果実の森
レリーナはエルミルに、プルレオの森へ行ったことがあるのかを尋ねた。今の時期が危険だと知っているのならもしかして、と思ったのだ。
「いえ、行ったことはないわ。でも、どういう場所かは知ってる。甘い香りに魔物達がもてあそばれるのよね」
果実に群がる魔物狙いの魔物が来る、というジェイの話と同じだろう。
「なぁ、エルミルの属性は水だろ? お前らの種族で水って珍しいよな」
ジェイの言葉に、エルミルが頷く。
「ええ、そうね。水系の仲間は確かに少ないわ」
「水? でも、エルミルの足首辺りには火が燃えてるわよね」
天駆は翼翔のように背中に大きな翼はないが、足首辺りに小さな翼があったり、炎が揺らめいていたりする。
今はエルミルの背に乗っているため、彼女の足首付近を確かめようとしたら落ちそうになるのでできないが、現れた時に青い炎が燃えていたはず。
「ああ、これね。炎じゃないわ。力が具現化したもの、とでも言えばいいのかしら。翼翔ははっきり翼があるでしょ。その代わりと言っては何だけど、飛翔するための力が見える形でそこにあるの」
「そうだったんだ。てっきり炎だと思ってた。翼の時は何も思わなかったけど、炎に見えるものは炎なんだろうなって勝手に考えてたよ」
これまで呼び出した天駆は、足首に小さな翼があるタイプばかりだったように思う。でも、そこまでしっかり観察した訳ではないし、たぶんそうだった、というあいまいな記憶だ。これが翼翔なら、いやでもはっきり目に映るのだが。
「足首に見えるのが炎じゃないとして……水系って少ないの?」
「ええ。だいたいが風か炎よ」
「ラディもそうだけど、レリーナも珍しい奴を呼んでくれるよなー」
意図せず、ラディはこれまでにカロックでも希少な麒麟や色違いのグリフォンなどを呼び出している。
「そ、そんなつもりはなかったんだけど。この前天駆に会ったから、そのイメージが頭に残っていたのよ。それで、エルミルが来てくれたんだと思うわ」
「それはあなた達の世界で?」
「ええ。前回カロックへ来た次の日でね……」
レリーナはラトスやゼスカーヴェルの話をする。時々、そこへラディも補足したりして。
「へぇ、いいなー。天駆の子どもか。オレも見たい」
「俺達の世界だから、それは無理だって」
でも、竜なら何とか来られそうな気もする。
「あたしは便乗しただけだけど……ジェイの場合はカロックの天駆と親密になるしかないわね」
「そっか。そうだよな。じゃあ、エルミル。見せてくれる?」
「竜の頼みなら仕方ないわね。でも、当分その予定はないわよ」
「ちぇーっ、残念だなぁ」
拗ねたようなジェイの口調に、みんなが笑う。
そんな話をしているうちに、流れる風の中に甘い香りがかすかに混じるようになってきた。熟れた果実のような香りだ。
「近くなって来たわよ。あなた達、出発する前に結界を張っていたようだけど、もう一度張っておいた方がいいわ。念のためにね」
エルミルに言われ、ラディとレリーナは結界を強めた。
「実を求めて魔物が集まるってことは、ジェイから聞いたけど。この香りなら確かに集まってきそうだよなぁ」
完熟の実から甘い汁がしたたり落ちる。そんな光景が見えそうな甘い香りだ。
「ええ。どんな魔物が集まるかってことは聞いた?」
「小型とか中型ってジェイは話してたわ」
「その程度なのね。ジェイ、ちゃんと説明しておいた方がいいんじゃないの?」
エルミルの言葉に、ラディとレリーナに不安がよぎる。これまでにもよくあった、ジェイのざっくりすぎる説明がここでも出ているようだ。
「ジェイ、大きさだけじゃなく、どういう種類かも話しておいてくれよなー」
「んー、鳥とか小動物系とか山犬系とか、かな」
「それでも大雑把な気がするんだけど……あたし達が聞いておくべきことはないの?」
ジェイはもし襲われたとしても、ちょっとしたことでは傷付かない。でも、人間の二人はそうもいかないのだ。
「実際、そんなところじゃないかな。あとはイレギュラーにおかしな奴が紛れたりするかも知れないけど、そこまではオレも予測できないし」
本当に「そんなところ」であってもらいたい。
「実を食べようとしている魔物については、狙ってる実の近くにいなければ素通りはできると思うわ。問題は、そういう魔物を狙う大きな魔物よ。実を食べていようといまいと、自分が目を付けた獲物に襲い掛かるから。つまり、私達もそういう魔物にとっては獲物と同じだから、気を付けて」
「ジェイ、あたし達まで喰われるかも知れない、なんて話してなかったじゃない」
「そうだっけ? でも、魔物を狙った魔物がいるってことは言ったよな?」
果実を目的に来る魔物。それを目的にする肉食の魔物。そういった魔物が現れる……とは聞いた。
「言ったけどさ。……んー、ジェイがそういう話をした時点で、そういう可能性があるって予測しておくべきだったな」
肉食、という言葉が自分達に対してもあてはまる、と考えなければいけなかった。魔物がたくさん現れるんだ、たいへーん……くらいで済むはずがない。
「だけど、魔物に襲われそうになるなんて、今更だろ」
ジェイの軽さは、魔獣に対しても協力者に対しても同じである。
気が付けば、巨木が林立する森の上空まで来ていた。一本の木がそれぞれ、ラディ達の世界で御神木と呼ばれてもおかしくないような姿をしている。木全体が高く太く、枝葉をしっかり広げて立っているのだ。
そして、その枝葉の間にたくさんの赤やオレンジの実がなっているのが見える。まだ上空高くいるので、正確な大きさはわからない。
だが、かなり高い位置から見ても実の存在がはっきりしているから、近くに行けばかなり大きい実だと思われた。
「どの辺りに行けばいいの?」
「エルミルの降りやすい場所でいいよ」
ジェイに言われ、エルミルは木と木の間が少し離れた場所を見付け、そこを目指して高度を下げた。
☆☆☆
果物の甘い香りが漂っている。当然ながら、遠くにいた時よりも香りは強い。
地面には食べかけた跡が残る実がいくつも落ちている。やはりかなり大きな実だ。人間の頭程もある。形としてはリンゴのように見えた。皮は赤とオレンジの二種類があるようで、一本の木には一つの色の実がなっている。果肉そのものは白っぽい。
「魔物によって、赤いのが好きな奴とオレンジが好きな奴がいるみたいだな。色以外に違いがわからないんだけどなぁ」
そうは言っても、ジェイも実を口にしたことはないと言う。きっと魔物にとっては味の違いが明確にあるのだろう。
「いつもなら、近付く程にかけらの気配がわかりにくくなるのにさ。ここに来たら、ますますかけらの気配が強くなってきた。けど、これって全部ウソの気配なんだよなぁ」
求めるかけらは、近付けば気配が薄まってしまうため、それをはっきりさせるために協力者の魔法が必要になる。
だが、今はその魔法を使う前から気配が強い。ただし、これはかけらに似てるだけの、プルレオの花や実の気配なのだ。話を聞いているだけでもややこしい。
「それで俺達が魔法を使って、かけらの気配がちゃんとわかるのか?」
「うん。似てるけど、やっぱり違うものだからな。今回は火の魔法を頼む」
ジェイに言われ、ラディは指先に小さな火を出した。この程度の魔法でかけらの気配が強まるのだから、本当に異世界は不思議な所だ。
「うん、やっぱり違う。こっちだな」
ここでは方角なんてラディ達にはわからない。ジェイが「こっちだ」と言う方へ行くばかりである。
「鳥が実をつついてるわ……」
ふと気配を感じて上を向けば、鳥の魔物が枝で熟している実を直接つついていた。
鳥によって枝に留まってつついたり、その場に滞空しながらつついたり。見ていると疲れそうだが、それぞれにやりやすいやり方があるのだろう。
別の木では、いたちのような姿の魔物が幹をするすると登り、実を採ろうとしているのが見えた。実に対して小型の魔物は身体が小さい。実一つを食べきれるかどうか、といったところだ。でも、あの実が本当においしいのなら、あれだけ大きな実を自分だけで食べられるなんてきっと幸せに違いない。野生の世界で満腹になれる状況はそうないはずだ。
さらには、別の場所で地面に落ちた実にかぶりついている魔物がいた。小さな角がある山犬のような魔物だ。木登りが得意ではなさそうな体型だが、落ちている実があちこちにあるから見付けるのに苦労はしない。
たぶん、木に登っている魔物達が採ろうとして落としてしまったのだろう。もしくは、熟して自然に落下したか。どちらにしろ、自分が木に登らなくてもいいのは楽なはず。
「あ、そうだ。一つ忘れてた」
ジェイがどきりとすることを言い出す。
「やだぁ、ジェイってば……聞くのが怖いんだけど」
今までの経験からして、ジェイが言い忘れた話の内容は二つ。どうでもいいような情報か、事実だとしても聞きたくなかった、という情報だ。そして、どちらかと言うと後者の方が多い。
「じゃあ、やめる?」
「どうでもいいような話じゃないなら、聞かせてくれ」
「森って言うくらいだから、木が多いだろ。その木に混じって、木に化ける魔物がいるんだ」
「……何だってそんなことを」
「以前にも、そんな魔物がいたわよね。満月の時にだけ現れる森だっけ」
「ああ、あの時は木の中に入り込んで悪さをしてただろ。ここの奴は自分で木になって、幹に登って来た魔物を捕まえたりするんだ。もしくは自分の近くを通り掛かった奴を捕まえたり」
「近くに魔物の姿がなくても、油断できないってことね。本当に今までより大変だわ」
帰ったら「ああ、怖かった」で済むのだが、実際に現場で移動している時は本気で逃げたくなる。
突然、うなり声や悲鳴が聞こえ、レリーナは肩をビクッと震わせる。見れば、普通の猫より大きなネズミと、牙が異様に伸びた犬の魔物がバトルをしている。どうやら、ジェイが話していたように、実の取り合いで争っているようだ。
実なんて周りを見ればたくさんあるのに、自分が気に入った物を食べたいらしい。それが誰かとかぶって争いに、となるようだ。
「へたに近付くと、巻き込まれるわ。少し離れて行きましょ」
エルミルに言われ、取っ組み合いのケンカをしている魔物を遠巻きにして歩く。気が付けば、近く遠くでそんなバトルを繰り広げている魔物がたくさんいた。
地上だけでなく、木の上で鳥同士、鳥と小動物系などが威嚇の声を上げながら、その爪やくちばしなどで攻撃をしているのだ。時々、その争いに負けた魔物が木から落ちて来たりもする。
「きゃっ」
さらに、その落ちて来た魔物をくわえて走り去る魔物がいた。口にくわえているので、噛み付かれる、ということはなかったが、それでも近くを走り抜けて行ったのでレリーナは小さな悲鳴をあげた。
別の所では、熊のような大きい魔物が、ゆっくりと歩いている。のんびりして獲物が捕まえられるのかと思ったが、実にかじりついている魔物の方は食べることに夢中で周りに気付いていない。大型の魔物は、ゆうゆうと獲物を手に入れた。
「ジェイに聞いてたことが本当に起きてるんだな……」
「エルミルが降りた所は、他よりちょっと木が少なかったからな。争いの種になる実も少ないから、あまり魔物がいなかったんだ。これから、こんなのばっかりだぞ。とりあえず、ちょっとヤバいのは実を食ってない奴とケンカしてない奴。そういうのがいたら気を付けろよ。魔物狙いの魔物だからな。オレ達にも飛び掛かって来るぞ」
ジェイがそう言っているそばから、魔物が飛び出して進行方向にたちふさがった。大型犬をさらに大きくしたような魔物だ。
「こいつも実を食ってりゃいいのになぁ」
現れた魔物を見て、ジェイが小さな爪でこめかみ辺りをこりこりとかく。
「そうは言っても、俺達を食うつもりみたいだぞ。ジェイ、何の魔法が有効なんだ?」
「特にないな。ここに現れる奴も色々だから。でも、火はやめた方がいいかな。森を燃やすつもりか、なんて誤解した奴が襲って来るかも知れないしさ」
「え……だって、今回の使用魔法は火じゃないの」
さっき、ラディがかけらの気配を捜すために使った魔法は火だ。この先、何回使うかもわからない。
「あれくらいなら、どうってことないよ。よっぽど敏感な奴でもない限りは」
「使っても使わなくても、やる気のある魔物はいくらでもかかって来るわ。この森にいる限りはあきらめなさい。ほら、まずは目の前の障害を何とかしないと」
エルミルに言われ、確かにそうだとラディが構える。とにかく、火以外の魔法で、と考えて風の刃を向けた。
ちょうど相手の魔物も飛び掛かろうと地面を蹴ったところだったので、自分からまともに攻撃魔法の中に突っ込んだ形だ。身体の大きさの割に高い悲鳴をあげて、煙になった。
ひとまず対処できたようで、ほっとする。
「ジェイ、急いでかけらを探しましょ。いつもなら魔物が時々襲って来るような状態だけど、ここにいたらひっきりなしになるじゃない」
普段なら、魔物の一団を退けたらしばらくは邪魔が入ることなく進める。その「しばらく」が長いか短いかはその時の状況にもよるが、少なくとも今のようにずっと魔物の姿が見えている、ということはない。
「そうだな。で、悪いけど、また火の魔法、頼むな。この森の気配がすぐにかけらの気配を消しちまうんだ」
使いたくない魔法を使わなければならない、という皮肉な状況。さすがに最後の試練というところか。
ラディがまた小さな火を出し、ジェイが言う方向へとまた歩き出す。だが、その魔法に反応した魔物が現れ、足留めされるのだった。





