62.現在-精霊の本質
俺と魔人族は共にかなり離れて精霊たちの戦いを観察することになった。
敵対している人間と接近して良いのかと思ったが、俺が精霊たちの戦いに横槍を入れることの方がよっぽど気に食わないらしい。
「お前さん、何者なんだ? 精霊たちと会話が出来て、しかも随分と強力な加護を得ている。俺たち『霊樹の仔』としては捨て置けないな」
王国公用語に堪能な青年が話しかけてきた。
王国で間諜でもしているのだろうか。
「何者って言われても、俺も分からんな。強いて言うなら哀れな善人の代理人だよ」
「何だよ、そう煙に巻かなくてもいいじゃねえか」
別に煙に巻こうとしているつもりはあまりなく、あまりに突飛でややこしい事情を説明するのが面倒なだけだ。
あ、滑落した死体について伝えておくか。
「ここに来る途中で、魔人族の遺体を見つけたから稜線上の風が吹かないところに置いておいたぞ」
もう少し具体的な場所を伝える。
青年は少し考えるように沈黙したが古代精霊語で、他の男性に要件を伝えていた。
「確認に行かせた。本当だったら感謝するが……」
「それじゃあ感謝することになるだろう」
死に戻りしたら徒労に終わるが。
「それで『霊樹の仔』っていうのは?」
「……俺たちは自分たちのことをそう呼んでいるのさ。かつて世界を支え、多くの生命を産み出した大霊樹の末裔だってことでな」
大霊樹……確か創造神が創り出した3つの存在の一つだったか。
始祖竜、大霊樹、そして破戒獣だったか。
この青年の言葉が真実ならば魔人族は大霊樹から生み出された生命か。
魔人族は魔法の優れた使い手で、つまり霊気の優れた使い手だ。
魔人族と王国民から産まれたハーベルが竜気で体が焼ける体質があることからも、信憑性はあるかもしれない。
逆に、ヒックス君を始めとする王国の民は竜気と霊気の両方を使えることから、始祖竜と大霊樹が生み出した生命が混合したってことだろうか。
「なるほどね。『大霊樹』ってのは今も存在するのか?」
「……遥か昔に喪われたらしい。『愚者』が斬り倒したという短い伝承が伝わるだけさ」
「ふうん……」
『愚者』ね。
その響きから頭にクソ生意気な神が浮かんだ。
やっぱりあいつが黒幕だったりするのか?
いや、道化と愚者は違うか?
「おっと、精霊たちがついに力を示し合うらしい」
その言葉を耳にして、思考を中断して、遠くにいる精霊たちへと注意を向けた。
竜気で視力と聴力を強化すれば充分に彼女たちの表情や仕草が観察でき、会話が聞き取れた。
『それじゃあ、最初に精霊の力で有効打を与えた方が勝ちね』
『良いじゃろう』
『本当にワタクシたちを同時に相手取るつもりですの? 少し思い上がりが激しいのではなくて?』
ペンテお嬢様が呆れ半分、心配半分といった表情で晶氷の精霊を見た。
『思い上がっているのは貴様たちの方じゃったとすぐに分かるじゃろう』
晶氷の精霊は己の敗北を全く想定していないようだった。
ペンテお嬢様たちの様子だと晶氷の精霊の方が精霊として格下のようだが。
『それじゃあ、このコインを投げて落ちてきたら開始ということで』
そう言ってテトラくんちゃんは生成した王国通貨を指で弾いた。
回転しながらコインは宙を舞い、それからまるで超高密度物質と化したかのように、重い音を立てて急速に落ちた。
『はい、どーん!』
全員が異常な動きをするコインに気を取られているうちに、テトラくんちゃんは晶氷の精霊の四方八方を隆起させた大地で囲んだ。
何じゃそりゃ。
『甘い、甘いよヘプたん! ボクは獅子搏兎の申し子なのさ!』
反則気味の行為を行いながらも、テトラくんちゃんは得意げな顔をした。
そういうことをすると身内側から異論が出てきそうだが。
『不正ですわ! 無効ですわよ!』
『ミアね、ズルは良くないと思う!』
やはりそうなったか。
『これが反則なんてルールは定義されてないじゃん』
『ほう? そういうのでしたら、この際きっちりと規則体系を草案作成から始めますわ。理念、原則、細則をしかと議論していきますわね?』
怖い笑顔で顔を鼻先が当たりそうなまでに寄せるペンテお嬢様の圧に圧されたらしく、テトラくんちゃんはやや上体をのけぞらせながら溜息を吐いた。
『あー、もう分かったよ……おーい、ヘプたーん、今のは無効でいいよ』
テトラくんちゃんが呼びかけても返事はなく、その代わりに晶氷の精霊を包むように隆起した地面が、侵食されるような様相でたちどころに氷っていき、やがて砕けた。
晶氷の精霊は冷気を身に纏いながらその中から姿を現した。
『おや、ヘプたんはいつの間にか結構な実力をつけたんだね。確実に不意打ちで仕留めたと思ったのに』
『それは流石にサブオーディネイトを下に見過ぎですわよ』
『ヘプたんはやればできる娘だね!』
『余裕を見せつけていられるのも今のうちじゃ——『テンペスト』!』
晶氷の精霊は強い冷気を直線状に放った。
それはまるで竜の息吹のようであった。
精霊の力っていうのは人知を超えている。
『ミアね、ぶつけっこするよ! 『トルネード』!』
そして小鳥姿の疾風の精霊が、それに匹敵する吹雪を起こして晶氷の精霊の猛吹雪と相殺させた。
余波がこちらにも届いてきて、非常に冷たい突風が地を勢いよくなぞっていった。
精霊が本気で戦ったら極魔級に匹敵するんじゃないだろうか。
『ヘプたん、すごい! ミアね、いっぱい力をこめたんだよ!』
『……貴様の権能の大半は既に儂が奪っておることも覚えとらんのか』
『はえ、そうなのー?』
『ええい、この鳥頭め。それでもこれだけの余力を残しておるというのか……オリジンの力はこれ程——』
『ヘプたん! 次は連続でぶつけっこね! 『ビリオントルネード』!』
『なっ!?』
発生した数多の竜巻が雪と更にその下の砂岩を巻き上げて、巨大な力の塊となって晶氷の精霊を押し潰した。
『ヘプタ様!?』
魔人族の面々はたまらず叫んでいたが無理はない。
疾風の精霊の力は凄まじく、たとえ同じ精霊でも無傷ではいられそうにない程だった。
しかし、もはや嵐と化していた竜巻は凍結し、氷のドームへと変貌した。
そして砕けた氷のドームから、無傷ながらも息を切らした晶氷の精霊が現れた。
『ふう……ふう……この鳥頭め……! 脳みその代わりに力の結晶でも詰め込んでるのか!?』
『ミアの出力はオリジンの中でも突出してるよね』
『ミアはお姉ちゃんだもん!』
『はあはあ…………ふう。しかし、この程度ならば疾風の精霊は儂の力の制御範囲内じゃ。 貴様らの敗北じゃな』
たしかにミアおねーさまだけならば知能の差もあっていずれ晶氷の精霊が勝ちそうだが、条件は一対一ではない。
『ワタクシたちもいますわよ? 光よ、道を示しなさい——『ホーリー・レイ』』
ペンテお嬢様がそう言うと、俄に空が明るくなった。
「おいおい、今は真夜中だぞ。白夜の季節でもねえってのに」
青年が苦笑しながらそう漏らした。
魔人族の多くも狼狽えている。
『……ふん、多少明るくなったからなんじゃ? これで、有効打になると?』
『まさか。ただ、たまには、精霊の力を合わせてみるのも一興ではありませんこと?』
『なんじゃと?』
『ここ最近は、中々ユニークにボクたちの力を組み合わせているのを目にしているんだよね。人間って存在がどんなに面白くて、可能性に満ちているか、教えてあげるよ』
『ふん、貴様らはとことん堕ち——』
テトラくんちゃんの言葉に、晶氷の精霊は侮蔑するような表情をしたが、何かを察したようで血相を変えた。
『く、やらせん……『アブソリュートゼロ』ッッ!』
晶氷の精霊を起点に、周囲の世界が急激に冷え込んでいく。
俺の周囲でもあまりの冷気は竜気さえも突き抜けて、身体を刺していくような感覚を覚えた。
そして、世界が少しずつ動きを緩慢にしていく。
晶氷の精霊の周囲では、物質の運動さえも凍りつき、その様子は時間さえも凍っていくようであった。
あまりに超常的だ。
これが、精霊の力か。
晶氷の精霊の本質は、冷やすこと——それは即ち『停止』だ。
物質の停止は時間の停止である。
精霊の力は間接的に時空にすら影響を及ぼし得るのか。
これだけの力があるからこそ、晶氷の精霊は充分に精霊複数を相手どれると踏んだわけか。
しかし晶氷の精霊は、力は強いが、見積もりは誤ったようだ。
『ミアとヘプたんって真逆だね! ミアはね、動かすよ! 満たすよ! 『グレイス』!』
強い風が吹いて、周囲に満ちていた冷気が吹き飛んだ。
そして、凍えて緩やかになっていた世界は再び加速した。
それはまるで真空を満たす恩寵であった。
疾風の精霊の本質は無を満たすこと、真空に突き刺さっていくこと——即ち『充填』だ。
『ヘプたん、キミは確かにボクたちが思っていたよりも精霊として成長しているよ』
『しかし、まだまだワタシたちには届いておりませんわよ』
『格の違いってやつを見せてあげる——『ディストーション』!』
テトラくんちゃんが上空に手を挙げた。
その先には黒い楕円が発生していた。
『ボクの本質は『生産』さ。そして、今は強力な重力の歪みを生み出したのさ』
上空の黒円は重力によって精霊の光が凝集しているために発生しているらしい。
黒円の中央には凝集した光の球が揺れている。
それはさながら地上を見下ろす巨人の眼であった。
『ワタクシの本質は『先導』ですわ。進み、そして道を照らすこと。そして、一点に集中すれば、万物を貫く槍となりますわ』
なるほど、それで『力を合わせる』と表現したわけか。
『オリジン、これ程か、儂の千年は一体……』
晶氷の精霊は空を呆けたように見ていた。
『蒸発しないようにね——『セレスティアル・レイ』!』
そして上空から収束光線が放たれた。




