進級前テスト
次の日。
フィールドに集合したクラスメイト達の顔は、どれも緊張していた。初めてこのクラスでテストを受ける者はもちろん、二回目以降であってもテストというのは少なからず緊張するものだ。
テストは一人ずつ受ける。それをクラスメイト全員が後方で見守る形だ。審査は担任の他に三名の魔法使いが術の出来を判断するが、それだけでも緊張するのにクラスメイトの視線が集中しているのでさらに緊張してしまう。
どれだけ緊張状態にあっても技をちゃんと発動させるため、という理由かららしいが、何にしても人の視線を感じるのはいやなもの。余計なプレッシャーがかかってしまう。間違いなく見られているとわかっているから、なおさらだ。
実際、そのプレッシャーに負けてまともにテストを受けられない、という見習いがいつも数人は出る。魔法使い協会出身で気弱な魔法使いを見かけることがない、というのはこの辺りに理由がありそうだ。
テストを受ける順番はランダム。見習いの名前が書かれたカードを、担任が無作為に取り出す。本当に無作為かどうかはともかく、自分の順番がいつ回ってくるかは知りようもない。これもまたプレッシャーの一つだ。
一人目、二人目と続くが、ラディの名前はなかなか呼ばれない。いっそ早く終わって楽にしてくれ、と言いたくなるのはいつものことだ。
そつなくこなす者、失敗が続いて明らかに不合格とわかる者など様々。あの状態はどう判断されるだろう、という微妙な状況の者もいて、それは最後に合格者発表で名前が呼ばれるまでわからない。これもまたつらい時間だ。
ラディは後半の後半で呼ばれた。後に残っているのは二人だけだ。
まず、定められた位置まで進むと結界を張った。担任のラオクが「始め」と言った途端、どこからともなく火の弾が飛んでくる。多少の傷ならともかく、破られた状態によってはここでもう不合格だ。ラディの結界は傷付くことなく、攻撃がやむ。
一旦結界を消すと、目の前に攻撃対象となる魔物が数体現れた。ゆっくりではあるが、動いている。魔物の色によって使う術を変えながら攻撃していくのだ。
最初に現れたのは、赤いネズミ。迷わず火を飛ばして撃破する。茶色のカエルには土の力をぶつけた。白い鳥だと思った魔物は、よく見るとコウモリの姿をしている。風の刃を飛ばし、次々に魔物は落ちて行く。
全てが落ちたと思った直後、何かが飛んで来た。ラディはすぐに防御の壁を出し、飛んで来た何かは壁に当たって地面に落ちる。どうやら泥で攻撃されたようだ。
他のクラスメイトのテストを見ていても、現れる魔物の順番や反撃のタイミングはそれぞれ違う。どこで反撃されるかわからないから、瞬時の判断力が試されるのだ。結界と同じく、壁の破られ方によってはここで不合格となる。ラディの壁は傷一つ付いていない。防御力が相手の攻撃力を上回っている証拠だ。
見ると、人間の頭ほどもある黒っぽい青のトカゲが数匹、新たに現れていた。これが泥を吐いたらしい。最後の攻撃は水魔法だ。
カロックのあんなデカい蜂が倒せて、こんなトカゲが倒せないはずがないんだ。
もう決めている。ラディは氷結の呪文を唱えた。先の尖った氷のつぶてが、トカゲに向かって飛ぶ。後ろでクラスメイトが小さく驚きの声を上げた。誰もここで氷の魔法を使うことはなかったから。
しかし、ラディにそんな声を聞く余裕はなかった。それより、自分の出した氷が魔物を滅するかの方が大切だからだ。完全に消えていない魔物がいたので、もう一度呪文を唱える。今度こそ、全滅した。
この時点で基本魔法の攻撃は終わり。現れた魔物を全滅させていなければ、結果を待つまでもなく不合格だ。
全滅させてから一呼吸後、赤黒いスライムのような魔物が現れた。ラディが両手を広げたくらいの幅がある。それを完全に包み込むだけの爆裂を起こさなければ、この魔物は消えてくれないのだ。
あの巨人に比べれば、小さすぎるぜ。
ラディはスライムの中心から爆裂を起こす。スライムの身体と同じ色の赤黒い炎が吹き上がり、そのまま魔物の身体をマグマが包み込んだ。スライムはけいれんするようにしばらくひくひくと動いていたが、やがてその姿を消す。
「よし、終了だ」
ラオクの声に、ラディは大きく息を吐いた。ミスはしていない。攻撃は何度か外しているものの、最終的に時間内で全滅できればいいのだからクリアしている。これで不合格と言われれば抗議ものだ。
「ラディ。お前、氷なんてよく使うよな」
仲のいいクラスメイトのマイズが、こそっと声をかけてきた。
「ずっと練習してたし、氷の方が確実に攻撃力が上だからな」
「けどさ、失敗したらって思わないのか? 最悪だと、総崩れだぞ」
チャレンジして氷魔法などの複合魔法を使ったものの、うまくいかずにパニックになってしまい、後のテストがさんざんなものに……というのはよく聞く話。だから、みんな安全策に走ってしまうのだ。ダメならそこですぐ水に切り替えればいいのだが、テスト中という特殊な状況ではすぐにその判断ができない場合も多い。だから、マイズが言うように総崩れになりかねない。
「そうなったら、俺の実力がまだまだってことだ。潔くあきらめるよ」
「はぁ……ラディって思ってたより度胸があるんだな」
「思ってたよりって……そんなに腰抜けだと思ってたのか」
ラディは気分を害したように言う。もちろん、本気で怒ってる訳じゃない。ラディの言葉に、マイズが苦笑した。
「そうじゃなくて、お前なら確実な方法を選択するって思ってたからさ」
以前ならそうしていたかも知れない。終わってみて思うが、あれなら水の魔法でも十分に通じるレベルだった。
でも、氷魔法を使ったことに後悔はない。氷の攻撃が失敗していたとしても、気持ちは変わらないだろう。
確実に魔物を仕留めなければ命に関わる。たとえ幻影であっても、ラディの中にそういう意識が芽生えているせいだろう。度胸があると言うのなら、それはカロックで培われたものだ。
最後の一人のテストが終わり、合格者が発表された。その中には、ラディの名前もちゃんと入っている。さらに言えば、一番だ。成績順に名前が呼ばれるので、トップだということになる。やはり氷結魔法が効いたらしい。
大丈夫だと思いつつも、やはり名前を聞くことでラディは本当に安心したのだった。
☆☆☆
次の日の帰りに、ラディはレリーナと会った。
彼女も進級前テストは無事に合格したと言う。同じくカロックに行くレリーナも、あの世界でずいぶんと鍛えられたようだ。ラディの足手まといにならないようにと、フィールドで練習を繰り返しているらしいので、その効果も現れている。
「まだ進級が決まった訳じゃないけど、ジェイには感謝しなくちゃね。カロックへ行くようになったおかげで、しっかり魔法が使えるようになろうって今まで以上にがんばれたんだもん」
現在、中級1にいるレリーナはテストで氷魔法が必須の課題として出る。レリーナのレベルでは攻撃ではなく、基準以上のサイズで氷を出せれば合格だ。カロックで使うこともあったためか、ずいぶんうまくできたらしい。つまりはラディと同じだ。
「テルラの方はどうだったの?」
「パスしたって。まぁ、認定試験と俺達の進級テストじゃ、レベルが全然違うだろうけど。帰ってから、今まで以上に本気で練習をやってた。カロックでは本物の魔物相手にずっと騒いでたけどさ、何か思うところはあったんじゃないかな」
珍しく休み返上で練習をしていたテルラ。ラディよりは早く帰っていたが、彼女にすれば相当練習したのだろう。
「悪い方に行かなくてよかったわね。ファルザスのことだって、最初は本当に怖がってたもん。少しは魔獣を見る目が変わってくれるといいな」
「あれだけ大きいロック鳥を見たんだ。大抵の魔獣なら小さく見えるって」
現れたロック鳥を見た時のテルラを思い出し、ラディは笑った。
「次にカロックへ行くのも、土曜日辺りだといいんだけどな」
「そうね。テストの直前や直後って大変そうだもん」
本番である進級テストの日は、来週の月曜日と告知された。このところ、土曜日にカロックへ行くことが続いているので、このままのペースで続いてほしいところだ。
そう思っていた矢先。次の日の朝にラディの元へ見たことのない小鳥が飛んで来たので、カロックへの行き方を告げる方法が変わったのかと本気で思った。
教室へ入り、自席に着いたところで窓から白い小鳥が入って来たのだ。小鳥は迷うことなくラディのそばへ近付き、小鳥に気付いた他のクラスメイトも何だろうという顔でこちらを見ている。
まさかとは思うけど、この小鳥がジェイに変わるってこと、ないよな。
大勢の前でカロックのことが知れ渡って問題ないのか、と不安に思ったが、小鳥がジェイになることはなかった。代わりにラディの前で一枚の紙になり、ふわりと机に落ちる。
伝達魔法の小鳥か。あー、びっくりした。
短い伝言を小鳥などの姿に変えて届けさせる魔法だ。ラディは授業以外で使ったことはないが、そんなに難しい魔法ではない。でも、突然自分の前に現れると、慣れないのでやっぱり驚いてしまう。
ほっとした直後、誰から来たんだろうと気になって紙を取り上げた。
差出人はブラッシュだ。テストのことで頭がいっぱいになっていたので、すっかり忘れていた。月曜日のうちによく伝言を残しておいたものだ。そうでなければ、ラディは木曜日の今日まで完全に彼に連絡するのを忘れている。テルラに伝言を頼んだのに、やっぱり何か隠してるんだろ、とブラッシュがどこかで待ち伏せでもしかねない状況を作るところだった。
日時と場所の指定かな。
そう思いながら、伝言の内容を読む。そこには「しばらく仕事が立て続けに入ってるので、改めて連絡する」と書かれていた。要するに、当分話をするのは無理、ということのようだ。またほっとしたような、がっかりしたような、妙な気分になる。早く話してすっきりしたい、という気持ちが若干強めか。
「さっき飛んで来た小鳥、ラディ宛てだったのか?」
「あ、ああ」
マイズに言われ、ラディは頷いた。
「伝達魔法を使うって、見習いじゃなくて職務部の人だよな?」
見習いなら、教室の場所が多少遠くても来られない距離じゃないのだから、直接言えばいい話。それをしないということは、ロネールにいる時間が不規則な魔法使い、ということになる。
「うん。ブラッシュから」
「ええっ、ブラッシュ? あのブラッシュか? あ、そう言えば、仲がいいとかって話してたな」
この点については隠すことでもないので、何人かには話している。でも、みんな半信半疑な顔をしていた。ブラッシュと仲がいいなんて本当かな、という信じられない気持ちがあるようだ。ラディ自身さえ、こんなに尊敬と憧れを一身に受けてる魔法使いとよく友達になれたな、と思う時があるくらいである。他人がそう思うのも無理はない。
「でも、わざわざ伝達なんか使って何なんだ?」
「俺の方でちょっと話があるんだけど、向こうの都合がまだうまくつかないって」
「ああ、忙しいだろうからなぁ。よく厄介な仕事を振られてるって聞くぞ。それを全てこなすんだから、すごいよなぁ。この前みたいなテスト、一発でパスしてるんだから、それくらいは当然か。ラディ、何かコツとか聞いてない? こうすればうまくいくとかさ」
「テストのコツ? ないなぁ」
およそテストに出ないようなことばかり聞くから、こうして呼び出しを待ってるような状態になってしまったのだが、それは伏せておく。
「もっと前に聞いておけばよかった。でも、ブラッシュが言うならたぶん、練習しろ、で終わるような気もする」
「やっぱりそうなるよな、はは……」
マイズが苦笑したところでチャイムが鳴った。





