打ち明ける
空はまだ「暗い」と表現される一歩手前、といったところか。
ラディはそんな空を見て軽く息をついた。今日の自主練習は軽めにしておいたので、いつもより早い帰宅時間だ。
毎日がっつりやっているようだが、少しは息抜きしないと疲れがたまっていくぞ、と担任のフェラドに言われた。ラディは知らなくても、しっかりチェックされているらしい。
それでその息抜きを今日にしたのだ。息抜きと言うより、肩慣らし程度にしておいた、と言うべきか。
今日は金曜日。いつも通りであれば、明日か明後日にカロックへ行くことになる。カロックではここでの練習以上にがっつり魔法を使うことになるので、なおさら慣らす程度がちょうどいい。
「お、いたいた。タイミングよく出て来てくれるじゃないか、ラディ」
その言葉と同時に、ラディはいきなり誰かに肩を組まれた。
「え……ブラッシュ?」
ラディを掴まえたのは、ブラッシュだ。姉テルラの元クラスメイトであり、先輩魔法使いであり、ラディの友人である。
「いつも自主練してるってフェラド先生から聞いたから、フィールドへ向かうところだったんだ。すれ違わなくてよかった」
「フィールドへって、俺を捜しに?」
「他の奴に用はないからな。ちょうど仕事が終わって手が空いたんだ。連絡するって言っておきながら急で悪いけど、今いいか?」
「いいよ」
ラディは即答する。いきなり声をかけられたのは驚いたが、ラディもずっとブラッシュから時間ができたという連絡を待っていたのだ。
「よかった。今日はラディの方が都合悪いって言われたら、次がいつになるかわからないからな」
「テスト前日でもなきゃ、都合の悪い日なんてそうないよ」
ラディはブラッシュに促され、職務部の棟へと向かう。ブラッシュに案内されたのは、進路相談などで使われる面談室だった。
「食堂や談話室でもいいんだろうけど、お前が何を言い出すか俺には予想がつかないからな。お前も他人の声がない方がいいだろ。堅苦しい場所で悪いけど」
およそ友人が話をする場所としては不向きだ。しかし、ラディとしてもこの方が気分的に楽な気がする。
これまでにも、ラディはカロックの話をブラッシュにするつもりでいた。しかし、その時々の事情で話せないまま、ずっとブラッシュから何かたくらんでいるのではと疑惑を抱かれる羽目になっている。
信用してもらえるかという不安はあるものの、ようやく話せるとなってラディは予想していたより落ち着いていた。
「お前が俺に色々質問してきたけど、どれも見習いがするような質問とは考えにくいものばかりだ。それで、俺はお前が何かヤバいことをやらかそうとしてるのか、すでにやらかしているのかと疑っていたんだが……違うようだな」
「え?」
てっきり、お前は何をやってるんだ、と単刀直入に言われるかと思っていた。それが先に「違うようだ」と言われ、ラディは首を傾げる。
「ターシャに言われたんだよ。ラディから早く話を聞いた方がいいって」
その名前を聞いて「それでか」とラディは納得した。ターシャは一度カロックへ行っているし、ラディがおかしなことをしでかそうとしているのではない、と知っている。彼女から聞いたのなら、ブラッシュも信用するだろう。
「それじゃ、ターシャから話は」
「聞いてない。知ってることがあるなら教えてくれって頼んだら、いやってはっきり言われたよ。だから、内容は何も知らない。でも、ターシャがラディを止めなきゃいけないってことは言わなかったから、危険なことに首を突っ込んでるんじゃないな、とは思った」
「安全とは言えないけど……」
つい本音がもれた。ラディのつぶやきに、ブラッシュが眉根を寄せる。
「どういうことなんだ?」
「あ、いや、えっと……ターシャ、いやって言ったんだ」
ターシャはどんな顔で言ったのだろう。それを聞いたブラッシュは。ターシャはブラッシュにとっても先輩だから、あまり突っ込めなかったのだろう。きっぱり拒否された時のブラッシュを見てみたかった、なんてことをラディはこそっと思う。
「まぁな。ラディから話を聞くべきだって。そういうことだから、ちゃんと話してくれ。ラディ、お前は何をやってるんだ?」
真っ直ぐ見据えながら尋ねられる。もしゴマかすつもりだったとしても、この目から逃げるのは無理だろうな、とラディは考えていた。全くゴマかす気がない今は、逆に楽な感じさえする。
「俺、でたらめは言わない。ブラッシュ、その点はちゃんと覚えていてほしいんだ」
「わかった。お前がこれから話すことは全部真実だってことだな。冗談抜きで」
「うん。結論から言うと、俺は異世界に呼ばれてる」
「……異世界?」
ブラッシュはラディの言葉を反芻する。その表情は変わらないが、その変化のなさが逆に怖い気もした。
「カロックって呼ばれる世界で、そこには大竜がいるんだ。で、その大竜が巣立ちのために試練をクリアしなきゃならなくて、それには魔法使いの……見習い魔法使いの協力が必要になる。その協力者に俺とレリーナが呼ばれたんだ」
「どうしてお前達が呼ばれたんだ。見習いなら他にもいるだろう」
話はヴィグランの葬儀の日までさかのぼり、祖父の部屋で見付けた地図によって強制的に移動したことを話す。
ジェイのこと、試練の内容、カロックへ呼ばれる時や戻る時の状況、地図のかけらの捜し方などなど、一通り聞いた後でブラッシュはあれこれと質問し、ラディは全てによどみなく答えた。
聞くことがなくなったのか、ブラッシュは黙って額に手を当てる。その様子を見て、ラディは「本当のことだから」と言うのを必死にこらえた。その言葉を口にする方が、今まで話したことを嘘のように思わせてしまうように思えたのだ。
「ラディの話は本当のことなのかって、ターシャに聞いてもいいよ」
代わりにラディはターシャの名前を出した。彼女が何かを知っている、というのはブラッシュもわかっているようだし、ターシャが嘘をつくとは思ってないだろう。
さらにラディはたたみかけるつもりで付け加えた。
「いつも一緒に行くレリーナに聞いてもいいし、テルラにも聞いて構わない。姉貴も一緒にカロックへ行ったことがあるから」
「テルラが?」
ブラッシュはラディとテルラの姉弟仲がどんなものか知らない。だが、こんな話を二人して口裏を合わせるまでに仲がいいとも思えなかった。
「テルラが来た時は……そうだ、ロック鳥に来てもらった。テルラは魔獣が得意な方じゃないから、最初はものすごく怖がってたんだ。後でターシャが、慣れてなければ大きな魔獣を怖がるのも当然だ、みたいなことを言って。だったら、怖がってばかりで情けないってちょっと思ったのが申し訳なかったかな、なんて思ってさ。本人の前で口に出さなくてよかったよ」
そんな細かい設定までするとは考えにくい。
ブラッシュにあれこれ質問をしたのは、カロックでこういうことがあったから、と言われると、そうだったのかと納得してしまう。説明を聞けば、確かに筋が通っているのだ。疑う余地がどんどんなくなっていく。
「ターシャが……時間切れにならないうちに話を聞けってことを言ってたんだ。ラディはそれがどういう意味かわかるか?」
その言葉に、初めてラディが首を傾げた。しかし、すぐに思い当たったようで、表情が明るくなる。
「時間切れ? んー……あ、かけらが集まるまでの時間って意味じゃないかな。最初からこれを見せればよかった」
ラディが呪文を唱えると、袖から何やら紙が浮き出してきた。ラディがなくさないように服に同化させている、カロックの地図である。
「かけらが見付かれば、復元魔法でこの地図に戻していくんだ。今でたぶん五割から六割ってところかな。最初にどんな地図だったかを確認する前に壊れたから、推測でしかないんだけど」
ラディから受け取った地図は、はっきり言って地図かどうかも怪しい。その形は耳しか残っていないパンみたいだ。しかも、一部が切れている。地図なのに肝心な地形はほとんどない。紙の所々に文字ではなさそうな線があった。これが地図だと言うのなら、大陸や島の一部に当たる線がぎりぎり見えている、というところだろう。
この紙の地図が「ばらばらに壊れた」という状況が想像しにくいものの、ブラッシュに嘘をつくためにラディがこんな地図を常に仕込んでいるというのも考えにくい。
「正直なところ、突拍子すぎるんだよな、お前の話」
小さくため息をつくブラッシュ。荒唐無稽、とはこういうことだろうか。まさに現実味に欠ける話だ。これまでの妙な質問の理由が異世界と関わっているなんて、さすがに想像もしなかった。
「ブラッシュ、信じてくれないのか?」
そりゃ、俺だっていきなりこんな話をされたって信じないだろうしなぁ。
子どもだったラディがおとぎ話感覚でヴィグランから聞いた時と、大人のブラッシュが聞くのとでは状況が全然違う。表現しようのないため息の一つや二つ出ても当然だ。
「いや……ターシャにこうも言われたんだ。どう感じるかは俺の頭の柔らかさ次第だって。作り話でターシャの名前が出せる程、ラディだって命知らずじゃないだろ。ラディだけでなく、他にも関わった人間がいるとはっきり言われたら信用するしかないけど……さすがになぁ」
どこをつついても、ラディからボロが出そうにない。何を聞いてもちゃんと答えるし、つじつまも合っている。これが嘘なら、どれくらい大がかりなものなのか。
かと言って、すぐに信用するにはぶっ飛んだ話だ。
異世界なんて、空想話もいいところである。異世界は存在すると言われているが、そこを「行き来する」となると話はまた変わってくる。
「そう言えば、ターシャがラディから話を聞くなら、金曜の夜か土曜の午後がいいって話してた。狙ったつもりはないけど、今日は金曜だな。何か関係あるのか?」
「そんなこと言ってたんだ。じゃあ、レリーナに聞いたのかな。ジェイが俺達を呼び出すのが多い日があって、それが土曜の午後なんだ。だから、前日に話を聞けってことじゃないかな。もしくは話を聞く前にぶっつけ本番で行け、みたいなことでさ」
こんな細かいとも言える部分にも、ラディはちゃんと答える。ターシャがラディとここまで口裏を合わせるとは思えないし、だとすれば……。
「ブラッシュ、俺があれこれ言っても信用しきれないだろ?」
「え? まぁ……すぐにって訳にはな。だけど、話の筋はちゃんと通ってる」
「だけど、話が異世界となると怪しいんだろ? だから、何かしてるのかって言われても、すぐには答えられなかったんだ。でさ……」
確かに、ターシャという魔法使いの存在がなければ、ブラッシュはきっとラディの話を信じることはできなかった。妄想もほどほどにしろ、と怒鳴りかねない。こちらは何かやらかしているのでは、と心配しているのに。
そう言われるだろうと考え、ラディがちゅうちょした事情もわかる。
「ジェイに言ってあるんだ。ブラッシュを連れて来ていいかって」
「は? 俺?」
予想もしてないことを言われ、ブラッシュはきょとんとする。
「ターシャがカロックへ行ったのは、レリーナと話すジェイを見たからってこともあるんだけど、俺が前からジェイにブラッシュのことを言ってたんだ。レリーナもそれを聞いていて、飛び入りの協力者がいてもいいかなって思ったみたいでさ。だからターシャを信用させるためにカロックへ連れて行った。実際にカロックを見れば、絶対に信じるだろ」
目の前にあれば、信じるしかない。
「それはそうだけど……お前、最初から巻き込むことありきで話すつもりだったのか」
「だって、これが原因でブラッシュとの友情が壊れるのは絶対避けたかったんだ。それに、ブラッシュだって話を聞いたら見てみたいって思うだろ?」
どんなに腕のいい魔法使いでも、そうそう別世界に行けるものではない。自分以外に証人が存在しなければ、本当に行っても作り話として処理されるのがオチだ。いや、証人がいても無視されかねない。
しかし、誰もが思っているはず。
本当に存在するなら、別世界というものを見てみたい、と。
「お前……人の好奇心を利用しやがって」
ラディの言葉に、ブラッシュは苦笑する。
確かにブラッシュも、その別世界というものを見てみたい。人間がおらず、竜が頂点に君臨しているという世界を。
「よーし、そこまで言うなら連れて行ってもらうぞ、そのカロックに。ジェイが呼びに来た時に、絶対俺も呼べ。俺だって、信用したいけどしきれない、なんて状態がこの先も続くのはいやだからな」
ブラッシュの返事に、ラディは心の中で「よしっ」と拳を握った。これでようやくブラッシュと話がついた形になったのだ。
「わかった。これまでのパターンだと、明日の午後か明後日にジェイが現れるんだけどさ……仕事、大丈夫?」
「どうにかして、何とかしてやる」
「そんなに気合い入れなくても……」
「異世界だぞ。気合いも入るってもんだろう」
「それはそうだろうけど。あ、カロックへ行くと、ブラッシュの魔力がレベルダウンするみたいなんだ。ターシャもそうだったみたいだし。それでも」
「行く。ここまで聞いて、何もなしにさせてたまるか」
たとえラディと同じレベルになるとしても、今のブラッシュなら行くと答えそうだ。
とりあえず、ラディとしてはブラッシュにカロックの話をする、という課題をこなせたことで、ようやく一息つけたのだった。





