魔獣の談判
あれもこれもって言い出したらキリがないけど、本当に課題が多いなぁ。だけど、広く浅くってやっていたら、きっとカロックでは通じないわよね。せめて基本の攻撃魔法はしっかりできるようにならなくちゃ。
ラディと同じく、カロックへ呼ばれるレリーナ。何か危険があればラディがかばってくれるが、彼に頼りきって負担をかけたくない。自分だって魔法の勉強をしているのだ。せめて自分の周りに寄って来る魔物くらい、自分で何とかしたい。
そう考え、自主練習の毎日をすごしている。少し調子が悪いな、という時は無理しない。そんな日は図書館に寄って知識を蓄えることにしている。
レリーナはこれというはっきりした目的がないまま、ただ「魔法使いになりたい」というだけでロネールに入った。これまで勉強をサボッていたつもりはないが、そういうぼんやりした目的しかないと集中しきれてなかったような気がする。
今はカロックへ行くようになり、勉強量や練習量が格段に増えている。以前の自分は何てのんきだったんだろう、と最近になって思うようになった。そのままでいれば、きっと認定試験までこぎつけず、努力することもなく中途退学、という道を選びかねない。もしくは、授業をこなすだけの毎日を送ることになっていただろう。
そんなことを考えると、何度も怖い目に遭ったりしたが、ジェイの協力者に選ばれてよかった、と心から思えるのだった。
今日の練習を適当なところで切り上げ、レリーナはフィールドを出る。空が暗いオレンジ色になってから帰るのも、このところ当たり前になってきた。
「レリーナ」
名前を呼ばれ、レリーナが振り返ると見知った女性が手を振っている。ロネールの魔法使いターシャだ。図書館で偶然知り合い、一度だけではあるがカロックへも一緒に行った仲の女性である。
「こんにちは、ターシャ。あ、もうこんばんはかしら」
レリーナは小走りにターシャの方へ向かう。
「ふふ、微妙な時間帯だものねぇ。レリーナは今日も自主練習?」
「はい。以前、ターシャに教わった氷魔法、だいぶ格好がついてきましたよ」
「そう、がんばって練習してるのね。あれからまたカロックへは行ったの?」
「ええ。この前は水のない海の中、みたいな所だったんです。水がないから息はできるんだけど、何となく身体が少し軽くて。だから、戻った時に自分の身体がすっごく重くなって大変でした」
「雪の中も大変だったけど、そういう場所も大変そうねぇ」
カロックへ行き、その場の事情も知っている貴重な話し相手だ、レリーナの声も自然と弾む。
ターシャも楽しそうに聞いていたが、不意にその表情が険しくなった。その目はレリーナではなく、その後ろに向いている。
不思議に思ったレリーナは、何かの気配を感じた訳ではないが振り返った。
「レリーナという見習い魔法使いはお前か?」
「は、はい……」
いきなりそう尋ねられた。名前に間違いはないので、レリーナは頷く。
そこにいたのは、長身の男性だ。見事なまでに赤い髪は真っ直ぐで、腰に届きそうな程に長い。その赤があまりにも鮮やかで、男性だと認識する前にその色に目が向いた。白磁の肌がその髪と対照的だ。容姿は文句のつけようもないまでに整っていて、こちらを見る瞳は髪と同じく赤い。宝石マニアなら垂涎ものの、高級ルビーがはめ込まれたかのようだ。
え、もしかして……もしかしなくても魔獣?
瞳の色を見て、レリーナはやっとわかった。
人間離れした美しさだと思ったが、それも当然、人間ではない。人間の姿になった時に美しければ、相当魔力の高い魔獣だと習ったはずだが、それが事実であれば彼はかなりレベルの高い魔獣だ。
そんな魔獣がなぜレリーナの元へ来たのだろう。声に聞き覚えはないし、レリーナに記憶障害がなければ初対面。カロックでは多くの魔獣に出会ったが、彼らがこちらの世界に来るとは思えないし、だとしたらこの男性はこちらの世界の魔獣。レリーナにはなおさら訪問される覚えがなかった。
男性の美しさと雰囲気に圧倒されていたレリーナだが、そばに来たのは彼だけではないことに遅ればせながら気付く。男性の後ろに、十三、四歳くらいの少女がいたのだ。
赤と言うより朱色の髪で、男性と同じように長く真っ直ぐ。肌は白く、絶対に美少女だと騒がれる顔立ちだが、彼女もまた人間ではない。瞳の色がピンクサファイアなのだ。
男性同様、レリーナは彼女を知らない。だが、少女の瞳の色には見覚えがあった。
「もしかして……フィーア?」
「うん!」
レリーナが名前を呼んだ途端、少女の顔がぱっと華やいだ。それと同時にレリーナに飛びつく。姿が変わってもわかってもらえたことが嬉しいのだ。
「レリーナ、知ってるの?」
状況を把握できないレリーナだが、彼女以上に把握できないターシャが尋ねた。
「あ、はい……この前契約した炎馬のフィーアです」
「その件について、話がある」
状況が違えば聞き惚れる声だが、男性の目つきが怖くてそれどころではない。睨んでいる訳ではないのだが、少なくとも穏やな表情ではないし、美しさが冷たさを感じさせるのだ。声も表情もあえて抑えているように思え、それも怖い。
「私はフィーアの父でレイバスだ。うちの娘と契約したと言うのは……本当のようだな」
「ええ、魔獣召喚の授業で呼び出した時にフィーアが来てくれて、話をするうちに契約をってことになりました」
細かく言えば、契約を言い出したのはフィーアからだ。
「お前は娘に何をさせるつもりなのだ?」
「何って……」
正直なところ、レリーナはフィーアに何をしてもらえばいいかわかっていない。
「私も魔法使いと契約しているが、お前はまだ見習いだろう。フィーアはまだ幼い。未熟者同士が契約を交わして何をするつもりだ」
見習いなので未熟者だということは認めるが、レイバスの言葉にはレリーナの実力を過小評価しているような響きがある。
よくよく考えればむっとするようなことを言われているが、突然のことにレリーナは次の言葉を失った。
「契約は当事者同士が決めることよ。親であろうと、第三者が口をはさむことではないはずだわ」
それを見かねたのか、隣にいたターシャが代弁してくれた。
「通常ならそうだろうが、娘の場合はそのまま見過ごす訳にはいかない」
事情はわからないが、娘の契約に親が反対で談判に来た、というところのようだ。
「レリーナは確かにまだ見習い魔法使いだけど、それを承知の上でフィーアも契約してるはずでしょ? そうよね?」
ターシャがレリーナとフィーアを交互に見、どちらも頷く。
「お互い、合意の上のようよ」
「魔獣とは言え、子どもと契約を交わすことはないだろう。普通は成獣相手にするものだ」
魔法使いが魔獣と契約するのは、その高い魔力を使って魔物退治などの仕事に協力してもらうためだ。子どもだと基本的な魔力は高いものの、魔法使いが望むレベルに至ることは少ない。だから、子どもの魔獣と契約を交わす魔法使いはあまりいないのが現状だ。
「そうね。だけど、そういう例が皆無と言う訳ではないわ。実際、あなたのお嬢さんもレリーナとこうして契約してるんだし」
「レリーナは優しいから、フィーア大好きだもん。フィーアのこと、かわいいって言ってくれたもん」
「かわいいと言ってもらえたからと言って、契約まですることはないだろう」
人間の少女に抱きつきながら放つ娘の言葉に、父が渋い顔をする。
「優しいと思った人間なら全部について行くつもりか。中には危険な人間もいると教えているだろう」
人間の親が子どもに「知らない人について行ってはいけません」と言うようなものか。そういう注意を魔獣もするとは思わなかった。ターシャでさえ初めて聞く。
「あの……娘に何をさせるんだってあなたは言ったけど、あたしはフィーアに危険なことをさせるつもりなんてないわ」
そもそも、何をすれば危険になるのだろうか。そこからしてわからない。
「では、契約の目的は何だ」
「目的って……契約の目的って普通はその魔獣の力を借りることだと思うけど」
他に思い当たるものがなく、レリーナは首を傾げる。そもそも、レイバスは何が気に入らなくて談判に来たのだろう。
「あたしが未熟で気に入らないって言うなら、もう少し待って。今は中級2だから、あと一年くらいで正規の魔法使いになれると思うわ。もうちょっとかかるかも知れないけど、どれだけの時間がかかるにしても一人前になるまではフィーアを呼び出したりしない。それなら、未熟者がどうって問題はなくなるでしょ」
実際はもう少し早く正規の魔法使いになりたいが、確定していない未来のことなので幅を持たせておく。何に文句をつけられているのかわからないレリーナだが、少なくとも自分が見習い魔法使いでなければレイバスもあれこれ言わなくなるだろうと思い、そう告げた。
「レリーナの何が気に入らないのかしら。自分の子が契約したからって、魔法使いに文句を言いに来る魔獣なんて聞いたことがないわ。あなた自身も契約してると話していたのに、娘には人間と関わりを持たせたくないの?」
「……人間による」
「じゃあ、何をどう示せばレリーナを認めてくれるの? あなたのお嬢さんが信用してるのに、そのお嬢さんを信用してあげないの?」
文句を付けられているのはレリーナのはずだが、ターシャは自分が言われているかのように反論する。
「娘はまだ幼い。力もまだ弱い。そんな子が人間に捕まれば、自力で逃げられるかどうか。私が心配しているのはそこだ。どの人間がどこの誰とつながっているか、魔獣の我々には判断が難しい」
「ああ、そういうこと」
「捕まるって……あの、ターシャ。それって、どういう……?」
ターシャは何か納得したようだが、レリーナもフィーアもよくわからないままだ。
「あなたくらいの子にはまだ耳に入れたくないような話なんだけど、今はそうも言ってられないわね。残念ながら、魔法を悪用する魔法使い崩れが存在するってことは知ってるでしょ」
「ええ。だから、犯罪者を捕まえる普通の役人と一緒に仕事をする魔法使いがいるんですよね」
「そう。魔法使いと言っても、人間だからね。悪い道に走る人はいるのよ。で、そういう人の中には、魔獣を捕まえて売買する輩がいたりするの。普通の獣とは違うから、魔法使いの力がどうしても必要になる。そういったことをする組織に雇われて、魔獣を呼び出して捕まえる役割を担うの。魔獣の力は人間より強いから、命がけになる代わりに報酬も高いわ。で、そういう人間って少しでも楽できるように、子どもを狙うの」
ターシャの説明を聞いてレリーナは驚き、青くなる。
「え……それじゃ、あたしはフィーアを誘拐する気でいると思われたってこと?」
要するに、レリーナは犯罪者ではないか、と疑われた訳だ。魔法使い崩れも何も、レリーナはまだ一人前の魔法使いになってもいないのに。
「本気で捕まえるつもりなら、娘は私の手元からすでに消えているだろうがな」
フィーアは親元に戻ったのだから、頭からレリーナを疑っている訳ではない。だが、次に呼び出された時に戻って来るかという保証はないのだ。
「魔法使いが求めるレベルにないからってことじゃなく、そうやって疑われるからみんな魔獣の子どもとは契約しない……とかなの?」
「他の魔獣については詳しく知らない。だが、フィーアの場合はその姿に問題がある」
「姿に問題? かわいいことが? だけど、魔獣ってみんなきれいだし、その子どもがかわいいのは当然のような気もするけど」
「厳密に言うなら、娘の色だ」
「色? あ……」
レリーナにしがみつくフィーアを見て、ようやくレリーナも気付いた。
この魔獣の親子は炎馬だ。今のレイバスは人間の姿をしているが、本当の姿を現せば真っ白な身体に真っ赤な炎のたてがみが燃えているはず。その瞳は人間の時よりもさらに大きくなるのだろう。
だが、フィーアは少し違う。たてがみの炎はその髪に現れているように、赤と言うより朱色なのだ。瞳もピンクサファイア。形は同じでも、親とは見た目が違ってくる。
初めてレリーナの前に現れた時も、そのことをコンプレックスに思っているようだった。それをレリーナがかわいいとほめたことで心を許し、契約に結びついたのだ。
「珍しいものを欲しがる人間は多い。そんな人間に見付かれば、娘は格好の獲物になる。成長すれば多少の魔力など跳ね返せるようになるが、今は無理だ」
「なるほどね。女の子好きのする色目だけど、それが彼女にとっては仇になるってことか。善良な人間ばかりじゃない世界だと、親が心配するのは当然だわ」
レリーナの横で、ターシャも深く納得している。
魔法使いが退治するのは魔物ばかりではない。人間に被害をもたらした魔獣も時としては退治の対象となる。その時には魔獣の弱点を責める魔法道具なども駆使されるのだが、魔獣を狩る魔法使い崩れはそれを悪用するのだ。
どんなに魔獣の魔力が高くても、そういった物を使われれば絶対に捕まらないとは言い切れない。子どもなど、なおさら危険にさらされる。
レイバスは以前、そんな魔法使い崩れが関わる現場に居合わせたことがあるらしい。契約している魔法使いと別件で向かった先でのできごとだったが、魔獣が売り飛ばされようという場面を見てフィーアが心配になった。
他の子ども達ももちろん心配だが、フィーアは仲間から見ても人間から見ても珍しい部類に入ってしまう。目を付けられれば、他の子どもや仲間より数倍の危険が彼女を取り巻くのだ。
そんな折りに娘自身から「魔法使いと契約したのー」とお気楽に報告され、落ち着いていられるはずもない。
その魔法使いはまだ幼い娘と契約してどうするつもりだ、とこうして確かめに来たのである。
そう説明を受ければ、レリーナもターシャもレイバスが心配になるのもわからないではない。彼の立場になれば、きっと自分達も娘のことが心配になるだろう。
「さっきはちゃんと話せなかったけど、あたしがフィーアと契約したのは将来魔獣のことを調べる仕事をしたいから。フィーアが知ってることを教えてあげるって言ってくれたし、実際に力を借りるのは先になるから構わないかなって思ったの。契約は光文字でやったわ。だから、どうしても契約しているのが親として許可できないって言うなら、フィーアに破棄させても構わない」
「やだっ」
レリーナの言葉に、レイバスが返事する前にフィーアが拒否した。
「フィーアはレリーナがいいのっ。せっかくきらきらの光で契約したのに、なくなるのは絶対にやだっ。フィーアとレリーナは友達だもん」
「フィーア、あたしだって契約解消は悲しいけど……お父さんの気持ちだってあるわ」
「だって、この契約はフィーアとレリーナの気持ちでやったことでしょ。そこにお父さんが入って来ちゃやだもん」
絶対離すまい、といった様子でフィーアはレリーナにしがみついている。その様子を見て、レイバスは苦い表情で頭を抱えた。ターシャは軽く肩をすくめる。
「お嬢さんが自分から契約破棄をすることはなさそうね。だけど、レリーナから破棄したら、今度はレリーナが恨まれそうだわ。頭に血が上って万が一にも彼女がレリーナを傷付けたら、捕まるどころか魔法使いの手によって殺処分よ。それはあなたの望むところではないでしょう?」
「当然だ。どこの世界に子どもの死を願う親がいる」
そうならないために、レイバスは談判に来ているのだ。
「こういう訳だから、この子達はこのままにしてあげてもらえないかしら。あ、自己紹介が遅れたわね。私はここロネールの魔法使いでターシャよ。レリーナの身分は私が保証するし、あってはならないことだけど、お嬢さんが危険な目に遭った時には責任を持ってロネールで保護するように動くわ。それで何とか妥協してもらえないかしら」
「……」
レイバスがフィーアを見る。見られたフィーアはふるふると首を横に振った。自分は絶対にレリーナから離れるつもりはない、という意思表示だ。
レイバスがこのまま無理に連れ帰っても、今度はフィーア自身が勝手にレリーナの元へ行こうとするだろう。光魔法の契約は自由度が高いが、今はその自由すぎる部分がネックになっている。スムーズにレリーナの元へ着けばいいが、途中で人間に捕まってしまっては大変だ。
十分ありえそうな展開に、レイバスは頭を悩ませる。
だが、魔法使いが責任を持つと言ってるのなら、その点は信用してもよさそうだ。レイバスは別の魔法使い協会に所属する魔法使いと契約しているが、この「協会」というものは魔法使いを保護するものであり、保証するものだと聞いた。
それなら……。
「わかった。今は魔法使いの顔を立てることにする」
レイバスの言葉にフィーアが歓声をあげ、改めてレリーナに抱きついた。レリーナもひたすら慕ってくれるフィーアがかわいくて、彼女をぎゅっと抱き締める。
「ありがとう。でも、レリーナのことなら心配いらないわ。彼女は魔獣のことが好きだし、それが相手にもわかるみたいで魔獣にとても好かれる質なの。契約していない魔獣に助けてもらえるくらいにね」
「ほう……」
もちろん、こちらの世界ではなくカロックでのことだが、ターシャは嘘をついていない。それがわかったのか、レイバスの表情が現れた時よりも穏やかになっている。
「それでは、今日はこれで失礼する。先程も言ったが、お互い未熟だ。契約の継続は認めたが、力がもう少し上がるまでは呼び出しを控えてもらいたい」
「わかりました。フィーア、あたし、あなたのお父さんに認めてもらえるようにがんばるから、少し待っててね」
「うん、わかった。フィーアも自由にレリーナの所へ来られるように、がんばるね」
そう言って、フィーアはレリーナから手を離した。
「じゃあねー」
魔獣の親子はふわりとその姿を光の玉に変える。フィーアの方は、レリーナが召喚した時と同じように淡いピンクに縁取られた白い玉に、レイバスは赤く縁取られた白い玉になり、その場から消えた。
「魔獣の親からクレームが来るなんてこと、あるのねぇ」
「よかったぁ、ターシャが一緒で。あんな場面、あたし一人じゃ、絶対乗り切れない……」
今までも頼りになる先輩魔法使いだと思っていたが、隣にいてくれたことを今日は心底感謝したい。
どんな魔獣が好きでも、ただ仲よくなるだけじゃダメなんだわ。さっきのターシャみたいに毅然とした態度が必要な時もあるんだ。
ターシャは第三者だから気負うことがなかった、というのもあるだろう。だが、初対面の魔獣に恐れを見せることなく、堂々とした態度だったからレイバスもターシャの言葉を信用してくれたに違いない。
思いがけず、また一つ経験を重ねたレリーナだった。





