紹介
強い日差しが二人を照りつける。時間的に今日の日差しの強さはピークを過ぎたはずだが、幾分も弱った気配を見せない。
「あの木陰ならゆっくりできて、ちょうどよかったんだけどなぁ」
ラディの言葉に、レリーナは頬を赤らめながらもくすくす笑う。
これまでは幼なじみで、魔法使い協会ロネールの中では先輩後輩の関係だった二人。
だが、ついさっき。互いを想い合っていることを確認しあった。
ラディとレリーナは、週に一度の割合で異世界カロックへ呼ばれている。そこにいる大竜のジェイが課されている試練の協力者となり、地図のかけらを捜し回っているのだ。
そうしている間にも魔物が現れ、スムーズな捜し物とはいかない。これまで何度も危険な目に遭ったりもした。どちらも魔物にさらわれたことがあるし、ラディは死にかけたこともある。レリーナは死にかけることはなかったものの、たった一人で森の中に放り出されて怖い思いをした。雪山の中に閉じ込められたこともある。
そんなことがあった時、お互いの無事を確認してラディがレリーナを抱き締める、ということが、これまた何度もあった。恐怖に耐えかね、レリーナがラディの胸に飛び込んだりすることも。
どちらも、幼なじみだからとか、通常とは違う状況に気持ちが高ぶっていたからとか、何かしら理由をつけて特別なことではないと思っていた。思おうとしていた。
しかし、ラディが誰かと一緒にいることをふと想像したレリーナは、その状況をひどくショックなことに思ってしまったのだ。そして、自分の気持ちにはっきりと気付いた。
ラディの本心を聞いてもし自分とは違う気持ちであれば、まだあと数回は行くことになるであろうカロックで気まずい時間を過ごすことになるかも知れない。
そんな状況も覚悟の上で、レリーナはラディの気持ちを聞いたのだ。
聞かれたラディは、レリーナを誰よりも大切だと答えた。
ラディもレリーナが誰かの隣にいることを考えた時、嫌な気分になったのだ。単なる想像でしかないのに。
そして、レリーナに「あたしはどういう存在なの」と言われた時、ためらうことなく大切な存在だと答えた。同時に、ラディは自分のその言葉で自分の気持ちを確認できたのだ。
二人の気持ちは同じだったとわかった瞬間。幼なじみではなく、恋人という関係になったのである。
そうして想い人の手を取ったラディだったが……場所が公園で、まだ昼間だったということもあり、子ども達がじっと二人を見ていた。そんな状況でずっとそこにいられず、二人は公園を出たのだ。
で、強い日差しの元で歩いているのである。公園の木陰なら涼しくて話を続けるのにちょうどいいのだが、小さな観衆を前にして二人の世界に入れる程強くもない。早い話、子ども達から逃げて来たのだ。
行くあてはない。とりあえず、公園から出ただけで、ラディは何も考えていなかった。しかし、炎天下をずっと歩くのはつらい。
その時、ラディはふと思いついた。
「レリーナ、カイザックに会ってみる?」
「カイザック? あ、ラディが契約したグリフォンね」
召喚の授業でラディの声に応じてくれたのは、珍しい魔獣に分類されるグリフォンのカイザックだった。彼にはカロックでこういうことをしている、という話はしてあるし、レリーナのことも話してある。
そもそも、ラディがカイザックと契約できたのは、カロックで呼び出した魔獣と同じように「大竜の」と言いかけたことにカイザックが興味を示し、話を聞かせろという流れになったためだ。
「カロックの話をした時、レリーナの話題も当然出るだろ。俺は意識してなかったんだけど、カイザックがジェイよりレリーナの名前の方がよく出るとか言ってさ……」
ラディは少し赤くなりながら、鼻の頭をかいた。
「レリーナも会いたいって言ってたけど、そのうちカイザックの方から会わせろなんて言うんじゃないかなって思ってたんだ」
「そんなにあたしの話をしてたの?」
「こんなことがあって、その時にレリーナが……って感じで」
カロックへは二人で行っているのだから、ラディが言うようにレリーナの話題が出るのは当然のこと。それでも、魔獣に話をしてもらっていたことを知ったレリーナは素直に嬉しかった。
「じゃ、カイザックは会ったことのないあたしをよく知ってくれてるのね」
カロックでもグリフォンには会ったが、こちらの世界では会ったことがない。珍しい魔獣の部類に入るのだから、レリーナでなくても会った人は少ないのだ。
もっとも、以前ラディに会いにカイザックはロネールに現れた。そこで金のグリフォンの姿を見た見習い魔法使いはたくさんいる。彼らにとっては貴重な経験となるだろう。
「会いたいわ。でも……どこで?」
見習い魔法使いは正規の魔法使いがいない場所で召喚をしてはいけない、という規則がある。ただし、契約した魔獣についてはその限りではない。
とは言うものの、どこででも呼び出していい、という訳にはいかないのだ。だいたいにおいて魔獣は大きな生き物だし、普通の獣とは違う。見慣れない一般の人達が騒いだら大変なことになりかねないのだ。
「ロネールで……呼び出したら、また先生に何か言われそうだしな」
今日は休みなのでラディ達のような見習いはほとんどいないだろうが、以前カイザックがロネールに現れた次の日に「あまり周囲を騒がせないように」と注意されたのだ。
「ラディ、畑の方はどう? そんなに人がいないはずだし、騒ぎにならないと思うわ」
そこからさっさと別の場所へ行けば、大騒ぎにはならないはず。
話は決まって、二人は街外れの方へと歩く。すでに刈り取られた麦畑に来ると、ラディは周囲を見回した。どうやら近くに作業中の農夫などはいないようだ。
人がいないことを確認して、ラディは召喚の呪文を唱えた。カロックで何度もしているので、慣れたものだ。
一瞬強い風が吹いて二人の髪を乱す。思わず閉じた目を開けると、目の前には金色の翼を持ったグリフォンの姿があった。
「ちょうどいい頃合いだな。そろそろお前の所へ行こうと思っていたところだ」
「そっか。来てくれてありがとう、カイザック」
以前会った時にカロックの話をした。だが、何度も行っている異世界の話は、一度話すくらいでは終わらない。また次の時に、と言って別れたのだ。
「カイザック、前に話してたレリーナだ」
「こんにちは。会えて嬉しいわ、カイザック」
「こちらこそ。なるほど……ラディと同じく、カロックで魔獣と多く接しているだけはある」
「え? そうかしら。何か変?」
レリーナは首を傾げた。挨拶をしただけなのだが、初対面の魔獣から妙に納得されている。
「変という点では、ラディといい勝負だ。俺を初めて見た人間達はだいたいが恐れるか、対応に困るかだ」
「俺、どんな態度だったっけ?」
カイザックが現れ、グリフォンだ、と思った。で、絶対強いよな、みたいなことを思って、契約をもちかけた……気がする。恐れるだの困るだの、一切なかった。そもそも、こちらから呼んでおいてなぜ困るのだ。
「好奇心で目を輝かせていた。その後、大竜の、と言いかけ、大慌てで訂正していたな」
「はは、カロックでのくせが出たから。でも、そのおかげでカイザックが俺に興味を覚えてくれて、契約に至ったんだ。言った瞬間は失敗したって思ったけど、結果的には失敗じゃなかったからよかったよ」
「その時のラディとあたしがいい勝負なの?」
「まるで恐怖心がないからな。会ったものの、どうすればいいかと悩んでいる様子もない。余程魔獣と関わって慣れた者でなければできない態度だ」
確かに、レリーナはラディと同じ回数だけカロックで魔獣と関わっている。初めて会う相手だから多少の緊張はするが、それは人間が相手でも同じこと。カイザックはラディと契約した魔獣だとわかっているから、警戒心はゼロだ。警戒する必要なんてないから。
それがカイザックには珍しく思えるらしい。
「カイザック、またゆっくり話せる場所に移動してほしいんだ」
「では乗れ」
その言葉で二人はグリフォンの背にまたがり、次の瞬間には空高くへと浮かんでいた。
「あっさり乗ってくるところも、ラディと同じだな」
「え、だって、乗れって」
この場から早く離れた方がいいと思っていたし、乗せてもらえるのだから乗っただけなのに。
「ああ。だが、お前達は見習いだろう? 見慣れない魔獣に乗れと言われて素直に乗る奴はそういない」
カイザックに言われ、レリーナはラディの姉のテルラを思い出した。
レリーナより上のクラスにいるのに、ロック鳥を見て怖がっていた彼女。確かにロック鳥は普通の魔法使いでも見慣れないが、それでもレリーナは普通に乗っていた。動物はあまり得意ではない、ということを差し引いても、テルラの態度が実は普通なのだ。
その点は、ラディも後になってそんなものなのだと知った部分だった。
「あたし達、カロックへ行くようになって、どんどん普通じゃなくなってるのかしら」
「どうということはない。俺のように大型の奴の前で同じ態度を貫けるなら、むしろ武器になる。こいつは俺のことが怖くないのか、と逆に警戒しておかしなことはしかけて来なくなるだろうからな」
思いがけず、魔獣から魔獣の対応の仕方を教えてもらえた。もっとも、二人はすでに素でそれをやっている。
「ラディ、俺がレリーナに会ってみたいと思っていたのをわかっていたのか?」
「やっぱりそうだったんだ。わかってた訳じゃないけどさ、俺がレリーナの話をしてた時にカイザックから言われただろ。ジェイより名前がよく出るって。だから、そのうち会わせろって言われるんじゃないかな、とは思ってた」
「それで、連れて来たということか」
「うん、それもあるって言うか……そのうち突っ込んで聞かれると思ったから、先に言っておこうと思ってさ。えーと……前に話してた時は違ったんだけど、今は幼なじみから恋人になったんだ」
「予想通りだな」
あっさり言われた。
「予想通りって……ラディ、カイザックにどれだけあたしの話をしたの?」
「え、どれだけって言われても。だから、カロックでああしたこうしたってことを言って、その時にレリーナがってくらいだけど」
「それがジェイより多かった、というだけだ」
「だけって……おい、カイザック」
カロックへはジェイの手伝いをするために行っているのである。竜が中心の話なのに、同じ協力者のことばかり話してどうするのだ。ジェイが聞いたら、きっと拗ねる。
「それだけ、ラディの中でレリーナのことが占められていた、ということだ」
簡潔にまとめられ、ラディとレリーナは二人して赤くなる。
カイザックは以前ラディと来たラウザーの丘へ降り立った。彼の話では、国二つを隔てた場所にある、ということらしい。
「こっちの世界でも、魔獣ってやっぱりすごいのね」
高速移動をあっさりこなされ、レリーナは感心しきりだ。
「ここ、何だかムーツの丘に似てるわね」
「ラディも前回来た時に同じことを言っていた。疑っていた訳ではないが、本当に二人で行っているんだな」
「ええ、だって最初にカロックへ行った時は二人同時だったんだもの」
気が付けば、輪になった状態で話が始まる。
「またカロックへは行ったのだろう?」
「ああ、昨日行ったところ。湖の中にある島へ行ったんだ。いつもは俺がするんだけど、昨日はレリーナが魔獣を呼び出したんだ。以前来てくれた魔獣で……」
昨日の話なので記憶が鮮明な分、話したいことが次々と出て来る。しかも、今日は話し手が二人だ。細かい部分まで説明される。
「レリーナは湿地帯にいる魔物がそんなに苦手か」
話を聞いたカイザックが笑う。
「笑い事じゃないわよ、カイザック。あたしにすれば、見たくもない魔物ばっかり」
カイザックが笑い、レリーナが拗ねる。
この光景を第三者の魔法使いが見れば、あっけに取られるか、ひたすら感心されるかだろう。魔獣と魔法使いがまるで友人と談笑しているかのように話しているのだから。
しかも、レリーナはカイザックと契約関係にない。それなのに、何でもない顔で普通に接している。彼女のクラスメイトがここにいれば、どうして何でもないように笑えるの? と不思議がっただろう。
しかし、ラディにしろレリーナにしろ、魔獣と話をすることは普通の状態。カロックで魔獣と会話をするのは当たり前だ。一緒に一つの目的を遂行してもらわなければならないのだから、コミュニケーションは必要。
今はカロックでの協力者という立場ではない、というだけで、いつもと同じ。
二人にすれば何でもない状態だが、非常に珍しい光景だということにも気付かず、陽が完全に傾くまで話が途切れることはなかった。





