34.現在-大樹海の奥に
さて8年後の現在であるが、今回は新天地を目指す。
「待ってろ! 陽光の精霊!」
いつものように重魔ブルートを一撃で倒し、マザーゴーレムを配備しながらそう意気込む。
『彼女はきっと力を貸してくれるんじゃないな。昔も今もボクと同じかその次くらいには人間に友好的だしね』
人間に友好的な精霊ってどの精霊だっけ?
『とりあえずボクが一番の人間好きかなぁ』
うん、それはそうだろうな。
この世界の大地の精霊様は本当に優しい。
全然飢饉の話を聞かないし地震被害も聞いたことない。
人間はもっと大地の精霊を本気で敬った方が良い。
『それで、僕と同じくらい人間に友好的なのは陽光の精霊かな。夜闇の精霊も……まあ、多分? ひねくれてるけど』
闇の精霊は何か含みがある感じなのね。
魔法失敗すると術者を殺したりするもんね。
『人間を極端に嫌っているのは碧水の精霊かなぁ。彼女は潔癖で繊細なんだ。晶氷の精霊も多分そんな感じだと思う』
水の精霊ってそういうイメージあるな。
氷の精霊は何となく女王様みたいなイメージがある。異世界日本の知識に引っ張られているのかもな。
『わりとイメージ通りと考えていいんじゃないかな』
イメージ通りなのか。
『あとは風と火は気まぐれで適当だから、好かれたり興味を持たれたら力を貸してくれると思う』
ちなみに陽光の精霊はどんな感じ?
光はやっぱり誠実で潔癖そうなイメージあるんだよな。罪は許さない的な。
『えーと、彼女は人間が好きだし、ちょっと我が強いけどまだ常識的な部類だよ、たぶん』
何だか会うのがちょっと不安になってきたぞ
荒地を駆けて、駆けて、駆け続ける。
大地の精霊の加護によって、疲れを知らないため、いくらでも無茶ができる。
『程々が大事だよ』
俺だって何事も程々にしたいけどさ。
ある程度距離を進めたら『マザーゴーレム』を配備して更に先に進む。
しばらくすると荒地のヌシが俺の目の前に立ちはだかった。
漆黒で巨大な金色の単眼を持つ豹のような猛獣である。
重魔モナイガ――その姿と強さは大樹海パンドラ紀行にも記されている。
そして、もう何回かヒックス君を殺している。
紀行には「その瞳に魅入られた者に死をもたらす」とか書いているのだが、それは瞳が天然の魔導基板となっており、そこに魔法陣を描かれているためである。
重魔モナイガが意識して対象を睨むことで魔法が実際に発動するのだ。
要するに天然の魔道具なのである。
発動する魔法は場を渦巻いている闇霊気からもおそらく幻覚魔法だろうか。
『闇の魔眼って響き、格好いいよね』
そうね。
まあ、そんな魔法を使うまでもなく、重魔モナイガは素早い。
速くてデカいというのは単純に強く脅威である。
さて。
重魔モナイガは以前と同じように俺を観察している。
以前は竜気で神経を全力強化しても眼でその残影を捉えることはできなかったが、今は大地の精霊の加護を得ているし、正攻法で戦っても負けないかもしれない。
ここは正攻法も正攻法、速さ対決といこうか。
この剣技も屑勇者と不愉快な仲間たちのおかげで完全に習得できたわけだしな。
剣を重魔モナイガに向かって正眼に構える。
俺が警戒しているだけと思ったのか、重魔モナイガは舐め腐った顔でこちらを観察している。
もうお前の負けだよ。
「五之剣――」
俺、そしてアルテナの現状で最速の技だ。
重魔モナイガが危機を察知したのか、魔法を使うか一気に飛び掛かるか逡巡したようだった。
それじゃ、遅過ぎるな。
「『天凛』」
剣を更に突き出して、光と火、そして風と極微量の闇属性の複合竜気を直線状に放つ。
後手では回避不可能な速度である。
『勇者に回避されてたじゃん』
……ほぼ後手では回避不可能な速度である。
分厚い光線が通過した軌跡に重魔モナイガだった焦げが倒れていた。
素早く射程が長距離だから敵の行動や事前の位置を把握できる死に戻り能力と相性が良い。
更に極めていきたい。
『やっぱりビームはロマンあるよねぇ』
テトラくんちゃんもご満悦である。
経験値としてはぼちぼちだな。
朝食女よりも少し少ない気がする。
重魔リリスの経験値を得た後だから尚更そう感じてしまう。
『これは……0.8ティファニーだね』
朝食女を経験値の単位にするのはいかがだろうか。
くそったれな女だとしても流石に不謹慎ではないだろうか。
ちなみにブルートは0.1ティファニーくらいである。
重魔リリスは250ティファニーくらいだろうか。
『君も換算してるじゃん』
もっともなツッコミを受けた。
単位は表現する上で便利だからね。仕方ないね。
ゴーレム計画で身をもって痛感したが、標準化は偉大である。
それにしてもそろそろ荒地で得られるものも少なくなったな。
しかし、経験値は少しでも無駄にしたくないし、面倒でもリスタート地点の上書きはしない方が良いだろう。
オイコノ子爵領でもあれだけ気を付けたのだから継続したい。
ヒックス君の死に戻りはこれからも重魔ブルートから開始するのだ。
『重魔ブルートに同情しそうだよ』
いや、あいつは記録上でも残忍な魔物とされているから、絶対に始末した方が良いだろう。
実際にヒックス君も多く犠牲になったわけだしな。
更に荒地を昼夜問わず駆けていくと、今度は峡谷が重畳に広がっている絶景地に着いた。
これはもう大樹海と言えないだろう。
しかし、もう何日走り続けているのだろうか。
テトラくんちゃんのおかげで無尽蔵にエネルギーが溢れては来るものの、概日周期の乱れで精神的に辛くなってきた。
睡眠というのは本当に大事である。
しかも魔物が強いためオイコノ領を目指すのとは疲労感も段違いである。
『今は8日目の朝だね。大樹海はやっぱりオイコノ子爵領に比べて魔物が強いよね』
本当だよ。人間が入植できないわけだ。
しかし、大樹海パンドラ紀行もこの峡谷のことは書いてなかったぞ。
ふと足を止めた。
尋常ではない威圧感が迫ってくる。
それは重魔リリスをも軽く凌駕しているほどの大きさである。
な、なんだこれ?
『あー、これは……』
知っているのか?
『うん。生きた災害だよ』
なにそれ怖いんだけど。
『大樹海パンドラ紀行の序文にもあるじゃない。「災厄に遭うことなかれ」ってね』
これが、その災厄だってことか。
威圧感は更に近づいて、地面が大きく振動した。
どうやら下からこちらに迫っているようだが、もはや『四之剣・砂鯨』を使う気分にもなれなかった。
使うまでもなく、その存在があまりに巨大であることは感じられた。
……しかも更にもう一つ上空からも巨大な威圧感が近づいてきている。
俺は全力で逃げ出した。
なるほど、これは生きた災害だ。
もはや人間の手に負えるものではない。
重魔リリスが子ども騙しに感じるくらいだ。
俺が必死に逃げている内にやがて揺れが大きくなり強風が吹き荒れた。
立っていることすら出来なくなり、俺は屈みながら振り返り、その常識を超えた光景を呆然と見ることしかできなかった。
一体は規模感を間違えた蛇だった。
大地そのものかと見紛うほどの巨体が地中から飛び出て、まるで天を貫く塔のように体を上空に伸ばしている。
神話を現実で体現しているかのような威容である。
もう一体は蛇に比べたら小柄に見える黄金の鳥であった。
しかしその体から発せられる威圧感は蛇に全く引けを取らない。
『位階を逸脱した重魔、いわゆる極魔だね』
位階を逸脱した?
レベルという概念を突破したということだろうか。
それはこの世界の生物の法則から逸脱したということに等しい。
つまり眼前にいるのは、見たとおりに常識を超えた超越存在たちということらしい。
蛇の極魔とやらが口に竜気を溜めている。
その竜気が秘める破壊量を想像して、体が芯から冷えた。
離れなければいけない。
余波だけで全てが消し飛んでしまうだろう。
そして鳥の極魔も口に竜気を溜め込んでいる。
あのエネルギーをぶつけ合うつもりらしい。
あんなものが炸裂したら周囲の全てが消し飛ぶぞ。
この世界はふざけてやがる。
俺は再び逃げ出した。
本当に不細工な走りで逃げだした。
竜気を纏いながらも、よろよろと情けなく尻尾を巻いて逃げた。
逃げて、逃げて、逃げた。
こんなに逃げたのはかつてくそったれ勇者と朝食女以来だろうか。
やがて後ろから俺と周囲を照らすように光が走って、体が浮遊感に包まれた。
ああ、爆風で綿毛のように飛ばされたのだなと気づいたのは、朝に過去で目が覚めてからだった。




