今回で
授業で新しく習うことはほとんどなく、これまで習った魔法の応用を練習したり、基礎を確認するといったことが増えてきた。
こうなってくると、じきに進級テストが近付いてきてるな、とそれぞれが思い始めるのだ。
授業は真面目に受けているものの、テストをパスするのは無理だろうな、と思うクラスメイトは練習にも次第に力が入らなくなってくる。
特に進級組はすぐに上のクラスへ行けるとは思わない者も多く、とりあえず次回に持ち越そう、という空気が何となく流れるのだ。
やる気があるのは、複数回パスできなかった残留組。これは、いつ、どのクラスでも同じだ。上のクラスになる程、その傾向が強くなる。
担任も、自分の弱い所を重点的に練習していれば進級の可能性はある、と一応は話す。だが、少し無理したくらいでどうにか進級しても、今度は上がったクラスで落ちこぼれてしまい、つらいだけだ。その点は自分達も経験者なので、担任の魔法使い達も強く言えない部分がある。
それに、魔法使いになるのは義務ではなく、自分の意思だ。やる気がない者にハッパをかけても無駄なので、あまりうるさくは言わない。
そんな中で、進級組のラディは絶対にパスするつもりだった。
筆記の成績はそこそこだが、技術の成績は今のクラスで上位。これは自主練習だけでなく、カロックでいやでも鍛えられているからだ。普通の見習いならやりたくてもやれない実戦をしているのだから、幻影の魔物に手こずっている場合じゃない。
それに、先輩で友人のブラッシュから、さっさと職務部に来い、と言われている。
ブラッシュとは一度カロックへ一緒に行っているので、彼はラディの事情を知っているのだ。異世界でもこれだけやってるのに、テストにパスできなくてどうする、という訳である。
進級テストや魔法使い認定試験にストレートでパスしろ、と当然のように言われた。これで落ちたら、親よりも彼にこっぴどく叱られそうな気がする。
実際、進級できなかったら怒るからな、などと言われ、よくも悪くもかなり重いプレッシャーをかけられているのだ。
そんな事情もあるから、パスしない訳にはいかない。ラディは毎日のように放課後はフィールドへ向かって自主練習を繰り返していた。
今日、来るかな。
土曜日の午後。
もうほとんど定着しつつあるカロックでの試練。試練を受けるのは大竜のジェイで、ラディは協力者のはずだが……むしろ自分達の方が試練を受けてるような気がする。だとすると、毎週のようにテストを受けてるようなものかも知れない。
「おーい、ラディ」
聞き覚えのある声に、ラディは周囲を見回す。
「わっ」
声はカロックの大竜ジェイのものだ。フィールドへ向かう途中の壁にカロックへ通じる扉が現れ、その扉から生えるようにしてジェイが姿を現すのがいつものパターン。
その扉が、会った頃よりジェイの身体の色が抜けるように白くなるにしたがって、同じように白くなってきている。前回は白い壁にその扉がほとんど同化していたので、気付かずに通り過ぎてしまった。今回はそうならないよう、白い壁には注意をしていたのだが……。
ジェイの声は壁からではなく、その向かい側にある窓から聞こえた。その声の方を向くと、ガラス窓から生えるようにしてジェイが現れていたのだ。ラディにすれば、完全にフェイントである。壁から現れると思っていたのに。完全に通り過ぎてしまった。
「ジェイ……白と言うか銀を超えて、透明っぽくなってないか?」
前回のカロックでは、玻璃の森に行った。そこで現れる魔物が透明に近い姿だったのだが、今のジェイがそれに近い。
「ん? そっかな」
わかってないのか、あえてはぐらかしているのか。きっとこの姿をどこかで見ているはずのレリーナも、いきなり現れたジェイに小さな悲鳴をあげているだろう。
ロネールにいることを見越しているらしく、いつもの扉は完全に窓ガラスサイズだ。この扉が開いても入れないことはないが、ちょっと出入りするのは苦しい。
「えーと、いつものように俺の部屋に頼むよ」
「わかった。じゃ、後でなー」
そう言うと、ジェイの姿は消える。
やはりあの姿が、試練の終了に近いことと何か関係があるのだろうか。最近はジェイの身体の色を見る度に疑問がふくらむのだが、最後にはわかるはずだと考えて聞かないようにしている。それに、聞いてもさっきのようにはぐらかされるだけだ。
ラディはとにかく急いで家へと向かった。自分の部屋に入れば、いつものように壁の一部に普段はないはずの扉がそこにある。
その扉は、さっき見たようなガラス風の扉だった。初めて現れた扉はもっと木製っぽかったのに、色だけでなく材質まで変わったように見える。
もちろん、これは大竜の魔法だから木だのガラスだのでできているのではないとわかっているが。
ラディはレリーナとの通信用にしている水晶をポケットに入れ、余計な荷物はベッドの脇に置いて扉を開けた。
いつものように、気持ちよく晴れた空が広がるムーツの丘。そこにはジェイと、先に来ていたレリーナがいた。
「あれ? ジェイ、さっきより透明度が低くなってないか?」
レリーナの隣りでふわふわと浮いているジェイ。さっきは窓ガラスのように透明に近い感じだったのに、今は少し白っぽい。言ってみれば、曇りガラスになったような。
「レリーナがさ、この前行ったエルオーの森の魔物みたいだって言うんだよ」
少し拗ねたような口調のジェイ。
「だって……。ラディはさっきのジェイの姿、見た?」
ラディが感じたことを、レリーナも思っていたのだ。
「見た。俺も同じことを考えたよ。玻璃の森の魔物みたいだなって」
「えー、ラディもそう言うのか。ちぇっ。レリーナがそう言うから、色を付けたんだ」
変身……と言う程ではないが、近いものだろうか。そうやって少し色が入ったことで透明感がなくなり、玻璃の森で見た魔物とは明らかに別物感が出た。
「オレ、竜だぞ。それなのに、魔物みたいって言われたらなー」
ジェイにすれば、魔物に似てる、と言われたことがショックだったようだ。でも、そう見えてしまったのだから、仕方がない。玻璃の森へ行っていなければ、魔物みたい、というセリフは出て来なかった。代わりに、作り物みたい、なんて言葉が出そうだが。
拗ねるジェイを見て、ラディとレリーナはついくすくす笑ってしまった。
「ジェイ、今回はどこへ行くんだ?」
話をそらすように、ラディは行き先を尋ねた。
「ん? ああ、それな。今回、ちょっと面倒そうなんだよなー」
「今までだって色々と面倒なことがたくさんあったと思うわよ」
「だけど、ジェイが面倒そうって言うんだから、相当……かな」
何でもないような言い方をして、いざ目的地に着いたらあれこれ大変なことがあって、ということは何度もあった。と言うより、スムーズに、楽に終わったためしはない。試練なんだから、そこは当然かも知れないが。
「かけらはいつもと同じで一つなんだ。でも、似たような気配がたくさんあってさ」
「え? かけらと似たような気配って、何だよ、それ」
もしかして、他の大竜の試練で捜すべきかけらと一緒になってたりするのだろうか。
「今回行くのはプルレオの森だ。プルレオってのは、果実の名前なんだけどさ。その実ができる木がたくさんある場所なんだ。今はちょうど花が咲いて、実がなって……って時期なんだよな。どうもその花がかけらと似たような気配を出してるみたいで、混乱するんだ」
「へぇ、そういうこともあるのね」
ラディとレリーナにはかけらの気配がわからない。これを感じられるのは大竜のジェイだけだ。そのかけらと花が似たような気配を持つなんてどんなものなのか、人間の二人には想像しにくい。レリーナが言うように、そういうこともあるのかと思う程度だ。
「試練が終わりの方になると、難易度が上がる場合があるって聞いたことがあるんだ。で、今回がそれかなぁと思ってるんだけどさ。これだけ面倒そうだと、今回で終わりかもな」
「えっ?」
ジェイの言葉に、二人の声が重なった。
「今日で終わりなの?」
「何とも言えないけどさ。そういうのもありかもなぁ」
確かに、ラディが持っているカロックの地図(厳密には違うかも知れないが)はほとんど完成形に近い。魔法書のページなどと同じようなサイズだが、今は中央の一部が少し破れてるな、という程度にまで戻っているのだ。あと二つ、もしくは大きなかけらであれば一つ見付かれば、まともな地図になる。
近いうちに終わるだろうと覚悟はしていたものの、それがいきなりになって二人はショックだった。
魔物に襲われるのはいやだが、それでも竜や魔獣と一緒に行動するのは楽しいし、普段できないような経験ができるのはわくわくする。それが突然打ち切られるのだから、落胆もするというもの。心構えができてなかったから、なおさらだ。
「今回面倒なのは、かけらの気配が似てるってだけじゃないんだ。プルレオの実ってのは魔物が好む果実でさ、雑食の魔物が結構寄って来る。実ができる前からでも、花の香りが広範囲に漂って魔物を誘うんだ」
「花が蜂や蝶を誘って、花粉を遠くへ運ばせるようなものかな」
「うん、本来はそんな感じ。蜂や蝶くらいならいいんだけどさ、来るのは小型や中型の魔物だから面倒なんだ。奴等、木はたくさん生えてるし、実だってたっぷりあるのに取り合うんだよなぁ。どれだっていいと思うんだけど。あと、その実を食べる魔物を狙って肉食の奴等も集まって来るしさ」
聞いていて、気が重くなってきた。
「ジェイ、もしかして……森は魔物だらけってことじゃないのか?」
「うん、そう」
内容のわりに、軽すぎる返事。
「ジェイが面倒そうって言った意味がわかったわ……」
魔物抜きにカロックでの試練は語れない。それはわかっているし、対処できるように今まで練習を積み重ねてきているのだ。
でも、行く前から魔物だらけ、と聞いてしまうとテンションもちょっと……いや、かなり下がり気味になってしまう。
「ま、とにかく行くしかないよな。じゃ、ラディ……レリーナでもいいけど、召喚頼むぞ」
行動するには、召喚ありき。続けてラディがしていたので、今回はレリーナがすることになった。
「あたし、まだ三回しかしてないのよね」
レリーナは自分の世界で一回、カロックで二回召喚していた。でも、ラディに比べればわずかな数。使い慣れない魔法はかなり緊張を強いられる。
「大丈夫だよ、レリーナ。全部、ちゃんと成功してるだろ。それに、ここでなら失敗してもジェイがいるから、どうにでもなるよ」
「そうそう。失敗しない方がもちろんいいけどさ、おかしな奴が来ちまったらオレが話をつけてやるよ」
ジェイが話をつけようとしたら、逆にこんがらがってしまいそうな気がしないでもないが……。今まで何とかなってきたし、そこは大竜としての力を信じるしかない。
レリーナは深呼吸を一つして、召喚の呪文を唱えた。少しすると、白い光の玉が現れる。玉の縁がわずかに青みがかってきれいだ。
人間の頭サイズだった光の玉は、見ている間にどんどん大きくなる。やがて、気が付くと目の前にはさっきの玉と同じく、青みがかった白い体毛を持つ魔獣が現れていた。
翼はないが、くるぶし辺りに揺らめく水のように青い炎が燃える。天を駆ける獅子である天駆だ。
わ……天駆だ。あたし、獅子を召喚できたんだわ。
「私を呼んだのはあなた?」
はきはきとした女性の声。彼らは性別に関係なくたてがみがあるので、こうして話してくれるまではどちらなのかわからない。今回現れたのは雌の天駆だ。
「ええ。あたしはレリーナ。えっと、大竜ジェイの試練の協力者です。こちらにいるのは、同じく協力者のラディ。あたし達がカロックを移動したり、魔物が襲って来た時に対処する協力をしてください」
心の中では自分が呼び出して来てくれた魔獣に大興奮だが、レリーナはとにかく冷静さを意識し、依頼するべきことを口にする。
「大竜の……ね。呼ばれるとは思わなかったわ」
その口調は、レリーナ達の先輩魔法使いターシャと似ているような気がする。氷のターシャという異名を持つ彼女のイメージと、目の前の天駆の青みがかった白い体毛が重なるからだろうか。
「面倒なこともあるだろうけどさ、天駆ならどってことないと思うから」
さっきまでの話を聞いた限り、ジェイが言うような面倒さよりもさらにややこしいことがありそうな気がするのだが……。
あえてそういう点はスルーしてるのか、本当に気にしていないのか。ジェイの場合、たぶん気にしていない方、ということになりそうだ。
「ふぅん……」
ジェイの言葉をどこまで信用しているのかわからないが、青白い魔獣は呼び出したレリーナの方へと近付いた。その鼻を動かし、レリーナの臭いを嗅いでいる。
「……ずいぶん色んな魔獣と関わってるようね」
「え? ええ……。わかるの?」
「わかるわよ、これだけ違う臭いがついていたら。一体、どれだけの数の魔獣を呼び出してきたの」
二人がカロックへ来る時は、ロネールの制服を着ている。私服より制服の方が、わずかながら魔法防御の効果があるからだ。魔法が関わる世界では、わずかな防御の差でケガの有無、最悪だと生死を分けかねない。
その制服で魔獣を呼び、その背に乗っているのだから、臭いがつくのも当然。魔獣の鼻ならそういうことがよくわかるのだろう。カロックへ来るようになって途中で衣替えもあり、制服は替わっているのだが、それでも複数の魔獣と関わっている。
「えっと、俺達がカロックに来たのは今回で十九回、かな」
「え、もうそんななるのか。話に聞いてたより回数が多いなー、とは思ってたけどさ」
ラディの言う数字に、ジェイの方が驚いている。
「その中では同じ魔獣を呼んだりした時もあったから……どれだけの数って言われると、えーっと……」
「ああ、いいわよ。厳密な数を知りたくて聞いた訳じゃないんだから。とにかく、たくさん、ね」
「ええ、そうよ。あの……臭いがついてるといや、かしら」
「別に気にしないわ。ただ、どれだけ同じことをしてたのかしらって聞いてみたかっただけだから。あなたって律儀ねぇ」
魔獣がくすくす笑う。レリーナの真面目さが、相手には好印象に映ったようだ。
「いいわ、協力してあげる。多少のことなら、何とかしてあげられるわ」
「ありがとう! あなたの名前、教えてくれる?」
「エルミルよ。それで、移動ってどこへ行きたいの?」
「プルレオの森まで頼むよ。最終目的地は森に着いてからになるけどさ」
「この時期に?」
ジェイの言葉に、エルミルが驚きを含んだ口調で聞き返した。
「今の時期にプルレオの森へ行くのは、ちょっと危険じゃないの?」
エルミルがそう言うのを聞いて、ラディとレリーナは「魔獣がそんな風に言う程、危険な森なんだ」と改めて緊張する。
「行かないで済むならそうしたいんだけどさ、今回はどうしてもそこへ行かなきゃならないんだ」
余程好戦的ならともかく、竜だって魔物がわらわら出て来るらしい森になど行きたくはないだろう。だが、今回はそこにかけらがあるから、仕方ないのだ。
「好きに目的地を変えられないのなら、どうしようもないわね」
危険なのでは、と言った割りに、エルミルはあっさりと納得した。ここでいやだと言われたら、また別の魔獣を呼び出すことになりかねないところだ。
ラディとレリーナを乗せ、いつものようにジェイが頭の上にちょこんと乗ると、エルミルは今回の目的地へ向かって宙を駆け始めた。





