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50.現在-剣聖

 

 剣聖のクソ爺との決闘まであと5日となった。


 重魔スペルビアと戦闘するかは悩んだが、俺はひとまず剣聖のクソ爺と一戦交えるのを優先することにした。


 対面して感じたが、ヤツは重魔リリスよりも遥かに強い。

 それに強さ以上の不気味さを感じた。


『絶対に侮らない方がいいと思うよ。これから代理人くんがアレより圧倒的に強くなってもね』


『……そうですわね。鳥肌の立つ底知れなさを感じましたわ』


 精霊たちをしてこう言わせるのだから、本当に油断ならない相手なのだろう。

 どうしてこう面倒な奴らを相手にしなければいけないのか。




 王都でまだ休憩していたナッシュとキリル嬢と合流して、重魔スペルビアとの顛末を話す。


「それでこれからどうするの?」


「まずは剣聖のクソ爺とやり合うための経験値稼ぎだ。ダンジョンを可能な限り潰していこうと思う」


 この世界で偶発的に発生するダンジョンは魔物や貴重な資源を生み出す。

 そしてその内部にはダンジョンの根源であるコアが存在し、それを破壊することで位階の上昇が望めるという。


 ダンジョンコアは魂を持つということだろうか。

 ということは、ダンジョンは魂を持つ生命体なのだろうか。


 まあ、魔物も存在するファンタジーな世界だ。

 精霊でさえもあまり詳しく知らないらしいし、そんなものと考えておこう。


 どれほど強くなっても多少の生命の危険がある以上は過去では積極的に挑もうとは思わないが、死に戻りでリスクを大きく取れる現在では良い経験値ソースだ。


「ダンジョンアタックですか! 任せてください! ついにマスターと一緒に冒険ができるのですね!」


「いや、俺は単独で動いてゴーレムの物量戦法で押し切ろうと思う。ナッシュとキリル嬢は俺とは別のダンジョンを頼む』


「あ、はい……」


 重魔スペルビアから経験値の足しにすれば良いと、まだ公表されていないダンジョンについての情報を提供された。


 どこまで信頼して良いか分からないが、残された時間も少ないため、ひとまず情報の検証も兼ねてダンジョン探索と攻略を行おうと考えた。


 ナッシュとキリル嬢が倒した敵の経験値も半分ほどは俺に流れるため、分散した方が効率的であるため、そのように指示を出した。


「ダンジョン攻略よりも自分の身の安全を最優先してくれ。無理はしないように」


「了解」


「はい! 死なないように気をつけて死ぬ気で頑張ります!」


「……キリル嬢、ナッシュが無茶をしないように管理してくれ」


「了解」


「マスター!?」


 たとえ、死に戻りが起きようと、俺は二人を出来る限り犠牲にしたくはない。


 ナッシュを重魔リリスとの戦いで生贄にして、キリル嬢を屑勇者との戦いで何度も圧殺しているのに、虫の良い話だが。


 それに、ナッシュとキリル嬢からすれば、俺の死は、彼らたちの死でもあるのだから、そんなことを言われて手を抜けるはずがない。


 ある意味で俺は重魔スペルビアよりも重魔スペルビアらしいかもしれない。


『ま、良いんじゃないの。人間だもの』


『悩んだ時はワタクシを頼るのですわ。いい子いい子してあげますわよ』


 精霊たちが俺に優し過ぎる。

 もう少し、人間に厳しい精霊の加護を得なければいけないかもしれない。


『よく分からないところでストイックなんだから』




 マザーゴーレムを大量作成することによるダンジョンアタックは非常に効果的であった。


 特攻する自爆ゴーレムを大量生産して、魔物をゴーレムの自爆で倒しつつ、更に大量の汎用ゴーレムで落とし穴や罠を無効化して、マッピングや謎解き、アイテム収集に長けたゴーレムを送り出す。


『……もう全部ゴーレムでいいんじゃないかな』


『これはこれで見ていてわりと楽しいですわね。俯瞰映像があればもっと良かったですわ』


 やがてゴーレムがダンジョンコアに辿り着いてコアを破壊したのか、先程までよりも大量の経験値が手に入った。


『すごいね、10ティファニーくらいだ』


 これは実際に中々の経験値量だ。

 重魔ブルート100体分でもあるわけだからな。


 そもそも朝食女は人間の中ではかなり特出した存在であることには留意しておきたい。

 1ティファニーの経験値を得たからといって、朝食女1人分だけ強くなったわけでなく、朝食女を土のキューブに変えてやった際に得られる経験値量に過ぎないのだから。


『今更ですけど、その単位は不謹慎ですわよね』


 テトラくんちゃんだから仕方ない。


『いや、代理人くんはこちら側でしょ? 何自分は違うみたいな顔してるのさ』


 その後も、『これから毎日ダンジョン壊そうぜ?』などと現代日本の創作物に悪い影響を受けたテトラくんちゃんの言葉を聞き流しつつ、王都を中心とした非公表ダンジョンを潰していった。




 そして遂に明日は剣聖との決闘である。

 魔道具による契約によれば決闘は正午の12時と設定されているはずだ。


 魔道具がより強き者と判断した方が、開始の時刻に相手の方に転移してくるらしい。


「あの、マスター、ご家族には会われないのですか? ご心配されていると思いますが」


 ヒックス君と家族のために会うべきなんだろうな。


 しかし、何処かで今会って良いのか迷っている俺がいる。


 アルテナとハーベルを喪い、オイコノ子爵と重魔リリスを討ったといえ一家の名誉は堕ちた。


 彼らと会うのはそれらが解決した後にしたいと思っている自分がいる。


 ——いや、それは嘘だ。


 いくら考えないようにして、誤魔化そうとしても、俺は分かっているのだ。


 自分が剣聖に勝てないことを。


 あの日、剣聖がハーベルとアルテナの父親を斬った時の姿を俺は覚えている。


 戦いを知るほどに、少しずつ強くなるほどに、あの時の剣聖がどれだけの強さであったのかを強く自覚した。


 俺は負けると分かっているのに、ヒックス家のみんなと顔を合わせたくないのだ。


 俺が死ぬことで、道連れにしてしまう、俺の眷属ともいうべき者たちにも。


 それでも、本当は死に戻りの度に説明するべきなのだろう。


 この身体は俺のものではなく、ジョーリ・ヒックスのもので、そしてそれを剣聖と戦わせるのは、代理人である俺の選択だ。


 剣聖との戦いは、俺のエゴによるものだ。


 そしてこの戦いは、アルテナとハーベルを救うためにした選択の結果なのに、この世界には二人とももういない。

 本当に無意味な戦いだ。


「家に帰った方がいいよ」


 キリル嬢がナッシュの裾を掴みながら言った。


「どんな形であれ、会えないのが一番辛いと思うから」


 キリル嬢の言葉は重みがある。


『どうするかは代理人くんに任せるよ。ボクからしたら、じゃあ毎回最後の一日は帰るのかって感じだし』


『ワタクシからしますと、代理人くんが、この現在にどう折り目をつけるのかという問題だと思いますわね』


 精霊たちは、この世界は次の世界への通過点に過ぎないと考えるか?


『ボクはわりとね。ゲームのセーブデータをロードして遊んだ後に、セーブせずに消すようなものだと思ってるよ』


『この世界が通過点なのか、平行した一つの世界かは、ワタクシにも分かりませんわね。だから、どうであれ後悔しない選択を代理人くんはするべきですわね』


 ……そうだな。


「……ナッシュ、キリル嬢、俺は帰らないよ。剣聖に勝って、胸を張って会いに行くさ」


「そう、ですか」


「勝ってもらわないと困る」


「ああ、勝つさ」


 その言葉にはおそらく信憑性はなかったが、キリル嬢は珍しく俺に微笑んだ。


 ナッシュとキリル嬢に手持ちとして携帯していた資金を全部与えて、王都で観光でもしてくるように命じた。


 明日、迎えに行くと伝えて。




 やがて、正午の12時を迎えたらしい。


 剣聖アレクセイ・ハーシュマンが俺の目の前に現れた。


 クソ爺はかつて5歳ヒックス君の頃に見た頃と全く何も変わっていない。

 クソ爺のままである。


 現在の場所はインダストルガ高原という、北方大山脈に近しいめったに人が寄り付かない高原だ。

 過去に幾度と魔人族との紛争地となった場所でもある。


 そして、アルテナ、そしてハーベルが剣聖と決闘したという地だ。


「小僧、やはりお前は面白いな」


 別にお前を楽しませたいわけじゃないぞ、クソ爺。


 {……だが失望した」


 それから剣聖のクソ爺は俺を見て、落胆した顔で言った。


「子どもの頃からお前には他の者にない可能性を感じていた。神の如き力の加護を感じた。今もかつてなかった人あらざる力を感じる」


 それでわずか5歳の俺と決闘の契約を交わしたというのか。

 ぶっ飛んだクソ爺だ。そのまま宇宙の果てまでぶっ飛んで欲しい。


「しかし、思った以上にたいしたことがない。ただの勘だが、『お前』はまだまだ強くなるが、少なくとも今『ワシ』の前に立つお前ではない。そして、『ワシ』はその強くなった『お前』と戦うことは出来ない」


 何がただの勘だよ。

 大当たりだよ、くそったれ。


「ああ口惜しいな……ワシの渇きを潤す闘争を得られなかった! 珠玉の一滴を得ることができなかった! ああ! ああ!」


 剣聖のクソ爺は癇癪を起こしたように叫ぶ。


 その苛立ちは周囲の生物のあらゆる動きを恐怖で凍らせてしまったらしく、全てが死に絶えたように静かになってしまった。


 竜気を全身に巡らせていなければ俺も仮死状態のようになっていたかもしれない。

 目の前の絶対強者に対峙しているだけで、今も汗が大量に滲んでいるのだから。


 それにしても、あまりに自分勝手な野郎で腹が立つ。

 強いならそれなりに責任とって節度をもって行動しやがれ。


 やがて、剣聖は気怠げに剣を抜いた。


 無骨ながらも蠱惑的な煌めきを持つ神刀『塵劫』は、元々は剣の神の持つ剣だったそうだ。

 なるほど、たしかに人間が作れる代物ではない。


「ワシの剣を躱して、少しでも楽しませてくれ」


 それは、ハーベルとアルテナの父親を斬った時と同じ『無明』と呼ばれた剣技だった。


 それは『強い』だとか『必殺の』などという言葉は必要なく、相手を根源から斬るだけの原始的にして最も恐ろしい殺人の技である。


 一度は見た技なのだ。それにその所作を俺は今何とか捉えることができている。それならば躱せるだろう。全身に巡らせた竜気を回避へと向かわせるのだ。もう剣聖のクソ爺の間合いに入っている。何故動けないんだ。見えているなら躱せるだろう。動け、動けよ。なんで、あ、これ走馬灯——








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