殺戮と滅亡 79~狙うは油断の底
オランダ軍1500。後尻の兵が時々暗黒の後ろを振りかえる。
そこには軍靴で圧し潰された雑草。蹴散らされ左右に広がった落ち葉。
固められた地面はその隊列によって、いつの間にか密林に道を作っていた。
彼らにとってのこの地は、未開のもの。
もちろんジャングルになど分け入った事の無い者達だ。
まだ見ぬ部族がどんな者なのか。二足歩行の身体であるのか。住居の痕跡があるとはいえ、人間と同じ容姿なのか。身体中が毛で覆われているマンドリル、牙を剥き、鋼の様な姿であるのか。
同じ人間との闘いであるのかさえ、オランダ軍には分らなかった。
その恐怖は計り知れないものだ。
まだ暗い闇。草むらの奥から時折キョロキョロと動く目玉の光沢。小動物と分かってはいてもそれが襲い掛かって焼き討ちにされるのではないかと妄想が巨大に膨らむのだ。
まだ誰も入った事のない未開は全てが謎。全てが敵。全てのものに襲われる可能性があるのだ。
明けやらぬ遅夜の闇。
鬱蒼とした雑木林が開けたようであった。
それは頭上から満天の星屑が落ちるように、空が抜けたからであった。
「ヴィンセント殿。この先であります。」
先頭をゆく兵が、少しばかり震えた声で言った。
「この左右。もう如何ばかりゆくと両側に高床で造られた家がポツポツと並んでおるようであります。」
「おるよう?」
「はい。この先はまだ。」
「怖くて行けなかったのであろう?」
「、、、」
「まあ良い。進むぞ。」
漆黒の星空は徐々に淡い紺地の布の刷毛。
瞬いていた星々も、一つずつ一つずつ空に滲みて消えてゆく。
オランダ軍の前に一棟の建物が現れた。
「止まれ。」
ヴィンセントは続けた。
「お前ら。様子を窺って来い。」
「何人ほどで参ればよろしいで、、」
「そこの5人。行って来い。」
「えっ、5人?」
「そうだ。多勢で行っては一網打尽という事もありうる。囮の5人だ。」
「囮と言うか、、生贄、、」
「何を言うておる。銃を持って向かう生贄がおるか?」
ヴィンセントは右手を上げ人差し指だけを突き上げると、小さな声でパンッ!と言った。
「居たら、、殺せ。」
強靭な5人の先頭兵達は硬直という名の震えを全身で感じた。
その兵達に尚もヴィンセントは輪をかけた。
「人喰いという人種もおるらしい。くれぐれも食われぬように。」
「、、、」
「ほれ!ゆけ!宵が明けてしまうぞ!」
「あのぅ、、夜が明けた方が全貌が分かるとおっしゃたのは、、」
「ギリギリが良いのだ。空が黒から橙に変わる直前。そこが生き物の油断の底だ。」
「油断の底、、、」
「宵が明けたら滅亡の全貌を、朝の光が照らすという意味だ!まだしばらく夜は明けん!つべこべ言わずゆけ!」