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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十五話 想い

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シュマ再び

 土曜日の午後。レリーナは図書館へ向かった。昨日も寄ったのだが、借りた本がどうも自分に合わず、もう一度選びなおすことにしたのだ。

 思ったより小難しい表現の魔法書だったため、もう少しわかりやすい表現の本を探す。実際はしっかり読んでみないと何とも言えないが、少し読みやすそうな本を見付けて手に取った。いつもなら空いている席に座って読むのだが、今日はそうもしていられないのでカウンターで貸出手続きを済ませる。

 いつも通りなら、今日か明日にでもカロックへ行くことになるはずだ。なので、レリーナは本を受け取ると家路を急ぐ。タイミングがよければ、最初から自分の部屋に扉が現れるかも知れない。

 カロックへの扉が出てるのに、あたしが気付かないまま通り過ぎたりしたら……ジェイはどうするのかしら。多少時間が経っても、カロックでは問題ないとか。でも、ラディの方で問題あるわよね。例えばラディが一時に扉を通って、あたしが五時……なんてことになったら、カロックではよくても戻って来た時に時間がおかしくなりそう。戻って来たラディがまだカロックへ行ってないあたしに会うってことにもなりかねないもん。ってことは、ぼうっとしていても、扉に気付くようにしてるってことかしら。

 そんなことを考えながら歩いていたレリーナだが、その足が止まった。今通り過ぎた所で何か違和感を覚えたような気がする。

 振り返れば、街路樹が等間隔に並んでいるのだが……たった今通り過ぎた木に真っ直ぐの切れ目を見付けた。レリーナの身体の幅とほとんど変わらない木に、よく見れば扉が現れていたのだ。その部分だけ木とは色が違う。だから、違和感があったのだ。

「ここぉ?」

 ロネールの中でなくても、扉って出るのね。

 思わず周囲を見回したが、歩いて来た方向にも家へ続く道にも人影はない。

 レリーナは急いでその扉をノックした。最初の頃は濃い茶色だった扉の色が、今ではほとんどベージュだ。そして、その扉から生えるようにして現れたジェイの身体もまた、同じようにベージュだった。

「よっ、レリーナ」

「ジェイ、扉はあたしの部屋にお願いね」

「うん。あれ? 何か急いでる?」

「ここ、普通の人も通る道なの。ターシャの時みたいに問い詰められることはないと思うけど、騒がれたりしたら大変でしょ」

「お、そんな場所に出ちまったか。悪い悪い。じゃ、後でなー」

 そう言ってジェイの姿は消え、レリーナは小走りで家へ向かった。家に入るとグラス一杯の水を飲み、部屋へ行く。カロックへの扉はすでに現れていた。

 レリーナは借りた本などが入っているカバンを机の上に置くと、ラディからもらった水晶をポケットに入れる。服の上から押さえてその存在をしっかり確認すると、扉を開けた。

「よっ、レリーナ。ラディもほぼ同時だな」

 レリーナが横を見ると、ジェイの言うようにラディも現れていた。

「今回もよろしくなー」

 相変わらずムーツの丘はいい天気だ。そして、ジェイの頼み方も軽い。ジェイが不機嫌になる時があるのだろうかと疑いたくなるくらいだ。

「ジェイ、提案があるんだけど。提案って言うより、頼みかな」

「ん? 何だ?」

 小さな竜が首を傾げる。

「いつも召喚は俺がやってるだろ。今回はレリーナがやってみないかって話してたんだ。構わないか?」

「いいぞ。二人が協力者なんだから、どっちが魔法を使ったって構わない。かけらを捜す魔法だって、いつも交替でやってるだろ」

 カロックでラディとレリーナがするべき作業は、地図のかけらを捜すこと。その時には指定された魔法を使い、そこからジェイが気配を探ってゆく。その魔法は状況によってラディがしたりレリーナが替わったりするのだ。そうやって使い分けするのは、かけらを捜す魔法だけに限らない。

 それを聞いてラディは、それにレリーナもほっとする。もっとも、レリーナはほっとすると同時に緊張もしてきた。

「あのね、ジェイ……あたし、シュマを呼び出したいの。以前、助けてもらった時に召喚ができるようになったら呼ぶって約束をしているから」

「あー、そんなこと言ってたな。うん、いいぞ。シュマならやることをわかってるから、こっちもやりやすいよなー」

 反対はされないだろうと予想はしていたが、どちらかと言えば歓迎といったジェイの口調である。

「よーし。レリーナ、頼むぞ。それじゃ、シュマを呼んでくれ」

「うん……えーと、もしダメだったらラディに頼むことになってるから」

 反対されるのも悲しいが、大賛成されるとそれはそれでプレッシャーだ。

「大丈夫だって。レリーナも今までラディと一緒に魔法の腕を上げて来てるだろ。それくらい、できるよ」

「それくらいって言われると、ますます緊張するじゃない」

「へ? そうか? 顔見知りの魔獣を呼ぶのに、どうして緊張するんだよ。おーい、来てくれって感じで唱えればいいんだ」

「はは……ジェイもあっさり言ってくれるよ」

 おーい、で済めば楽である。魔力の強い竜だから言える言葉だ。

「だけど、そうかもな。レリーナ、あまり深く考えない方がうまくいくよ。呪文が多少ぎこちなかったとしても、シュマはレリーナの魔力を知ってるからわかってくれる。授業で炎馬(えんば)が現れてくれたんだろ。だったら、怖がることはないよ」

「うん……」

 誰でもいいから来てくれ、という召喚の場合、術者の声から感じ取る魔力が低ければ魔獣はなかなか現れてくれない。だが、レリーナは初めてやった召喚で炎馬のフィーアが現れてくれたのだ。ちゃんとそれだけの力がある、ということ。

 特定の魔獣、しかも互いを知っている場合なら、声さえ届けば嫌われていない限り現れてくれる。まして、シュマは自分から呼べと言ったのだ。レリーナが呼んでいるのに来ないとは考えられない。

 授業で初めて召喚した時より緊張したが、レリーナは一つ息を吐いて呪文を唱えた。

 唱え終わると、一瞬強い風が吹いて思わず目を閉じる。そうして次に目を開けた時には、目の前に大きな魔獣がいた。現れたのは……確かにシュマだ。

「ようやく呼んだか」

 黒く美しい毛並みに、同じ黒の翼を持つ巨大な猫。以前会った時も牛くらいはありそうだと思ったが、さらに一回り大きくなったような気がする。その青く澄んだ瞳がレリーナを見た。

「うん……待たせてごめんね、シュマ」

 フィーアを呼び出した時とは別の感動が、レリーナの中であふれる。自分の呪文で本当にシュマは現れてくれたのだ。

「シュマ、大竜の試練に協力しているあたし達に力を貸してください」

 本当なら、来てくれてありがとう! と飛びつきたいくらいに嬉しい。でも、シュマは召喚の術で現れた魔獣。協力的でレリーナに心を許してくれているとわかっていても、友達ではないのだ。

 やるべきことをやらなければいけない。呼び出した目的を告げ、魔獣の承諾を得るということを。

「……いいだろう。顔を見ただけで帰る、という訳にもいかないだろうからな」

「ありがとう、シュマ!」

 ここでやっとレリーナはシュマを抱き締めた。

「久しぶりだね、シュマ。レリーナの術、どうだった?」

「ラディの時より固さはあったが、悪くはない」

「すっごく緊張したもの。声が届かなくてシュマが来てくれなくても、やっぱりって思うだろうけど悲しいもん。今まで習ったどんな魔法よりどきどきしたわ」

「成功したんだから、レリーナも自信がついたろ。シュマ、今回もよろしくなー」

 相手が初対面であろうとなかろうと、ジェイの挨拶はいつものように軽い。

「やることを知ってくれてると、説明が省けて楽だな」

「ジェイは時々説明が必要な時でも省くだろ」

 言ったところでジェイが反省するとも思えなかったが、ラディはしっかり突っ込んでおいた。案の定、小さな竜はけらけら笑っているだけだ。

「それで、今回はどこへ向かうんだ?」

 シュマを呼び出すことに専念していたので、ラディ達もまだ行き先を聞いていない。

「ルガール湖だ。その中央にあるトーウェって島」

 二人は行き先を聞いてもちんぷんかんぷんだが、シュマはちょっと渋い顔になる。

「お前達、どうして湿気の多い場所に限ってオレを呼び出すんだ」

「え、湿気が多いの? 湖の中にある島なら、確かに砂漠みたいに乾燥はしてないでしょうけど」

 最初にシュマを呼び出した時、行き先はモッドの森だった。湿度の高い森で、地面はぬかるんでいたし、ラディに至っては泥に足を取られて流されたのだ。

 再会した時は砂漠が目的地だったのだが、シュマは飛び入りという形だった。こうして正式に呼び出され、行き先が湿気の多い場所と聞けば、どうしていつも……となるのも仕方ない。

「ごめん、シュマ。炎系の魔獣の次くらいに、ねこは水が嫌いだよな。ちゃんと行き先を聞いてからにすればよかった」

 ラディは、それにレリーナも今回はシュマを呼ぼうということばかりが頭を占め、そんな細かい部分に気が回らなかったのだ。

「ああ、そっか。悪かったな。オレもそんなことまで考えてなかった」

「ジェイ、そんなに湿気の多い場所なの?」

「んー、湿気が多いかどうかはそれぞれの感覚だと思うけど。島の中央にストーレって森があるんだけどさ、その森を囲むようにして湿地があるんだ。あ、モッドの森程にはぬかるんでないぞ」

「でも、湿地なんだ……。乾燥した場所とは思えないよなぁ」

「シュマ、ごめんなさい。そんな場所って先に聞いてたら、シュマを呼ぶのは次の時にしたのに」

 シュマは軽く息をつく。

「好きではないが、苦手と言う訳じゃない。協力依頼を要請されて了承したのはオレだから、付き合ってやる」

 明らかに渋々ではあるが、シュマが協力してくれるとわかってレリーナもラディもほっとしたのだった。

☆☆☆

 二人が背に乗り、ジェイがいつものように頭にちょこんと乗る。それぞれがしっかり収まったところでシュマは地面を蹴った。

「ジェイ、今回の目的地はどこなんだ? さっき、島の中に森があるって言ってたけど、森と島の周囲にある湿地、どっちへ向かうんだよ」

「ストーレの森だ。森は特におかしい点はないから、今回は割と早く終わるんじゃないかな」

「森はおかしくなくても、やっぱり魔物は出るんでしょ?」

「そりゃ、それなりに」

「その、それなりに、が怖いんじゃない……」

 きっとカロックで魔物がいない場所なんて存在しない。それがわかっていても、早く終わるのでは、なんて言われれば少しは期待してしまう。しかし、現実は……きっと大変に違いない。

「そんなに怖がることないって。ラディもレリーナも、ずいぶん力をつけてきただろ」

「最初に比べればそうあってほしいよ」

 まぁね、と胸を張りたいところだが、異世界の魔物に自分の力がどこまで通じるだろう。これまで何とかやってきたが、そばに竜のジェイと援護してくれる魔獣がいたからだ。二人だけでこの世界をうろつけば、危険きわまりない。実際、危ないことが何度もあった。

「前回に会った時と比べれば、少しばかり魔力が上がったようだな」

「そう? それなら嬉しいわ」

 ジェイにしろ、魔獣にしろ、人間にお世辞を言う必要はない。ジェイはともかく、持ち上げて気分をよくさせてどうこう、なんて考えていないのだ。つまり、彼らが口にすることは本当だということになる。

 だから、魔力が上がったと言われれば、本当に上がっているのだ。実際に上がった力は微々たるものだろうが、それでも嬉しい。

「前回と言えばさ、ミューネは元気?」

「ああ」

 ジェイの質問に、シュマはどこかぶっきらぼうに答えた。

 ミューネはラディが召喚した魔獣で、シュマと同じ種族「翼のある猫」だ。色はシュマと対照的に真っ白で、エメラルドグリーンの瞳をしていた。

 彼女の協力を得て、いつものように目的地へ行ったまではよかったのだが……。レリーナが空間の裂け目に巻き込まれ、目的地だった砂漠から遠くの森まで飛ばされてしまった。幸いその森でシュマと再会し、砂漠へ送りついでにかけら捜しを手伝ってくれたのだ。

 無事にかけらが見付かり、ラディとレリーナはそのまま自分の世界へ戻ったのだが……ミューネが割と積極的にシュマにすり寄っていたのをジェイは見ている。邪魔しちゃ悪いと空気を読んで、ジェイはこっそりそこから姿を消した。その後のことは知らない。

「ミューネ? あ、きれいな白い毛の彼女ね」

美猫(びじん)を呼び出したんだな、みたいなことをシュマが言ってたよな」

 もちろん、二人ともミューネのことはよく覚えている。

「元気でいるのを知ってるってことは、時々会ったりしてるの?」

「まぁな。この前、子どもを産んだ」

「ええっ、そうなの? 子どもって……シュマの?」

「そうだ」

「わぁ、おめでとう。シュマ、お父さんになったのね」

「そうやって進むこともあるんだな。シュマ、おめでとう」

 猫の背中で人間二人が盛り上がる。

「なぜお前達がそんなに喜ぶ?」

 つがいになって、子どもが生まれる。魔獣に限らず、生物なら特に珍しい話ではない。それなのに、二人は喜んでいる。特にレリーナが嬉しそうだ。その様子に、シュマの方が戸惑っていた。

「だって、赤ちゃんが生まれるなんておめでたいじゃない。ほら、最後の方でシュマが魔物を一掃してくれたでしょ。あれを見て、ミューネがステキだってことを言ってたのよ。じゃあ、あれから恋人になったのね」

「そんなふうになる気はしたんだよなー」

 ジェイがこっそり消えたのは、正解だったようである。

「俺はそういうのに気付かなかったけど……そんな雰囲気になってたのか。子どもは何匹生まれたんだ?」

「三匹だ。オレに似たのが二匹、ミューネに似たのが一匹。黒が娘で白が息子だ」

 子ども達は毛色と性別が親と逆転したようだ。どちらにしろ、かわいいに違いない。

「会ってみたいなぁ。どっちに似ても、美男美女よね」

 普段とは違う盛り上がりを見せながら、やがて目的地である湖が見えてくる。しかし、その水上を飛び続けても着地するべき島は現れない。

「これ、湖なのか? ほとんど海みたいだけど」

 湖に沿って森らしき木々は見えているのだが、それらは真っ直ぐ前を向いてかろうじて視界の端に入るくらい。正面には空と水平線があるだけだ。

「縦長に……横長かな? とにかく、一方向に伸びてる湖だから、向こう岸がなかなか見えないんだよな。やっと向こう岸かと思ったら、湖に浮かぶ島だったりするし」

 ざっくり言えば、細長い長方形の湖といったところか。正確な方角はさておき、南北がとんでもなく長い湖、という訳だ。シュマはムーツの丘から移動して来た都合上、湖の南から北へ向かっているので、湖の上を延々と飛ぶことになる。南北に比べれば距離は短いが東西もかなり幅があるようなので、とにかくこの湖は広い。

「俺達がこれから行く島って、湖の中央にあるんだろ? ってことは、その島の向こうに、今飛んでるのと同じ距離があるのか。船で向かったら……シュマの速度とは比べものにならないから、きっと丸一日使っても到着しないな」

 カロックが広いのか、知らないだけで自分達の世界にもこれだけ広い湖があるのか。

 どちらにしろ、魔獣の力なしでは着くまでに相当の時間を必要とする距離だ。

 シュマが飛び続けると、ようやく水平線に島影が見え始めた。それまでにも島と呼べるものはあったが、この広い湖では飛び石のように小さなもの。

 だが、ジェイが目的地としたトーウェの島はそれらとは段違いに大きく、海の中に浮かぶ島国のように思えた。恐らく、自分達の街が一つ、丸々入る大きさだ。いつも目的地となるエリアは広いが、今回もかなり広い。

 上空から見ると、丸い形の島だ。その中央には緑の森がある。森を囲むようにして砂色のエリア。話に聞いていた通り、湿地が森を囲んでいるのだ。こうして見ていると、緑と砂色でできた二重丸のようだ。

「ジェイ、どこへ降りればいい」

「んー……向こう側に回ってくれ」

 進行方向の右側へ向かうよう、ジェイが指示する。森のすぐそばへシュマは降りたが、森と反対方向、つまり湖の岸がある方向はかなり遠い。はっきり言ってかすんでいる。泳いで向こう岸へ行こうとするなら、余程遠泳に自信がある者でなければ無理だ。

 今は風もなく、湖面は凪いでいる。海ではないので波もない。静かにも見える湖だが、このカロックという世界のことだ、きっと水中にも魔物が潜んでいるのだろう。

「湿地と言うより、浅瀬の海みたいだ」

 湖から森までの間のエリアは、砂地に水がたまったような状態だった。水はせいぜい足首までしかなさそうだ。透明な水なので、底である砂地がよく見える。そこに藻のような草があちこちに浮遊したり、生えていたり。

 森へ近付くに従って水がなくなり、湿った砂が広がるようになる。乾いた砂がある部分は見渡す限り、どこにもないようだ。潮の満ち引きがないので、乾く暇がないのだろう。

 森の中までは湖の水も入って来てないようだが、陽が差さない地面ではこの辺りと似たようなものだと思われる。

「ジェイ、今日は何の魔法を使えばいいんだ?」

「風で頼むよ」

 どういう仕組みでか、ラディやレリーナが言われた魔法を使うとジェイにはかけらの気配が感じ取れる。あれこれ不思議なことがこの世界では起きるが、この魔法もその一つだ。

 かけらの気配はジェイにしかわからず、でも二人が言われた魔法を使わなければその存在がジェイにも全然わからないのだから。

 まずはラディが軽く風を起こした。ほんの少しの力でいいらしいので、起こすのは弱い風を少しだけ。これから先、どれだけ魔物が現れるかわからないため、少しでも魔力は温存しておきたい。だから、指定された魔法はごくわずかな力しか使わないようにする。

 ラディの魔法で一瞬だけ集中したジェイは、森を真っ直ぐ指さした。

「この森のほぼ中央って感じだな」

「要するに、一番遠い場所ってことか」

 今いる場所より反対側の位置から入る方が早い場所にかけらがあれば、シュマにそちらへ飛んでもらい、少しでもかけらに近い地点から森の中へ入ればいい。

 だが、ここは円形に近い森。ほぼ中央であれば、どこから入ってもかけらまでの距離は同じということになる。少しでも楽をする、少しでも魔物を回避する、ということができないのだ。

 そういう意味で、ラディの言う一番遠い場所となる。シュマが空から近い場所に降りてくれればいいが、枝葉が邪魔するので難しい。ある程度まで近付けば、歩いて進まなくてはならないのはいつものことである。

 さあ、森へ向かおうとした時。

 一行の背後でぴちゃっという音がした。ラディ達は、特にレリーナはいやな予感を覚えながら振り返る。

 ラディはそれを見た途端、レリーナの悲鳴が響くのではと思ったが、そうはならなかった。平気と言う訳ではなく、むしろレリーナは恐怖と嫌悪感が強すぎて悲鳴さえも出なかったのだ。

 そこに現れていたのは、ヒルのような姿の魔物達。一見、軟体っぽい黒の身体は人間の頭くらいのサイズだ。それが五十は下らないという数で現れている。彼らの気配に気付き、砂地から現れたのだろう。

「身体が濡れてるから、火はちょっと効きにくいかもな。土でも風でも、楽な方で」

 ラディが尋ねる前に、ジェイがさっさと効果のありそうな魔法を上げる。のんびり構えていたらレリーナが戦線離脱しかねない、と悟ったようだ。

「動きはそんなに速くないけど、くっつかれたら溶かされるからな」

「あの姿を見ると、想像はしやすいよ」

「ジェイ、こういうの、森の中にもいたりするの?」

「いや、こいつらはこの周辺にいる奴だ。森にはいないから」

 でも、たぶん……いや、必ずもっと面倒なのや気持ち悪い姿の魔物がいるんだろうな、とはこれまでの経験から予想はできた。

 とにかく、見た目が気持ち悪いので早く消してしまいたい。レリーナは少しでも早く視界から消えるようにと、魔物の上に石や岩を落としていった。これなら、魔物がつぶされる上に、姿を見えなくする効果もある。

 レリーナの意図に気付いたラディも、そしてジェイもまた同じように魔物の上へ岩を落としていった。シュマは土より風を得意とするので、風の刃で魔物を斬ってゆく。魔物はジェイが言ったように動きが速くないので、ほぼ確実に仕留められていった。

 一時、湿地帯が黒い魔物で埋められたようになったが、ラディ達の力で消されてゆき、元の砂地の割合が次第に多くなってきた……と、どこか安心した時。

 ぶーん、という羽音が聞こえてきた。聞くだけで警戒してしまうその音に、聞こえてくる森の方を誰もが振り返る。

「きゃああっ」

 レリーナの声が近くで響き、あっという間に遠くなった。見れば人間の大人くらいのサイズはありそうな蜂が数匹通り過ぎ、その時にレリーナを連れ去ったのだ。

「レリーナ! シュマ、頼むっ」

 シュマの返事を待たず、ラディはシュマの背に乗った。ジェイもすぐに同乗する。もう湿地の魔物なんて構っていられない。

 ラディが飛び乗ったと同時にシュマは地面を蹴り、黒い翼を羽ばたかせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! 大竜の試練が結んだ縁って縁起がよさそうですよね。 たしかに、野生の身からすると、他種族の婚姻や出産を祝うって感覚が分からないかも知れない。 翼ある猫の仔猫とか…
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