35.過去-採取クエスト
朝に目が覚めて、まず深い溜め息が出た。
この世界は本当に理不尽である。
あんなのがこの世界にはゴロゴロしているっていうのか。
『ゴロゴロとまでは言わないけど、わりといるんだなこれが』
……この世界は広過ぎる。
『そう他人事のように受け止めていられないよ。極魔っていうのは位階を逸脱した魔物で、つまり神斬りアレクセイの魔物バージョンなんだからさ』
あいつらが剣聖のクソ爺と同格?
「ふざけてやがる」
剣聖のクソ爺もこんなバケモノがいるならこっちの相手をすれば良いだろうがよ。
『蛇の方が極魔ナーガで、鳥の方が極魔ガルダだったかな。昔の個体はどっちも神斬りアレクセイが斬ったという話だったかな』
……俺は余波だけで塵みたいに吹き飛ばされてしまったというのに剣聖のクソ爺はあのバケモノたちに勝ったと。
あの時に王都で短慮な約束をしなければ、良かったのか。
もっと上手いやり方があったのだろうか。
『ハーベルを救ったことを後悔してるのかい?』
……そういう言い方はズルいな。
ああ、俺はあの時に取れる最適な選択をしたさ。
死に戻りができようと一度は過去の改変ができようと、これ以上に過去を変えることは受け入れられない。
現状を与件として、最適化問題を解いていくしかないんだ。
極魔だろうが、剣聖のジジイだろうが俺が倒してみせる!
……いつか。
さて、今日はベルトランおじさんとクエストに行く時間である。
『SSS級冒険者になろう!』
なお今日のクエストは薬草採取である。
『千里の道も一歩からだし……チートですぐにSSS級になれるよ』
いや、ならんし。
ギルドに着くとベルトランおじさんが待ち構えていた。
「早いなアイエス。時間をしっかり守るのは良いことだぞ。冒険者として常識だ」
アイエスとは俺の冒険者名である。
まあ、アルテナとハーベルと一緒にいることからヒックス家の倅だろうとはあたりをつけられているのだが、偽名を名乗り続けている。
別に本名を名乗る必要もない。大商会の子であると知られて阿呆の反感を買って絡まれるのも時間の浪費だ。
正体が推測されていること自体は、ヒックス家のゴーレム製造の要が俺であることを小賢しく耳聡いやつらに伝わるため望ましいくらいである。
ベルトランおじさんには昨日、一緒にクエストに行こうと誘った。
もちろんアルテナとハーベルは別行動である。
薬草採取に剣姫と銀姫を連れていったら面倒なことになるのは明白だからな。
どうもこのベルトランおじさん、8年後の現在では亡くなっているらしい。
詳細は明らかでないが、現在から7年前くらい、つまりこれから割とすぐのクエスト中に死亡したそうであるため、それを回避させてやりたいのである。
その為にも色々と親しくしておくと手心が加えやすいと考えて接触することにした。
『でもさぁ、ベルおじが助かったことで他の人間が不幸になる可能性とかあるんだよね』
それは俺も懸念している。
歴史の回帰は無いのはナッシュが生きていることや地下帝国が存在すること、ハーベルとアルテナが亡くなっていることからも間違いない。
しかし、過去に介入することで本来は死ななかったり不幸にならなかった人間が発生するかもしれないのである。
しかも、過去ではやり直しが出来ない。
しかし、知ってしまった以上は行動しないわけにも行かない。
ベルおじは良いおじさんだからな。
『神の如き傲慢さだ』
……そうだな。
「さて行くか……っつ……」
ベルおじが立ち上がろうとしたところで腹を押さえた。
「どうしたんですか?」
「いや、少しな」
「ベルトランのやつ、いつも通りちっこいガキにちょっかいかけて返り討ちにされたんだよ」
言葉を濁すベルおじに、横から声がかかった。
ベルおじよりも多少若い冒険者で、確かクールノーだったか。
軽薄な笑みを浮かべながらも、その立ち姿には隙がない。
ベルおじとは仲が良いのか監視システムでも一緒にいるところを見かける。
「小さかったから声をかけたが、中々実力のあるやつだったな。俺の眼も曇ったものだ」
ベルおじは苦笑した。お疲れ様である。
しかしベルおじもそれなりにベテランで冒険者ギルドでもまずまずの等級で、子どもにしてやられる実力ではないのだが。
テトラくんちゃんがSSS級とよく言っているが、オイコノ子爵家が宝石商をルーツに持つこともあってギルドの階級は宝石で表現されている。
一般の冒険者と貴族の冒険者は等級の枠組みが違うが、一般冒険者の等級は上から以下のようになっている。
アメジスト。
一般には紫石級と呼ばれているが、数は非常に少ないため実物を見ることはほぼない。各種の特権が与えられるがオイコノ領の兵力として扱われて、戦争等で招集されたら戦う義務がある。
サファイア。
蒼玉級とも呼ばれていて、アメジストの一つ下で、基本的には特権も一段落ちる。
しかし義務は変わらないという旨味の少ないポジションである。
オイコノ領の実質的な私兵で、アメジストはむしろ蒼玉級の冒険者にやる気を出させるための階級という印象である。
ルビー
紅玉級と呼ばれ、招集の義務はなく、自由に冒険者がしたいならこの等級でいるのが良いとされている。
ベルおじも紅玉級である。
義務を厭って等級を上げない実力者もいることから、実力のピンキリが大きい。まあ、最低でも紅玉級なら俺が最初に出会ったグレイウルフの群れくらいは単独で倒すとはいかなくても生き延びることはできるだろう。
後はガーネット、トパーズ、シトリン、パール、ジェイド、ストーンと続いているが、受注できるクエスト難易度の下限が決まっているだとかの違いで大した差は無い。
階級を付けることでやる気を出させることと、実力の目安をはっきりさせることで価格相場に信頼を持たせたいとかそう言った思惑があるのだろう。
『そういう興醒めするようなこと言わないの』
はいよ、申し訳ない。
ちなみに俺は最下級のストーンを最近抜けてジェイドになった。
俺もルビーくらいまでは目指すかな。
『SSS級冒険者……』
人間は本当に大事なこと以外は諦めと切り替えも大事だ。
『ボク精霊だもん』
薬草採取は特に問題も起きずスムーズに終了して、帰りの道中でベルおじと色々と話をする。
ベルおじは良い人なので、重宝される薬草の種類とかについても教えてくれた。飯のタネであろうが、そういうのを後輩に気前よく教えて大丈夫だろうか。
それからベルおじの普段の話とかを聞いたりした。
しかし、ベルおじって所作が整っているんだよな。
実は良いところの生まれなのかもしれない。
「アイエス、冒険者は危険な仕事だ。もしかしたら憧れがあるのかもしれないが、俺からすればあまりお勧めはしないぞ」
ベルおじは一度会話が途切れた後に硬い顔でそう口にした。
俺もその通りだと思う。肉体労働よりは職人とか
「それでもベルトランさんは冒険者を続けようと思ってるんですか?」
「俺は戦闘しか能がない。それに傭兵よりは今の冒険者稼業の方が、価値のある仕事をしてると思っているし、続けられる限りは続けるさ」
ベルおじは自分のクエスト報酬の一部を孤児院に喜捨している。
また、子どもたちにも人気で、ベルおじに憧れて冒険者になった孤児院出身の冒険者も増えてきているようだった。
ベルおじが幼い冒険者にくどくど忠告や世話をするのは、そういった要因もあるのかもしれない。
まあ、面倒見がよいため、一部を除く冒険者全体に概ね好感が持たれているようだが。
おや、魔物の気配だ。
微弱な『四之剣・砂鯨』を足で発動すれば、人間の子どもほどの大きさが複数ある。
ゴブリンかと最初は思ったが姿態からしてコボルトかな。
「……魔物が来るぞ! 俺の後ろに下がれ!」
ベルおじも気づいたようで、俺に下がるように促したため大人しく従った。
『これで思いの外ベルおじが苦戦したところでさくっと圧勝してドヤ顔するわけだね』
俺がそんなに力を誇示したがるタイプに見えるかね。
ベルおじが苦戦するようなら助けに入るけどさ。
現れたのは果たしてコボルトの群れである。
『何ティファニーくらいかな?』
ほぼ0ティファニーだと思うぞ。
これくらいなら朝食女はトーストを作るよりも楽に丸焦げにするだろう。
「コボルトか! ちっ、数が多いな!」
そう言ってベルおじは剣を抜いた。
お、竜気を使っているな。
ベルおじは竜気に属性こそ乗せていないものの、竜気を身に纏ってコボルトの牙を盾で防ぎ、的確に斬り殺していく。
戦い方は剣聖のクソ爺の流派と違って盾を前提にした戦い方だな。
ベルおじは危なげなくコボルトを捌いているが、一体がベルおじを避けて俺に飛び掛かってきた。
なんかグレイウルフを思い出すな。
「アイエスっ!」
単剣を抜いて、微弱な竜気を纏わせてコボルトを斬り伏せた。
「やるなっ」
そう俺を褒めてベルおじは残りのコボルトにも対応する。
やがて、コボルトの残党は尻尾を巻いて逃げて行った。
「ベルトランさん強いですね」
ベルおじを称賛した。
実際、絵面は地味だが盤石な戦いであった。
「アイエスもやるな。なるほど、冒険者を志すだけはある」
そう言ってから、コボルトが消えて行った方角を見た。
「コボルトはもう少し奥地に住んでいる魔物だ。ここまで出張って来たのは気になるな」
「食料が不足してるんですかね」
「そうかもしれない。もしくは住処を追いやられたか」
ふむ。
「人里への被害が増えないと良いですが」
「ああ。とりあえずギルドには報告しておこうと思う。相手にされるとは思えないがな」
ギルドだとむしろ「依頼が増えるなら放置した方が良いに決まってますよね」ってスタンスでもおかしくない。
『ボクはもっとファンタジーなギルドが良かったなぁ。重魔級が現れて、ぽんぽん倒していくようなさ』
重魔級がぽんぽん現れたら文明の発展は期待できないぞ。
『それは困るなぁ、ボク好みの面白い文化は、最低限の豊かさの上でしか発展できないのに』
そう考えると大樹海との境界を治める辺境伯の朝食女家ってすごいよな。




