ジェイはキューピッド?
「別にそう珍しいものでもないぞ。オレやミューネと形は同じだ。単に小さいというだけだぞ」
構わない、とは言ったものの、シュマには人間二人の望みが不思議だった。
襲って喰う、と言うなら、子どもは狩りの対象としてかなり楽な獲物。
しかし、二人は単に見て見たいと言う。何が面白いのだろう。今も言ったように、自分達より小さいだけで、姿形はほとんど変わらないのに。
「それがかわいいんじゃない。ミューネにも会えるから、楽しみだわ」
これから魔物を相手に戦わなくては、という気負いがなくなり、気分は完全に友達のおうち訪問である。その相手が異世界の魔獣だろうと、そんなことは関係ない。
しばらく飛んだシュマは、別の森の中へと降り立った。以前、レリーナが空間の亀裂に巻き込まれて飛ばされた森に似ている。縄張の一つだと話していたから、似たような場所を縄張にしているのだろう。
シュマは翼をたたむと、ジェイと二人を乗せたまま植物がうっそうと茂っている中を進む。やがて大きな穴のあいた岩の前まで来た。
「ここなの?」
「ああ。ちょっと待っていろ」
ミューネに話してくるから、とシュマはラディ達を降ろし、自分だけでまず巣穴の中へ入った。巣穴と言ってもシュマのサイズがサイズなので、目の前にあるのはほとんど洞窟の入口みたいだ。
「ねこの先祖って、狭い巣穴に棲んでたらしいよ。だから、家で飼われてるねこも狭い場所の方が落ち着くって、何かで聞いたことがある。魔獣も似たようなものなんだな」
「へー、そうなのか。オレ達は特にどこがいいってのはないんだけどな。川べりに身体を伸ばして寝てたりもするし、山のてっぺんで丸くなって寝てたりもするし」
「ジェイ、寝てばっかりじゃない。だけど、竜なら天敵もいないからのんびり寝られるのかしらね」
「その光景を人間が見たらびっくりするだろうな。……あ、今更だけど、会いに来てよかったのかな」
ラディが本当に今更なことを言うので、レリーナは首を傾げた。
「だって、シュマがいいって言ったじゃない」
「そうなんだけどさ。子どもが生まれて間がないのなら、母親がすごく警戒するだろ」
たとえ知っている相手でも母親は毛を逆立て牙をむき、威嚇して子どもを守ろうとする。そういう場面はよくあることだ。
「仮にも魔獣だぞ。そこまで警戒しないって。何かしようとしてる奴は、だいたい雰囲気でわかるしさ」
野生の獣の部分ももちろんあるが、知能は人間と同等。魔力に至っては人間より上の魔獣が、普通の獣と同じことをするはずもない。
「あ、人間はどうなんだ?」
この世界のことを知る竜のジェイにわからないのは、カロックにいない人間のこと。
「歯をむきだして威嚇するお母さんなんて、見たことないわよね」
レリーナがくすくす笑う。
「いいぞ」
中から顔を出したシュマが、入るように促す。
「オレ達は見えるから必要ないが、明かりが欲しいなら自分達で何とかしろ」
シュマに言われ、中に光が全く差さないとわかったラディは炎を出してランプ代わりにした。
奥へ進むと、白い物がぼんやりと闇の中に浮かぶ。近付けば、それは獣の白い身体だった。
「久しぶりね、ジェイに魔法使い達」
白い毛に緑の美しい瞳をした美猫。以前、かけら捜しでラディが召喚した翼のある猫のミューネだ。
「よっ、ミューネ。元気そうだな」
ジェイが軽く挨拶し、ラディとレリーナもそれぞれ声をかけた。
「魔獣の子どもに会いたいなんて、変わったことを言い出すのねぇ」
シュマに事情を聞いたミューネが笑う。シュマより一回り小さいものの、それでも大きな猫の姿を持つミューネ。巣穴の入口は洞窟のようだと思ったが、中はミューネとシュマが入ってほんの少し空間に余裕がある程度の場所だ。そこに人間二人が入って来たのだから、満員状態。
「その子達があなた達の子どもなのね」
ミューネは巣穴の中で、少しだけ身体を丸めるようにして横たわっていた。その胸から腹にかけて、三匹の子どもが並んで寝ている。生まれてそんなに間がないと聞いたが、子ども達は成猫と大差ないサイズだ。今のジェイは子猫サイズなので、並べばジェイよりずっと大きい。
だが、眠る表情はあどけなかった。翼のある猫という種族名らしく、すでに翼はあるが、まだ背中にくっついた状態だ。
「かわいいっ。会いに来てよかったぁ」
寝てる子を起こさないよう、レリーナは声を落として話しているものの、その姿を見てテンションが上がる。今まで見たくもない姿の魔物ばかりを見ていたから、そのかわいらしさに癒やされた。
「本当なら、生まれたばかりなのに大きいって言うべきなんだろうけど、ミューネやシュマがそばにいたら本当に小さいよな」
そんなことを話していたら、白の子猫が目を覚ました。
「あ、ごめんね。起こしちゃった?」
「いいのよ。そろそろ起きる頃だったから」
「ねぇ、抱き上げてもいい?」
その姿を見てから、ずっとレリーナはうずうずしていたのだ。
「この子が嫌がらなければいいわよ」
母親からのお許しが出て、レリーナは子猫の前に手を出した。
子猫でも、相手は魔獣である。いきなり手を出して引っ掻かれたりしたら、大けがにもなりかねない。まずは脅かさないようにゆっくりと。
子猫はレリーナの手の臭いを嗅ぎ、ざらついた舌でなめて確認する。生まれて間がないと聞いた割に、子猫の目はすでにしっかり開いているようで、緑の瞳がレリーナを見上げた。
「おいで」
レリーナの声に、子猫はどうしようかと悩んでいる様子を見せながらもレリーナの方へ近付く。その身体を、レリーナはゆっくりと抱き上げた。
「かわいい……。白だから、男の子よね」
身体は大きくても、顔はやはり子猫だ。性別はどうでも、かわいくて仕方がない。
「こっちは本当にシュマそっくりだな」
遅れて起きた黒の子猫達も、ラディの出した手を興味深そうに嗅いでいた。
「ラディ、もてもてだな」
メス二匹が同じようにラディに抱かれ、不思議そうな顔で見たことのない生き物の顔を見上げている。その様子を見て、ジェイがからかった。
「レリーナ、ラディとはどうなの?」
ミューネがこそっと耳打ちする。
「え、どうなのって……」
「なぁに? まだ何もないの? 絶対何かある雰囲気だったくせに」
「え……」
そんなふうに見えていたなんて、思わなかった。でも、考えてみれば黒豹のアルダにもそれらしいことを言われていたのだ。さらに言えば、ターシャからも。
「こっちは子どもまで産んでるのに、現状維持してた訳? さっさとしなさいよ」
「は、はい……」
まさかこんな所でそういうことを言われるとは思わなかった。
レリーナの顔は赤くなったが、揺らぐ炎のランプしかない中でラディがそのことに気付いた様子はなかった。
☆☆☆
次の日の日曜。
午後になって、ラディは机の上に置いてあった水晶に反応があるのを見付けた。通信魔法の反応だ。この水晶に連絡を入れてくるのは一人だけ。
「レリーナ?」
「うん。ラディ、今時間はある?」
会えないかと言われ、特に用事がなかったラディは構わないと答えた。
カロックへ行った次の日は、だいたい休むようにしている。普段の練習以上に魔法を使うことが多いため、休んでおかないと肝心の授業で力が発揮できなくなるからだ。
今も魔法書に目を通しているだけだったので、時間はいくらでもある。
ラディとレリーナの家のちょうど中間地点に公園があり、そこで待ち合わせすることにした。
話ならそのままでもできたのだが、レリーナの方から公園に来られるかと聞かれた。何か直接話したいのかなと思い、その場ではあれこれ聞かずにラディは家を出る。
先にラディが公園に着き、時間をおかずにレリーナが現れた。
小さくはないが、大きくもない公園。日差しが強い中、子ども達の元気な声が響いている。もう少し陽が陰れば、犬を散歩させる人が来たり、子どもを迎えに来た大人同士でおしゃべりがはじまったり。それまでと違う賑やかさで満ちるのだ。
二人は日差しを避け、木陰に入った。
「ラディ、よかったら食べて」
レリーナから包みを渡された。中からふわりと甘い香りがする。
「クッキー焼いたの。いつも助けてもらってるから、何かしたいなって」
「もしかして、帰ってから?」
「うん。昨日の夜にね」
「疲れてるのに、余計疲れたんじゃないか? そんな気を遣わなくていいのに。……でも、ありがと」
ロネールでは級が違うとなかなか顔を合わす機会がない。直接会いたいのはこれを渡したいためだったのか、とラディは納得した。
「助けてもらってるって言うけど、そうするのが当然だろ。特にカロックでは、助け合わないと大変なんだからさ。俺達はジェイの協力者だけど、俺達自身もお互い協力しないと」
「うん、そうね……」
少し笑みを浮かべ、レリーナは頷く。
少し間があって、レリーナがまた口を開いた。
「ラディはあたしを守ってくれるけど、それは幼なじみだから? 後輩だから?」
「え?」
不意の問いかけに、ラディは詰まった。
「あたし、カロックで何度もラディに心配かけて、ラディは何度もあたしを抱き締めてくれた。守ってもらってる、大切にしてもらってるってことはすごくわかるわ。でも……あたし、最近思うようになったの。ラディの中で、あたしはどういう存在なんだろうって」
何をくだらないことを、と言われるかも知れない。こんなことを聞いてしまったら、カロックへ行く残りの回数を気まずい気持ちで向かうことになるかも知れない。
それでも、もう黙っているのがいやになった。
ミューネに何をやってるのかと言われたせいもあるかも知れない。もし、ラディに特別な気持ちがなくても、それなら今まで通り幼なじみとして顔を合わせればいい。そう開き直ることにしたのだ。
この話を切り出す時、どきどきして顔が赤くなるんじゃないかと思っていた。いざこうして話し始めたら、自分の顔は見えないものの、実際は青ざめているんじゃないかと思える。どきどきはしているが、なぜか指先が冷たくなって。心臓は苦しい程に速く動いているが、ちゃんと血を送り出してくれてないんじゃないかと思えるくらいだ。
「何よりも大切だよ」
「え?」
気付かないうちに視線がどんどん下へ落ちていたレリーナは、その言葉でラディの顔を見上げた。
「レリーナに何かあって、無事な姿で戻って来たのを見て抱き締めた。どの時でも無我夢中で、後からどうしてあんなことをしたんだろうって思ってたんだ。昔から知ってる女の子だし、ロネールでは後輩だから俺は先輩として力の弱い子を守るのが当然だって。自分でそれらしい理由をつけてたんだけどさ。それだけじゃ収まらない気持ちがあって」
そこまで言うと、ラディは大きく息を吸う。
「俺はレリーナが好きだ。一人の女の子として。誰よりも大切なんだ」
「ラディ……」
冷たかった手に血が通い始める。青ざめていたであろう顔が、赤くなっていくのを感じた。どきどきがさっきまでと少し変わったような気がする。いや、確かに変わった。
「よかった。何をくだらないことをって言われるんじゃないかって……気まずい空気でカロックへ行くことになったらどうしようって思ってたの」
「俺、てっきり見透かされてたのかと……」
「そんな訳ないじゃない。それなら、もっと堂々と言ってるわよ」
レリーナがそう言い、二人して笑う。
「カロックへ行くことがなかったら、ずっと幼なじみのままかな」
「そうかも。同じロネールの敷地内にいたって、顔を合わせる機会が少ないんだもん。きっとそれぞれの道を一人で進んでるわ。これって……もしかしてジェイがキューピッドになるのかしら」
「それは……違うような気がするけど」
また笑い、お互いが見つめ合う。ラディがレリーナの手を取り、そばへ引き寄せようとした。が、ふと視線を感じて横を向く。
「わっ」
いつの間にか数人の子ども達が、二人をじっと観察していたのだ。
「あれ、もうおしまい?」
「こっちは気にせず、どうぞ」
こまっしゃくれた子ども達が、続きを促す。
「ジェイが束になって現れたみたいだ……」
まさか本当にそのまま続きができるはずもなく。
ラディはレリーナの手を取ると、慌ててその場を離れたのだった。





