71.過去-酔鯨
来月からは週1で木曜日の投稿にしようと思います
(3/4追記)誤字脱字のご報告をいただいたので反映致しました。ご報告ありがとうございます。
俺は地下に潜って、タウンゼント卿に会った。
しばらく、携帯端末も起動していなかったが、久々に訪れれば着信が複数あった。
どうやら俺に用があるらしい。
「ああ、ヒックスか。此度のこと、悔やみ申し上げる。父の魔道具に確かな評価を見出した方を喪ったのは哀しいことだ」
クロード爺さんが亡くなったことはタウンゼント卿にも伝えていたが、こうして直接言葉を交わすのは初めてだ。
俺は何も言わずにただ頭を下げた。
クロード爺さんの死について、俺がこの口から社交辞令を出す資格はない。
ただ、事実を述べるだけだ。
「素晴らしい方でした」
しばらく沈黙があったが、それを崩す者がいた。
「あー、仮面様! 僕にもアトリエくださいスよ! あと自由に暮らせるだけのお金とか物資!」
天才アセモグル少年である。
タウンゼント卿がうんざりした顔で、アセモグル少年を見た。
「私では、あいつは扱えん。あいつはとんでもなく頭が良いが、とんだロクデナシだ。話も全く聞かんし、指示にも従わなかったり、わざと失敗してみせたりもする」
「ちゃんと合理的で納得できる指示には従ってるスよ?」
その言葉にタウンゼント卿は憂いを深くした。
「私も自分は非常識で破天荒な人間であると思っていたが、あいつを見ているといかに自分が良識と慣習に囚われた人間であるか分かる」
タウンゼント卿も貴族の地位を捨てて地下に住むとか言い始めたり、自分の死を偽装させたりとぶっ飛んだ人間だ。
そのタウンゼント卿にそこまで言わせるとは、アセモグル少年が恐ろしい。
「そうだ仮面様! 僕の作品を見てくださいス!」
そんなタウンゼント卿を置いて、アセモグル少年はプレゼンとばかりに自身の作品を見せた。
「どうっすか。これは自信作スよ」
魔道具の灯を取り付けた尖塔を中心に据えた精巧なジオラマの街である。
『おー、これを手で作ったんだ。すごいね』
「地下帝国もこんな感じの街にしたいスねー」
——地下帝国の街ね。
俺がこの世界と真剣に向き合おうと決めた中で、取り組まないといけないのが、この地下帝国とその住民たちのことである。
「……地下生活は早期に打ち切る必要があるんだ」
「む、そうなのか?」
「ええー、地下暮らしも悪くないスよ? そりゃそのうち何とかして地上に出ようとは思ってたスけど」
そんなことを考えていたのか。
まあ、擬似太陽や、換気口もあるとはいえ、やはり地下だけの生活は気が滅入るものだろうか。
この世界の人間は移動手段が限られていることもあり、それほど遠出したりする習慣がないから、アセモグル少年に特有かもしれないが。
『いえ、どうやら人間は遠くに旅に出ることそれ自体が幸せを呼び起こすようですわよ』
『狩猟採取民族だった頃の名残かな?』
『眉唾じゃな』
へえ、まあ、それは置いておこう。
「しかしエルエム、地下の住人たちをおいそれと外に出すのも難しいんじゃないのか。元はほとんどの住民が違法な奴隷だろうに、ここ以外に安住の地があるのか?」
「何よりも、ここの人たちは道化の悪魔の持つ力とか、正体なりそうなヒントを持ってるのが問題スよね。ヒックス家が関わってることがバレるかもスよ」
……アセモグル少年の口から聞き捨てならない言葉を聞いてタウンゼント卿に目を向けた。
「……私はエルエムの正体については、何も口にしてないぞ」
「言われなくても普通に分かるスよ。ヒックス商会の卸す自動で動く格安のゴーレムのことは噂に聞いてたスからね」
まあ、それなりに耳敏い地下住人ならばヒックス商会の農作業ゴーレムを把握して、地下の有様と結び付けて考えるか。
「……それでも、地下で暮らせる時間には限りがある」
擬似太陽を始めとして地下帝国で稼働する設備のほとんどは俺が作成し、テトラくんちゃんの精霊の余剰パワーをぶつけ続けることで作られた魔力を発する鉱石で稼働している。
数年、上手くいけば数十年、または俺が生きている間は持続するかもしれないが、それ以上は人間の生存出来る環境ではなくなる。
『宇宙船地球号から脱出せよみたいな話?』
『大脱出ですわね』
『忌まわしきクオンツのように精霊自体が力を供出しておるわけでもないのに、不可能に決まっておるわ』
「……何か、仮面様って、思ってたのと違うスね。もっとクールでエキセントリックだと思ってたスけど」
『それはむしろボクのことでしょ』
『それはむしろワタクシのことですわね』
『それは儂じゃろ』
『『『…………』』』
精霊たちは本当に仲が良い。
「しかし、実際にどうするというのだ? 彼らはこの地に根ざしつつある。迫害されて、追放されて、ようやく手に入れた安住の地を彼らが簡単に離れるとは思えないな」
「もはやここは聖地スよ。王であり、神に等しい仮面様の言葉でも動きたがらないヤツがたくさんいるスよ」
二人の言葉もまた真実だろう。
「それでもいつかの滅びの前に新しい場所に行かなければいけないんだ。そして、それは早い方が良い」
そう言ってから、俺は道化の仮面に相応しい笑みを浮かべた。
「それに、この地が聖地であり離れたくないというなら、この地ごと旅立たせてやればいいだろう?」
タウンゼント卿もアセモグル少年も首を捻りながらも、その目はぎらついて、俺の言葉を待っていた。
二人ともまさに知的好奇心の怪物であり、次の俺の言葉がそれを興奮させることを直感的に知っているらしかった。
「……さあ、エルエムよ、一体どうするというのだ?」
「…………っ」
「単純だ。この大地ごと空を飛べばいい」
「な、なな、なんスかこれ!?」
アセモグル少年が俺とタウンゼント卿の機密研究室の内部に入るや大声を上げた。
この機密研究室はミクスゲルの自動経験値部屋と同じく地下帝国でも一部の者しか知らない部屋の一つである。
尤も、部屋というには非常に広大であり、明るくても端の壁から反対方向の壁が見えず、天井も非常に高い。
そして、その高い天井と床の間を数体の巨大な鯨が泳いでいる。
「あ、あれも魔道具スか!?」
「もちろんだ。私とエルエムが取り組んできた成果の一つだ」
そう、空を飛ぶ鯨の構想が浮かんでからタウンゼント卿と長年取り組んでいた。
現在、遊泳しているのは疾風の精霊と晶氷の精霊の加護を受けて直ちに施策した空を飛ぶ鯨の試作品たちである。
本来は闇の精霊の加護があると更に改良が進むようだが、晶氷の精霊の『冷却』と『停止』の概念を組み合わせることでも空飛ぶ鯨が実現した。
直後にクロード爺さんが亡くなってしばらく停滞していたが、再び計画を進めていきたい。
俺は鯨ゴーレムの一体を呼び寄せた。
鯨ゴーレムは空中をややもたつきながらこちらに旋回し、徐々に速度を落として俺たちの近くにゆっくりと停まった。
「……分かった、これで人々を運ぶ……違う、仮面様の本当に考えていることが分かった……」
アセモグル少年は早速俺の意図に気付いたらしい。
「この地下全体を覆う巨大な鯨ゴーレムを作るスね? ゴーレムの国……いや国自体がゴーレムになる……」
アセモグル少年は感じ入ったように鯨ゴーレムを見ていた。
純粋に光る青い瞳は輝いている。
「アセモグル、手伝ってくれないか? 俺とタウンゼント卿たちだけでは行き詰まっているところもあってな」
俺がそう頼めば、アセモグル少年は勢いよく首をこちらに向けた。
「自分のアトリエやこれ以外の労役免除してくれるならいいスよ」
「あれだけ興味深そうに見ていたのに、ちゃっかりしている……」
タウンゼント卿が苦々しそうな顔をした。
俺も苦笑して、肯いた。
「今よりも良い生活は用意するさ。その分というわけではないが制限も増えるが」
「よし、任せてくださいス」
満面の笑みでアセモグル少年は親指を立てた。
「じゃあ、まずは観測データから理論構築もらうか。あとは設計か」
こうしてアセモグル少年を仲間に加えて更に改良が進めば実際に空を飛ぶ移民船としての鯨が出来上がるかもしれない。
『それにしても名前どうする? やっぱり飛鯨? 空鯨、気鯨、風とかけて鯨流とか? あ、鯨流は結構好きかも』
『ネーミングは大事ですわね! 名は体を表すものですわ! 舟の鯨、漂う鯨、希望の鯨、夢の鯨……』
今回の鯨ゴーレムについては中々良い名前が思いついておらず精霊たちはしきりに考えている。
『……酔鯨。酔って見る夢のような存在。今のもたつくように泳ぐ姿も酔っ払いのようじゃ』
『お、いいじゃん。酔鯨。響きがいいね』
『夢の鯨であり、今の覚束ない飛行姿も捉えてますわね』
それならこの空飛ぶ鯨たちの総称は『酔鯨』にするか。
『ま、まあ儂の名付けを使いたいというなら特別に、許可しよう。うむ』




