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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十七話 思い出

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浮島

 これまでも魔獣の背に乗って何度も移動しているから知っているが、ファイルドの背もヴィグランが話していたように全く揺れない。あえて聞いたことはないが、ジェイがいつもちょこんと乗っている頭も揺れることはないのだろう。多少揺れたところで、大竜のジェイには問題もないはずだ。

「ヴィグランはどうしている?」

「亡くなったよ。三ヶ月くらい前に」

「……そうか」

 ファイルドの口調は静かだった。

「なぁ、ファイルドは何回じいちゃんと会ってるんだ?」

 沈黙が降りそうだったので、ラディは少し明るい声で尋ねた。

「二度だ」

「……え? 二度、だけ?」

「ああ。何か気になることでもあるのか?」

 思わず聞き返したラディに、ファイルドも聞き返す。

「んー、俺の思い違いかな。ファイルドの話、何度も聞いたような気がするんだけど」

 ラディはカロックで同じ魔獣を呼び出していない。翼のある猫のシュマとは三回会っているが、召喚して現れたのは二度。それもラディとレリーナがそれぞれ一回ずつ呼び出してのことだ。

 ヴィグランもナーノスとファイルド以外は一度きりしか呼び出してなかったと、ラディは記憶している。だから、他の魔獣の名前は忘れても、この二体の名前は頭に残っていたのだ。子どもが二回聞いたくらいで、魔獣の名前をそんなにしっかり覚えているものだろうか。

「そんじゃ、ラディのじいちゃんが同じ話をしてたんじゃないのか?」

「そうなのかな。だけど、それならそれで覚えていそうなもんだけど。同じ話をよくしてくれてたよなって」

「あたしはそんな風に思えないわ。おじいちゃんの話、同じ名前が出ることはあっても、中身は色々だったもん」

 自分だけなら自信がなくなるが、レリーナも一緒に聞いている。だから、何度も同じ話をした訳ではない、というのは間違いないだろう。

「だとしたら……ファイルドとのエピソード、何回かに分けて話してくれてたのかな」

 一度カロックへ来れば、地図のかけらが見付かるまで元の世界には帰れない。その間、移動したり魔物と戦ったりする。ラディはレリーナと二人でいるから早く済ませられてるのかも知れないが、一人だったヴィグランは彼ら以上に色々起きていたのだろう。

 それを一度に話せないから何度かに分け、それをラディ達はファイルドが何度も現れたように感じたのかも知れない。詳しく話してくれていたのだとすれば、ヴィグランにとってそれだけファイルドは思い出深い魔獣なのだ。

「ファイルドはラディのじいちゃんといつ会ったんだ?」

「試練が始まって間なしの時と、じき終わるだろうという時だ」

 初期と後期に、ということらしい。

「それじゃ、二度目に会った時のじいちゃん、かなり腕が上がってたんじゃないか?」

「そうだな。ラディとそう変わらないくらいだろう。最初に会った時は、レリーナよりもひどかったな」

「今のあたしより? よくそれでかけらが集まっていったわね」

「レリーナ、卑下しすぎだよ。中2くらいで呼び出されたなら、基本的な魔法はある程度できるはずだろ」

 ラディが初めてカロックに来た時は、中級2のレベルだった。多少難しい複合魔法も自分のものにしていかなければならない時期だ。未熟なりに何とかなる程度……のはず。

 現在、レリーナのレベルは中級2だが、カロックへは中級1から来ている。それだけ経験値が高くなるから、ヴィグランが中級2で来ていたとしても今のレリーナと比べるのは不公平だろう。

「かなり危なっかしい状態だったがな」

「うんうん、ラディもそんな感じだった」

「……ジェイ、そこで強く肯定しないでくれよ」

 自分の腕がよかったとは思わないが、きっぱり言われるとそれはそれでがっくりくる。

「再会した時のヴィグランは……魔法の上達は当然だろうが、顔つきも変わっていたように思えた」

「顔つきが? どういうことなの?」

「精悍になった、とでも言うのだろうな。自信が顔に表れていたんだろう」

「そういうことか。言われてみれば、ラディもレリーナも最初に比べれば変わったかな」

 ジェイが少し首を後ろに向ける。

「あたし、顔に表れる程、腕に自信はないけど……」

「だけど、カロックへ来た頃に比べれば明らかにできることが増えてるだろ?」

 実際、二人はこうしてカロックへ来ている間に、ロネールでクラスを一つ進級している。腕が上がらなければできないことだ。

「確かに、カロックで滅多なことが起きないようにって、いつも練習はしてるけどさ」

「そういう積み重ねってことだよ」

 そんなものなのだろうか。毎日自分の顔を鏡で見ていても、顔つきが変わったとは思えないのだが、第三者から見れば違うのかも知れない。

「自分じゃよくわからないけど……。あ、そうだ。じいちゃんが契約した魔獣の中に翼翔(よくしょう)がいたんだ。俺は会ったことがないんだけど、ファイルドと同じ魔獣と一緒に仕事をしてたみたいでさ。意図的に呼び出したのかどうかはもう聞けないけど、カロックでファイルドと行動したのが楽しかったんじゃないかな」

「そうか」

 ファイルドの相槌は短かったが、その声はどこか満足そうに聞こえた。実際、ヴィグランが翼翔のウェルアルと契約したのは、ファイルドとの出会いが彼の中でいくらか占めていたからだろう。

「じいちゃんが協力していた大竜とは、それ以降会ったりしてるのか?」

「いや。こういう機会でもなければ、我々も大竜とは会うことが少ないのでな」

「棲む場所が違えば、なかなか顔を合わさないもんなぁ。カロックもこれで結構広いしさ。その時の大竜って、誰だったんだ?」

「ミルーゼリア、でいいんだよな?」

「ああ」

 ラディはファイルドに確認し、彼もはっきり肯定した。

「え、ミルーゼ? ラディのじいちゃんが協力してたの、ミルーゼだったのか」

「あら、ジェイは知ってるの?」

「まぁな。明るいねーちゃんだよ。頻繁に会うって訳じゃないけど、言ってみれば顔見知りかな」

「ジェイが知ってるとは思わなかった。そういうのもありなんだな」

 大竜の総数がどれだけのものか知らないが、余程個体数が少なくない限り、自分の種族全ての顔と名前を知っていることはあまりないだろう。でも、どれだけの親密さかはともかく、ジェイはその竜を知っていた。思わぬところでつながっているものだ。

「オレにだって、知り合いはいるからなー。ミルーゼ、元気にしてるぞ。ちょっと先に試練を終えたにーちゃんといい感じになってるらしいから、そのうち(つが)うんじゃないかな」

「ジェイ……普通に恋人になるとか、そういう言い方にしてよ」

「意味は同じだろ」

 レリーナに言われても、ジェイはけらけら笑うだけ。

「前方に何かいるぞ」

 飛んでいるのにまるで揺れないので忘れかけていたが、現在ファイルドは空を駆けての移動中である。

「俺には見えないけど……」

 ラディが目をこらしてみるが、進行方向に何かいる様子はない。雲のさらに上を駆けているので、見えるものと言えば白い雲ばかり。

「あー、たぶん雲虫だろ」

「ジェイ、何なの、それって」

「だから、雲みたいな虫。あ、虫って言っても魔物だけど」

 ジェイはさらっと言ってのける。

「空を飛んでる最中に魔物退治なの……」

 変な動きをすれば、ファイルドの背から落ちかねない。どれだけの高さか知りたくもないが、地面は相当下の方にある。地上ならそれぞれがあらゆる方向に移動して攻撃できるが、ファイルドの背中という定位置に縛られては思うようなバトルもできない。

「ファイルドなら蹴散らせるだろ。こんな所で時間を取られたくないしな」

「雲虫のような雑魚では、相手をする気にもなれないが」

「んじゃ、突っ切っちゃって」

「ジェイ、そんなあっさり……」

 聞いていたラディやレリーナがあきれた。魔物と余計な戦いをしなくて済むのはありがたいが、とにかくジェイが軽すぎる。

「大した力はないんだけど、数が多いからな。今回はちょっと遠いし、こんな所で時間を取りたくないからさ」

「ラディ、レリーナ。しっかり掴まっていろ。スピードを上げるぞ」

 ファイルドがそう言った直後、前方で雲から綿ぼこりのようなものがいくつも浮き上がってくるのがラディの目にも見えてくる。

 あれが雲虫なのかと聞く暇もなく、ファイルドが一気にその場を通り越した。

☆☆☆

 ヴィグランの話をしていて、今回向かう先の話をしていないことに気付き、雲虫もいなくなったことなのでラディはどんな場所かと尋ねた。

「ジェイ、浮島って言ってたよな。前に湖の中央辺りにある島へ行ったことがあるけど、そんな感じなのか?」

「ううん、そんなんじゃない」

「そんなんじゃないって……浮島って湖や海を漂うものじゃないの? 水の底とつながってないから浮いていて、あちこち漂うって聞いた気がするんだけど」

 レリーナの言葉をそこまで聞いて、ラディはふと一つの可能性を思い付く。

「ジェイ……まさかと思うけど……浮島って、本当に浮いてるとか?」

 目的地の名前、飛べることが条件の召喚、雲の上を移動するファイルド。

 自分達が思う浮島なら、何もこんなに高い場所を移動する必要はない。高い山が連なるのであればこういう移動もありだろうが……ちょっといやな予感がする。

「うん。空に浮いてるんだ」

「ええっ、本当に浮いてるって意味の浮島なのっ?」

「……やっぱり」

 ジェイの言葉にレリーナは目を丸くし、ラディは力なく苦笑した。

「俺達の世界にも、そういうのがあるのかな。今度ブラッシュに聞いてみるよ」

 火や氷の山、怪しい森などは探せばどこかにあるだろうし、話に聞いたことがある。空に浮かぶ島は……たぶんない。いや、あれば絶対に覚えている。

「ラグフィンっていう浮き上がる植物の種があってさ、それが空へ向かう途中で芽を出して成長する。それが近くを飛んでた別の奴と絡み合って島にまでなるんだ。大きくなったらそれなりに重くなるんで、空の中途半端な所で浮いてるって訳」

 今、ファイルドが飛んでいる高度は、中途半端な高さなのだろうか。雲がずいぶんしたを流れているようなのだが……。

「それ、絡まなかったらどこまで行くんだよ」

「さぁな。太陽の近くまで行って、そこで燃え尽きるらしいってのは聞いたことがあるんだけど、実際に見た奴っているのかもわからないし、噂レベル。燃えてなきゃ、竜でも行けないくらいの高い所で浮かんでるんじゃない?」

「空に浮かんでたら、栄養や水を取り込めないんじゃないの? それが島になるまでよく成長できるわね」

「わずかな空中の水分でも充分なんだ。光があれば何とかなるし、大きくなればそこに鳥や何かが棲み着いて、そのフンに混じってるものとかでどうとでもなるみたいだな」

 ふわふわ浮くような植物でも、なかなかにたくましく生きているようだ。

「もっとも、そこまで成長するものはそう多くない。うまく水を取り込めないと枯れてしまうのは他の植物と同じだ。全部成長したら、カロックの空は浮島だらけになっちまうしな」

「雲の代わりに浮島ばっかりが浮いていたら、地上は暗くなるでしょうね」

 そんな状態を想像し、レリーナはくすくす笑う。

「俺達が向かっているのは、そうやってうまく島になったものの中で一番大きいとされている島だ」

 ファイルドが追加説明する。

「島と呼ばれるまでになれば、高度についてもそうだが、風に押し流されることもほとんどなくなると聞く。移動もしなくなる、いや、できなくなるはずだが」

「んー、そうなんだけどさ」

「何? ジェイ、何か問題でもあるのか?」

 ジェイとファイルドが意味深な言い方をするので、ラディは気になる。こういう会話の後だと、あんまりいい話にはならない。

「この前、嵐が来たんだよな。地上だと、細い木なんかはなぎ倒されるくらいの風でさ。だから、ティサの浮島もちょっと移動してるんじゃないかなって」

 雲の上の空間に風がどれだけ吹くものなのか、ラディもレリーナも知らない。それでも、地上で木がなぎ倒されるような風が吹くのなら、上空でもかなりの強い風が吹いていそうだ。

 浮島はどこかに固定されているわけではないから、少し動き出したらそのまま慣性の法則でしばらく移動を続けるかも知れない。島自体の重みがどれだけその移動を妨げるかだ。逆に、その重みで動き出したらなかなか止まれない、ということもある。

「移動していたとしても、あんまり遠くへ行ってなきゃいいなーって」

「でも、ジェイはそこにかけらの気配を感じてるんでしょ?」

「はっきりそこだって断定はできないけど、位置的にはその島だと思うんだ。だから、島に到着するまではわからない。移動してなきゃ、そろそろ目的地だと思うんだけど」

 雲虫が出る前も後もずっと話をしていたから、いつもと比べて長い時間が流れたと思われる。時計は持っていないが、移動速度が高い魔獣にこれだけ長く乗っているのはたぶん初めて。距離も今までで一番長いはずだ。

「気配が薄くなってるから、近付いてるのは間違いないよ」

 このかけらに関してだけは、ジェイが近付けば近付く程に気配を感じられなくなるのだ。ラディやレリーナがジェイの指定する魔法を使うことで、再び気配を感じられるようになる。

 気配が薄くなっているということは、かけらが近くにあるということだが、薄くなれば手掛かりのある方向も薄れる訳だから、ややこしい。

「じいちゃんからこんな浮島の話は聞いたことがなかったから、行ったことがなかったのかな」

「少なくとも、私は連れて行かなかった」

 ファイルドがヴィグランを連れて行ったのは、砂漠と海の沖合にある島だという。砂漠なら砂に足を取られながら走るより飛んだ方が楽だろうし、海の沖なら泳ぐより飛ぶ方が早い。翼のあるファイルドが呼ばれたのも道理だ。

「ラディのじいちゃんは一人で協力者をしてたんだろ。ラディとレリーナは二人だから、少し来てもらう回数が増えてるんだ」

「おじいちゃんが知らないカロックにも、あたし達は行けてるってことね。それは嬉しいけど……その分、大変だわ」

 ここへ来れば、必ず魔物と対峙する。魔法を使う。知らない世界に来られて楽しい反面、気が抜けないので疲れるのだ。

「あれじゃないか?」

 ファイルドが言うが、やっぱり人間の二人にはわからない。

「おー、そうだな。やっぱり移動してたか」

 座標も目印になる木や山もないのに、ジェイには島が動いたことがわかるらしい。

「思ったより移動してたな」

 全体的な移動距離が把握できないので、ラディ達には何とも言えない。だが、ファイルドが「そうだな」と肯定したので、そうなのだろう。

 やがて、二人にもようやく影が見えてきた。その姿がはっきりするに従って、ラディもレリーナも目を丸くする。

「うわ……森が浮かんでるみたいだ」

「根こそぎ取られて放り投げられた感じね」

 目の前に現れたのは、島と呼ぶよりは空に浮かぶ森だ。巨人が一つの森をわしづかみにして引き抜き、そのまま空へ投げ飛ばしたものがそのまま浮かんでいる、という状態なのだ。

「いくら浮く植物だからって、あんなにしっかり葉が茂ってる木が浮かぶなんてすごいな」

「ラグフィンは木じゃなくてツルみたいなもんなんだ。それが絡み合って木になってる。モッドの森みたいなもんだ。あそこよりツルが細い分、数でまかなってるって感じかな」

 最初の頃に行ったぬかるみの森。そこの木々もツルが絡んで木のように太くなっていた。

「根っこも同じように絡み合って、あんな感じで太くなるんだ。確かに森みたいな感じかも。土の地面がないってだけでさ」

 ジェイの言葉を聞き、ティサの浮島へ近付くにつれてラディとレリーナは一抹の不安を覚えた。あまりあの島に足を付けたくないような。

 とりあえず適当な場所に降りてくれ、とジェイに言われてファイルドが島に降り、その不安の意味がわかった。

「あたし……高所恐怖症じゃないつもりだけど……」

「この状況、さすがにちょっときついよな」

 ファイルドの背中から降りたものの、ラディとレリーナはすぐに歩き出すのにちゅうちょした。

 この浮島を形成している植物は木のように見えるが、実際はツルが絡まり合うことで木のようになっている。なので、普通の木には見られない、太いロープを絡ませたような筋が幹の部分に見られた。

 木の幹みたいに見える部分は、以前見たモッドの森の植物と構成は変わらない。問題は根っこの方だ。

 形状は幹部分と変わらない。根っこはラグフィンと呼ばれる植物の本当の根で、その根が絡まり合って太くなっている。

 そこまではいいとして……空中なのでここに土はなく、根っこが見える状態。どれだけ太い根っこが複雑に絡み合っていたとしても、隙間がある。雑で荒い網目のような状態の根の下は……白い。今いる所から島の下に漂う雲が見えているのだ。

 人間の二人はもちろん、身体の大きなファイルドが降りても平気なのだから、ツルにしろ根っこにしろ、いきなり折れたり切れたりすることはないだろう。だが、下を見たら冷たいものが身体の内と外を走った気がする。

「ん? 何か問題あるか?」

 ジェイが不思議そうな顔で尋ねる。予測していた場所から移動していたものの、無事に島に着けてほっとしているのに、協力者二人の顔色がよくない理由がわからないのだ。

「問題って言うか……ジェイみたいにふわふわできればよかったかなって」

「ジェイ、この根っこがいきなり消えるってことはないわよね?」

「この高さだと、雨より雲から水分を取ろうとするから、根を伸ばそうとして動くことはあるかな。消えるってことはないはずだけど」

「はず……か」

「大丈夫だって。割と頑丈だし、歩いてもどうってことないはずだから」

 その「はず」が恐いのだが……。何かあった時は、ファイルドに頼るしかない。

 ラディとレリーナは、これまでになくへっぴり腰な姿勢で歩き始めたのだった。

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