始めたての協力者
協力者二人を乗せ、エムライドは月夜の空を駆ける。ジェイはいつものように、頭の上にちょこんと乗っていた。
「エムライドは行き先のこと、知ってるの?」
「何となくだけどな。月が絡む場所と言えばいくつかあるけど、俺の頭に最初に浮かんだのがバオムだったってだけ」
「いくつもあるのか。で、そのバオムの森って、どんな所なんだ?」
「バオムの森って言い方、微妙だな」
エムライドの言葉に、ラディとレリーナは首を傾げる。
「だけど、ジェイは森へ行くって」
「バオムって場所は、本来砂漠なんだ」
「うん、確かにジェイから砂漠って言葉も聞いたけど……」
「そっか。微妙と言っても、結局は呼び方の問題だけなんだけどな」
「普段は砂漠で、今日みたいに満月の夜になるとそこに森が現れるって言ったろ。数時間だけ砂漠が森になるけど、その森がバオムとはあまり呼ばれないんだよな」
ジェイが珍しくまともな説明をしてくれて、二人にもエムライドが言った微妙の意味がわかった。いつもは砂漠と呼ぶ場所が一時的に森となる。でも基本は砂漠をバオムと呼んでいて、森にはこれという固有名詞がないのだ。
「その森、どんな感じなの? 木が砂でできてるとか?」
「俺は行ったことがないんだ。ジェイは?」
「ない。でも、木は木のはずだぞ」
はず、と言われるとちょっと怪しく聞こえるではないか。
「行ったことがないのなら、どんな魔物が現れるかなんて知らないわよね……」
あまり聞きたいものではないが、予備知識があれば心の準備もできる。
「浮遊系の魔物って聞いた気がするな。へろへろ~って、煙っぽいのが」
「……ラディ、ジェイが言ってるのって、つまりはお化けみたいなのってことかしら」
「そんな感じ、かな」
実際に見てみなくてはわからないが、ラディもそう思ってしまった。
「ラディとレリーナなら、いつものようにできるさ。行ってからのお楽しみって奴だ」
楽しみにできる余裕があればいいのだが……仮にも相手は魔物である。
「それにしても、また炎馬が来てくれるなんてな」
これ以上は心の準備ができそうにないので、ラディはあえて話題を変えた。
「また? 前にも来たのか?」
「俺がカロックで最初に呼んだのが炎馬だったんだ。その時は青いたてがみの炎馬でさ。自分の世界では、レリーナが契約してるのが炎馬なんだ。縁があるのかな」
「そうなのかしら。あたし、考えてみたらシュマ以外の魔獣は炎馬しか呼んでないわ」
召喚をした回数が少ないとは言え、二度も同じ魔獣が現れるとラディが言うように縁を感じる。
「最初にレリーナが俺をじっと見ていたのは、そういう過程があったからなのか?」
「え? あ、えっと……」
レリーナが呆然となって見ていたのを、当然ながらエムライドも気付いていた。ラディが促さなかったら、きっとレリーナがエムライドを見詰める時間はさらに長くなっていただろう。
「すごくきれいだなって思って」
どう言おうかと思ったが、レリーナは正直に言った。おかしな言い訳をしても、魔獣はすぐに見抜いてしまうと思ったのだ。そして、それは当たっているはず。
「赤い炎も、真っ白な毛並みもきれいって」
「へぇ、ずいぶんかわいいことを言ってくれるじゃないか」
よく言われれば、魔獣だって悪い気はしない。レリーナが嘘をついている様子はないので、なおさらエムライドは気分がよかった。
「レリーナはよく魔獣にみとれるよな」
ジェイがけらけら笑う。
「そうかも。俺、レリーナが人にみとれてるのを見たことがないし」
「そ、そうかしら」
「へぇ、ラディも含めて?」
「え……お、俺は小さい時から会ってるんだし、今更みとれるって変だろ」
「もう。ラディが変なこと言うから、からかわれるんじゃない」
「だけど、ブラッシュが来た時、レリーナは別にみとれたりしてなかっただろ?」
ラディがブラッシュに夢中にならない女の子がいるのかと言った時、ブラッシュはレリーナが夢中という顔はしてなかったと返したのだ。確かにレリーナは初対面のブラッシュとごく普通に挨拶し、会話していたように思う。これがロネールにいる他の見習いの女子ならそうはいかなかっただろう。
「それは……そうかも知れないけど。ほら、大変な状況だもん。そんなこと、考えてる余裕なんてないでしょ」
「でも、魔獣にはみとれる」
「ジェイってば、話を振り出しに戻さないでよね」
緊張感のない移動時間が過ぎ、やがて月明かりに照らされた森が見えてきた。
広い砂漠の一部に緑が広がっている。一部と言っても、相当な広さだ。月明かりがあるとは言っても、昼間のようにはいかない。そのせいもあってか、全容はわからないのだが……とにかく、砂漠は広大で果ては見えない。そして、森もまた果てがわからなかった。
ただ、手前や両端に砂地が見えるので、砂漠全体に森が現れているのではないらしい、ということがかろうじて判断できるくらいか。
「ジェイ、森のどの辺りへ行くんだ?」
少し速度を緩めつつ、エムライドが尋ねた。
「えーと、もう少しこのまま真っ直ぐ進んでくれ」
言われるまま、エムライドは先を進む。
「暗そうな森ね。夜だからそう思うだけかも知れないけど」
「普段見るのとは違う感じだな。あの木……枝が下向きになってる?」
いつもなら、天に向かって枝を伸ばす木々。だが、眼下に広がる森の木々は、しおれた植物のように枝がぐったりしているのだ。
「うん。ここの森の木は全部枝垂れなんだ。太陽の光を求めて枝を伸ばす必要がないから」
「なるほど、そういうことか」
光合成をして栄養を作り出す必要のない木々達。あの木は太陽の光など、知らないのだろう。必死に光を浴びようとしなくていいから、重力に逆らうことなく枝を地面へと伸ばすのだ。
「柳みたいなものね。でも、ああいうタイプの木がたくさんあるのって、ちょっと怖い」
柔らかく、しなる枝。風が吹けば、普通の木々よりよく揺れる。一斉に揺れたら不気味に見えそうだ。今は夜だから、なおさら。
ジェイはエムライドに降りられそうな場所があれば、そっちへ向かうように言う。それを聞くと、自分の身体が余裕で通れそうな空間を通ってエムライドは森の中へ着地した。
上空では月明かりがすぐそこにあってとても明るかったが、少し開けていると言っても森の中に入ってしまうとやはり暗い。
その中で、エムライドの身体は明かり代わりになってとても便利だ。初期に比べてかなり白っぽくなったジェイも、いい具合の明かりとなる。それでも一応、ラディとレリーナは火の魔法でランプ代わりになる明かりを周囲にいくつか出した。
実際に森へ入ってみると、空から見ていたように枝が垂れている。その枝には葉も付いているが、多くはない。木そのものが大きく高いので、そこから垂れる枝はかなり大きな放物線を描いていた。枝はしなやかに垂れていても、幹は太くがっしりしている。一人で抱え込むのは無理な太さだ。
「今回の使用魔法は水。頼むな」
ジェイに言われ、カロックへ来てまだ魔法を使っていないラディが小さな水滴が出るように呪文を唱える。そこから、見付けるべきかけらの気配を感じ取ったジェイが進み始めた。
歩き出してすぐ、レリーナが小さな悲鳴をあげる。魔物が出たのかと思ったが、魔物と思ったのは揺れた枝だ。明るくないので視界が悪く、視界の端で揺れられると魔物が現れたのかと疑ってしまう。
来た時は特に何も思わなかった枝垂れだが、こうして歩き始めると地味ないたずらをされてるような気がした。
「二人とも、気を付けろよ。風で揺れやすい枝だからと思って油断してたら、その中に本物の魔物が混じってたりするからな」
ジェイに言われ、レリーナは思わずラディにしがみついた。
「もう、ジェイってば、もっと早く言ってよね」
「え? だから、現れる前に言っただろ」
「それはそうだけど」
ちょっと意味が違うが。
「来る前にへろへろ~な魔物が現れるって話しただろ。オレもここへ来てわかった。この枝なら、風が吹いてもそんな感じに揺れる。その中に紛れちまえばわかんないよな」
天に向かって伸びる枝が懐かしい、と急に感じた。
「確か、木の中に入り込んで悪さをする魔物もいると聞いたぞ」
エムライドがありがたくも怖い情報を提示してくれる。
「あの……木の中に入るって何? 悪さってどんな感じなの?」
「さぁ、どうだろうな。考えられるとしたら、あの枝を操作して巻き付いてくるとかじゃないか? もしくは、木が歩き出したりとかな」
「ええっ、木が歩くの?」
木そのものが魔物であれば、そういうのもありか。ついでに言えば、カロックなら魔物でなくてもそういう木がかなりの確率でありそうだ。
「地面が砂地だからな。その気になれば、いくらでも根っこを引き抜ける。けど……それをするのは余程力がある奴だな。下級の奴じゃ、そこまで木を操る力もないしさ。操る力がある奴は、逆に木なんかに入り込まなくても自力で何かしかけてくる」
「ジェイが説明すると、ほっとするような、ますます緊張を強いられるような、複雑な気分になるよ」
ラディが苦笑する。
「え? そうか?」
ジェイは自分の持つ情報や推測を出しているだけのつもりなのだが、それが見習い魔法使いの二人には重い現実になりうるのだ。ここまで来て腰が引けている場合ではない、というのもわかってはいるが、平気な顔を続ける程には二人はまだ強くない。
「きゃっ」
枝の先の葉がレリーナの手に触れ、思わず声を上げる。反射的にその手を引こうとしたが、その手に触れてきた枝がツルのように絡まった。その動きは風で揺れたものではない。
「レリーナ!」
ラディがレリーナの腕に絡む枝を掴んだ。ラディの人差し指くらいの太さしかない枝だが、その柔らかさはツルと変わらない。だが、しなやかで強く、少し引っ張ったくらいではちぎれなかった。
そこへエムライドがふっと息を吹きかける。小さな火が出て、枝の一部が焼けた。そこから枝がちぎれ、レリーナから離れる。
ラディは急いでレリーナの腕に絡む枝を取り外した。枝本体の方は、突然の火に驚いたのかちぎれて痛みを感じているのか、震えている。
「魔物が入ってるパターンのようだぞ。俺が燃やすのは簡単だが……あまりやらない方がいいよなぁ。他の木が完全にとばっちりを受けちまうし、木そのものに罪はないしさ」
エムライドの燃やすという言葉に反応したのか、枝が明らかに風ではない動きをした。恐怖に震えているようにも見える。中の魔物の正体はわからないが、木なら火に弱いはず。入り込んだ器が燃やされれば、中の魔物も無事ではいられないのかも知れない。
「あ、エムライドがそんなことを言うから、出て来たぞ」
何が出てきたのかとジェイが差す方を見ると、木の種類はわからないが枝を垂らした大木から白い煙が出ている。
「言ったそばから出て来たのか。と言うより、バレたと思ってレリーナを捕まえようとしたんじゃないのか?」
「あー、それもありかな」
ラディはレリーナを後ろにかばう。もっとも、レリーナの後ろには別の木があるので、どこまでかばえているかは怪しい。
一応、来る前にいつものように結界は張ってあるが、これは魔法攻撃を弾くものだ。物理攻撃であっても、何か固い物が投げつけられるのであれば多少は守ることはできるのだが、ツルのような枝が伸びて腕に絡む、という状況では守りきることが難しい。
白い煙は一般的なクッションくらいのサイズだろうか。それが細長くなったり、丸くなったりと形を変えて浮遊している。顔らしきものはなく、こうして見たところ、あまり害はなさそうに思えた。
「気を付けろ。見た目はこんなだが、本気で絡まれたら窒息するぞ」
「あっさり言ってくれるよ、エムライド」
これまで好意的な魔物なんて、現れた試しがない。だったら、今回も同じだと理解しておくべきだが、薄い煙のような姿なので惑わされるところだった。
「あんな身体なのに、あたし達を食べる気でいるとかなの?」
「ああいう奴が襲ってくるのは、縄張に入ったから追い出そうとしているか、喰うつもりかのどちらかだ。たまに相手をいたぶって遊んでやろうって奴もいるけどな」
いつものことだが、やはり魔物の相手をするとなると気分が重くなる。
「ジェイ、弱点はわかるか?」
「んー……風だな。あと、雷」
「風だと、また元に戻りそうな感じがするけど」
「こいつはそこまで回復能力が高くなさそうだ。風に散らされたら、それっきり」
竜が断言するのだから、そうなのだろう。ラディは小さな竜巻を起こして魔物に向ける。気付いた魔物が逃げようとするが、ラディの竜巻の方が速かった。
風に煙の身体をちりぢりにされ、空気の中に霧散する。
「へえ、なかなかいい風だな」
エムライドが感心したように言う。魔獣にほめられると嬉しい。彼らが人間にお愛想を言う必要はないし、嘘は言わないからだ。
最初にそんなことがあって、ラディ達は揺れる枝に注意を払いながら先を急いだ。
あまりゆっくりして月が沈んでしまうと、この森も消えてしまう。そうなったら、次の満月までかけらを捜すチャンスがなくなるのだ。今回は制限時間があるということ。
さっさと進みたいが、さっきのような魔物が木の中に入っていたり、もしくは直接目の前に現れたりと邪魔するのでなかなか距離が稼げない。だが、これはいつものこと。月が沈むまでの時間がどれだけあるのかわからないが、あせってもうまくいかないことはこれまでの経験でわかっている。
手をわずらわされる前にできるだけ先制し、戦闘を長引かせないようにしてラディ達はかけらを目指して歩いた。
☆☆☆
魔物じゃない気配がする、と言ったのは、エムライドだった。ジェイも同意する。人間に気配うんぬんはわからないので、懸命に目をこらして周囲を見るくらいしかできない。
だが、元々夜な上に、弱い光しかない森の中だ。自分達が出す明かりと、竜と魔獣の身体の光しか近くにないので、遠くまで見通すことはできない。
もっとも、昼間であってもかなり遠くの気配まで感じ取るジェイ達だから、無理をして正体を見極めようとするのはすぐにやめた。がんばっても人間に見えるはずがないのだ。
「魔物じゃないってことは、とりあえず敵じゃないと考えていいのか?」
「確かめるまでは何ともな。だが、俺と近い気配みたいだから……すぐに襲って来てどうことってのはないだろう」
「エムライドと近い気配? それって、魔獣ってことなの?」
「そんなところかな。ジェイはどう思う?」
魔獣も気配に敏感だが、竜には負ける。
「うん、魔獣だな。それだけじゃないけど……」
「それだけじゃないって、どういう意味だ?」
ラディが尋ねても、ジェイは小さく肩をすくめるだけだ。
「行けばわかるよ。どっちにしろ、かけらはこっちの方角だから行くしかないんだ」
危険な相手がいるなら、さすがにジェイだって教えてくれるだろう。絶対危険ではないと言い切れないが、ジェイが二人なら何とかなると考えて言わないのだ。それはつまり、ラディやレリーナでも対処できる相手しかいない、ということのはず。
今日もすでに何度も魔物と対峙しているのだから、また新たな魔物が現れたとしても驚く話ではない。
「あ、魔物の気配が増えた」
「……ジェイが言うとものすごく軽く聞こえるの、どうしてなんだろう」
「いつもこんな調子か?」
エムライドの質問に、ラディは苦笑しながら頷くしかない。
「魔物以外の気配についてはどうなんだ?」
「さっきとおんなじ。それは変わんないよ」
「魔獣と魔物とそれ以外……あ、もしかして」
ふいにラディはひらめいた。
「ラディ、何かわかったの?」
「気配は感じられないから勘だけど。ジェイ、他の竜と協力者がいるんじゃないのか?」
カロックで魔獣と魔物以外の存在と言えば、それくらいしか思い当たらない。ジェイが教えてくれていない生き物がいるのなら話は別だが、これが一番ありえる。エムライドが言った「魔物じゃない気配」にもあてはまるのだ。
カロックで生きるエムライドも、一度に複数の竜と会う機会はそうないだろう。ジェイと似た気配を感じて「あれ?」となったのかも知れない。
「お、ラディも勘がよくなったな」
「前がすっごく悪かったみたいに言ってくれるなよ」
「そっか。前にも別の協力者と会ったことがあるわよね。……ねぇ、魔物が増えたって言ったわよね。それって、その人達が襲われてるってことじゃないの?」
少なくとも、今のラディ達のように何もない状態ではないはずだ。
「そいつらだって、俺達と同じような顔ぶれじゃないのか? だったら、慌てなくても自分達で何とかできるだろ。まして、同行してるのは竜なんだぜ」
「そうかも知れないけど、だからって魔物に襲われてるのがわかって放っておけないだろ。行こう」
ラディが小走りでそちらへ向かう。思いっきり走れないのは、足場が悪いことと暗いせいだ。それと、自分から勢いよく首を突っ込んで逆にあちらサイドに迷惑をかけてはいけないと自制したからである。この辺り、落ち着けとターシャに言われたことが生きているようだ。
そのラディの手を、同じく小走りで追ったレリーナが掴む。
「置いて行かれたところへ魔物が襲って来たら、怖いじゃない」
振り返ったラディに、レリーナが冗談ぽく言った。ラディは笑みを返し、手をつないだままジェイがさっき示した方向へと走る。
すぐかと思ったが、二人が別の協力者一行がいるとわかる場所まで、小走りで進んでも数分かかった。それも、竜であろう浮遊体と魔獣らしいシルエットがどうにか見える所までだ。ジェイやエムライドは一体どれだけ遠くの気配を読んでいるのだろう。進みにくい状況だったことを差し引いても、かなりの距離だ。
「……女の子?」
ようやく見えた協力者は、レリーナと変わらないであろう女の子だ。長く真っ直ぐな黒髪をポニーテイルにし、ロネールのものとよく似た制服のスカートをはいているから間違いないだろう。
その彼女の周囲を、さっきラディ達も見た浮遊系の魔物がいくつもふわふわと旋回している。
「遊ばれてるって感じだな」
その様子を見たエムライドの感想。他人事のように聞こえるが、ラディもそんなふうに感じた。彼女も懸命に攻撃しようとするのだが、魔物はふわふわと予測できない動きで翻弄し、その攻撃をいとも簡単にかわしている。
少し離れた所にいる竜は、明るい茶色の身体をしていた。初めて会った頃のジェイによく似ている。さらに別の場所にいる魔獣は、エムライドと同じ炎馬だ。ただし、エムライドと違い、たてがみの色は青。ラディが最初に呼び出したリーオンと同じ色だ。こちらの炎馬は少し小柄なようにも見える。
どちらも自分達の周囲に現れる魔物を消してはいるが、その数が多いせいで少女の方に手が回らない様子だ。どうやら彼女がもたついていることに気付いた魔物が、どんどん仲間を呼んでいるらしい。どこからともなく、似たような魔物が現れるのだ。竜や炎馬が魔物を消しても、これでは堂々巡りに近い。
「なめやがって」
ラディやレリーナが最初に来た時も、小さな魔物に囲まれた。今よりずっと魔力が低かったからとは言え、相手は数で魔法使い達を翻弄していたのだ。なめられるような実力しかない方が悪いと言われるだろうが、遊ばれていい気はしない。
ラディが小さな竜巻をいくつも向ける。少女をからかうことに意識を向けていた魔物達は、その竜巻に気付くのが遅れた。すぐそばまで来た竜巻を見て逃げようとするが、もう遅い。風の力に巻き込まれ、煙のような身体はあっさり霧散していく。
その風に気付いた他の魔物が、突然現れた存在を見る。……と言っても、魔物には明確な目鼻がないので、たぶん見ているんだろうな、とラディやレリーナは想像するしかできないのだが。
「好きにはさせないからな」
残っている魔物へと、ラディはまた竜巻を向けた。エムライドは熱風を出し、ジェイやレリーナも小さな竜巻を向ける。気が付けば、そこにいた魔物は全て霧散していた。
「大丈夫?」
肩で息をする黒髪の少女に、ラディが声をかける。
「……」
少女の返事はない。息が切れているせいかと思ったが、どうも様子が違う。こちらを見る目つきが険しいのだ。なぜかは不明だが、疑われているような。邪魔をして怒っているのかとも思ったが、勝ち気そうな濃い青の瞳は完全に警戒していた。
「大丈夫よ、シェイレーン。彼らは味方だわ」
ラディとレリーナが相手の様子にどう反応すればいいか困っていると、そんな声がかけられた。ラディ達とそう変わらない年頃の少女……に思える声だ。もちろん、それは黒髪の少女の声ではなく、彼女にかけられた声である。
声の主は、シェイレーンと呼ばれた少女にふわふわと浮きながら近付いてきた竜のものだった。人間ならきっとお嬢様と呼ばれそうな、穏やかで品のある話し方だ。
「そう……なの? だって、カロックには人間がいないんでしょ。それなのに」
カロックに人間はいない。それなのに、いきなり二人も現れた。この「人間の姿」をしたものは何だ、魔物が化けたものではないのか。
恐らく、彼女はそう思ってラディ達を疑いの目で見ていたのだ。呼び出した魔獣以外で味方がいるなんて、想像もしていなかったのだろう。
「俺達も協力者だよ。このジェイのね」
「よっ。どうやらケガはせずに済んだみたいだな」
シェイレーンが協力者なら、そばにいるその竜もジェイと同じ大竜のはず。なのにこの話し方の違いは何なのだろう。同じ種族でも、こうまで違うものなのか。
「協力者……他にもいるの」
驚きを隠せないでいるシェイレーンに、ラディ達は自己紹介する。
茶色の竜はセルレアと名乗り、青い炎馬は雌でリンティと名乗った。リンティがエムライドより小柄なのは性別の違いもあるだろうが、シェイレーン一人しか乗らないので大型である必要がなかったからだろう。
「誰かなーと思ったんだけど、セルレアだったのか。始まったんだな」
「ええ。ジェイはそろそろというところかしら」
竜同士は知り合いのようだ。やんちゃ坊主とお嬢様、という感じに思えて仕方がないラディである。
「ケガはないかい? 空色の瞳のお嬢さん」
「雑魚にやられはしません。数が多かったので、少々手間取っただけです」
ジェイと似た口調のエムライドとは対照的な、いかにも冷静といった雰囲気のリンティである。そのたてがみの色が性格も現しているのだろうか、とレリーナは思ったが、エムライドと同じ赤のたてがみを持つレイバスは、話し方の印象から厳格なイメージがあった。彼の娘のフィーアは子どもということもあるだろうが、天真爛漫な感じがする。だから、炎の色に関係なく、個々の性格なのだろう。
シェイレーンはラディ達の住むルーヴェインの隣国であるハーメンスの国、エプラルの街にある魔法使い協会リッグスに所属する見習い魔法使いだった。ラディより一つ年上で中級2だと言う。まだ二度目のカロック訪問で、色々戸惑うことが多いようだ。
「協力者になるのは、やっぱり中2以上のレベルなんだな」
「ラディ達のランク付けはよく知らないけどさ、魔獣を呼び出すことができないと移動もままならないからな。魔法を習いたての奴に来てもらっても、かけらの気配を捜すための魔法もできなきゃどうしようもないだろ」
いくら協力者は見習い魔法使いに限定されることになっていても、本当の初心者では危険すぎる。それなりの力は必要なのだ。
「ジェイ達の目的地もこの周辺なの?」
「そう。だいぶ近くまで来てるんだ。セルレアの方は?」
「私達もかなりそばまで来てるわ。こんなふうにかぶることもあるのね」
向かう場所が近いなら、行動を共にした方がさっきのようにたくさんの魔物に囲まれても対処しやすい。逆に狙われやすいということもあるが、竜と魔獣が二体ずつもいるならどうとでもなるだろう。離れて移動しなければならない理由もないので、二組はそのまま一緒に進むことになった。
「正直、この状況にはまだ慣れないわ。どうしてこんなことになっているのか」
シェイレーンはカロックでの行動を受け入れ切れていないらしい。
「まだ当分続くから、そのうち慣れるよ」
「当分……ね。どうして私が選ばれたのかしら。見習いは他にもいるのに」
セルレアはジェイと話しているので、今のシェイレーンの不満とも取れる言葉は聞こえてないだろう。
「その辺りの事情とか、誰を選ぶっていうのはジェイ達にもわからない部分みたいだな。協力してくれる見習いを選んでるらしいけど」
「かけらを見付けないと帰れない、なんて言われたら、嫌でも協力せざるを得ないわ」
確かにそうかも知れないが、協力できるだけの実力があると認めてもらっていることにもなるのだ。
「シェイレーンはカロックに来るのがいやなの?」
「……」
正直に言っていいものかと悩んでいるのか、別にそこまでは思っていないのか。どちらなのだろう。シェイレーンの表情からは、どちらとも読めない。
「俺達、前にも別の協力者と会ったことがあるんだ。エルデスの国のナージュに属してる見習いでさ。その時、そいつは七回目だって言ってた。俺達は……えっと」
「十六回ね」
「そんなにやってるのっ?」
気が付けば、ずいぶんな回数になったものだ。
「ラディとレリーナは二人でやっているの?」
「ああ。たまにこういうこともあるらしいんだ。俺のじいちゃんもカロックに来ていて、レリーナと一緒にその話をよく聞かされた。二人になったのは、それも理由の一つかなって俺達は思ってるんだけどさ」
「じゃあ、これから他にどんなことが起きるのかもわかってるの?」
「いや、子どもの時の記憶だから、その点はひどくあいまいなんだ。それに、じいちゃんと同じことが起きるとは限らない。記憶をたどればある程度の予測もできるから、多少は有利になると思うけど……それをやったら面白くないから」
「面白い? ラディは楽しんでるの?」
シェイレーンは目を丸くして聞き返す。思ってもみなかった言葉のようだ。
「だって、異世界だぜ? 普通の人じゃ、こんな経験できない。楽しまなきゃ損だよ」
異世界の存在を信じる人も半々だ。信じたとしても、行き来することはできない。それが、竜から呼ばれた時限定ではあるが、行き来できる。こんな貴重な経験を楽しまないなんてもったいない。
「あ、楽しんでるけど、遊びとは思ってないぞ。次にカロックへ来るまでの間は自主練習して魔力を上げるようにしてるし」
「二人だからって、楽な訳じゃないのよ。さっき話したみたいに、回数がその分多くなる傾向があるみたいだしね。ダイルは……あ、さっき話した人は、七回目で地図の完成度は七割から八割ってところだったみたい。あたし達は十六回でそれくらいになって……そこまでにはなってないかしら」
そんなことを話していると、また浮遊する魔物が現れた。性懲りもなく、と思ったが、さっきの魔物は全滅している。だから、これは完全な新手だ。
今まで見たよりも大きな魔物もいたが、攻略方法がわかって慣れたもの。ラディの出した竜巻で、魔物は消える。
ラディは水、シェイレーンは土の魔法を使いつつ、かけらを求めて森の中を進み続けた。





