63.現在-避けられない運命
テトラくんちゃんとペンテお嬢様の合体技の威力は凄まじく、天から注ぐ光は途轍も無い貫通力で地面を突き刺し、天と地を繋ぐ巨大な柱となっていた。
天から墜ちた光柱が地面に衝突した際に灼熱の余波が発生し、俺たちにまで被害が及ぶかと身構えた。
身構えたところで、凝縮された精霊の力をたとえ余波でも咄嗟に防ぐことは不可能だろうが。
ここまで来て死に戻りするのかともはや諦観していたが、しかし、柔らかな冷気が俺と魔人族の周囲を漂い、破滅的な光の暴力を遮った。
どうやら晶氷の精霊が余波を防いでくれたようだ。
冷気であるのに温かさを感じるなど奇妙だが、しかし不思議と心で納得できた。
この温かさは晶氷の精霊が魔人族へ抱いている思いやりの具現化なのだろう。
『おお……我らが偉大なる精霊よ……!』
それを自覚したのか、魔人族の集団は晶氷の精霊が自分たちを保護したことに感激していた。
俺も魔人族のオマケだろうが救って貰えたことには感謝したい。
そして、肝心の晶氷の精霊といえば。
『……儂の敗北じゃな。所詮、儂のようなサブオーディネイトではオリジンには辿り着けないのか』
彼女の肉体には著しく欠損が見られたが、それは白煙を吹き出しながら少しずつ復元されているようだった。
表情から見るに、むしろ肉体よりも精神的なダメージの方が大きそうである。
『疾風の力を多く取り込んで、尚も疾風の精霊と同等程度。そして、大地と陽光には全く敵わない。これが、これが千年で得られた成果だというのか。ははは、これでは、まるで、まるで道化ではないか』
晶氷の精霊は痛ましく響く乾いた笑いを上げた。
『あー……まあ、そう落ち込まないでよ。『アブソリュートゼロ』はすごかったよ。かなり良い感じだったと思うよ、うん』
『そうですわね、ええ。精霊としてかなり格を上げたことを実感いたしましたわ、ええ』
『でもミアの『グレイス』のがすごかったよね!』
『……所詮は力を奪ったはずの疾風に容易く破壊される力に過ぎんからな……儂の全力をいとも容易く……ふふふ……』
『あー、いや、だからね……』
『えへん! ミアね、何回でも『グレイス』できるよ! ミア、ヘプたんよりすごい!』
『さすがオリジンじゃな……儂のような存在価値の無い劣等品とは違うな……ははは……』
『おりじんってなにー? ミア、おりじん? ヘプたん、おりじんじゃない?』
『あーもう、バカ鳥はちょっと黙っててよ』
『むー! ミア、バカドリじゃないもん! バカドリって言う方がね、バカドリってね! 誰かが言ってたもん!』
『ミアさん、少し沈黙するのですわ』
『うーっ! 代理人くーん! テーちゃんとね! ペンちゃんがね! ミアのこと仲間外れにするの!』
緑のミア鳥がこちらに飛んで来た。
『うん、まあ、あれだ。少し俺と遊んでようか』
『代理人くんは優しいね! ミアね、優しい人は好きだよ!』
そうかそうか。
ありがとう。
それからテトラくんちゃんとペンテお嬢様がやさぐれてしまった晶氷の精霊を慰めている間にミア鳥の喋りに付き合った。
彼女は、とにかく話したいことがたくさんあるようで、突拍子のない内容を洪水のように浴びせて来た。
支離滅裂なそれらを半分聞き流しながらそれらしく相槌を打つ。
それからミア鳥は陽気に歌い始めたので、それを聴いた。
歌はかなり上手で、これは充分に興味を持って聴けた。
『いいかい、ヘプたん。アレはね、精霊の中でも力自体はめちゃくちゃ強いんだ。そうだとしても頭があんなにぱーなんだから、アレを気にしちゃダメなんだよ』
『そうですわよ。三歩すら歩かずに大事なことを忘れるような存在と張り合ってもどうしようもないですわ。老いたロバに乗って風車に挑むのと同じくらい詮方なきことですわ』
あちらでは陽気な緑のミア鳥に対して散々の言いようである。
思わずミア鳥の頭を指先で撫でた。
『んー? えへー』
可愛い。
『ねーねー代理人くん』
『うん? どうした?』
『ヘプたんはねー、なんだかいつも辛そうだよ。世界はこんなに楽しいことに満ちてるのにね。どうして楽しいことに目を向けないのかな?』
何というか、疾風の精霊は純粋無垢なのだろう。
風は留まることなく吹き続けるように、どんな辛いことも流していって、そして楽しいことを見つけるのかもしれない。
『葉っぱのざわざわや、岩のガラガラ、洞窟のびゅーびゅーだって、面白いのにね。みんな笑顔でぴょんぴょんすればますます面白いよ』
『ミアおねーさまは楽しいことを見つける天才なのかもしれないな』
『天才!? えへん! ミア、天才なんだよ!』
やがて幾分か機嫌がよくなった晶氷の精霊を連れてテトラくんちゃんとペンテお嬢様が戻ってきた。
『まあ、そういうわけで、色々あったけど、疾風の精霊はボクたちと遊びに行くことになったよ』
『ヘプたんさんにも協力いただければ心強いのに、それは断られましたわ』
『ふん、誰が人間に力を貸すか。それに、儂のような劣った精霊の力なぞオリジンがいるならば必要ないじゃろ……』
まだ微妙に晶氷の精霊はやさぐれているな。
『ヘプたんも一緒に遊びに行こうよ! ヘプたんも一緒ならもっと楽しいよ!?』
『やかましい! 貴様のようなやかましいバカドリとこれ以上共にいられるか!』
『なんで!? ミアとヘプたんはちょー仲良しなのに!?』
『やかましいわ! ふん! 貴様と離れられて清々しいわ!』
『うー! ヘプたんひどい! ひどいひどい! ミアね、ヘプたんのこと大好きなのに、大嫌い!』
『っ、やかましいわ! さっさと立ち去れ!』
『ううー、いいもんいいもん! ふんだ、ミアは、テーちゃんとペンちゃんと代理人くんと遊ぶもん! バイバイ!』
喧嘩別れなんて随分寂しいな。
『じゃあ、代理人くんの新しい使命は二人を仲直りさせることね。どうせミアはすぐに忘れちゃうだろうけどさ』
『素晴らしいですわ。加護の分だけ精霊に尽くす。まさに適切な関係ですわね』
ええ……超常的な存在たちの仲を取りまとめるなんて、神話じゃないんだから勘弁して欲しい。
まあ、俺は精霊たちに感謝しているし、彼女たちが課題を抱えているならば協力したいとも思ってはいるが。
しかし、さすがに俺の操るヒックス君の手には荷が重過ぎる気もするけどな。
『さて、それじゃあミア、代理人くんに加護をよろしく。あ、でも場所を変えようか』
そう、精霊の加護を授かっても爆発しないように準備をしてきているのだ。
上手くいくかは分からないがせっかくだから試したいところだ。
その為にも一度、オイコノ子爵領に戻る必要がある。
『うん! ミアね、代理人くんにたくさん加護を与えちゃうよ!』
そう言ってミアおねーさまは明らかに俺に加護を与えるような動作を始める。
ちょっと待ってちょっと待って。
『ミアさん、場所を変えるから待つのですわ』
『うん? うん!』
良かった。
『まったく油断も隙もないよ』
それから下山を始めようとしたところで、魔人族の青年に声をかけられた。
「確かに、遺体があった。あー……ありがとよ」
「当然のことをしただけだ」
青年は少しバツが悪そうな顔をした。
「……アンタみたいな人間には会いたくないんだよ」
『人間を殺すのに躊躇いが生まれるからかな』
『ワタクシからすれば同じ人の仔が殺し合うのは哀しいことですわ』
『ふん、『精霊の仔』と邪悪なる人間を一緒にするな』
『それはどういう意味だい?』
『貴様らに話すことはない。しかし、この時代に精霊の寵児が関わっているならば、もしかしたら貴様らも知ることになるかもしれぬ』
『勿体ぶるねぇ……』
『情報は積極的に共有すべきだと思いますわよ』
『精霊の寵児! なんだかすごく懐かしい響き! すごく、好きな響きで——なんだか胸が、苦しくなる、響き』
『……せっかくの鳥頭なんだから、全部忘れてしまえばいいのにさ』
テトラくんちゃんは少し苦しそうな顔をした。
たまにクオンツのことを話すときの顔だ。
『きっと魂で覚えてしまっているのですわ。ワタクシたちの中で、今も生きているのですから』
『……勝手な美化も大概にするんじゃな。かつての精霊の寵児は殺された。そして、我らの弟妹は喪われた。それを美化することで風化させるなど愚かしい。貴様らは怒りと憎しみから目を逸らしているのじゃ』
『アナタこそ、いつまでも憎悪を抱えて立ち止まって、それが望ましいことだと思っていてはいけませんわよ。全ては進んでいくのですから、ワタクシたちも進まなくてはいけないのですわ』
『……儂は全ての精霊で、お主が一番気に食わん。自分は正しいと信じて、全てを置き去りにしていこうとする。貴様の独善的な考えは心底虫唾が走る』
『あら、ワタクシはアナタのことも深く愛していますわよ』
ペンテお嬢様は至極真面目な顔でそう言った。
『……そういうところも気に食わんのじゃ!』
『ねーねー! どうやったら精霊の寵児に会えるの! ミアね、精霊の寵児に会いたい! 会いたいよ! ずっと会いたかった! うん、会いたかったんだよ!』
『……代理人くんに加護を与えればすぐに会えるから、ちょっと待ってよ』
『それでいいんだ!? それじゃ代理人いくよ!』
ミアおねーさまがさっきとは比べ物にならないほどの意気込みでこちらに突進をしてきた。
え、いや、待って。
『ちょっと、ミア!?』
『待つのですわ!』
『鳥頭め……』
精霊たちの驚愕と制止と諦観の声に一切耳を傾けず、疾風の精霊は俺に突っ込んだ。
俺はせめてもの対処として少しでも魔人族から距離を取る。これから、そして今後予想される爆発に巻き込みたくないからだ。
巻き込んだらそれはそれで経験値が……いや、流石に罪悪感がデカそうだ。
『あ、ミア代理人君の中わりと好き! でもなんか狭い! せーの……やっほーーーー!!』
ちょっ——え、何この量!? 待って待って! 無理! これは無理だぞ!?
『ちっ……『ドライフリージング』!』
晶氷の精霊の精霊の力にで遥か彼方に吹き飛ばされながら、俺は意識が急速に遠くなる。
待ってくれ、気絶もまず——
『それからー、さらににどーん! さらにどどーん!』
『どんだけ加護ぶち込むの!? バカじゃないの!?』
『この大山脈ごと消し飛ばすつもりですの!? バカですの!?』
『儂にどれだけの苦労をかけされるんじゃ!? この、バカが!』




