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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十九話 いつか来る日

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約束

 ゼスカーヴェルにどういうことかと聞き返そうとした時、ラディの姿がレリーナの目に入る。レリーナが軽く手を振り、ラディも応えた。

 レリーナはゼスカーヴェルの方を向き、彼がラディだと教える。

「レリーナ、連絡ありがとう。えっと……ゼスカーヴェル?」

「ああ」

 ラディが来て、ゼスカーヴェルと対峙する。レリーナはどうなるのかしらとまた不安になったが、特に怪しい雰囲気も険悪な空気もない。

「俺、どこかで会った?」

 顔を見てもやはり相手のことが記憶にないラディは、単刀直入に尋ねた。

「ラディとは会ったことがないんだって」

「え? そうなのか? なのに俺のことを知ってるって……」

「俺とは会ったことがない。だが、俺の妻とは会っている」

「妻?」

「ラトスティンだ」

 その名を言われて、ラディはようやく得心した。

 レリーナとの連絡を切ってからここへ来るまで、ずっとゼスカーヴェルについて考えていたのだ。どこかで会ったのか、誰かとの話に出ていたのか、と。

 でも、頭に浮かんでくるものはなく、ここまで来てしまった。

 だが、知った名前が出て、やっとすっきりする。

「ラトスって……おじいちゃんが契約してた魔獣、よね?」

 レリーナはラトスと直接会ったことはないが、話はラディから聞いていた。ラディが召喚の授業で呼び出し、ヴィグランの話をした、と。

「うん。じいちゃんが契約してた魔獣のことを知りたくてさ。あの時、契約してくれないかって聞いたら、もうすぐ子どもが生まれるからできないって言われたんだ。もうすぐってどれくらいなのかな」

 魔獣や妖精と人間とでは時間の感覚はちょっと違う。それぞれの生きる長さが違うからだろう。人間から見て、犬や猫の成長があっという間なのと似てるかも知れない。

「もう生まれた。ラトスはヴィグランの代わりにラディに子ども達を見てくれ、と言ったそうだな」

「うん。じいちゃんに見せてやりたかったって話をしてたら、そうラトスが言ってくれて……」

「俺がここへ来たのは、その件だ。ラトスにラディを連れて来いと頼まれた」

 ゼスカーヴェルの言葉に、ラディだけでなく、横で聞いていたレリーナも目を丸くする。

「ラディに見ろと言ったものの、ラトスが子どもを連れて遠出することはまだできない。連れ回すにはまだ早いからな。かと言って、子どもを置いて自分が迎えに来るのは……できなくはないが、したくない。それで、俺が連れて来いと言われた。この話が出た時から、そうなるだろうとは予想していたが」

 ただ、ラトスにしてもゼスカーヴェルにしても、ラディと契約している訳ではない。彼がどこにいるかはわからないのだ。

 ラトスにわかるのは、ラディがロネールで魔法使いとしての修業をしていること、ヴィグランの孫であること、そしてヴィグランの家がある場所だけである。夫に教えられるのも、当然それだけだ。

 魔獣に曜日の観念はない。今日が日曜日で一般的には休日となる。だから、ロネールに見習い魔法使いはほとんどいない……ということを知らなかった。

 すぐにわかるだろうと思っていたゼスカーヴェルは、いきなりそこでつまづく。普通の魔法使いの姿は見掛けたのだが、肝心のラディはいない。

 仕方なく、ゼスカーヴェルはラトスに教えられたヴィグランの家へ向かい、彼の妻であるアリーヌにラディの居場所を聞こうと考えた。

 ところが、そのアリーヌの気配が家からしない。気配がないということは、彼女はいないということ。不在がわかっていて家に入っても仕方がないし、それならどうしたものかと途方に暮れる。

 ゼスカーヴェルはもちろん、ラトスだってこの場にいれば立ち尽くすしかないだろう。彼女なら臭いでラディを捜すことはできたかも知れないが、人間の街で一人の人間を捜すのはかなり困難だ。

 ゼスカーヴェルにはこれ以上ラディを捜し出す方法が思い付かず、どうしようかと考えていた時にレリーナが声をかけたのだ。

「じゃあ、ラトスの子どもに会わせてもらえるってこと?」

「ラディにその気があるのならな」

「あるよ! すっごくある。嬉しいな。あの時の約束、ラトスはちゃんと覚えていてくれたんだ」

 その話が出たのは、授業ももうすぐ終わる、という時だった。

 ラディはもちろんラトスの子どもを見たかったが、微妙に慌ただしくなってきた中での会話。実現するのはちょっと難しいかな、と思っていたのだ。

 一連の会話の流れでラトスの記憶にしっかり残っていなかったり、残っていても子どもを生んだばかりの魔獣が本当にそうしてくれるのは大変だろうと考えていたから、あまり期待はしていなかった。

 しかし、ラトスはちゃんと覚えていてくれたのだ。彼女自身が来られなくても、見に来いと言ってくれている。間に祖父しかつながりがない魔獣なのに、その気持ちがとても嬉しい。

「いいなぁ。あたしも一緒に行っちゃダメ?」

 魔獣の子どもなんて、そうそう見られるものじゃない。話を聞いて、レリーナが興味を持たないはずがなかった。

「レリーナも?」

「レリーナも俺と一緒にじいちゃんの話を聞いててさ。俺は本当の孫だけど、レリーナもじいちゃんにとっては孫みたいなものなんだ。……人数が増えたら、ラトスがいやがるかな」

「連れて行くのは構わないが……向こうでラトスがどう言うかはわからないぞ」

「うん、ダメって言われたら仕方ないわ。子どもが小さければ、お母さんも大変でしょうし」

 飛び入りだし、ラトスにとってレリーナは面識がない人間なのだ。いやだと言われたらあきらめるしかない。

「では、行くか」

「あ、ちょっと待って。ここじゃ、人に見られた時に驚かすからマズいかな……」

 ラトスのいる場所、つまり魔獣の住処なのだから、もちろん街の中ではない。ゼスカーヴェルが魔獣の姿に戻って二人を連れて行くことになる。今のところ、周囲に人の姿はないようだが、いつどこから通行人が現れるかわからない。驚いて声を失う、というのならいいが、大きな悲鳴をあげられたりしたら厄介だ。

「あ、ばあちゃん()の庭をかりよう」

 立っていれば顔が見える高さの柵だし、少し覗けば中が見える。だが、通りの真ん中で魔獣が現れるよりはいい。

 ラディ達は庭へ入り、ゼスカーヴェルはそこで魔獣に姿を変えた。

「わぁ、きれい……」

 いつもながら、レリーナは魔獣の姿を見て感嘆の言葉をつぶやく。

 ゼスカーヴェルは、金の天駆(てんく)だった。天翔王(てんしょうおう)と呼ばれる、空飛ぶ獅子である。その種族で翼のあるものを翼翔(よくしょう)、ないものを天駆と呼ぶのだ。ラトスが天駆だったので、そのパートナーであるゼスカーヴェルが天駆なのは何となく予測できた。

「乗れ」

 言われて二人は戸惑うことなく乗る。大型の魔獣を怖がることなく乗って来た人間に、ゼスカーヴェルの方が内心驚いていた。

「では」

 ゼスカーヴェルの脚が地面を軽く蹴ると、その身体は一気に重力から解き放たれた。

 そのスピードに、ラディもレリーナもどこを目指しているのか、どの方角に向いているのかさっぱりわからない。カイザックに乗せてもらった時も、わずかな時間で国を隔ててしまったくらいだから、今も近いものがあるのだろう。だが、魔獣の背には何の問題もない。

「天翔王は性別に関係なく見た目が同じだと思ってたけど、雄の方が身体は大きいんだな。ラトスより一回りくらい大きいんじゃないか?」

「個体差はあるだろうが、雄の方がだいたい大きいだろうな」

 これまでカロックで召喚した時、雄の天駆が来てくれたことが数回。確かにラトスより大きかったように思える。

「カロックで天駆は何度か会ってるけど、みんな格好良くてすてきだわ」

「ラトスから少し聞いたが……カロックか。本当にそういった世界があるのだな」

 召喚の呪文がなめらかだと、ラトスはラディの魔法について話していた。その時にカロックの話も出たのだ。

 話半分に聞いていたゼスカーヴェルだが、その異世界に行く度に召喚すると聞いたから、この二人の魔獣に対する態度も慣れたものなのだろう。

 ゼスカーヴェルはこれまで人間と契約したことはないが、見習い魔法使いは授業で召喚をしても、魔獣を前にするとびくびくする者が多いと聞く。だが、この二人にはそんな様子が全く見られない。むしろ、嬉しそうだ。

 さっきまではゼスカーヴェルが人間の姿をしていたからあまり恐怖心を持っていないのだろうと思っていたが、魔獣の姿になってもその態度は変わらない。これはたぶん……変わった人間の部類なのだろう。

 そんなに長い話をする時間もなく、ゼスカーヴェルは森の中に降り立った。少し歩くと、洞窟の入口のような穴が現れる。

「シュマ達の巣穴と同じ感じね」

 二人は目の前の景色に、既視感を覚えた。

「少し待ってくれ。ラトスに話して来る」

 いきなりパートナーと違う臭いがあれば警戒するだろう、という配慮らしく、先にゼスカーヴェルが中へ入った。二人が待っていると、再びゼスカーヴェルが姿を現す。

「レリーナも入って構わないと言っている」

 その言葉に、レリーナだけでなく、ラディも喜んだ。

 ゼスカーヴェルについて行きながら、暗い穴の奥へと入って行く。天井はあまり高くなく、幅は一人が歩ける分しかない。自分達の足下が見える範囲で明かりを出しながら進むと、やがて通路より少し広い空間に来た。そこに身体を横たえている天駆がいる。

「ラトス」

「久し振りね、ラディ」

 ラディの呼び掛けに、天駆が応えた。ゼスカーヴェルより一回り小さい、だが、たてがみもあって見た目はほとんど同じ姿のラトスだ。身体の大きさ以外に違うところと言えば、その瞳が濃い青だというくらいか。

 そんな彼女のそばに、たてがみはないが同じ姿をした小さな子ども達。どうやら双子のようだ。

「呼んでくれてありがとう、ラトス。まさか魔獣の方から呼ばれるとは思ってなかったよ」

 普段なら魔法使いが魔獣を呼び出すのに、今回は魔獣が魔法使いを呼び出した。不思議な感覚だ。こんな魔法使いはあまりいないに違いない。

「彼女はレリーナ。ゼスカーヴェルから聞いたかも知れないけど、じいちゃん家の隣りに住んでいて、ほとんど孫みたいなもんでさ。ゼスカーヴェルに頼んで一緒に連れて来てもらったんだ」

「初めまして、ラトス。入らせてくれてありがとう」

「どういたしまして。この前ラディに呼ばれてから、ヴィとのことを思い出していたの。その中に、あなたの名前もあった気がしたから」

「え、おじいちゃんが話してたの?」

「ええ。まだあなた達がようやく言葉を話せるようになった頃かしら。懐いてくれてかわいいって話してたと思うわ」

 子どもの頃は勝手に入り浸っていたような気もしたが、そんなところで自分の話が出てたのかと思うと、ヴィグランは本当にかわいがってくれていたのだと知ってレリーナは嬉しくなる。

 おかげで面識こそないが、ラトスはレリーナのことを知っていた。全然知らない人間ではないから、ここへ入れてくれたのだ。レリーナはヴィグランに心から感謝した。

「その子達がラトスの子なんだな」

「ええ。私達の娘と息子よ」

「かわいいっ」

 小さな子達を驚かせないよう、レリーナは懸命に声を抑えた。でも、目が輝くのは止められない。

 その子ども達は、親とは違う気配を感じたようだ。こちらを向き、鼻をひくひくと動かしている。その目もちゃんと開いていた。

「もう目が見えてるのか?」

「ええ。普通の獣と違って、魔獣の子は生まれて数時間で開くのよ。だから、あなた達の顔もちゃんと見えてるわ」

 ラトスがそう言っているそばから、子ども達は自分にとって新しい存在の人間に近付いて来る。目は見えていても、歩き方はまだたどたどしい。それがかわいらしさをアップさせる。

「触っても平気かな」

「自分から近付いてるから、いいんじゃないかしら」

 怖ければ近付かない。危険なら親が離れさす。そのどちらもないから、子ども達は二人の人間のそばに来た。

「ほら、おいで」

 レリーナが手を差し出すと、ラトスと同じ青い目をした子どもはその手の臭いを嗅いだ。ラトスがこちらは息子だと言う。同じように、ゼスカーヴェルと同じ紫の目をした子どもはラディの方に近付いた。大きさは成猫とほとんど変わらないが、その仕種は子どものもの。

「やっぱりシュマを思い出すわね」

「シュマ?」

 ラトスが聞き返し、ラディがカロックで召喚した魔獣の話をした。その間に、レリーナはひざの上まで上って来た子どもをそっと抱き上げる。

「彼等って、子どもを見せるのをすごくいやがると思ってたけど……異世界では違うのかしらね」

「え、そうなの? すごくあっさりと見せてもらった気がするけど」

 シュマに子ども達を見たいと頼んだら、特に珍しいものではない、などと言いながら連れて行ってくれた。いやだな、という素振りはなかった……ように思う。

「じゃあ、ずいぶん信用されてるのね」

 そう言って、ラトスは笑った。

「その時も、こうやって子どもの方から近付いて来てくれたんだ。親がそばにいるから、安心してるのかな」

「それもあるが、子どもにもちゃんと自分の意思と多少の判断力がある。生まれたばかりでも、単純に好奇心だけで懐いている訳じゃない。安全だということがわかってるんだ」

「悪い奴じゃないって、わかってくれてるのね。嬉しい」

 レリーナは抱き上げた子どもの身体をなでる。言葉はまだ出なくても、子ども達はその仕種で二人を信用していると知らしめているのだ。シュマとミューネの子ども達もそうだったのだと知って、改めて嬉しくなってくる。

「俺は最初、信用しかねたんだ」

 ラトスの横に座っているゼスカーヴェルの言葉に、ラディとレリーナが彼を見る。

「ラトスが契約していた魔法使いの孫だとは言っても、その魔法使いと孫は別の存在だ。一度呼ばれたとは言っても、それだけで生まれたばかりの子ども達と会わせるのはどうなのかと」

 ラトスがラディとこういう約束をしたから子ども達と会わせたい、とゼスカーヴェルに言い出した時。

 何も今でなくてもいいのでは、と思った。正直に言ってしまえば、反対だったのだ。どうしても会わせるにしても、もう少し子ども達が成長してからでも遅くはないはず。

「だって、もうすぐ生まれるって言っちゃったもの。遅くなったら、約束を破ったのかと思われるじゃない」

 妻はそう言うが、だったら勝手に思わせておけばいい、と思った。契約もしていない人間に、そこまで義理を立てる必要はないはずだ。

 そう、ラディはあくまでも「契約していた魔法使いの孫」だ。

 契約もしていない魔法使いの、しかもまだ見習いの人間に対して律儀に約束を守ろうとする妻。

 最初は反対していたものの、そこまで彼女に言わしめる人間にゼスカーヴェルは多少なりとも興味がわく。

「俺が会ってみて信用できそうにないと思ったら、連れて来ない。ラトスにはそう言ってあの街へ向かった。実際にラディに会って……ラディは何か特別なことを言ったり行動したりした訳ではないが、なぜか警戒心が消えた」

 レリーナに呼ばれて現れたラディ。事情を聞いて、ラトスの子どもに会わせてもらえるとなって、喜んだ。言ってしまえばそれだけだ。

「それって、信用してもらったってこと?」

「具体的には言えないが、ラディは魔獣の中に入り込めるものを持っているようだ。それで一度しか会ってないラトスが、連れて来いと言ったのだろう」

 夫の言葉にラトスは「ふふっ」と笑うだけだ。

 そして、ラディとレリーナもお互いの顔を見て嬉しそうに笑うのだった。

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