殺戮と滅亡 29~ファルとサバ「ワニのおかげでございます」
「して、ファル王様。お聞き苦しいが、その左手。以前からではありますまい。如何なされました?」
サバがファルに尋ねた。
『ああ、これはワニにくれてやったのだ。』
「ワニ?」
『そう、ここまでの道程、カザマンス川の赤い泉。兄上もきっと知っておられるであろ?』
「アコカンテラの森近くでありますね。」
『アコカンテラを捥いで来るには、そこを通らねばならん。獣の楽園。』
「それは、それは。しかしくれてやったとは? 食いつかれたということでありましょうか?」
『大きなワニであった。人の3、、いや4倍はあったであろうか、、』
「4倍、、、主だ。マム・ジャーラ!!」
『マム・ジャーラとは?』
「赤い泉に70年もの間生きているという幻のワニ。カザマンスの伝説の神。」
『神?』
「そう、その神の命と引き換えにファル様は左腕を捧げてきたというわけです。普通であれば、命を奪われております。」
『ではなぜ?』
「きっと、マム・ジャーラはファルという王に託したのでありましょう。神は全てお見通し。このカザマンスの地を白人達が奪い、共に生きて来た部族を追いやり、獣たちは新たに開拓された土地に捨てられる。」
『しかしオレは、そこに猛毒を流して獣たちを皆殺しにしてしまったのだ。』
「それが、引き換えの腕でありましょう。」
『それでは、済まぬのでは?』
「これから先を考えれば、アコカンテラは一時。流れ沈む。そして大河の下流に消えてゆく。しからば、フランスはどうだ?オランダはどうだ? 奪われれば永久に彼ら獣たちの住処はない。」
『マム・ジャーラはその代償にオレの左腕を選んだと。』
「ひいてはこの雨。マム・ジャーラの雨。」
『つまりは、ワニの神のおかげだ。』
「いえ、そうでもございません。ファル様。あなた様がそのマム・ジャーラに選ばれし王だという事でございましょう。それでなければ腕一本では済まされまい。生贄同然。利き腕を残されたのも、ファル様に託された証。」
『オレも神にくれてやったと半端な豪語をしてきたが、偶然ではあるまいか?』
「いえ、この世に偶然などというものはございません。全て必然。全ては必然の上に成り立っているのでございましょう。」
『なるほど。』
「つまり、わたくしサバがファル様にお仕えするのも必然の流れ。」
『しかし、マンディンカの王子という身でありながら、こんなにもいとも容易く、、オレに従うなんて、、しかも兄上という身。』
「わたくしは、奴隷という体験を致しました。わかったのです。人間には、形ばかりの地位や名誉は必要ないと。信ずるものがあればそれに従い生きてゆけばよいと。それがここにいるバブエやブラルであり、ファル様でございます。」
ファルの後ろにいたハラが言った。
「ファル様。ンバイ様やマリマ様とお会い出来たのも、マム・ジャーラという神のおかげかと。」