49.現在-重魔スペルビアとの邂逅
剣聖との決闘まであと6日まで迫った。
結局、俺単独では2週間近くかけても重魔スペルビアに正体に迫る情報には辿り着けなかった。
隙を見てプレスコット伯爵を捕らえて拷問にかけたり、そこから芋づる式で聞き出した悪人たちを追いかけたりしたが、どうも重魔スペルビアの正体が見えてこなかったのである。
『雑にフラグを立てて雑に回収するんだから』
ぐうの音も出ない。
『ワタクシが愚かで脆弱な代理人くんさえも愛して導いてあげますわ!』
光の導きあれ!
『まったく調子が良いんだから』
さて、俺自身は重魔スペルビアの所在地や正体にたどり着けなかった。
しかし、俺の到着から2日遅れて王都に到着したキリルとナッシュはそうではなかった。
天才斥候であるキリル嬢と10年近く監視システムのリーダーを務めていたナッシュは、諜報活動のプロフェッショナルである。
二人は迅速に情報を集め、その断片的な情報を的確に継ぎ合わせて、重魔スペルビアの正体を暴き出した。
やっぱりプロフェッショナルってすげえよ。
二人の存在が有り難い反面、自分の無力さに少し凹むな。
『手を取り合って単独じゃできないことを達成するのが人間の素晴らしさですわよ。代理人くんは、代理人くんの為すべきことを為すことが大事なのですわ』
『代理人くんも、諜報活動の備品生産とかで役に立ったじゃないか。なかなか出来ることじゃないよ。なかでき、なかでき』
精霊たちが優しい……優しい? うん、優しいことにしておこう。
しかしナッシュとキリル嬢に王都に来てもらって助かった。
持つべき者は有能な協力者である。
それにしても重魔スペルビアの正体は意外だった。
「重魔スペルビアの正体は聖人アロー。そうとしか考えられない」
キリル嬢は無表情だが確信に満ちた表情で結論を端的に述べた。
ラファータ以外にも聖令教で聖女や聖人と認定されている者は非常に少ないが存在する。
聖人アローもその一人である。
聖人アローについてはヒックス君の記憶にもあるし、俺も過去で何度かその名前を耳にした。
曰く「貴いお生まれにも関わらず、それを全て捨てて民の幸せを祈るお方である」
曰く「教会内部の権力闘争にも興味を持たず、他人の幸せばっかり考えてやがるお人好し野郎」
曰く「教会がどれだけ腐っていようがあの人だけは本当の聖人だよ」
こうした噂を監視システムでしばしば耳にすることが多く、聖人アローには良い印象を抱いていたのだが。
『その正体は裏で暗躍する重魔スペルビアだったわけですわね』
『印象操作に乗せられちゃダメだね』
重魔スペルビアの正体を特定したナッシュも苦い顔をしている。
とりあえず重魔スペルビアの隠れ蓑であろう聖人アローに接触してみるか。
『お話にいこう』
お話だけで終われば良いが。
俺はその日のうちに重魔スペルビアが滞在しているという街『ソシオルクオイス』を訪れた。
王都から馬車でも1日かからない近場である。
ナッシュとキリル嬢はオイコノ子爵領から王都までの強行軍に加えて情報収集の激務で疲労していたため、休憩を取るように言って王都に置いて来た。
ナッシュは疲れているにも関わらず、同行しようとしたが、キリル嬢に首を極められて沈黙した。
惚れた男のためなら惚れた男にも容赦の無いキリル嬢であった。
いつも通り適当な場所で地下空間を作り上げて、スパイゴーレムを街中に放った。
『キミ、いつも同じことしてるよね』
安全マージンは多く取っておきたいんだよ。
大事なヒックス君の生命だぞ。
『重魔リリスよりも強い魔物がいるわけですものね』
『でももっとリスクテイクしていかないと、修正できることも修正できないよ』
『そうですわね』
精霊たちとよもやま話をしているうちに聖人アローの姿を捕捉した。
どうやら力を抑えているのか、特に問題なく監視することができた。
もしくはナッシュとキリル嬢の推測が外れたのかもしれない。
非常に頑張ってもらったため別に間違っていても文句を言うつもりはないが。
『監視というか盗撮だよね、今更だけど』
人聞きの悪い。事実だが。
聖人アローは非常に若い美男だった。
金髪の白磁のような肌が美しく、その紫紺の瞳には慈愛が宿っているようだった。
ふむ、ナッシュたちが集めた情報通りの年齢ならばかなり壮年のはずだが、あの見た目は20代前半にしか見えないな。
本人は癒しの神の加護によるものだとしているようだが。
聖人アローは救貧院にて瀕死の病人を看取ろうとしていた。
「……ええ、あなたは素晴らしき人間でした。きっと幸せに天国にいかれますとも」
今にも亡くなりそうな病人に穏やかで優しい声をかけていた。
「カール……息子ですか? ええ、大丈夫ですよ。心配することはありませんよ』
話すこともできないだろう相手にまるで会話でもしているかのようにかけたりもしていた。
そして気のせいかもしれないが病人の苦しみが少しだけ緩和したように見えた。
聖人アローはやがて、そっと病人の顔に手を翳した。
その手を元の位置に戻したときには病人は絶命していた。
前後の動作からして、おそらく聖人アローが息の根を止めたのだろう。
「あなたの魂は私が受け継ぎましょう。そして同時にあなたの心はカールと共にあります。どうか安らかに」
彼はそう呟き、死者に祈りを捧げた。
同様にして、同じように苦しんでいる重病者たちに慈しみの声をかけてから安楽死させた聖人アローは、付き従っていた僧侶に命じる。
「彼らの亡骸のを運び出します。私は神父と話をして参りましょう」
看取り部屋を出たところで、聖人アローは少年に呼び止められた。
「せいじんさま。おかあさんは……?」
「あなたのおかあさんは、私と共にあります。そしてあなたの心の中にいますよ」
「おかあさん、しんじゃったの……?」
「少年、いや、カール、聞きなさい。あなたのおかあさんは、あなたの中に生きている。それを忘れてはいけない。肉体が滅びても魂と、心は不滅なのです。あなたの中で、おかあさんは生き続けるのですよ」
それからも聖人アローは少年に優しい言葉をかけ続けて、少年が泣き止むまで抱き締め続けていた。
「カール、私はあなたのおかあさんを忘れませんよ。あなたも忘れてはいけません」
聖人アローはそのまま少年を連れて街の教会を担当する神父に会い、先程の亡骸の弔いを無償で申し出た。
神父としても聖令教の聖人の申し出であり、亡骸の弔いにかかる費用が浮くこともあって快諾した。
「カール、強く生きなさい。おかあさんはそう望んでいるでしょう」
「……うん」
死者の並ぶ部屋に戻る前に聖人アローは、足を止めてスパイゴーレムに目を向けた。
「覗きは感心しませんね。どなたかは把握しかねますが、用がおありならば直接訪ねて来なさい」
そう言って聖人アローは再び死者の並ぶ部屋に戻った。
『スパイゴーレムがバレてるね。重魔スペルビアかは確証がまだないけど、それなりに厄介な相手だよ』
『あまり悪人らしくはありませんわよね。安楽死こそさせておりましたが、それが絶対に悪だとも思えませんわ。法による規制があるわけでもありませんし』
うーむ、重魔スペルビア、よく分からない相手だ。
しかしシーフィアを狙っている以上は仮に聖人だとしても始末してやるが。
『どうするの? 会いに行く?』
『罠の可能性もありますわよね』
ひとまず対話が出来るゴーレムを連れて行ってみるか。
『臆病だねぇ』
愚かで脆弱な代理人は臆病なくらいがちょうど良いだろう。
『最初の重魔リリスとの戦いだとかなりの強敵と分かっていて突っ込んでいったくせに』
あれは……正直頭に血が上っていました。
『タウンゼントの時も軽挙に行動するし、策士にはなれないよね』
情動に流されやすくて申し訳ない。
『素直なところは代理人くんの長所ですわね。いい子いい子』
光の導きあれ!
『人をダメにする精霊だぁ』
「やれやれ、あなたはかなり慎重なのですね」
主原料が水の対話可能ゴーレムで聖人アローの部屋を訪れると、彼は少し呆れたようだった。
『臆病なんでね。それに、なんせ重魔スペルビア相手だしな』
俺の先制パンチに、しかし聖人アローは全く動揺を見せなかった。
「私と対話がしたいのなら、あなた自身が私の前に来なさい。もう話すことはありません」
それから、聖人アローは俺の対話ゴーレムを爪先の弾きで消し飛ばした。
しかも強力なエネルギーを放出して、スパイゴーレムを機能不全に陥らせた。
『うーん、これだけのエネルギー、しかもこの禍々しさからして、やっぱり聖人アローが重魔スペルビアで決定だろうね』
『代理人くん、どうしますの』
……重魔スペルビアと分かった以上は戦ってやろうじゃないか。
地下から出て、他の者に気取られないようにして、重魔スペルビアの下に辿り着いた。
一応道化の悪魔の仮面を着けた。
実際に近くまで来ると、濃密なエネルギーに冷や汗が出た。
正直、今の俺では勝てる相手ではない。
「やあ、待っていましたよ」
重魔スペルビアのいる部屋の前に立つと、扉が勝手に開いた。
いつでも戦闘できるように気を張りながら、部屋に侵入した。
「……ほう?」
重魔スペルビアは俺の姿を見て、何やら深く考え事をしているようだった。
今ならやれるか?
情報を得たいが、こいつから得られる経験値は相当なものだろう。
剣聖との戦いも控えているし、悪くない選択だ。
「道化の悪魔……いや、ジョーリ・ヒックスくん。ようこそ私のもとを訪ねてくれました。ニースンク・アロー……いえ、重魔スペルビアが歓迎いたしましょう」
重魔スペルビアはにこやかな笑みでそう告げた。
「初めに言っておきますが、私はあなたを害するつもりはありません」
『うわ、胡散臭いなぁ』
『ですわね……』
「まずはあなたからある程度の信頼を得ることにしましょう。胸襟を開いて語りあう方が実りある対話になるでしょうから」
重魔スペルビアは椅子を用意して俺に座るように促した。
「あなたの妹、シーフィア・ヒックスを私たちが狙った理由が知りたいのでしょう」
重魔スペルビアはいきなり本題を突き付けてきた。
「……それ以外にも訊きたいことは山ほどあるがな」
俺の言葉に重魔スペルビアは「ええ、そうでしょうね」と頷いた。
「端的に言えば、黒幕が欲しているからですよ。精霊の寵児を始めとするこの世界の特別な存在をね。自らの願望を実現するためにね」
「……黒幕ね。誰が背後にいるんだ?」
「重魔リリスにかかっていた呪いはご存知かと思います。程度は違えども私にも同じく呪いの口輪が付いていましてね。それは言えないのですよ」
さて、真実だろうか。
拷問すれば確実だが。
「疑っているようですが、私は真実しか話しませんとも。話せないことには話せないと言います」
……こいつも道化の神と同じタイプだな。
嘘を話さないが、こちらから言及しない限りは致命的に重要な情報も話さないタイプだ。
「黒幕のことは話せませんが、私自身のことは話せますよ。そもそも私と黒幕は協力関係にはありますが、従属関係ではありませんからね。私は私の目的の下に動いているのです」
「……黒幕の目的はなんだ?」
「それは呪いで話せません。私からすればくだらないことですよ。あまりにくだらない」
「それならば何故協力している?」
「ある程度は私たち——ここでは私と言った方が明確でしょうか——の利となるからですよ。それはあなたについても同じですが」
……よく分からんな。
「お前の目的は何だ?」
「簡潔に言えば、私は世界をより良くしたいのですよ。人間を幸せにしたい。私は人間が大好きなのです。たとえ魔物に身を堕としてもそれは変わりません。むしろその為に魔物になったのですから」
……人間を幸せにしたい?
随分と大きく出たな。
『人間の生き様が大好き系の人外だね』
『人間からしたら傍迷惑なことが多いパターンですわね』
君らが言うのか?
しかし、これだけの強さを持つ魔物だ。
しかも真偽は不明だが元は人間らしいから、とんでも思想の持ち主でもおかしくない。
「その結果がミクスゲルを使って、キマイラの生産か?」
「ミクスゲルは、私の計画の途上に過ぎませんよ。黒幕にとっては相応に都合の良いものでしょうが、私にとってはまだまだ粗末なものです。そのような粗末なもののために喪われた生命を考えると哀しくなりますね」
人間を幸せにするためにミクスゲルから発展させた計画を実行する?
『人類補完計画だ!』
『ミクスゲルの性質を考えますと、人類を何かしら変異させたいと考えられますわね』
「人類を魔物に変えるつもりか?」
「まさか。私を含め魔物などというのは歪な生命の紛い物に過ぎませんよ。いずれ私含めて世界から消えるべきでしょう。それでも今は世界のために理想を追求しなければいけません」
「お前の理想を他人に押し付けるなよ」
「貴方は正しい。私は傲慢なのでしょうね」
「それでも止める気はないと?」
「たとえ傲慢でいようと、それでも前に進むことが私の為すべきことと確信しています」
「……その為に魔物になったと?」
「ええ。しかし私はいつまでも人間の味方です」
「気付かない内に魔物になったことで思考が汚染されているかもしれないぞ」
「それはかつての人間であった私が恐れていたことですが解決しています。実を言えば、私という存在にはもはや意思がないのですよ」
どういうことだ?
「魔物になったことで、意思が歪む可能性がある。それならば予め自分の目的を確固とした指針と定義して行動を既定すれば良い。そして、私は行った」
うん?
よく分からんな。
「つまり、私、重魔スペルビアは全ての人間を幸せにするために聖人アローが確立した命令規則に従って行動する操り人形に過ぎないのです」
「……その割には自由そうだが」
「どちらかといえば、魔物になることで計画に支障のある思考や行動を禁止することに重点がありますからね。私がこうしてあなたと会話しているのも、現時点で全てを明かさないのもそれに従っての行動です」
聖人アローは人格を持たない、決められた一定の法則に従う機械やゾンビみたいなものということだろうか。
『……中々とんでもないやつだね。要するに自分をある意味で殺しちゃったわけか』
『掲げる理想のために殉死するのは、中々出来ることではありませんわね』
『なかでき、なかでき』
そういった意味では聖人という側面もあるわけか。
まあ、全ての人間を幸せにするなどと口にするあたり名前の通り傲慢なやつだとも思うが。
「さて、貴方と私はどこかで必ず対立するでしょう。しかし、今はその時ではないでしょう」
「既に対立していると思うが? シーフィアを狙うやつは全力で始末する」
「今の貴方では私に勝てませんよ。それに、ジョーリ・ヒックスは剣聖アレクセイ・ハーシュマンと間もなく決闘をするはずでしょう」
「……よく知ってるじゃないか」
「精霊の寵児の兄を知らないわけがありませんよ。私としても是非剣聖を倒して貰いたいのですよ。その点では我々の目的は一致しているでしょう?」
こいつら的にも剣聖のクソ爺にはくたばって欲しいわけか。
「私に人間の秘める可能性を感じさせたのは彼ですが、しかし同時に彼は私が思う人間の目指すべき方向とは全く異なります」
「……お前、全ての人間を幸せにしたいとか言いながら、都合の悪いやつは人間じゃないとか言って、排除するつもりだろ」
『偽善的悪役にありがちな展開だよね』
『まさに傲慢な所業ですわよね』
「それは私も非常に気を付けています。恣意的な選別は私の行動方針に反しますからね。しかし、剣聖アレクセイを人間扱いできませんよ。アレは生きた災害です」
まあ、言いたいことは分かるが。
「もし貴方が剣聖アレクセイをも退ける力があるならば、私もシーフィア・ヒックスについては手を引くように黒幕に促しましょう。そもそも、黒幕も剣聖アレクセイを倒した相手と事を構えたいとは思わないでしょうしね」
こうしてみると剣聖のクソ爺は悪党に対する抑止力になっているのかもしれない。
『神斬りアレクセイは、長期のスパンで見れば人類種にとって英雄そのものだしね』
『それでも愛のために代理人くんは戦うのですわよね』
『愛の戦士、ダイリニン!』
やかましい。
「剣聖のクソ爺を倒したら、お前も経験値にしてやるけどな」
「ふふ、それは楽しみですね。人間の可能性を私に見せてください。弱き人間が苦難を乗り越えて偉業を達成する姿を私に見せてください」
……ほんと、ペンテお嬢様みたいなことを言うやつだな。
『ワタクシの好みではありませんわね』
『もっと愚かで脆弱な方がペンテは好きでしょ』
さいですか。




