火の山
炎獅子はリジオルと名乗った。身体全体はうっすらと赤く、たてがみの炎は濃いオレンジにも見える深い赤。ラディもレリーナも普通の獅子を実際に見たことがない。だから比べようもないが、リジオルは牛より少し大きいので、本での知識と照らし合わせればかなり大きいと言えるだろう。
翼などはないが、リジオルが今いるのは空中。つまり、空を駆けているのだ。魔獣には翼がなくてもこうして飛べる種族も多いので、リジオルはその仲間ということになる。
「あたし、リジオルは火の魔獣だから、もっと身体が熱いと思ってたわ」
たてがみも燃えているし、正直なところ、乗るのが少し怖かった。でも、温かいと言える体温で、たてがみに触れても熱くない。
カロックで初めて呼び出した炎馬のリーオンもたてがみが炎だったが、熱くはなかった。リーオンは身体が白くて炎が青かったがリジオルは赤いので、見た目の感覚で全体的に熱そうに思える。でも、実際は温かいと思う程度。
「熱くなるのは戦う時だ。年中身体から火を出してる奴もいるが、俺様に言わせれば弱いだけだな」
「え、どうして弱いの? 身体から火が出てたりしたら、あたしは怖くて近寄れないわ」
そんな魔物が近くにいれば、結界なしには近付けない。身体に触ることはもちろん、近付くだけで強い熱気に火傷してしまいそうだ。
「だいたいの奴がそう感じるだろう。それが狙いだ。本当の自分は弱いので、火を出して他の奴らを近付けないようにさせる。そうやって身の安全を守っているんだ」
「言われてみれば……。あたし達の世界にも、火じゃなくても似たような状態で敵から身を守る動物はいるもん」
「火に属した奴や火を恐れない奴にすれば、そんなこけおどしの火など一つ吠えたら終わりだがな」
リジオルなら、そういった魔物なんて簡単に噛み砕いてしまいそうだ。
「ただし、自然発生的に火をまとっている奴もいる。その点は見誤るなよ」
「それって……どういうこと?」
「魔物にも色々いるってことだよ」
いつものように、魔獣の頭にちょこんと座っているジェイが会話に加わる。
「身体の中に炎のかたまりを持った奴がいる。そいつは敵を遠ざけようって意識がなくても、火が勝手に身体から出て来るんだ。単に火の鎧をまとってる奴と違って、そういう奴は内に強い火のエネルギーを持ってる。必要がないなら、そういう奴と関わるのはやめた方がいいな。倒すにしたって、時間がかかるしさ」
「それってどうやって見分ければいいんだ? 何か方法とか」
「ない」
「何だよ、それ」
ジェイの返事は身もふたもない。見誤るな、と言われても、見分け方がないのならどうしようもないではないか。
「この魔物はこのタイプ、あいつは別のタイプって覚えるしかないな。リジオルみたいな強い魔獣とかオレなら、見ただけで感覚としてわかるんだけど。ラディ達には無理だろうしさ」
「んー、感覚って言われると困るよな」
人間の気配を読む力なんて、たかが知れている。明確な見分け方が存在しない限り、ジェイが言うように覚えるしかなさそうだ。
「俺様は人間という奴に初めて会ったが、本当に弱そうだな。うちのチビどもの方が余程力強く思えるぞ」
「うちのって、リジオルの子どものことなの?」
「ああ。つい最近生まれたばかりだ」
「そうなの? わぁ、見てみたいなぁ。かわいいんでしょうね」
「当然だ。俺様の子だからな」
魔獣にも親ばかというものはあるらしい。
そんな話をしているうちに、眼下に広がる景色が黒くなってきた。赤黒い大地が広がっているのだ。もちろん、草木は全くない。そのまま大地は隆起して、前方に高い山を形成していた。
「さっき、身体から火を出す魔物の話をしてただろ。この山は勝手に火が出るタイプな。地面の下に火が燃えていて、所々からその火がもれてるって感じだ。激しく吹き出すってことは……たぶん、あまりないけど」
「たぶん、なんだな」
出発する前、いつものようにラディは自分とレリーナに結界を張っておいた。もし結界を張らず、何も知らないままこんな場所へ連れて来られたら、あっと言う間に身体が火に包まれるだろう。
空から見渡す限り、火山のように頂上付近や斜面などから大きく火が噴き出している様子はない。だが、地面のわずかな割れ目に赤い線が走っているのを見ると、ジェイが言うように地面の下で火が燃えているんだろうとは想像できる。常に高温にさらされているから、地面は焦げて黒く見えるのだ。
今回、火の魔獣を呼べと言われたのも、ここへ来て山を見たら深く納得できた。水系の魔獣だと、力が弱ければすぐに蒸発しそうだ。
「一応、オレも結界を張っとくか。二重にしておけば、そう簡単にやけどはしないだろ」
ジェイの言う「オレも」は、自分にではなく二人の協力者にだ。今は子猫サイズの身体でしかないジェイだが、それでも大竜という種族には違いない。ここが火の山だろうが氷の湖だろうが、影響はないのだ。
いつもなら結界は俺がするだけなのに。少し強めろって言われたことはあるけど、ジェイが俺達に結界を張るってことは……それだけヤバい温度ってことかな。
いつもの軽い口調で話すジェイだが、ラディは大竜の行動の意味を考えて気を引き締めた。
中腹辺りということで、リジオルは適当な場所に降り立つ。もっとも、頂上かふもとか中腹か、という位置の違いだけで、この山の景色はほとんど代わり映えしない。
「うわ……結界があっても、空気が熱いってのがわかる気がする」
リジオルに乗っていた時も、山へ近付くにつれて温度が上がってきたことは感じていた。だが、実際に地面に足を付けると、そこから一気に熱が身体をはい上がってくるようだ。夏の気温の高さとは違う熱さが全身を取り巻いている。暑さではなく、熱さ。
「俺様は特に何も感じないが、人間なら生身ではまず耐えられないだろうな。魔獣も持つ力量によってはやけどを負うことになる。まぁ、炎属性でもないのにこんな場所に来るのは、余程のバカだろうがな」
「俺達にすれば、ここに立っているだけで本当に危険な場所ってことか。ジェイ、今回使う魔法は何だ?」
「ん……ラディとレリーナには危険度が高まって悪いんだけど、水魔法」
「ええっ?」
ジェイの言葉に、ラディとレリーナは思わず聞き返した。
「ここで水魔法を使う? この周辺にいる奴らを挑発するつもりか?」
横で聞いていたリジオルは、どこかあきれ顔だ。
リジオルを呼び出す前、水や氷の魔獣と来たらここに棲む魔物にケンカを売ってるような状態になる、と話していたのに。水魔法を使えば、誰と一緒に来たところで同じことになってしまう。
「だから、少しでも危険度が高くならないよう、ラディに火の魔獣を呼べって言ったんだ。一緒にいれば、それだけで壁になってもらえるからな。もちろん、ここへ来るのにいやな顔をされないって理由もあったけどさ」
火の山だから火の魔獣を、と単純に考えていた。目的地の環境に馴染みやすいから、と。
でも、力が強くさえあれば風や土、もしくは何にも属さない魔獣でもよかったはず。火の魔獣が一番スムーズに向かえるから、くらいに思っていたが、実はこういったもう一つの事情があったのだ。
「……わかった。今更ここで文句を言ったところで、使う魔法が変わる訳じゃないもんな。ジェイ、なるだけ少ない回数で済むように集中して探してくれよ」
かけらを捜すには、協力者の魔法が必要不可欠。そして、使う魔法はその都度変わる。今回水魔法を使うことはどうしたって避けられない。
「おう、やれるだけのことはする」
ラディは周辺に軽く水をまくイメージで、呪文を唱えた。現れた水の粒は、あっという間に蒸発してしまう。確認はしていないが、恐らく地面へ落ちるまでに全てが消えただろう。
「こっちだ」
気配を探るのに集中していたジェイが、ある方向に向かって歩き出した。
「あれでいいのか?」
話を聞いていても、やり方を完全に理解した訳ではないリジオルは不思議そうに後をついて来る。
「うん。今みたいなことを繰り返してると、ジェイにはかけらが……この試練で捜すものなんだけど、そのありかがわかるんだ」
ジェイは宙に浮かんでいるので、地面の熱さを直接感じることはない。だが、赤黒い地面を歩くラディとレリーナは結界があるにも関わらず、身体を取り巻く熱気だけでなく、靴の下でも熱さを感じた。靴がなければ、結界があっても足の裏が火傷に近い状態になりそうだ。リジオルは平気な顔をしている。火の魔獣なのに、その表情は涼しげにすら見えた。
上空からはあまり見えなかったが、こうして歩いていると地面のひびに赤い線が入っているだけではない。水たまりならぬ、火だまりがあちこちにあるのだ。赤い水たまりの正体はマグマだったりするのだろうか。レリーナがテストで弾き飛ばした的くらいのサイズだが、あれに足を突っ込んだりした場合、結界があっても無事で済むのか疑問だ。
「あー、やっぱり出て来たか」
ジェイが小さくため息をつきながら言う。
前方に火だまりと同じ色でトカゲの形をした魔物が現れていた。トカゲと言っても、子猫サイズのジェイより少し小さいくらいだ。一般的なトカゲに比べれば大きいが、魔物ならまだ小さい方になるだろうか。
黒い大地に赤い身体なので、どこにいるかわかりやすい。もう少し暗い赤にすれば、周囲から見付かりにくくなって安全だし移動もしやすいと思うのだが……そうするだけの知能や力がないのだろう。こちらとしては攻撃や防御がやりやすくなるので助かる。
かけらを捜す間に魔物が現れるのはいつものこと。だが、今回はいつも以上に出て来ないでほしいと思ってしまう。もっとも、その気持ちがカロックで通じることはない。
「水をかければ小さくなるってわかってるんだけどなぁ。ここでそんなことしてたら、別の奴がどんどん出て来るし……。土で押しつぶすのが一番安全かな」
ジェイがそう言うなら、それが一番得策なのだろう。リジオルも横で「それが妥当だな」とつぶやいている。それなら反対するべくもない。
ラディとレリーナは、魔物に取り囲まれる前に土の呪文を唱えて先制攻撃をかけた。





