69.過去-雨上がり、萌芽
クロード爺さんの葬式からまた数日が経った。
ヒックス家はしばらく喪に服していたが、再び新たな日常へと戻りつつあった。
俺もアルテナとの鍛錬や農作業ゴーレムの仕様変更等について取り組み始めた。
「剣の筋が更に重く研ぎ澄まされた気がするな」
鍛錬後、アルテナにそう評された。
「ただ、心配だ。なんだか……」
アルテナはそこで言葉を切った。
その日、シュタッケルベルク家の令嬢であるマリア・シュタッケルベルクがヒックス家を訪れた。
葬式にも参列していたが、改めて弔意を示したいとのことだった。
シュタッケルベルク嬢先導の政策によって開拓された村での災害であったし、彼女もクロード爺さんの死には責任を感じているのかもしれない。
シュタッケルベルク嬢は今年18を迎えたばかりだそうだが、落ち着いていて気品のある女性だった。
その様子から本当にアルテナやハーベルと並ぶ貴族の有力冒険者には見えなかったが、確かに佇まいには隙が無い。
それに、外見だけで判断するならばアルテナとハーベルだって凄腕の冒険者には見えないか。
シュタッケルベルク嬢はクロード爺さんの墓前にて祈りを捧げた後に、ヒックス邸にてヒックス君パパと対談することになった。
俺もヒックス君パパに頼んで、同席させてもらうことにして、俺とヒックス君パパで彼女と相対して席に座った。
「改めまして、今回の我が領土で起きたご不幸についてお悔やみ申し上げますわ」
シュタッケルベルク嬢が眼を伏せてそう述べた。
貴族が一平民である人間に向ける言葉と態度では無かった。
シュタッケルベルク領は小規模ながらも数代に渡る封建領主であり、他領地の大商会の元当主といえども、下手に出るような態度に出るなどあり得ないのである。
葬式に参列するだけならばまだしも、貴族が改めて墓参りに来るのも驚愕に値する出来事であるのに、こうした態度と言動も取るとは思わなかった。
ヒックス君パパも取り繕ってはいるが、内心では戸惑っているようだった。
俺の竜気がヒックス君パパの感情の乱れを感知していた。
ヒックス君パパは感情が表に出やすく、激情家の一面もある。
そうした感情が人を動かすことは多々あれども、貴族の相手は苦手なのだろう。
アルテナとハーベルの父親で有力貴族であった剣鬼に啖呵を切る男だしな。
「……貴いご身分のお方からそのようなお言葉をいただくなど畏れ多いです。父も戸惑っておるでしょう」
「シュタッケルベルク領は貧しい領土ですし、私も民たちと同じ労働に勤しみ、同じ食事を取って育ちました。貴族であることへの誇りと責任は自覚しておりますが、同時に人の生命に貴賤がないことも実感しております」
『ふうん、なんか立派そうなお嬢様だね、ペンテとキャラ被ってるけど』
『ワタクシは光の精霊らしく在るだけですわ』
『はっ、相変わらず取りすましておる』
精霊たちがわちゃわちゃしている間にも会話は進んでいく。
「ところで、ミダス村の跡地には天変地異が起きたような有り様でしたわ。生き残った村人の話によれば、ヒックス家の方が救助に当たる為に行ったとか」
そういえばクロード爺さんを捜索する為にかなりの無茶をしたのだった。
ミダス村とその周囲はちょっとしたテーブルマウンテンのような有様になっている。
必要なことだったと思うが、確かにあまりに目立つだろう。
ヒックス君パパが俺にちらりと目線を向けた。
確かに俺の仕業であることを認めるように小さく頷いた。
「とてつもない水害だったと報告を受けていますが、ヒックス家の尽力により多くの人命が助かったと伺っております。その他にも遭難者の救助もしていただいたとも」
そう言ってからシュタッケルベルク嬢は頭を下げた。
「領民のために力を尽くしていただき感謝致しますわ」
「……誠に僭越なことを申し上げますが、貴族が平民に対してみだりに頭を下げるのは控えた方がよろしいかと」
「ええ。そうですわね。しかし、頭を下げる以上に私たちからヒックス家に渡せる価値のある恩賞はないかと。私のような小娘の礼でも足りないほどでしょう」
ヒックス君パパは表情を取り繕ってはいるが、眼前の令嬢を扱い兼ねたように見ている。
こうした貴族を相手取るのはまだまだ不慣れなようだ。
もちろん俺は貴族の相手はもっと苦手だ。
こういう時にクロード爺さんがいればもっと上手くいなしてくれたのだろう。
「それで、その、ロベルト様はどちらに? 私、直接にお礼を申し上げたく存じまして……」
ん? 何故そこで次兄が出てくるのか。
確かに次兄は、子どもの捜索や、俺がクロード爺さんの亡骸を発見した後は率先して保護や避難誘導を行っていた。
しかし、どちらかといえば俺がシェルターの作成や生活必需品の自作や高速の配送等も請け負って中心で働いていたと思う。
「以前にお会いした時も剛毅な方とは思いましたが、偉大といえるほどの魔法使いだとは思いも寄りませんでしたわ」
そう言って、シュタッケルベルク嬢は少し目を潤ませて艶めいた表情をした。
俺とヒックス君パパは顔を見合わせた。
これは、どうやら彼女の中で次兄が突然のテーブルマウンテン作成やら負傷者の奇跡じみた救助を行ったということになっているようだった。
ヒックス君パパが視線で「訂正するか?」と伝えて来た。
俺は小さく首を横に振った。
冒険者ギルドに加入した辺りから自分の力をそれほど隠すつもりはなくなったが、今回はペンテお嬢様がうるさくなったからだ。
『来てます! 来てますわね!』
『どこぞのサングラスの人みたいなこと言ってるよ』
『ふ、ふん。人間はすぐに色恋やらつがうことばかり考えおる。そ、それで、これからどうなるんじゃ?』
『ヘプたんも恋バナ好きだよねー。ボクも嫌いじゃないけどさ』
恋愛の波動を感じ取ったペンテお嬢様が大興奮である。
ヘプたん様も落ち着きがない。
『テトラさんは、代理人くんにお熱ですものね!』
おっと、思わぬ流れ弾が飛んできた。
『は、はあ!? ペンテったら、恋バナのことばかり考えて、鉛筆と消しゴムでカップリング作る脳になっちゃったの!?』
『書き記す鉛筆と書いた文字を消してしまう消しゴム……お互いに違う役割を持ち普段はいがみあってはいるものの……という感じですわね!』
『お互いに相容れぬ宿命を持つ者同士じゃが、文を作るために協力し合うことで、鉛筆はより美しい手紙を仕上げられることに気付くというのはどうじゃ』
『ああ! 良き! 良きですわ! ヘプたんさんは分かってますわね!』
『……ダメだこいつら』
テトラくんちゃんは匙を投げた。
ヒックス君パパに言い付けられて使用人が次兄を連れてきた。
「ああ。シュタッケルベルク様。ご無沙汰してます」
「え、ええ。そうですわね。以前より再びお会いしたく……いえ、別に、そんな……ああ、違くてですね!」
快活に笑いかけた次兄に対して、シュタッケルベルク嬢は先程までよりも随分と可愛らしくなってしまっていた。
その様子はただの年頃の少女である。
『いつフラグを立てたんじゃ?』
『ヘプたん、いつの間にフラグなんて言葉覚えたの……』
『テトラさんは細かいことを気にし過ぎなのですわ! せっかく得たワタクシの同志に水をかけないでいただきたいですわ!』
『ええぇ……』
ヘプたん様はペンテお嬢様の同志になったのか。
「え、ええと、ロベルト様、お祖父様のこと謹んでお悔やみ申し上げますわ」
「ありがとうございます。シュタッケルベルク様にそうおっしゃっていただけると爺ちゃんも嬉しいと思います」
次兄は失礼に感じない程度の絶妙な気安さでシュタッケルベルク嬢と会話をする。
最初は緊張した様子のシュタッケルベルク嬢だったが、次第に先程までともまた違う自然体な様子で次兄と会話をしていた。
——意外にお似合いなんじゃないだろうか。
再びヒックス君パパと視線で会話した。
ヒックス君パパも同じようなことを思っているようだ。
もちろん貴族と平民が結婚するのは、依然として難しいだろう。
実際に今まで次兄とシュタッケルベルクは嬢の間に浮いた話は特に聞かなかった。
しかし、クロード爺さんだって今までは地下帝国に非難して生き延びていたのだ。
過去の行動が大きく変われば、次兄とシュタッケルベルク嬢が結ばれるという結末もあり得るのだろう。
クロード爺さんの死という想定外の不幸の果てに、新たな出会いがあるのならば。
それがヒックス家の幸福に繋がるのならば。
クロード爺さんの死に少しでも報いることができるのだろうか。
会話する若者たちと見て、騒ぎ立てる精霊たちの声を聴きながらそんなことを考えていた。




