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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十五話 想い

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軽率

 うるさいくらいに羽音が耳に響く。手で耳を押さえたくらいではとても音を防げず、身体全体に震動が来ているような気がした。

 太い枝のような脚が自分を抱えるようにして捕まえているのを見て、レリーナは肌が粟立つ。虫はとても苦手、とまでは言わないが、好きでもない。だが、こんなふうに捕まっては、今後絶対に好きとは言えなくなる。

 自分の状況がよくわからない。眼下には水面があり、抱えられて飛んでいる。この音からして蜂のような虫の魔物に捕まったんだ、ということがかろうじてわかるくらい。飛んでいるのが自分を捕まえている魔物だけなのか、周囲に仲間がいるのかすら確認できなかった。もちろん、シュマに乗ってラディ達が追っているのも見えない。

 レリーナは彼らが助けに来てくれるのを信じている。だが、連れ去られたのは一瞬の出来事だったから、どういうことになっているかラディ達がわかっているだろうかという不安もあった。

 実際、ラディはレリーナの名前を叫んでいたが、羽音が間近すぎてレリーナにはその声が届いてない。

 ただ待ってるだけじゃ、ダメだわ。自分でも何とかしなきゃ。だけど、今攻撃できたとしても、まだやらない方がいいわね。落とされたら大変だわ。

 落下地点が水でも土でも、今いる高さでは相当のダメージだ。それに、落ちた場所に別の魔物がいるかも知れない。その可能性は大いにある。

 魔物が飛びながらレリーナを喰うとはあまり思えない。そういう器用なことをする魔物もたまにいるだろうが、今は違うということにして、巣かもう少し落ち着ける場所へ行くだろう。反撃するとすれば、魔物がレリーナを離すか、喰おうとした瞬間を狙うしかない。

 一方で、ラディ達もレリーナを連れ去った魔物を攻撃しかねていた。外れればレリーナまで巻き込まれてしまう。周囲にいる仲間はともかく、レリーナをがっちり抱え込んでいる魔物にはおいそれと攻撃できない。

「ジェイ、あいつらは何の魔物なんだ」

「蜂に見えるけど、蜂じゃない。もどきだから、針はないんだ。でも、毒を吹きかけてくることがある」

「やっぱり何か面倒はあるんだな。レリーナに毒をかけられたら、マズいぞ」

「ああして捕まえたなら、毒はかけない。毒を出す部分が違う方を向いてるからな」

「獲物にかけなくても、オレ達にかけてくることはあるだろう。まずは周囲にいる奴から片付けるか」

 レリーナを捕まえている魔物の周囲に、蜂もどきは三匹。そのうちの一匹にシュマが攻撃を仕掛けた。翼から黒い羽が飛び、それが最後尾を飛んでいた魔物の身体に数本突き刺さる。魔物の羽が動きを止め、湖に落下した。

「レリーナを連れて行かれてたまるか」

 ラディは氷の槍を魔物に向ける。鋭く尖った氷が、魔物の羽を突き破った。飛んでいられず、魔物は湖へと落ちて行く。

「邪魔なのは、あと一匹か」

 ジェイは狙いを定めると、魔物の上に岩を落とす。突然現れた岩の重みに、魔物は滞空できずに湖へ落とされた。

「ラディ、片方の羽だけを狙えるか。自力で飛びにくくなれば、奴はレリーナを手放すはずだ。そこをオレが拾う」

 羽が破れ、飛ぶことに集中せざるを得なくなれば、重りとなってしまうレリーナはただ邪魔になるだけ。魔物があきらめて彼女を落とした時、そこをシュマが拾い上げようという算段だ。

「わかった。やってみる」

 飛んでいる魔物の羽を、しかも片方だけを狙うとなると難易度はとんでもなく高い。

 しかし、レリーナを助けるためには、できないかも、などとは言っていられないのだ。

「あいつ、左右に揺れるようには飛ぶけど、上下の動きはない。高ささえ失敗しなきゃ、レリーナに当たることはないからな」

 一つではあるが、ジェイが安心材料を言ってくれた。とにかく、レリーナに危害が加わらなければいい。

 ラディが魔物の羽を狙って風の刃を向けようとした時。

 突然、魔物がのけぞった。そのまま勢いにまかせて回転し、レリーナを掴まえていられなくなったのか、彼女を放り出す。

「きゃああっ」

「レリーナ!」

 水面からカエルのような魔物が顔を半分出し、蜂もどきの魔物に向かって水を吐いたのだ。その水鉄砲が見事に顔に当たり、魔物はのけぞったのである。

 放り出されたレリーナは、湖へと落下していく。シュマの方へ飛ばされてくれればよかったが、残念ながら進行方向だ。

 予測していなかった事態に、レリーナをその背で拾い上げるつもりをしていたシュマもそちらへ向かうのが間に合わない。ジェイは水面から吹き上げるように風を起こし、どうにかレリーナの落下速度を落とした。それでも、拾い上げるところまではできない。

 水音をたてて、レリーナが湖に落ちた。これが湖に棲む魔物に聞こえないはずがない。

 レリーナには、魔物に攻撃された時に防ぐことのできる結界が張ってある。だが、それはあくまでも「魔物の攻撃」から守るためのもの。多少の雨や水がかかるくらいなら防げるが、水に落ちても支障なし、という訳にはいかないのだ。水に落ちれば濡れるし、レリーナがうまく泳げなければおぼれることだってある。

 自分も危険になるかも知れないといったことは一切考えず、レリーナが落ちた辺りまでシュマが来るとラディは湖へと飛び込んでいた。

 最初は自分が飛び込んだ時にたった泡が邪魔でよくわからなかったが、湖の透明度が高かったおかげでレリーナらしい影を見付けられた。ラディはできる限り急いでそちらへ泳ぎ、その影が確かにレリーナだとわかると手を掴む。レリーナもラディに気付き、手を握り返した。

 ほっとしたのも束の間、何か別の影が近付いて来る。形はよくわからないが、どうやら湖の魔物らしい。水の中という状況ではあったが、ラディは氷の刃を放つ呪文を唱えた。

 攻撃が影に当たり、影がぐったりとなる。そこへ別の魔物達が群がった。たとえ仲間でも、弱れば獲物に早変わりということか。

 魔物の矛先が別に向いてほっとするが、それどころじゃない。

 水の中で呪文を唱えたため、ラディはもう息が限界だった。レリーナも意識して水の中へ入った訳ではないので、同じく限界になりつつある。

 二人して水面へ出ようとするが、力が入らない。このままでは溺れてしまう、と緊張が走った時、見えない力ですくい上げられた。

 自分の身体がどうなってるか自覚できないまま、気付けば二人はシュマの背に乗せられている。

「おーい、大丈夫か」

 シュマの背に乗せられたと気付いた後、咳き込んだと思ったら、さっきの森の前まで戻っていた。

「どう……なって……」

 座り込んで咳き込みながら、ラディが周囲を見回す。横ではレリーナも咳き込み、反対側ではシュマが身体を揺すって水を飛ばしていた。ジェイは目の前にいる。

「風の力を使って、水から拾い上げた。で、シュマに乗せてもらったんだ。水から出すのがもう一瞬でも遅れてたら、どっちかの足に魚人が噛みついてたな」

 魔物はラディの攻撃で倒れ、そこに仲間が群がってひとまず助かったと思ったが、別方向からも来ていたらしい。ジェイから状況を聞いてぞっとする。

 そのままでは二人を水から引き上げられないので、ジェイはまた少しだけ本来の力を戻して助けてくれたらしい。その後、びっしょりの二人をシュマが乗せ、ここまで運んだのだ。水から助けられてここへ戻るまでがあっという間だったように思えるが、時々意識が飛んでいたのかも知れない。

「ごめんね、シュマ。水にぬれて気持ち悪かったでしょ」

 呼吸もどうにか落ち着き、何とか立ち上がるとレリーナはシュマに謝った。

「気持ちよくはないが、放っておくこともできないからな」

 シュマに限らず、水から出たばかりの人間二人を乗せるなんて、水系の魔獣でもなければ嫌がられても仕方ない。乗せてくれたことにひたすら感謝だ。

「風邪をひかせる訳にはいかないからなー」

 そう言って、ジェイは二人の周りに風を起こす。少し暖かな風は、びしょぬれだったラディとレリーナの身体や服を乾かしてくれた。

「ありがと、ジェイ。シュマ、本当に助かったよ。ありがとう」

「ラディ、もう少し考えて行動しろ。お前達は水の中で息はそんなに続かないのではないのか?」

 シュマにぴしりと言われ、ラディはうなだれた。

「あ……うん。ごめん。軽率だった」

 ここにブラッシュやターシャがいれば、助かったからいいものの、考えがなさすぎだと間違いなく叱責されていた。

 だが、とても考えていられなかったのだ。レリーナが湖に落ちたのを見て、ひたすら早く助けなければ、ということしか頭になかった。

「ラディ……」

 呼ばれてそちらを向くと、レリーナが涙を浮かべてラディの胸に飛び込んで来た。その肩が震えている。

 この辺りにも魔物は出るが、それでも水の中に比べれば自由に動ける場所に戻って来られた。そうして少し落ち着くと、改めて魔物に捕まっていた恐怖がよみがえってきたのだ。

「大丈夫だよ、レリーナ。もう大丈夫だから……」

 震える身体をそっと抱き締め、軽く頭をなでる。

 レリーナの肩の震えがなくなるまで、ラディは彼女をそっと抱き締めるのだった。

☆☆☆

 しばらくしてレリーナも落ち着き、かけら捜し再開となる。

 ストーレの森の中は、案の定と言おうか、地面がぬかるんでいた。深い森であれば多少湿った地面が普通なのだろうが、それに加えてここは少し強めの雨が降った後のように柔らかいので歩きにくい。

 足跡がくっきりついて、迷子になってもその足跡をたどれば森の外へ出られるのだろうが、少しばかり知能があれば魔物が目を付けて追って来ることもありえる。何にしろ、あまり速く走れる場所ではない。

 仰げば枝葉が茂り、光があまり届かないので薄暗く、空気もひんやりしている。ぬれたままでここへ来たら、確実に風邪をひいていただろう。改めて、ジェイが服を乾かしてくれたことに感謝する二人だった。

「……ねぇ、ジェイ」

「何だ?」

「ここ、森の中も外も似たような魔物ばっかり出るの?」

「んー、多少光が当たるか当たらないかの違いで、環境がそんなに大きく変わる訳じゃないからな。どうしたって似たような性質の奴が集まるよ」

「そうよね……」

 レリーナががっかりしたような口調なのは、目の前に現れた魔物のせいだ。

 そこにいるのは、泥にまみれたジェイより大きなトカゲの魔物。たまに形が違うのがいると思えば、カエルに近い姿。ジェイはさっき、森の中にこんなのはいないと言ったが、森の外で見たヒルのような魔物もいる。森の外とここにいるのは似ているけど別、ということだろうか。爬虫類や両生類っぽいのが多いようだが、とにかく湿気の多い場所にいそうな生き物の姿ばかりだ。そして、大抵が女の子の好みとはかけ離れた姿なのである。

「ここは土の魔法で対応した方がよさそうかな」

 嫌悪感をあらわにしたレリーナの顔を見て、ラディは苦笑しながら魔物の上に土を振らせる。炎が出ない程度に火の力も加えてあるので、魔物は窒息、もしくは蒸し焼きにされた状態だ。

 どちらにしろ、土でその姿が見えなくなるので、レリーナの精神衛生上最適の魔法である。

 レリーナも嫌がってばかりはいられないので、ラディに倣って土を魔物にかけてゆく。だが、その場で一掃しても、進めば似たような魔物が出て来るので、同じことの繰り返しになってしまう。

 さっき魔物に捕まったこともあり、この同じ状況が精神的にも疲れたのか、次第にレリーナの足が進まなくなってきた。

「レリーナ、乗れ」

 見かねたシュマが、自分の背に乗るよう促す。自分だけが楽をするなんて、と一度はちゅうちょしたものの、すぐに遠慮するのはやめ、レリーナはその背に乗った。

「人間の女の子って、こういうの嫌いなのか?」

「嫌いよ」

 ジェイの質問に、レリーナは即答する。

「苦手って訳じゃないけど、俺もこんなに続けて現れると気持ち悪くなってくるなぁ。ジェイやシュマは平気なのか?」

「ここはこういう奴らのテリトリーだからな。いるってわかってることだから、何ともないぞ」

「オレも特に思わないが、同じことの繰り返しは正直言って飽きる。ジェイ、まだかけらは近付かないのか」

 面倒な大型の魔物が現れないのはいいが、小型や中途半端な大きさの魔物がひっきりなしに現れると辟易する。協力する、という約束がなければ、シュマはこんな場所からさっさと帰りたかった。

「んー、もうすぐだと思うぞ。かなり近い感じだし」

 ラディが軽く風を起こし、ジェイがかけらの気配を感じ取りやすくする。

「お、本当に近くまで来てる。こっちだな」

 現れた魔物を無視し、ジェイがとある方向へ進む。その後を追うとなると魔物を排除しなくてはならないので、ラディがまた土魔法を使って片付けた。その横をシュマがすり抜ける。

「置いて行くなよなー」

 ラディが残った魔物を片付けると、その後を追った。

「お、あった」

 ある地点まで来ると、ジェイは柔らかな地面に小さな手を突っ込む。その手を抜くと、石のかけらのようなものが握られていた。

「相変わらず、しょぼい大きさだな」

 二度見ているので知っているシュマは、目的である地図のかけらを見てつぶやく。

「そう言うなって。森の木みたいにどーんとあったら、ラディやレリーナの力なんて必要なくなるだろ。こんな小さい物を捜さなきゃいけないから、協力者がいてくれないと困るんだ」

 言いながら、ジェイはラディにかけらを渡す。

「んじゃ、復元よろしくなー」

「わかった。これ、今までよりちょっと大きいみたいだな」

 今まで見付けたかけらは、だいたいラディの手のひらくらいのサイズだった。今回は若干大きく思える。

 ラディは制服の袖に同化させている地図を取り出し、受け取ったかけらを地図に近付けながら復元の呪文を唱えた。厚みのあったかけらは見ている間に平たくなり、紙のように薄くなる。風もないのに地図の方へと引き寄せられ、やがてかけらだった物は地図と同化した。

「少し地形っぽいものが見えるようになってきた。枠の部分は完成してるから、あとは中央部分を埋めていくだけだな。……だけって言っていいのかは微妙だけど」

 前回のかけらで額縁ができ、今回から中身の絵を完成させる……みたいな状態になっている。今のかけらが戻ったことで、地図らしき線が増えた。

「先が見えて来た、ということか。レリーナとラディがこの世界へ来るのも、あと数回といったところになるのだな。オレを呼んだのは正解だったということか」

「そうね。シュマを呼ばないまま地図が完成しちゃったら、約束を破ったのかって思われちゃうところだったわ」

 まだ数回はあるだろうが、次回も自由に魔獣を呼べるとは限らない。今回はこういう場所に行くから、この属性の魔獣を……ということがもし続けば、シュマを呼べないまま地図が完成するかも知れないのだ。

「いいタイミングだったな。レリーナに召喚を勧めてよかったよ」

 ラディはかけらを復元させた地図を、再び制服の袖に同化させた。後は自分達の世界へ戻るだけ。

 だが、ジェイが帰る扉を出す前に、レリーナがシュマの顔を見る。

「あ……あの、ねえ。シュマ、あなたの子ども達に会わせてもらえない?」

「子どもに? オレは構わないが」

 今度はシュマがジェイの方を見た。シュマは自分の巣に戻るだけだが、レリーナ達はジェイに扉を出してもらわなければ自分の世界へ戻れない。つまり、ジェイも二人に同行する必要がある。

 いいのか? とシュマは目で問いかけたが、ジェイは渋るどころが喜んだ。

「いいな、それ。オレ、魔獣の子どもってあんまり見たことないんだよな。見たい」

「俺も見てみたい。正規の魔法使いなら、迷子になった魔獣を見たりすることがあるらしいけど、見習いのうちから見られるなんて機会、そうそうないもんな」

 ラディも大いに乗り気だ。シュマに断る理由もなく、本来の目的を果たした後でまた移動することになる。

 ちょうどまた魔物が束になって現れたので、さっさとその場を後にした。

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