ラディとカイザック
その後も、半透明の魔物達が現れてはラディ達に壊されていった。
今回、レリーナにとってありがたかったのは、ぬらぬらだのぬめぬめだのと形容されそうな姿の魔物が現れなかったことである。場所が湿地帯でないから、というだけかも知れないが、もしそういうタイプの魔物が現れても半透明で明確に姿がわからないから、いつもよりは平気でいられたかも知れない。
以前にレリーナの苦手な魔物の話を聞いていたカイザックは笑い、彼から話を聞いたバルディも遅れて笑う。
そんな彼等がかけらに向かって進んでいると、少し周囲の景色が変わってきた。玻璃の森であることは変わらないのだが、立ち並ぶ木々がこれまでと少し違うようだ。
それまでも木々は高く伸びていたのだが、この周辺はもっと高い。葉が茂っているのがずいぶん上だ。上に伸びた分、これまで見てきた木よりも幹が細い。細いと言ってもラディが何とか抱えられる程の太さではあるが、それまではもっと太い幹だったので貧弱にさえ見えてしまう。
「森と一言で言っても、こう広いとエリアによって見た目も変わってくるんだな」
木々が密集しているエリアもあれば、まばらなエリアもある。ここは細い高木がややまばらに生えている一帯、というところか。
「上の方で生えている葉が落ちて来たら、ちょっと怖いかも……」
「そんなに落ちてくることはないけど、木から離れておいた方がいいだろな」
ジェイに言われ、人間の二人はなるたけ木から距離をとって歩く。とは言うものの、森の中で木から離れるのは難しい。
「やれやれ……俺達はそんなにうまそうな匂いを放っているのか。また来たぞ」
少し食傷気味といった体のカイザックだが、セリフの中身は穏やかではない。また来た、というのは当然魔物のことだ。
時をおかずに現れたのは、どうやら山犬らしい。これまでも何度か山犬は現れていたが、今回現れたのはこれまでよりも大型だ。後ろ脚で立てば、人間の身長など軽く超えそうなサイズ。その四肢も太くしっかりしている。
そんなサイズだから、きっと体重もそれなりのはずだ。見た目は半透明なので何となく軽そうなイメージだが、普通の魔物と同じように体重がある、というのはこれまでのことでわかっている。小さい魔物の時は竜巻を起こしてそこに巻き込み、地面に叩き付ける、という方法を使ったりもしてきたが、今回も同じことをやろうと思ったら重さを覚悟してやる必要があるだろう。
見たところ、数は十匹前後。単純に計算しても、一人当たり二匹を何とかすればこの場をしのげる。
置物のように見えるのに、山犬の口からはよだれが垂れていた。ここへ来るまでに見た山犬も同じような感じだったが、半透明の置物の口から液体が流れる、というのはひどく妙な感じだ。水がもれている、みたいに思える。
「大した数ではないな。さっさと終わらせるか」
バルディが地面を蹴り、自分に一番近い山犬に飛び掛かる。その獅子のように太い前脚で払うと、魔物は簡単に飛ばされた。今回、バルディは魔法より自分の脚で攻撃した方が早いと判断しているようで、あまり魔法を使わない。だが、結果的に魔物は確実に排除されているのだから何も問題はなかった。
カイザックは風の羽で、ラディやレリーナ、そしてジェイは氷や土のつぶてを放って応戦する。魔物は小気味いい音をたてて次々に大破していった。身体が大きい分、壊れた時の音も大きい。
そんな中、魔物が壊れた時のものとは別に、少し大きな音がした。今まで一枚のガラスが割れたような音だったのが、二枚三枚と重ねて割れたような音がしたのだ。
どうやら誰かの攻撃を受けた魔物が、その勢いで近くの木に当たったらしい。それだけならよかったのだが、この周辺の木々は細い。そこへ大型の山犬がぶつかれば、かなりのダメージを食う。
そのダメージも、木の上部ならよかったのだが、魔物は下の方、つまり根元付近に当たっていた。木は全体的に細くても、上の方ではたっぷり葉が茂っている。下が壊れて全体を支えきれなくなれば、当然バランスは崩れるのだ。
「え……うそだろ」
魔物がやられただけにしては、音が大きい。その音の出所がわからず、きょろきょろしていたラディ達は、一本の木がダメージを受けていることに気付くのが遅れた。
魔物の姿は壊れてしまってもうないから、魔物がどの木に当たって根元を破壊したのかがわからなかったのだ。しかも、半透明だからすぐにはどうなっているかが見えないのも、気付きを遅らせた。
木は魔物ではないから、気配で魔物の存在を感知していたグリフォン達もすぐには気付けない。
根元を破壊された木は、ゆっくりと倒れてくる。普通の木なら、その場からある程度逃げればそう影響はないが、ここの木は玻璃だ。倒れれば割れる。割れればその破片が飛び散る。背丈の低い草が割れるのとは訳が違うのだ。多少逃げたところで、その破片全てから逃げるのは難しい。
「レリーナ、走れ!」
それでも、ラディとレリーナはその場から離れようと走り出す。
ラディとしてはレリーナを連れて逃げたかったのだが、お互いの立ち位置が悪かった。倒れてくる木を中心として、それぞれ左右に分かれた場所にいたのだ。とにかく木から離れようとすれば、それぞれが反対方向に逃げるしかない。
走り出した見習い魔法使い達を、グリフォン達がそれぞれ追う。
バルディは走り出したレリーナの襟首をくわえ、ひょいと宙に放り上げた。宙で回転するレリーナの身体を器用に背中で受け止め、そのまま上空へと避難する。以前やった、一つ目巨人に捕まりそうになったレリーナを助けた時と同じ方法だ。
「ラディはっ」
バルディのおかげで自分の安全は確保できたが、それどころじゃない。
レリーナがバルディの背中から見下ろすと、まさに木が倒れたところだった。グラスなら二、三百個は超えてるんじゃないかと思うような、玻璃の木が割れる音が響く。
バルディがいる高さまでは破片も飛んで来ないが、四方八方に飛び散ったのが見えた。どれだけ速く走っても、あの破片から逃げ切ることは困難だろう。
「あの位置からでは、二人同時には無理だ。……カイザックが走ったのが見えたが」
カイザックが走ったと言っても、今の彼は人間の姿だ。バルディのように飛ぶことは無理だし、速く走ることもいつものようにはできないだろう。さらには、自分達と同じようにケガをしやすい身体でもある。彼がラディのそばにいたとしても、どう助ければラディが無事でいられるだろう。
蒼白になりながら、レリーナはラディとカイザックの名前を叫んだ。
その彼らは。
レリーナとは逆方向に、ラディはとにかく走った。普通の木ではない分、倒れた時の被害が想像できない。どれだけ走れば、飛び散る破片から逃れられるのか。他の木の後ろに隠れて、どれだけ無事でいられるだろう。
今回の目的地が玻璃の森であることを、初めて苦々しく思った。
ラディの足は遅くもないが、特別速い訳でもない。どれだけ速いにしても、人間の出せるスピードには限界がある。
振り向いてもいないのに、木があとどれだけで地面に激突するか見えるような気がした。本能的に危険を察知しているのか。
突然、ラディは身体を引き寄せられた。何がどうなったのか把握する暇もなく、足が地面から離れ、そのままわずかばかり身体が宙に浮く。気付いた時には地面に倒れていた。
ラディが地面に倒れたと同時に、背後で玻璃が砕ける音がした。倒れた振動が伝わったのか、地面がわずかに震える。その震動と砕けた音に、ラディは背筋が寒くなった。降り注ぐ破片を想像し、細くてもあんな高い木が割れれば大量の破片が飛び、その破片に埋もれてしまうのではと不安が襲ってくる。魔物ではないから、破片が消えることはないのだ。
しかし、痛みはない。地面に倒れたために前面は痛いが、破片が身体に突き刺さった痛みではなかった。それに、何かが自分に降って来る様子もない。それ以前に、背中が重いし温かい。
金色……この森で金色の植物だとかってあったっけ?
目の前に金色が見え、それが何かを理解するのに少し時間がかかった。それから突然理解する。
「カイザックッ?」
ラディを覆うようにして倒れたのは、カイザックだ。ラディに見えた金は彼の髪の色。
まさか、俺をかばって……うそだろ。いくら魔獣でも、今のカイザックがあんな音をたてて割れた木の破片を浴びて無事なはずが……。
わずかな破片でも、人間と同じように手に傷が付いた。大量の破片が飛び散る中にいれば、その傷は……。
自分が降り注ぐ破片に埋もれる想像をした時より、ラディは血の気が引く思いがした。
ラディが首だけを後ろに向けてカイザックの方を見ようとしたが、影になっていて彼の顔をちゃんと見ることができない。
「カイザック、大丈夫かっ」
言いながら、あんな状態で大丈夫なはずがない、と思う。でも、聞かずにはいられない。
「お前こそ無事か、ラディ」
背中から声が降ってくる。痛みをがまんしているような口調ではない。
「俺は何ともないよっ。それより、カイザックは」
「ああ」
言いながら、カイザックは身を起こした。ゆっくりとした動作ではあるが、ケガをしていそうな雰囲気ではない。それに、血の臭いも感じられなかった。少なくとも、人間にもわかる程に出血した訳ではなさそうだ。
カイザックが起き上がり、ラディも身体を起こした。改めてカイザックを見るが、まるで何事もなかったかのような顔をしてる。
「カイザック、ケガは? 身体に破片が刺さってるんじゃないのか」
起き上がったラディは、カイザックの背中を確認する。だが、その背には何もない。血もないし、破片は一つとして刺さっていなかった。
「え……どうして」
ふと見渡せば、自分達の周囲にも飛び散ったであろう破片はない。なだらかなこぶが普通の地面のようにあるくらいで、目立って危険そうなものは見当たらなかった。
「おーい、大丈夫かー」
緊迫した空気をぶち破るかのように、どこからかジェイののほほんとした声が聞こえた。その後でジェイが近付いてくる。
「ジェイ……どうなって……」
ラディはゆっくり立ち上がった。その横でカイザックも立ち上がる。どちらもケガは見当たらず、立つ時もいつもと変わらなかった。身体から破片が落ちることもない。
「ラディ、カイザック、大丈夫っ?」
バルディに乗せられたレリーナも降りて来た。バルディの背中から飛び下りるようにして、ラディのそばに駆け寄る。
「うん、俺は無事。カイザックも無事みたいだけど……」
ラディはレリーナに返事しながらも、ジェイの方を見た。
「ん? ああ、ラディとカイザックは逃げ切れなさそうだったから、壁を出した」
あっけらかんとジェイが言う。すぐにはラディもレリーナも、その言葉が理解できずにいた。
「壁って……」
「だから、防御の壁な。あの倒れてきた木と、ラディ達の間に。木が倒れて破片が飛び散っても、壁に阻まれてラディ達の方には飛んでないだろ?」
よく見れば、ある地点からきっぱりと破片のある場所と全くない場所に分かれている。破片が散らばるエリアの境目付近には、低いながらも破片の山ができていた。
ジェイが出した壁に破片が当たり、そのまま地面へと落ちたのだ。そのために境目部分には落ちた破片で山ができた。壁のおかげで破片は防がれているから、当然ラディやカイザックの所にまでは飛ばない。
自分が逃げるだけで精一杯だったが、火に手を突っ込んでも火傷一つしない丈夫な竜が近くにいるのを忘れていた。どの位置にいたとしても、その鱗がこんな玻璃の木の破片程度で傷付くことはないのだろう。
慌てることなく状況を見て、レリーナはバルディが助けたから放っておいてもいいと判断し、ラディ達の方に破片が飛ばないように壁を出した、ということだ。
「よかったぁ……」
ほとんど倒れかけるような格好で、レリーナがラディにもたれかかる。
「あたしはバルディが助けてくれたからいいけど、ラディがって……生きた心地がしなかったわ。死ぬまでにはならなくても、大ケガするんじゃないかって」
破片の刺さる場所によっては、命を落とすことだってありえる。まさか魔物ではなく、森の木で死にそうになるなんて想像もしなかった。
「うん……俺もさすがにヤバいと思った」
なだめるように、ラディはレリーナの肩を軽く叩く。
「カイザック、ありがとう。助かったよ」
「いや、俺はラディを押し倒しただけだ。今の話だと、おいしい部分はジェイに持って行かれたからな」
「え、おいしいとこ、持ってった?」
ジェイが小さく首を傾げる。
「まさか、言葉通りに受け取ってはいないな? 無事だったから言えることだ。礼を言う、ジェイ」
いつもの姿なら、バルディと同じようにラディをくわえて空へ飛び、安全な場所へと向かっただろう。魔法も使えるが、動いた方が早いことも多いので、今も先に身体が動いていた。
しかし、いつもとは勝手が違う。飛ぶことはできず、ラディをかばっても今度は自分がどうなっていたか。
さっき手に傷ができた時もそうだったが、この姿で行動していると、人間の弱さが身に染みてわかる。人間というものは、魔法が使えれば一応だいたいのことはどうとでもなるようだが、その魔法は魔獣より弱い。魔法なしでは、自分の身を守ることも難しい時が多いのだ。
いざとなれば自分達だけでもそれなりに何とかできるのだろうが、人間が魔獣に協力を求めるのは、彼らの恐い程の弱さ、もろさのためだと改めて納得する。
「ま、みんな無事に済んでよかったよ」
カイザック曰くのおいしいとこ取りしたジェイは、そう言って笑った。





