救出
雪牛の突進に便乗して近付いた魔物がレリーナをさらったのかと思ったが、ジェイもデアゼルトも魔物の気配はなかったと言う。
そうなると、レリーナはどこへ行ったのか。
突進コースから逃げようとして、それぞれがコースの左右に分かれた。ターシャがレリーナに一番近い位置にいたはずだが、何かあった気配は感じられなかった。彼女もこんな状況は初めてで逃げるのに大変だったから、周囲で何が起きているかをしっかり把握はできていない。
そういった一瞬の間に、レリーナは消えてしまったのだ。
「ジェイ、この辺りに俺達をどこかへ飛ばすような奴はいないのか? もしくはそういう空間とか」
これまでもレリーナはそういった魔物や状況下でよそへ飛ばされたりしている。ラディはその可能性を尋ねてみたが、ジェイは否定した。
「ここはそんな特殊な環境じゃない。飛ばすような奴は……新参者がいたら、そいつがどういう力を持ってるかまではな。でも、気配はなかった」
「魔物じゃないなら……とにかく、レリーナに連絡を取ってみる」
新しい水晶を入手しておいてよかった。割れたまま放置していたら、また何もできないままでいるところだ。
「通信魔法ね。あ、でも待って、ラディ。ちょっと落ち着いて」
ターシャが水晶を持つラディの手を押さえた。
「でも、早くレリーナの無事を確認しないと」
「ええ、わかってるわ。だけど、今のあなたが通信したら、叫ぶようにして彼女を呼ぶでしょ」
「それは……そうかも知れないけど」
レリーナ、無事かっ。ケガしてないかっ。どこにいるんだ。
そういったことを、きっと矢継ぎ早に質問しそうな気がする。早口で言っても、レリーナだってすぐには答えられない、とわかっていても。
「もう一度言うわ。落ち着きなさい。事態が深刻なのはわかってるわ。でも、待って。レリーナが持っているのは同じ水晶? そこからあなたの声が周囲に大きく響いた時のことを考えなさい。もし彼女が魔物に囲まれていたら? あなたの声に刺激された魔物が、レリーナを襲うかも知れないわ。もしくは、彼女がどこかに隠れて魔物をやりすごそうとしている時に、あなたの声がしたら気付かれるでしょうね」
ありえそうな状況を淡々と言われ、ラディは黙り込む。そんなことを考えたこともない。
「私達もはぐれた仲間に連絡を取ろうとすることがあるわ。だけど、できるだけ小さな声で始めるの。今言ったようなことが仲間に起きてないと確認できるまではね。声を出せない場合もあるわ。さっき言ったように魔物が近くにいたり、ケガをしていたりする場合ね。その時は軽くでもいいから水晶を叩くとか、何かの反応をしてくれって言うの。かすかでも相手からの返事があれば、後は臨機応変に対応するのよ」
「……」
「だてに場数は踏んでないなー」
横で聞いていたジェイが感心している。それはラディも同じだ。
以前にレリーナがいなくなった時、水晶で彼女と連絡を取ろうとした。一度は彼女の水晶が近くに転がっていたので連絡は取れず、二度目はラディの水晶が割れたので連絡の取りようがなかったのだ。
しかし、もし取れる状態であれば、ラディはきっとレリーナの名前を叫んでいただろう。そのことで彼女がピンチにおちいるかも知れない、なんてことは考えずに。
助かるはずの命が、自分の考えなしの行動で消してしまう。そんなことは絶対にあってはいけないのだ。
「少しは頭が冷えた? 魔物が近くにいたとしても、さっき寒さしのぎのために結界を張ったでしょ。二重三重に張ってあるんだから、そう簡単にレリーナだってやられたりはしないわ」
「わかりました」
ここが火の山ではなく、雪と氷の世界でよかったかも知れない。寒さとターシャの言葉で、ラディは頭が冷えて少し落ち着きを取り戻した。
一度深呼吸してから静かに通信魔法の呪文を唱え、ラディはレリーナの名前を呼ぶ。落ち着いたと言っても、水晶を握る手には知らず力がこもっていた。
「……ラディ?」
その声に、全員の顔が明るくなる。確かにレリーナの声だ。
「レリーナ、ケガはしてないか?」
「うん。えっと……自分がどこにいるのか、わからないの」
聞かれる前に、レリーナが先に報告する。
「周囲に何があるか、聞いてみて」
ターシャに言われ、ラディはそれを伝える。
「暗くてよくわからないわ。小さな火を出してみたんだけど、穴みたいな場所にいるみたい」
穴と言われ、ラディ達は顔を見合わせる。
「レリーナはここから落ちたらしいな」
何か痕跡がないか探していたデアゼルトは、地面が一部欠けている場所を見付けた。
下に地面がないのに雪がうっすら積もり、それが凍ってその上にまた雪が……という、雪の崖ができている。雪牛のコースはしっかりした地面があるが、逃げた方は雪や氷でせり出したまがいものの地面だったのだ。走って来たレリーナの重みに耐えられず、崩れてしまったらしい。
そっと覗き込んでみると、何かが滑り落ちた後も見えた。
「じゃあ、この先にレリーナがいるってことか。だけど、穴?」
「行けばわかるって。ラディ、通信は切るなよ。水晶同士のつながりをたどるから」
目には見えなくても、ラディとレリーナの水晶には通信魔法によりつながりができている。ジェイにはそれをたどって行くことができるのだ。
レリーナには何もしないで待つように言い、ラディ達はデアゼルトに乗って滑り落ちた跡をたどって崖下へと向かう。
しばらく降りて行くと、大きな雪の山があった。二階建ての家三軒分くらいの幅と高さがありそうだ。雪が積もった結果の山なのか、こういう地形に雪が積もったのか。ここだけピンポイントに降るだろうか、という疑問もあるが、普通ではない場所ならそれもありだ。
「この向こうだな」
「雪の中にレリーナが埋もれてるってことか? だけど、それなら話ができるとは思えないし。レリーナ、息はちゃんとできてる?」
「うん、一応」
埋もれているなら話はもちろん、呼吸するのもかなり難しくなってくるはず。気分的に息苦しいかも知れないが、レリーナはちゃんと会話ができている。
「滑り落ちてここにあった穴の奥に入ったんだ。穴の中のどこかに当たった時の震動で、穴の出入り口を上の方にある雪が落ちることでふさいだ。そんなところだろ」
「雪で光を遮られているから、暗いって言ってたのね」
レリーナを助けるために火で雪を溶かすことは簡単だが、それをすると余計な魔物が現れるというおまけがつく。それに、へたな溶かし方をしたら穴そのものが崩れるという危険性も生じてしまう。この雪山そのものの強度や雪山の中にどれだけの空間が広がっているかによっても、危険度が変わるだろう。
「まずはこの雪山を凍らせて固めてしまおう。で、風か水でレリーナが出られるくらいの穴を開ければ、生き埋めになるのは避けられるだろ」
「ジェイの意見に賛成。雪を掘って全体が崩れる、なんて二次被害は絶対に避けたいもの。凍らせるなら、私にまかせて」
ターシャが一歩前へ出る。ラディは水晶でレリーナにこれからすることを伝えておいた。
「この辺りに水晶のつながりがある。つまり、レリーナに一番近いのはここだ。凍らせるなら、この周辺を頼むなー」
「わかったわ」
ジェイに凍らせる部分を指定されると、手慣れた様子でターシャは呪文を唱える。すると、目の前にある雪山の表面がどんどん凍っていった。背の高い人間二人分くらいの幅で氷の壁ができる。雪山に氷の扉ができたみたいだ。
ターシャの魔法が終わってラディが軽く叩いてみると、確かに固い。魔力が落ちてると話していたはずだが、あっという間だ。それだけ技術がすごいということか。
すごいな。周りから「氷の……」って呼ばれるのは伊達じゃないってことか。
「これでいいかしら。ジェイが言った辺りを重点的にやったわよ」
「うん。これくらいなら、多少の衝撃を与えても簡単に崩れることはないだろ。あとはここに出口を開けてやらないとな」
「じゃあ、次は俺が」
ラディが風の刃で氷を攻撃する。
固っ。カロックに来て上級2くらいのレベルになったって言ってたよな。それでこの頑丈さなら、実力を出したら鉄くらいの固さになるんじゃないのか?
確かにラディの放つ風の力は氷に当たっているが、かすり傷くらいしか付かないのだ。それだけターシャの力が強く、氷が固いということ。岩並みの固さに驚いたが、顔には出さずにラディは風を出し続ける。
やがて、氷の一部に小さな穴ができた。ここで爆裂が使えれば一気に広げられるのだが、さすがにそれをやるとターシャのしたことが無駄になる。ラディはさらに風の力を向け、地道に穴を広げる。
「私がやってみようか。亀裂が入るなどして危険だと判断したら、補強してくれ」
デアゼルトが進み出て、穴の付近を前脚で叩く。加減しているのだろうが、穴の周囲がどんどん崩れた。それを見て、ラディが水晶でレリーナに話しかける。
「レリーナ、そこから光は見えてる? こっちはそこそこの穴ができてきたけど」
「うん、見えてる。がしがし聞こえてるけど、何してるの?」
「デアゼルトが氷を足で蹴り割ってくれてるんだ」
やがて、人間一人くらいなら少しかがめば通れそうな穴ができる。
「レリーナ、聞こえる? こっちに来られそうか?」
「うん。行けるわ」
穴の向こうから、水晶を通さずにレリーナの声が聞こえた。氷の壁の厚さは、ラディのひじから指先くらいまで。中と外からお互いに手を伸ばせば、十分につながる距離だ。
「レリーナ、こっちに手を伸ばせ。引っ張り出すから」
ラディが中へ手を入れ、その手にレリーナが掴まった。彼女の両手を掴むと、ラディはそのまま引っ張り出す。レリーナの腕、頭、肩辺りまで現れると、ターシャもレリーナの腕を引っ張り、デアゼルトが襟首をくわえて引き出した。やがて、全身が現れ、レリーナは完全に穴の外に出る。
「レリーナ、ケガしてないか?」
「うん……急に閉じ込められて、怖かったけど。ケガはないわ、たぶん」
寒さと興奮で感覚が麻痺しているので、ケガをしていても痛みがわからない。それでも、結界があるからケガをしていても擦り傷程度のはずだ。
「よかった、無事で……」
ラディは大きく息を吐きながら、レリーナの冷たい身体を抱き締める。レリーナは一気に血が上る気がした。
以前にもこんなことは二度ばかりあったが、その時はジェイと魔獣だけだった。今はターシャがいるので余計に恥ずかしい。
だが、レリーナはラディを押しのけることはできなかった。
雪牛の突進から逃げていたつもりが、気が付くと坂道らしき所を転がり、次に気付くと暗い穴の中に倒れていた。意を決して火を点け、周囲の様子を窺ってみたものの、雪の壁があるばかりの狭い空間で他には何もない。火は自分の魔力が続く限り燃えてくれるが、怖くて仕方なかった。
そんな時に落ち着いたラディの声を聞いて、涙が出そうになってしまう。そして、彼とこうして再会し、力が抜けそうだ。ラディを押しのけられないのは、その力がないのと、彼の温かさが嬉しいから。
今だけは雪や氷の冷たさを全く感じなかった。





