どきどき
いつもより出発の時間が少々延びてしまったが、一行はキウの森へ向かった。ムーツの丘から北へと進む。
セルフィの身体はひんやりしていたが、乗っているうちにすぐわからなくなった。翼はないが、なめらかな動きでセルフィは空を進む。
雨が降っていたムーツの丘を離れると、空はカロックで見慣れた青になった。しばらくその色が広がっていたが、やがて目的地が近付くにつれて再び空が灰色になる。聞かなくてもそろそろかな、とわかった。
小雨が降って景色がかすんでいるため、遠くまでは見渡せない。来るまでにも所々に森は広がっていたが、雨が降っているのはこの周辺だけだ。
「ジェイ、どこへ降りればいいのだ?」
いつものように、頭にちょこんと乗っているジェイにセルフィが尋ねる。大きな身体の小竜に、小さな身体の大竜が乗っている、というのも妙な図だ。
「もう少し先へ行ってくれ。セルフィが降りやすそうな場所があれば、そこでいい」
ジェイに言われた通り、さらにしばらく飛び、セルフィは木々の隙間が大きい所を見付けて降下した。
「……普通の森っぽいわね」
雨が降る緑の森。
目的地であるキウの森は、どこにでもありそうな森だ。木が特別変わっているでもなく、風が少し吹くと葉の揺れる音が聞こえる。足下は来る前に聞いた通り、苔に覆われていた。踏む度に、微妙な音がしてじゅわっと水が染み出す。苔がない部分もあるが、そこは水たまりができていたり、水分をたっぷり含んだ泥があるだけ。
どんな魔物がいるかはともかく、こうして見る限りは特殊な森に思えなかった。
「この森はだいたい、こんなもんだよ。所々で雨以外のものが降るってだけでさ」
「……たぶん、その所々ってのがたくさんあるんだろうな」
背筋が寒くなるような現実も、ジェイが言うと本当にどうってことないように聞こえる。だが、それを鵜呑みにするとラディ達が大変なのだ。気を引き締めてかかる必要がある。
「ジェイ、今回の使用魔法は?」
「雷。と言っても、手の上で火花が軽く出るくらいでいいぞ」
「雨の森で雷か。まさか森の中で嵐にならないよな」
「そうなったって、その結界があれば平気だろ」
「簡単に言ってくれるよなぁ」
雨はともかく、この結界で雷がどこまで回避できるだろう。この森は雨やその他のものが降るとは聞いたが、雷が落ちるとは聞いてないので……鳴らないことを期待したい。
ラディはジェイに言われたように、手の平で火花を起こした。この力が大きくなれば、雷になるのだ。今は静電気より弱いレベル。
「こんな程度でいいのか」
「うん、いいんだ。これでちゃんと感じ取れるから。こっちだ」
ジェイが指さす方へ、全員で歩き出した。セルフィは鎌首を上げるような体勢で、わずかに宙を浮いて移動している。四肢が短いので、歩いて移動するのは向いていないのだ。そういう移動の仕方を見ていると、ジェイとよく似ていると感じる。
「今週と来週の授業が逆ならよかったのに……」
レリーナが残念そうにつぶやいた。
「ん? 授業で何かあったのか?」
「そうじゃないわ。来週、雷を習うの。使う魔法がわかっていたら、少しくらい練習しておけたのになって思って」
やり方は何となくでもわかるが、レリーナにはまだコントロールが難しい。手の平で軽く、と言われても、少し失敗しただけで攻撃するつもりかと言われそうな力になってしまいかねないのだ。
「やってもいいぞ、レリーナ。呪文がわかってるなら、できるだろ。大きな力を使う必要がないから火花程度にって言ったんだ。力が暴走したって、それが雷魔法であれば問題ないから」
「ジェイに問題なくても、森にとっては問題ありでしょ。間違って木が焦げたりしたら、かわいそうじゃない」
「多少の焦げなら、自然に回復するって」
本当にいいのだろうか。ジェイに言われ、レリーナがラディの方を見ると「やってみれば?」とこちらも軽く言われた。
「セルフィ、当たったらごめんなさい。先に謝っておくわ。セルフィなら、あたしの魔法なんて軽くかわせるでしょうけど」
「当たっても、レリーナの魔力なら大した影響はない」
「それはそれで悲しいんだけど」
予習とばかりに、レリーナは雷の呪文を唱えた。さっきラディがやったような火花程度に、というのは逆に難しい。目の前に雷を落とすつもりで唱えた。
レリーナ達の進行方向の地面に、幾度も折れ曲がった光の線が落ちる。
それなりにできた、とレリーナが思ったのも束の間。
「ぎゃっ」
何かが悲鳴をあげ、泥の塊のようなものが地面から飛び跳ねた。
「な、何っ?」
「おー、レリーナ、すごいじゃんか。まともな雷だし、隠れてた魔物まで攻撃したぞ」
「え……ええっ?」
ジェイの言葉が終わると同時に、雷が落ちた周囲の泥が動いた。レリーナ達の足下はほとんどが苔に覆われているのだが、一面にしっかり敷き詰められている訳ではない。所々にタバコの焦げ跡のように黒い泥の部分が見えている。その歪んだ楕円のような泥が動いたのだ。
じわじわと這うように移動し、その動きと同時に泥から水かきの付いた手足が現れる。
「カエルっぽいな。泥みたいな色で待ち伏せしてたって訳か。んー、結構いるなぁ。カエルは苦手じゃないけど、これだけいるとちょっと……」
単なる泥の部分もあるようだが、動くものに関してはカエルの姿に似た魔物だ。そのうちの一匹に、レリーナの雷が直撃したのである。気付かれたと勘違いし、獲物を襲うべくして動き出したらしい。
深い緑色の苔とは色が違うから擬態とは言えないが、雷が直撃するまで気付かなかったのだからうまく隠れていたとも言える。ざっと見ても四、五十匹くらいはいそうだ。
「ジェイはああなることを狙っていたのか?」
「そうでもない。当たればラッキーくらいな感じでさ」
セルフィの問いに、ジェイは軽く答える。
「当たらなくても、たぶんびびって動き出すかなって読みはあったけどな」
「ジェイ! カエルがいるならいるって言ってよ」
「こいつら、水には強いけど氷には弱いから」
ジェイは「まぁまぁ」と言いたげに短い前脚を振り、さっさと弱点を言ってしまう。
「寒さには弱いってことか。その辺りはカエルっぽいな」
ラディは泥が動く辺りに氷の槍を降らせる。踏みつぶされたような声を出し、泥のような魔物は次々に消えた。セルフィは冷気を吐き出し、カエルの背中部分が白くなる。凍えているのか、目に見えて動きが鈍くなった。
そんな仲間の状態を見てか、他の泥、もとい魔物がそうなる前に飛び跳ねて襲いかかろうとする。レリーナは総毛立ち、気が付くと風の呪文を唱えていた。風の刃ではなく、竜巻より一歩手前のような強い風が吹く。宙を跳んでいた魔物はバランスを崩し、無様な格好で地面に次々と落ちた。
「ほう、いい風だな」
セルフィがほめてくれるが、レリーナはそれどころではない。見るだけならがまんもできるが、女の子の大半がそうであるようにカエルは苦手だ。それが一斉に跳ねて襲いかかって来たら、あっち行けーっ、となる。そんな気持ちが相まって、強い風が魔物を吹き飛ばしたのだ。
「かなりのダメージみたいだな。ジェイ、一掃する必要がないなら、今のうちに通り過ぎよう。後々のために力は温存したいから」
「そうだな。んじゃ、こっち」
ジェイが差す方向へ全員が向かう。苔の上にはひっくり返ったカエルのように、魔物が手足をぴくぴくさせている。襲って来る余力はないようで、ラディ達はその横を速やかに通り過ぎた。
「レリーナ、風魔法の腕を上げたな。俺もうかうかしてたら追い抜かれそうだ」
「あんな風、あたしも初めてよ。気持ち悪かったんだもん。……やだっ、何、あれ!」
行く先に何かを見付け、レリーナはラディの腕にしがみつく。
「ああ、さっきの魔物をエサにしてる別の魔物だな。気配に気付いて向かってる途中かも」
カエルの天敵そっくりの姿をした魔物は、やはり黒っぽい土の色をしている。さっきの数より少ないが、その分身体が大きい。いや、この場合は長いと表現するべきか。
よく見ると、非常に短い手があるのが見えた。蛇かと思ったが、トカゲに近いらしい。もっとも、レリーナにはそんな短い手足の有無など、どうでもよかった。こういう姿の生き物に対する嫌悪感はそう変わらない。
新手の魔物は、さっきのカエル達をエサにしている。ということは、ラディ達が来た方へ向かおうとしていて、結果的に「ラディ達に」向かって来る形だ。素通りしてくれれば文句はないのだが、ついでだと思ったのか、邪魔だからのけと言いたいのか、牙を見せて威嚇してくる。
「おとなしく毒牙にかかれと思っているようだな」
セルフィの冷静な口調。その内容からして、相手は毒持ちだ。
「レリーナ、さっきみたいな風で吹き飛ばすっての、どう?」
「ジェイ、こんな時にからかわないでよ。同じことができるとは限らないでしょ」
そう言ってる間にも、魔物はこちらへ近付きつつある。
「ジェイ、弱点はさっきと同じか?」
「ここにいる魔物はだいたい似たような奴ばっかりだから、弱点もそう変わらないな」
ジェイの説明に、レリーナは青ざめる。この先、こんな魔物ばっかりなんて最悪だ。
「そうか。レリーナは俺の後ろに隠れて」
ラディにそう言われ、レリーナはラディの腕にしっかりしがみついていた自分に気付いた。一気に頬が熱くなる。ラディの方は魔物を見据えていたので、そんなレリーナの様子には気付いていないようだ。
「奴らに毒があるなら、まず全体の動きを止めた方がよさそうだな」
ラディの呪文で、周囲に雪が舞う。さっきセルフィがやったように、相手の身体を冷やして動きを鈍らせる作戦だ。あの身体でカエルのように飛び跳ねるとは思わないが、毒を持つ魔物はそれだけで厄介だ。それが多数で迫って来るとなれば、危険度はさらに跳ね上がる。
たくさんで襲って来るところへ個別攻撃をしても、当たらなかった魔物に毒攻撃されれば倒されかねない。とにかく、ここは相手の動きを全体的に止めるのが先決。
ジェイが言ったように、魔物の弱点はさっきのカエルと変わらないようで、一気に動きが鈍る。その上に、次々と岩を落としてつぶした。風の刃で斬る、という選択肢もあったが、少しでも早く見えなくする方がレリーナの精神衛生上いいだろうというラディの判断である。
「おー、見事全滅。あれじゃ、生きてても当分出られないな。別のグループが出て来ないうちに、さっさと行くか」
別のグループと聞き、レリーナの歩調が自然と早くなる。
あたし、勢いとは言え、思いっきりラディにしがみついちゃった……。
これまでにも怖くてラディとくっついた状態で歩いたことはあるが、一応同意の上だった。さっきは同意もへったくれもない。
カロックへ来るようになって、あんな状態がよく起きちゃうわね。ラディがあきれてなきゃいいけど……。
魔物を見た時とは別のどきどきが起きる。
毎日のように練習してるんだろうな。氷や吹雪もスムーズだったし、岩だって人間より大きな物が出せて。あたしもがんばらなきゃ。さっきみたいなことになって、ラディの足手まといになったりしないように。
さっきみたいな、と考えた時、せっかく落ち着きつつあったどきどきがまた激しくなる。
やだ、もう……。これじゃ、協力者の役目がちゃんと果たせなくなっちゃう。
☆☆☆
場所によって、小雨や大雨、霧雨などが降る。さすがに「雨降りの森」の名は伊達じゃなかった。こういった水分の多い場所柄か、両生類やは虫類の姿に近い魔物がよく現れる。その度にレリーナは大小の悲鳴を上げていたが、それでも懸命に目の前の敵を排除するべく、呪文を唱えた。
こつん
あるエリアに来た時、間近で何かが当たる音がした。音は本当にすぐ近くだ。ラディが周囲を見回すと、また同じ音がした。
「ラディ、結界を少し強めておけ。降り方によっちゃ、破られるかも知れないから」
ジェイに言われ、ラディはレリーナと自分に張った結界を強化する。その間にもこつんという音が近くで聞こえた。
何の音だろうと不思議だったが、目の端に映ったそれを見てやっとわかった。結界に石が当たっているのだ。その石は上から……空から降ってくる。ここへ来る前にジェイから聞いていた石の降るエリアに足を踏み入れたのだ。
「この石、思ったより大きいな。もっと小さな石が降ると思ってたのに」
てっきり小石くらいだと思っていた。しかし、実際に降る石は親指と人差し指で丸を作ったくらいのサイズ。降るにはかなり大きい。これが直接頭や顔に当たれば、間違いなくケガをする。
「ジェイやセルフィは平気なのか?」
「これ以上大きくなると、うっとうしいが」
「セルフィ、うっとうしいで済むレベルなの? 目に当たったりしたら、大変よ」
降って来た石は、ジェイの話通り、地面に落ちると吸い込まれて消えていく。石が土に吸い込まれるなんて、不思議だ。
「その時はよける。心配するな。ジェイなら、さっきラディが出した岩より大きな物を出しても、どうということはない」
「ジェイってそんなに丈夫なのか」
「ああ、オレは頑丈だぞー。石頭ならそうそう負けないからな」
言ってるそばから、ジェイの頭に石が一つ落ちた。石はジェイに当たった途端、砕けて散らばる。
「ああ……ジェイの言うことが真実だって、わかったよ」
「この石の雨って、どこまで続いているの?」
「こういうのが降るエリアはそんなに広くない。少し歩けば、また普通の雨になるよ」
それなら早くこの場所から抜けようと、一行は足を速めた。
「あ、やな奴が出て来たな」
ジェイが止まって見た方向を、ラディとレリーナも見る。
「殻回りか」
「え? 空回り?」
セルフィのつぶやきに、二人して聞き返す。
そこには、どう見てもかたつむりにしか見えない生物がいた。十匹くらいだろうか。
「あんなでっかい奴、初めて見た」
ラディの感想に、レリーナも同感だった。
そこにいるのは、形としてはかたつむりなのだが、大きさは中型犬くらいもある。つまり一抱え程もあるかたつむりなのだ。殻も頑丈そうで、さっきから降る石の雨に当たってかんかんといい音をたてているが、平気そうにしている。殻ではない部分に当たっても、少しめりこんで弾いているようだ。殻以外の部分は柔らかいので、衝撃を吸収させてから弾き返しているらしい。
「ねぇ、何がやな奴なの?」
「あいつら、足がないくせに移動が速いんだ」
「速いって……どうやって移動するんだよ」
「たぶん、こっちに突進してくるから、気を付けろよ」
「ええっ、あんなのが突進するの?」
話をしている間にも、殻回りと呼ばれた魔物は攻撃準備に入っているようだ。ゆっくりと身体を殻の中へと入れて行く。
「中にこもったら、移動なんてできないだろ」
「逆だよ。殻にこもって移動するんだ」
そう言っている間に、一匹が完全に殻の中に入った。その途端、殻を回転させて魔物がこちらへ転がって来る。
「え、そう来るかぁ?」
魔物は馬車の車輪のように、殻を回転させることで移動して来た。確かにこれなら殻にこもる必要がある。
「殻を回転させて……殻回りって、そういう意味か」
ラディは目の前に防御の壁を出した。だが、その壁の前にセルフィが出る。
「おい、セルフィ。ぶつかるぞ」
壁があるのだから、セルフィがかばおうとする必要はないのに。レリーナも魔獣の名を呼ぶが、彼はその場から動かない。
何か考えがあるのかと見ているところへ、魔物が転がって来た。セルフィはそれを尾で弾き返す。投げられたボールを打ち返したように、魔物は宙高く飛んだ。放物線を描き、地面へと落ちる。
ここに降る石の雨が当たっても平気そうだったが、木の上から落ちたような衝撃はさすがに平気でいられなかったらしい。殻の中央にひびが入り、横向けに倒れてしまったので自力で起き上がることができないでいる。
「出すなら、もう少し頑強な壁を出せ。勢いによってはその結界も、壁もろとも破られるぞ」
「わ、わかった。今のセルフィみたいに、壁で奴らを弾き返すのがよさそうだな」
回転を始めたら、吹雪を出しても動きを弱める前に逃げられてしまう。向こうが体当たりをしてくるなら、完全防御するしかない。真っ向勝負だ。
「ラディは壁に集中してろ。レリーナはオレと吹雪。わずかでも足止めするんだ」
「わかったわ」
これまでの魔物同様、殻回りも氷結には弱い。動き出した相手に与えられるダメージは弱いかも知れないが、全く影響がない訳ではないのだ。動きが悪くなれば、別の攻撃でさらにダメージを与えられる。
殻にこもった殻回りが、ラディに向かって突進してきた。ガラスが割れるような音が響き、ラディの出した壁が割れる。しかし、殻回りも壁に当たった衝撃で跳ね返った。
「まだ弱いぞ」
「くそっ」
セルフィに言われるまでもない。さっきセルフィが魔物を打ち返した時は、ボールのように宙を飛んだ。ラディの壁は動かないということもあるが、強さが足りないので勢いが相殺された。要するに相打ちだ。こちらの壁がもっと強ければ、魔物は自分がつけた勢いによって弾かれるはず。
「ジェイ、吹雪はまかせるわ」
「いいけど、何するんだ?」
「障害物があれば、スピードも殺せるでしょ」
レリーナは氷の槍を出すと、地面にそれを次々と落とす。ラディの方へ突進しようにも氷の槍が邪魔だ。それを折りながら進むにしても、今よりはスピードが落ちるはず。
迂回して攻撃されないよう、レリーナは自分達の周囲にも氷の槍を落とした。槍はラディが出すものより細く短いが、障害物には違いない。それに、氷でできているから吹雪による気温低下の助けにもなる。
そんな防衛準備をしている間に、次々と魔物が回転を始めた。一匹が道を作るように突進し、その後を他の魔物が続く。
「連続でなんて、行かせないわ」
仲間の後を追うということは、魔物達はほぼ一列で突進することになる。そうなれば、攻撃がやりやすい。わざわざやられる隊形を作ってくれているのだ。
レリーナは、そしてそれを見たジェイも、魔物に対しても次々と氷の槍を落とす。ほぼ一直線に並んでいるので、命中率はきっと今までで最高だ。
仲間が攻撃しやすいための道を作っていた先頭の魔物はラディの壁に激突したが、吹雪の効果でさっきの魔物より勢いを失っており、大きな音をたてて跳ね返った。ラディが壁を強化したことも効果ありだ。
他の魔物も、殻に氷の槍を突き立てられてスムーズに転がれないでいる。石の雨が当たっても跳ね返していた殻だが、勢いをつけて落とされた氷の槍が相手では無傷ではいられない。致命傷とまではならないが、ちょっとした針山状態だ。
そんな中で、出遅れた魔物が一匹いた。氷でほとんど動きを封じられた仲間達が地面に転がるその上を通り、ラディの方へ回転する。まさに仲間を踏み台にして、攻撃をしかけてきたのだ。
だが、平坦な地面を転がるのとは勝手が違う。何かに当たったらしく、その勢いで宙に跳ねた。それでも、方向はラディ達のいる方だったため、跳ねたことで上から突撃するような形になる。
ラディは魔物が地面を回転して突っ込んで来るので、防御の壁を自分の身長よりやや下の高さまでしか出していなかった。少しでも強化するための力を込めるためだ。それが上から攻撃されては、防げない。結界は張ってあるが、ほとんど雨よけのようなもの。
ヤバい、と思ったその瞬間。黒い影が目の前に現れた。ぱしっと音がして、飛んで来た殻回りが逆方向へと吹っ飛ばされる。
「世話が焼ける奴だ」
セルフィが最初の魔物にやったように、尾で弾き返したのだ。魔物は木にぶつかり、下へ落ちて転がった。
「ありがとう、セルフィ。助かったよ」
「まだ終わってないぞ」
言われて周囲を見ると、地面に転がっている殻回りが殻から出て来ている。
「やだ、もう。何なのよ、この魔物は」
レリーナが悲鳴を上げた。
「かたつむりって、殻と一心同体のはずでしょ。どうして離れるのよっ」
殻にくっついていると思っていた中身が、鎧であり武器である殻を離れているのだ。
「あいつら、今持ってる殻が悪くなったら、別の殻を捜すんだ」
「それ、やどかりだろ。……カロックにいるかどうか知らないけど」
「やーだー、気持ち悪いー」
殻がなくなれば、なめくじとの違いがわからない。しかも、相手は大型。レリーナが気持ち悪くなるのは仕方がない。ラディだって、ずっと眺めていたい相手ではなかった。
「ジェイ、さっきの氷で何とかなったんじゃなかったの。どうしたら消えるのよ、あれ」
「レリーナ、落ち着いて。俺が何とかする。見なくていいから」
今にもしゃがみ込みそうになるレリーナを、ラディは左手で抱き寄せる。その後、ジェイを見た。
「ジェイ、火を使っていいか。周囲に火花が飛ばないようにするから」
殻を捨てた殻回りがどういう行動に出るにせよ、何かする前にとどめを刺した方がいい。単に動けなくするより、確実に燃やそうとラディは考えたのだ。
「それなら、あいつらの下で爆裂起こした方が被害も少なくて済むぞ。奴らの真下にある苔が焼けるくらいだからな」
「わかった。ジェイも半分頼む」
ラディは魔物の下で次々に爆裂を起こす。火と土の力に包まれ、ゆらゆらと身体を揺らしていた殻回りだが、やがてその姿を消していった。数はこの森へ来て一番少なかったので、時間はさしてかからない。
「レリーナ、もういなくなったから」
「……ん」
涙目になりながら、レリーナはラディの顔を見上げた。
「ごめんね、ラディ。あたし……」
縮こまるだけで、ラディにまかせてしまった。同じ協力者なのに、ラディにばかり負担をかけて。がんばろうと思った矢先にこれでは、先が思いやられる。
「気にするなよ。この森はレリーナの苦手な奴が多いみたいだから、無理しなくていいんだ。できることだけやってくれれば。ジェイにとっては試練だけど、俺達にとってのテストじゃないんだしさ」
「そうそう。できる奴がやればいいんだ」
ジェイの口調はいつものように軽い。レリーナを慰めようとしているのではなく、本当にいつもの調子で。そのおかげでレリーナも少し気持ちが軽くなる。
「ジェイ、先はまだ長いのか? かけらの気配とやらは」
「だいぶ近付いてるぞ。気配もずいぶん強くなってるからな。お、いつの間にか石の雨もやんでるな。土砂降りにならないうちに、早く行こうぜ」
確かに石はもう降っていない。ここに居残る理由はないので、一行は急いでその場を後にした。





