を加えればこちらが死ぬ。全滅させるつもりでいく」


「……ああ。生かせて最後の一人くらいだな」


 アルテナとキリル嬢が纏う殺気の質が見るからに変わった。

 二人とも殺し合いとなれば、理性は戦闘を補助する判断機能に過ぎず、対象が魔物であろうと人間であろうと、手にかけることへの躊躇いは消え失せる。

 戦闘のために人間性を手放せる類稀な戦士である。


 その点、ハーベルはそうではない。

 確かに、彼女は人間を何度か殺したことがある。

 しかし、彼女は決して躊躇いなく人間を殺せる性質ではないのだろう。

 現に今も、二人が敵の捕縛から全滅へと趣旨を切り替えたことは理解できていたが、完全に態度を切り替えているようには見えなかった。


 俺の中の後悔が更に大きくなっていく。


 きっと彼女は戦いの中に生きる人間ではないのだ。


 学問をしたり、芸術をしたり、もしくは家庭を営むような女の子であるべきだったのだ。


 どうして彼女を血の流れる場に巻き込んでしまったのだろうか。

 それは俺のエゴのせいだ。彼女に俺のそばにいて欲しいと願ったからだ。


 過去を再びやり直せるならば、彼女を裏側に巻き込ませないだろう。

 彼女はシーフィアと一緒に表の世界で穏やかに生きているのが正しい選択だったのだ。


 そう後悔している間にも映像は進んでいく。


「『緋之華』」


 アルテナが『二之剣・唐紅』を発展させた、より殺傷力の高い広範囲攻撃を放った。


 周囲一面にヒガンバナの花弁のような淡い光が拡がった。美しくも怪しげな様相であった。


 花弁は位階の信徒を覆うように集まり、そして爆ぜた。

 連鎖する小爆発が美しくも毒々しい巨大な花弁を象っていた。


 散発的な竜気の爆発は美しい花火が地上で咲き誇るかのようだ。


 その中心にいるほとんどの狂信者たちは閃光に目を焼かれて何も見えていないだろうが。


 爆発の跡で位階の信徒の一部が生き絶えていた。

 爆風に直接巻き込まれて爆散した者もいたようだが、その多くは外傷による傷というよりは、『緋之華』で肺が焼け爛れての窒息死らしかった。

 残りの人数から逆算するに、一気に10人ほど始末したようだった。


「『闇中問答』」


 キリル嬢がするりと闇の中に溶け込み、『緋之華』で混乱に陥っている位階の信徒に気付かれることなく接近した。

 瞬く間に彼女は3人の首を刎ね飛ばした。


 アルテナの『五之剣・常夜』に類似しているが、キリル嬢の『暗中問答』はまさに闇に同化していると言っても過言では無い。

 夜闇に溶け込んだ彼女はまさに死神そのものだ。


 しかし、位階の信徒もそう簡単に全滅してはくれない。


「この脅威を同胞たちに報告せよ。ベンジャミン、先行しろ。ムスカリ、タイマス、ダリア、フクシア、ブッドレアはベンジャミンに続け。他の者は――位階に魂を捧げよ」


 ベンジャミンとやらは先程キリル嬢と打ち合って無傷でいなした相手だ。

 そして命令を下す男は先ほどアルテナと互角に剣戟を繰り広げていた。


 この二人が今回の襲撃の主戦力だ。

 それを知っていたからこそアルテナとキリル嬢はこの二人を狙ったわけだが。


 それにしても、魂を位階に捧げよ、ね。つまり戦死しろということか。


 容易にそう発言する敵の将も恐ろしいが、それに対して、むしろ動揺が収まって連帯感が増す位階の信徒たちが空恐ろしい。

 狂信者というのは一般の合理性を離脱しているからこそ狂信者というのがよく分かる。


「リンドウ様はどうなされるので?」


「私が殿を務めねば、お前たちが撤退する時間も稼げまい」


「不甲斐なくて申し訳ございません」


「全てはデルフィニウム様に位階を捧げるためだ」


 位階の信徒が信仰するデルフィニウムとは、重魔スペルビアのことだ。


「逃さん」


 アルテナが『水之羽衣』を発動させながらリンドウと呼ばれた指揮者に斬りかかるが、リンドウは何とか対応する。


 やはりかなりの実力者である。


 しかも厄介なのはリンドウだけではない。


 場に残った位階の信徒がアルテナを取り囲むようにして、襲いかかる。


「囲んだ程度で私を斃せると!」


『水之羽衣』を発動したアルテナはまるで舞踊をするかのように、周囲の狂信者を斬り捨てていく。

 アルテナの『水之羽衣』は回避カウンターである『三之剣・水月』を深化させたものだ。

 生半可な実力では彼女を捕らえることはできない。


「我が魂がデルフィニウム様の御許に辿り着かんことを」


 しかし、それでも狂信者たちは、己の生命を顧みずにアルテナの動きを止めようと斬られに行く。

 彼女の隙を作るために容易に生命を投げ棄てる行為はあまりに凄惨で、実際にアルテナの動きを鈍くしていた。

 自らの手が斬られて、首を裂かれても、彼等は竜気の全てを一瞬の生存とアルテナをただ掴もうと全力を捧げ続ける。


「こ、の……!」


 アルテナを支援するように、イオナ嬢が大量の弓を打ち込んだ。

 ハーベルも穴の中にいる狂信者の足止めに対応していたチムの動きを一旦止めて、アルテナ支援のために攻撃魔法を飛ばしていた。


 その様子を見て、撤退した伝令役たちにも注意を払っていたキリル嬢も、自力での追跡と対処を諦めて場の対応に回った。


 最後までこの調子ならば、伝令たちは逃すものの、アルテナは何とか耐え凌いで、残存した集団には勝利できただろう。


「アザレア、サイネリア、あの後衛2人だけは必ず始末する。ついて来い」


「はっ!」


 しかし、リンドウは自身のアルテナへの追撃を止めて、ハーベルとイオナ嬢へと突撃した。


「ちょ、ちょっとぉ!? こっちこないでよ!?」


「キリル!」


「分かってる!」


 キリル嬢は方向転換をして、アルテナではなくハーベルたちの支援へと向かった。


 しかし、イオナ嬢とチムが攻撃を緩めたことで、穴から這い出た狂信者たちが、キリル嬢の前に立ちはだかった。


「ちっ、邪魔!」




「あなたは下がりなさい!」


 ハーベルはイオナ嬢よりも大きく前に出て、大鎌ではなく、短剣でリンドウたちへと構えた。


「お前の魔法は厄介だ。偉大なるデルフィニウム様の魂の供物となれ」


「……『ゲイルスラッシュ』!」


 ハーベルが魔法剣を放った。


 竜気が使えない彼女の近接戦闘手段で、『一之剣・疾風』とほぼ同じ技だ。


 しかし、アルテナの『一之剣・疾風』に比べたら威力にも精度にも劣る。


 リンドウは容易くいなして、ハーベルに肉薄する。


 何度か打ち合うが、ハーベルは剣を吹き飛ばされた。


「くっ……! 『アイスエッジ』!」


 ハーベルはヘプたん様から伝受しただろう氷魔法を放った。

 彼女の周りに7個の巨大な氷の刃が出現し、迫る敵へと斬りかかる。


「ふん、子どもだましだ……むっ!?」


 氷の刃を剣で破壊したリンドウは、己の腕が弾けた氷に侵食されたことに驚きの表情を浮かべた。

 砕けた刃は氷の柱となって、彼の右腕と剣を封じ込めたのだ。


 ハーベルは氷刃ごと、後方に下がって態勢を立て直した。

『アイスエッジ』は霊気の使用量が非常に多いのか、彼女は明らかに息が上がっていた。


「ふん!」


 しかし、リンドウは躊躇いなく自らの右腕を引きちぎって、予備の剣を左腕で構えた。


 ハーベルは、残り6つの氷刃を振るった。その様子には明白な焦りが見て取れた。


「アザレア、サイネリア!」


 隙を狙って控えていた取り巻き2人が、リンドウの盾となって、氷刃を受けた。


 炸裂した氷刃が柱になって2人を拘束してすぐに、リンドウが凍結部分を切り捨てた。


 出血を申し訳程度の竜気で処置しながら、アザレアとサイネリアは再び、氷刃の盾になった。


 しかし、今度は凍結して間もなくイオナ嬢の矢が二人の頭部を吹き飛ばした。


 イオナ嬢はやはり絶妙なタイミングで重要な働きをする。

 敵に回れば厄介で腹が立つが、味方ならば心強い。


 ハーベルは残り2つの氷刃で片腕のリンドウを相手にする。


 アルテナとキリル嬢は問題なく応戦して、敵の生命を順調に刈り取っているが、ハーベルに加勢するまでには時間がかかりそうであった。


 リンドウは放たれた氷刃を避けながら、再び彼女に迫る。


 ハーベルは回避と氷刃を駆使しながら、何とか隻腕のリンドウに対応する。

 お互いに決め手に欠き、均衡状態に陥っていた。


 イオナ嬢の矢の支援もあって、アルテナとキリル嬢が加勢するまでの耐久は可能そうであった。


「位階に魂を捧げよ」


 しかし、その危うい均衡は崩れた。


 リンドウは左足を犠牲にして、氷刃の一つを破壊した。

 繋ぎ止められた左足を斬り落としている間に、次いで飛来する氷刃と矢をそれぞれ右足と口で受け止めた。


 リンドウの両足を完全に封じ込めたことになる。

 しかも口で押さえた矢は、歯の殆どを吹き飛ばし、彼の喉を貫いて、口内に留まっていた。


 見るからに瀕死で、ほとんど彼女たちの勝利であった。


 ハーベルの安堵が映像から見て取れた。


「――位階に魂を捧げよ」


 口内の矢を引き抜き、口の中に溢れた血を吐き出しながら、リンドウはそう呟いた。


 そして左腕で矢を投擲した。


「ぁ……?」


 リンドウの生命力全てを竜気に換えて放たれた最後の一撃は、ハーベルの胸を深く貫いた。



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