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36.現在-陽光の精霊

 さて、寝て起きて8年後の現在に移ればいつもの荒地……ではなくなっていた。


 痛む全身に鞭打って起きれば、草原にいた。


 前回の怪獣大決戦に巻き込まれたものの死に損なったらしい。

 重魔リリスとの戦闘でも気絶しなかったのに、なんということだ。


 体中が激しく痛むため、おそらく相当な数の骨が折れているようだ。

 あの峡谷が全く視界に入らないことからも、とんでもない距離を吹き飛ばされたんじゃないだろうか。


 竜気で骨、筋組織を操作して無理やりに元の位置に戻して固定する。


 あまりの激痛に吠えた。


『あわわ……』


 重魔リリスとの戦いの時よりも痛い。


『ボクの加護があると言っても栄養を取って休んだ方が良いよ』


 そう言っていられるか。


 あれから何日移動したと思う? 8日だぞ?

 しかもおそらく丸1日は気絶して過ぎている。

 剣聖のクソ爺との戦いまであと25日しかないんだぞ。

 ヒックス君の身体をこれだけ簡単にぼろぼろにしたバケモノと同格の相手と戦わなければいけないのに、休んでいる時間はない。


『そうかもしれないけど……』


 それより早く陽光の精霊に会わないとな。


『あー、それなら朗報だよ。吹き飛ばされたおかげでわりと近くに陽光の精霊の気配を感じるんだ』


 それは朗報だな。


『四之剣・砂鯨』で探知してみれば弱い魔物もそれなりいるようだ。


 再びマザーゴーレムを『ゴーレムクリエーション』で作り出して、魔物狩りを行わせる。


『これを人間の国でもやったらもっと効率良さそう。世界各地の人口の多いところに予め設置して、死に戻り開始と共に発動すれば経験値たくさん手に入りそうじゃない?』


 俺個人の立場だったら実行するが、ヒックス君の代理人だから人間は厳しいな。


『予め過去で大樹海に置いておくとか?』


 いや、大樹海は命が幾つあっても足りない魔境だからな。

 あまり行きたくない。


『やっぱり人間の国において、ハーベルやアルテナ、妹ちゃんが死ぬと起動する殺人ゴーレムを設置だね』


 うーん、罪のない人間を巻き込むのはなぁ。


『色んな人の悪事を握ってるんだから、そいつらだけを狙うようにするとか? でもゴーレムが襲い出したらヒックス家追放だけじゃ無くなって、未来がおかしなことになるかも?』


 そういうのもあり得るよな。過去の俺と、現在の俺の間の中間の俺は、わりと最初の世界と整合性を取るように行動しているようだからな。

 でもゴーレムが破壊活動を始めたら流石に辻褄が合わないかもしれない。


 重魔リリスがどう動くかも分からない。


『あー、確かに重魔リリスが問題かぁ』


 ……まあ、過去から現在の跳躍の間に得られる経験値がどう扱われるかは気にはなるな。


『上手くやれば時間を使った経験値の錬金術ができるね。やっぱり『ゴーレムクリエーション』は君とハーベルが最後の使い手にならなきゃダメだよ、危な過ぎる』


 テトラくんちゃんがそう言うならそうするさ。

 別に破壊的創造を伴ってこの世界を発展させたいわけでもない。


 テトラくんちゃんのお陰で飢えずに生きられて文明が成熟する土壌はあるのだから、この世界の人間が漸次進歩させていくだろうよ。


『君の世界みたいにたくさんの問題や哀しみと一緒にね。精霊としては複雑だな』


 そうだろうな。


 そんな会話をしながら、見かけた魔物を狩りつつ移動した。




 やがて、草原の丘に立つ石の塔に辿り着いた。


 こんな大樹海の奥に人工物があると感慨深いものがあるな。


 実は大樹海の奥には人間が住んでいたりするのかもしれない。


 大樹海パンドラ紀行もそうした奥地の人間が記したものかもしれない。


『こうして他の人間が辿り着けないところに来るのはまさに冒険者や探検家って感じだね。さすが未来のSSS級冒険者だ』


 まだ下から二つ目のジェイドだけどな。別名は翡翠級だぞ。


『平民のトップがアメジストなんだっけ?』


 そうらしいね。


 アメジストやサファイアになったところでオイコノ子爵の私兵扱いされるのは極めて不本意だから、俺としては頼まれてもなりたくない。

 普通の平民からしたらすごい待遇ではあるのだが。


 ちなみに貴族は黄金と白銀で、貴族な上に実績を残しているアルテナとハーベルは黄金級らしい。

 実力評価じゃなくてアルテナは少し悔しそうだったが、あんな小さい枠で称賛されて満足するような器じゃないだろう。


『冒険者ギルドのランクはロマンなんだよ』


 そうね。


 さて、塔に来たのは良いが、どうすれば陽光の精霊に会えるかね。


『うーん、彼女のことだから人間が来ただけでテンション上げて目醒めてはいると思うんだよね』


 おう?


『でも、きっと久しぶりの目覚めだからドラマチックに目覚めたいと考えていると思うんだよね。そういうのが好きなんだ』


 面倒くさそうな精霊だな。


『まあまあ、人間に協力的だし、根は良い子なんだよ?』


 根は良い子って言われてもなぁ。根も茎も葉も良い子であって欲しいが。


『まあ、茎くらいまで良い子だよ。葉っぱがちょっと独特なだけでね』


 分かった、分かった。

 テトラくんちゃんの身内だしな。悪く言うのはやめるよ。ごめん。


『いや良いんだけどね。とにかく、ちょっと仰々しい感じで』


 せっかくここまで来て、加護を貰えないのも困るし有難い助言に従うことにするか。


 テトラくんちゃんと少し脳内で打ち合わせをしてから、一度深呼吸をして声を張り上げた。


『陽光の精霊よ! 今こそその目覚めを乞う! 道を失いし我ら人間に光の導きを願う!』


 最初は何だか気恥ずかしかったが、古代精霊語だし呪文の詠唱みたいなものと考えたら気負いは消えた。


 塔が眩い光に包まれて、閃光が走った。

 反射的に闇竜気で視界を保護すると、光の中でいそいそと塔の窓から入り口の庇に降りてくる少女を捉えた。


『それ見ちゃダメなやつだよ。気付かれる前に竜気を消しときなって』


 テトラくんちゃんの言う通りに、目蓋を強く閉じて闇竜気を解いた。


 光が収まると、まるで初めからそこにいたような所作でこちらを見下ろす少女がいた。


 いや、窓から頑張って庇に降りるところを見たからな。


『ワタクシこそが陽光の精霊ペンテですわ! 人の子よ、祈りなさい! 「光の導きあれ!」と!』


 そう叫んでポーズを決めたのはドヤ顔の幼い女の子である。


 8歳のシーフィアよりは大きいだろうか。


 金色のドリルツインテールがデカい。


 テトラくんちゃん、そろそろいつものノリに戻して良いと思う?


『加護をもらうまでは待ちなよ。加護さえ貰ったらこっちのものだからね』


 了解。

 しかし大地の精霊が他の精霊の足元を見ているのは、なんだか哀しくなるからやめてほしい。


『さあ、人間よ! ワタクシの加護を……アナタ、ちょっとボロボロ過ぎますわね。休みなさい! それじゃあ陽光の精霊の加護は授けられませんわよ!』


 草原からこの塔に来るまでも2日が掛かっているのに、更に休むと?

 剣聖との戦いまで22日しか無くなるぞ。


 これ以上は時間を進めたくないのだが。


 これならせめて、一度現在のラファータに離脱のことを伝えておくべきだった。


『荒地にマザーゴーレムがあるから大樹海にもゴーレムがうじゃうじゃいるわけだし、気付いてくれるんじゃない?』


 おお、確かにそうかもしれない。

『ゴーレムクリエーション』が便利過ぎるわ。


 まあ、それに今回は寝なければ良いか。


『そういえば、人間が捧げた『万年胡桃』があるはずですわ。あれなら幾ら時間が経っても食べられますし、栄養も満点ですわよ』


 ペンテお嬢様はいそいそと塔の中に戻っていった。


『ね? 良い子でしょ?』


 そんな感じね。


『人間! アナタも塔に入るのですわ!』


 呼ばれるままに塔の中に入る。


 中は意外に広いな。


 テトラくんちゃんの祭壇と違って罠とかはないのか?


『まあ、あの罠はボクの趣味だしね。生命をかける代わりに宝が手に入ったら面白いかなって』


 納得したわ。


『横になれる場所はありませんが、寛ぐのですわ。ほら、これが『万年胡桃』ですわよ。一口食べれば数日はお腹が膨れると言いますわね』


『それは有り難い。精霊の施しに感謝致す』


『構いませんわ! 愚かで脆弱な人間を救い導くのが陽光の精霊であるワタクシの為すべき使命ですもの!』


 そういう考えなのね。


『ほら、あーんですわよ』


 ペンテお嬢様は慈愛の微笑みを浮かべながら万年胡桃をつまんでこちらに差出した。

 その姿は雛に餌を与える親鳥を想起させた。


 いや、それは何かおかしくない?


『そう言いながら食べるんだね』


 そりゃ食べるよ。


 胡桃を食べるとエネルギーが体に溢れて来た。


 おお、これはすごい胡桃だ。


 地下帝国でもこれを栽培できたら良いな。


『兵站は戦争するなら最重要だよ』


 そんな取り留めもない会話をしている内に、凄まじい眠気が襲ってきた。


『あら、おねむですの? 仕方ないですわね、陽光の精霊のお膝をお貸ししますわよ』


 そう言ってペンテお嬢様はぺたりと座って俺を迎え入れるように両腕を伸ばして、眩い笑顔を見せる。


『ほら、おいでなさいな』


 陽光の精霊の母性が凄まじい。

 先ほどまでの決意が揺らいでダメ人間になってしまう。


『まあ、疲れてると加護貰えなさそうだし、眠るしかないよ。『万年胡桃』を食べて、ぐっすり眠ったら体力全快だよ』


 時間が過ぎるのは困るのに、精霊たちの甘言に乗せられてしまいたくなる。


『眠って起きたら加護はいただけるだろうか』


『むむ、やはりここは精霊らしく試練を与える必要がありますわよね』


『それなら、時間がないので、このまま受けさせて貰いたい』


『そんなにボロボロで何を言ってるんですの! 休みは大事ですわ! 仕方ありませんわね、ちゃんとおねむできたら加護をあげますわ。愚かでか弱い人間はゆっくりと優しく導いてあげなければいけませんものね!』


 なんか悪い人間に騙されそうな精霊様だな。


『実際そういうこともあったよ。まあ、彼女はあまりに前向き過ぎてあまり気にしてなさそうだけど』


 ペンテお嬢様の膝に頭を乗せる。


 気持ちの良い草原で日向ぼっこをするような気持ちの良い感覚と、彼女の膝の温かさと柔らかさに癒されて一瞬で眠りに落ちた。


 剣聖との戦いまであと22日に迫った。

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