予習はしない
どこまで飛ぶ気なのか。目的地がどこであれ、エクアが二人を解放する時は捕食する時だ。この魔鳥がどこに巣を作っているかは知らないが、断崖絶壁に連れて行かれたりしたら翼を持たない二人に逃げる術はない。今のうちにこの戒めから抜け出さなければ。
ジェイはエクアの弱点を火だと言った。さっきは相手が空の上で火の粉が降る恐れがあったので使えなかったが、今なら至近距離で攻撃できる。捕捉した獲物が攻撃するなど、エクアも考えていないだろう。捕まえたと安心している今がチャンスだ。
ラディは火の矢をエクアの足の付け根へと放つ。他の部位と比べて羽が少ないのか、十分な効果があった。エクアがものすごい悲鳴をあげる。近いだけに、さっきの鳴き声攻撃よりダメージがありそうだ。
「うわわっ」
それよりも。
突然自分の弱点である火で攻撃され、獲物を掴んでいる脚の指が開いた。命綱など当然ないラディとダイルは、カロックにも存在する重力の法則に従って落ちて行く。
そのままだと地面に激突する、と思った刹那、全身が冷たいものに包まれた。何が起きたのかと思ったが、自分のいる場所が水の中だとすぐに気付く。どちらが水面か判断できなかったが、自分が今見ている方向が明るいとわかるとラディはすぐにそちらへ泳ぎだした。
「ぷはっ」
幸い、息が続く深さだったので助かった。新鮮な空気を吸い込み、それからダイルの姿がないことに気付く。慌てて探しに行こうとした途端、水面が盛り上がって少年が浮かび上がってきた。
「ダイル、無事かっ」
「何とかね」
少し咳き込みながら、それでもダイルは自分の無事を伝えた。二人で岸まで泳ぎ、水から上がる。どうやら湖のようだが、浅すぎず、岸から離れすぎずの場所に落ちたおかげで助かった。
「ラディ、もう少し考えて攻撃してくれ。水の中に落ちたからよかったものの、地面だったら完全に二人して死んでるぞ。水に落ちるにしても、奴が高度を落としていなかったらそれはそれで骨折しかねないじゃないか」
「ご、ごめん」
確かに無謀すぎた。状況を確認せず、とにかく逃げることだけしか考えておらず、最悪だと本当に二人とも死んでいた。助かったのは、ひとえに運がよかっただけ。エクアが少し低空飛行していたおかげで、無事でいられるのだ。
怒ったダイルに指摘され、ラディは謝った。自分だけでなく、人の命まで危険にさらしたのだから。ダイルはとりあえず無傷のようだが、これがレリーナだったらそうはいかなかったかも知れない。あまりにもいきあたりばったりな行動だった。
「本当に悪かった。みんなから離れていくから、つい焦って」
「まぁ、エクアの餌食からは逃れられたからいいけど。次に違うのが出て来ないとも限らないね」
「湖の中にはいなかったみたいだな」
「いきなり落ちて来たから、魔物がいたとしてもさすがに警戒したんじゃないかと思う。で、しばらく様子をみて……ってところじゃないか?」
ダイルの言うことは十分にありえる。二人は周囲を警戒しながら見回した。だが、水面から何かが出て来る、ということもなく、湖周辺から何かが現れる、ということもない。そうこうするうち、ラディがくしゃみをした。
「警戒も必要だけど、まずは服を乾かした方がよさそうだね」
「うん。このままだと風邪ひいちまう。それに、動きにくい」
湖は木立に囲まれているので、燃料には困らない。二人で適当に枯れ枝を集め、ラディが火をつけた。魔法ができるとこういう時に便利だ。火を燃やし、その熱を利用しながら同時に風を起こすと、二人は自分の周りに小さな竜巻を発生させる。暖かな風が濡れた服を乾燥させ、少し冷えかけた身体も同時に温めてくれた。
「レリーナ達、大丈夫かな」
「ぼく達二人より、攻撃力の合計は向こうの方が余程上だよ。力を抑えられているとは言え、竜だからね。それと、力のある魔獣。彼女については何とも言えないけど、自分を守るくらいならできるんだろう? 協力者として来ているくらいだから」
「うん、たぶん。俺よりレベルが下だから、ちょっと心配だけど……いざとなればジェイが何とかしてくれるかな」
ダイルが言うように、彼女の周りには強い魔力を持った頼りになる存在がいる。レリーナがラディと同じようにさらわれたりしない限り、安全だろう。
「同じレベルじゃないのか?」
「俺は中2でレリーナは中1なんだ。ジェイから基本はできてるって言ってもらえたし、彼女自身もかなりがんばってる。それより、早くみんなと合流しないとな。自力で戻るのは無理だし、デリスとは別の魔獣を呼んだ方がいいか」
エクアに連れて来られ、仲間達とはかなりの距離がある。人間の足で元の場所へ戻るのは時間がかかるし、そもそも方向があいまいだ。途中で魔物の邪魔が入ることは大いにありえるし、ここは魔獣の力を借りるべきだろう。
「あれ?」
ラディは魔獣召喚の呪文を唱えた。しかし、デリスを呼び出した時のような手応えがまるでない。呪文を間違えたとは思えないし、だとしたら何が悪いのか。
「この周辺は特殊な場所かも知れないな」
手応えがなくて首を傾げるラディを見て、ダイルが言う。
「何? 特殊な場所って」
「きみはまだそういうの、経験してない?」
「俺、まだカロックに来るのは三度目なんだ。ダイルは?」
「ぼくは七回来た」
「すごいな。俺達の倍以上か。それで、何が特殊なんだ?」
「ある場所では、この世界で一度使った魔法を無効化してしまうことがあるらしい。火の魔法を使うと、次に同じ魔法を使っても効果がないってふうに。その対象が全ての魔法だったりもするし、特定の魔法だけがダメだって時もあるみたいだ」
「何か……覚えがあるような」
ダイルの話を聞いて、ラディが記憶を探る。幼い時にヴィグランからカロックの話をおとぎ話のように聞いていた。きっとその中に、ダイルが話したような内容もあったはず。妙な縛りの登場するエピソードが。
「確か、次に来た時はまた使えるようになる……とかじゃなかったっけ」
「うん、そうだけど。知ってるのか知らないのか、どっちなんだ?」
経験していないと言ったのに、確かめるようにして推測を口にする。事情を知らないダイルにすれば、どういうことなんだと思うのは当然だ。
「俺自身は知らない。けど、俺のじいちゃんが昔カロックに来たことがあって、その時のことを俺とレリーナに話して聞かせてくれたんだ。小さい時に聞いた話だから、断片しか覚えてないんだけどさ」
「あぁ、なるほど。そばに経験者がいたのか。そういうことってあるんだな」
「まぁな。それより、一度使うとダメって、縛りがきついな。火は……あの魔物に使ったけど、たき火をする時に使えた。ってことは、魔獣召喚が無効化されるのか」
身体を温めるために出した火は、ちゃんとついた。つまり、全ての魔法が無効化される訳ではない。よりによって、魔獣召喚だけが無効化される場所なのだ。
「魔法が無効化されないエリアまで歩くしかないね。そこで改めて召喚すれば、合流できるよ」
「そうだな。その特殊エリアが狭ければいいけど。……ん?」
ふと触れたポケットに、何か固い物が入っている。何だったかと思って取り出すと、カロックへ来る前に入れた水晶だ。
「そうだ、これがあった。なぁ、ダイル。通信魔法なら使えるよな」
「カロックへ来てからまだ使ってなければ。どこに連絡するつもりだい? 自分の世界には通じないと思うよ」
「わかってる。レリーナにだよ。たぶん、持ってるはずだ」
前回、この水晶があったおかげでラディは助かった。そのことを十分承知しているレリーナなら、今回もちゃんと持っているはずだ。
ラディは呪文を唱え、祈るようにレリーナからの反応を待つ。
「……ラディ? ラディなの?」
水晶からレリーナの声が聞こえた。予想通り、レリーナもちゃんと水晶を持って来てくれたのだ。そのことに感謝しつつ、ラディは話し始める。
「ああ、レリーナ。ラディだ。そっちは大丈夫か? 俺は大丈夫だ。ダイルも一緒にいる」
「そうなの? よかった……。あれから魔鳥はジェイ達が倒したんだけどね」
ラディとダイルが連れ去られ、他のエクアに邪魔されて追うに追えないでいたレリーナ達。デリスとレーフルの協力で何とか倒せたのだが、最後の一羽になった時、ジェイが叫んだ。
「待て、全部倒すなっ」
最後の一振りで魔鳥にとどめを刺すところだったデリスは、攻撃する脚をぎりぎりで止めた。
「もぅ、何よぉ。こんなの生かしてたってどうしようもないでしょ。変に仲間を連れて来られたら、その方が面倒じゃない」
デリスの攻撃が止まった隙に、エクアはこれ幸いとほうほうの体で逃げて行く。デリスとしては、すっきりしない。
「あいつの後を追うんだ。さっきの仲間の所へ戻るかも知れないだろ。それならそこにラディ達がいるはずだ」
ラディ達をさらった魔鳥の向かった方向はわかるが、もしかすると見えなくなった地点で方向転換しているかも知れない。群れで行動するなら、巣も同じ場所、もしくは近くに作っているはず。最後の魔鳥は手がかりとなりえるのだ。
へろへろな飛び方をしている魔鳥を、ジェイ達は追った。見失う方が難しいというくらいに、エクアの飛び方はひどい。かろうじて飛んでる、といった状態だ。高度も現れた時とは段違いで、かなりの低空飛行。この方が追う側としては楽だからいい。だが、やがて追うことができなくなった。ざんざん痛めつけられた魔鳥は飛ぶことで体力を消耗し、ついに力尽きてしまったのだ。
地面に音をたてて落ち、そのまま煙を出して消えてしまう。これでラディ達を追う手がかりがなくなった。魔獣達に臭いをたどってもらおうにも、相手は空を飛んでいたのでそれもできない。
八方ふさがりでどうしようか、という時に、レリーナの水晶が反応したのだ。
「それで、二人はどこにいるの?」
「えーと……地名はわからないけど、湖のそばだ」
どこと言われて答えられないのはつらい。
「方角的に言えば、カミスの湖だな」
「ええ、間違いないわ。エクアが飛んで行った時間から考えてもその辺りが妥当ね」
ラディが答えると、レリーナの後ろの方でジェイやトリンが話しているのが聞こえる。竜達の推測が当たっているなら、どうやらこの湖はカミスと呼ばれるらしい。
「それでさ、魔獣を召喚してそっちに戻ろうとしたら、召喚ができないんだ。ここ、一度使った魔法ができなくなる場所らしくて」
「あ、その辺りはそうね」
「今回はよりによって……だな」
また竜達の声が聞こえる。
「おーい、ラディ。聞こえてるか?」
「さっきから聞こえてるよ、ジェイ」
「あ、そ。とにかく無事でよかった。お前達はそこにいろ。これからオレ達がそっちへ迎えに行くから」
「そうしてもらえたら助かる。頼むよ」
これで魔法が使えるエリアまで歩かなくて済む。歩くのは構わないが、どこまで歩けばいいかわからないからどうするべきかと困っていたのだ。
すぐに向かうと告げ、通信は切れた。ラディとダイルはおとなしく待つだけ。
「二人だと、便利だね。トリンも言っていたけど、珍しいのかな、二人の協力者って」
「だいたい、一人らしいよな。その分、かけらの数が増えるとか何とかって聞いたけど」
「一人だと心許ないから……って訳ではなく?」
「何だよ、それ」
「おっと、失礼。ぼくも中2だけど、ずっと一人でやって来たからね」
「俺の実力がなくて、レリーナも一緒じゃないとやっていけないって?」
「そこまではっきり言ってないよ」
「言ってるようなもんだろっ」
むっとしたが、ラディは小さくため息をつく。
「悔しいけど、俺一人じゃマズいって本当に思われたのかもな。レリーナがいなきゃ、前回死んでたかも知れないし」
「死にかけた? カロックで?」
穏やかならぬ言葉に、いつもすましたような顔をしていたダイルも驚いている。
「きっかけは本当にちょっとしたことだったんだけどな」
泥に流され、レリーナ達と離ればなれになった。毒の植物に手を引っかけ、吸毒鬼に血を吸われて死にかけた。ラディはそんなことをかいつまんでダイルに話す。
「さっきも、考えずに飛んでる鳥に攻撃したもんな。俺のこういうドジっぷりを予見して、協力者が二人になったのかも」
「本当にドジで危険な見習いなら、最初から協力者に選ばれないと思うよ。ほとんどの協会には百人前後の見習いがいるはずだから、いくらでも他をあたれる。ジェイは意図的にやったんじゃない、みたいなことを言いかけてたよね。二人になったのは、単なる偶然か呼び出す大竜との相性かな」
「もしかしたら、俺達がカロックのことを知っていたから馴染みやすいって思われたのかもな」
「あぁ、さっきおじいさんが経験者だって話してたね」
成長するにしたがって、カロックの話は次第に薄れてはいたものの、こういう話をしてもらった、という記憶はちゃんと残っている。そういう部分が呼び出されるきっかけになったのかも知れない。ジェイにも協力者の選抜に関してはわかっていないようだから、真相は誰にもわからないが。
「あんな魔獣を呼び出したり、こんな魔物と戦ったんだぞ、みたいな話をたくさん聞いたんだ。だから、俺もカロックに行きたいって子どもの頃は思ってた。実際に来た時は驚いたけど、嬉しかったな」
「いいよね、予習ができて」
「それらしいことは何もしてないぞ。来てから、そう言えばこんな話があったな、くらいのことを思い出す程度でさ」
「せっかくおじいさんが経験を話してくれたのに、何してるんだ。落ち着いた時に聞いたことを思い出しておけば、いざという時に慌てなくて済むじゃないか。こういうことが起きた時はこうやって回避する、とか」
「レリーナも最初、そういうことを言ってた。でも、それをすると面白くないし」
「面白くない?」
ダイルは意外そうにラディを見た。
「だって、話を聞いてた時は、次は何が起きるんだろうってわくわくしてたんだぜ。それが自分で体験できるのに、あんなことやこんなことが起きる可能性があるってわかってたらつまらないだろ。そりゃ、死にかけるのはいただけないけどさ。前回のことで、今までおざなりにしていた勉強をもっと深くやろうって思えた。それだけでも、収穫だ」
「ずいぶん前向きだね」
「後ろより、前の方が面白いものが見えそうだしな」
ジェイは面白そうだと思ったら、それをやりたがる。ラディも安全策を採るより、わくわくを重視している。ジェイの言葉に色々とあきれていたラディだが、自分も似たようなものだということに気付いていない。
「結界を張っていたのは、おじいさんからの教訓?」
一瞬、何のことかわからなかったラディだが、ダイル達の前に現れた時にはすでに結界を張っていたことを指摘された。
「あれはじいちゃんじゃなくて、先輩から言われたんだ。俺達も最初に小さい魔物に囲まれて、大変だったから。こういう時の対処法をそれとなく聞いてみたんだ」
ラディもカロックへ来た時はまだ結界を張っていなかった。デリスが平原の一部で様子がおかしいことに気付き、人間が魔物に襲われているとわかって助けに入るとなった時にブラッシュの言葉を思い出したのだ。
今のうちならレリーナと自分にしっかりと結界を張っておける。現場で慌てなくていい。結果として防御をほどこしていたことは正しく、レリーナは魔物に攻撃されたがケガをせずに済んだ。それを見て、ラディは心の中でブラッシュに感謝していた。持つべきは的確なアドバイスをしてくれる有能な先輩だ。
「何度かカロックへ来て、そつなくこなしていたつもりだけど……改善の余地はまだありそうだな。これまで正直言って危ない時も何度かあった。だけど、あんな小物相手に結界を張ろうなんて考えもしなかったな」
自分では認めたくないが、目の前にいる魔物を攻撃するだけで精一杯だったのだ。結界なんて、言葉さえ頭に浮かばなかった。自分一人なら、なおさら自分を守らなければいけないのに。いくら竜がそばにいても、ここでは自分の方が協力する立場。守ってもらえるのは、本当に危険な時だけなのだ。
「さっきは本当に死ぬかと思ったけど、こうして他の協力者と会うのは悪くないね。別の協力者にも会ってみたくなってきたよ」
「俺も。どんな対処方法があるのか、色々勉強できそうだもんな」
「レリーナはきみの恋人?」
いきなり話題がまるで違う方にいき、ラディは言葉に詰まる。
「ち、違うよ。幼なじみってだけ。じいちゃんの家の隣に住んでて、一緒にじいちゃんの話を聞くようになったんだ。年下だから、妹みたいなもので」
「ああ、なるほど。で、そこから発展するって話はよく聞くよね」
「発展って……勝手に発展させるなよ」
話が妙な方向に盛り上がってきた時、びちゃっという音が聞こえた。はっとして二人が音のした方を振り返ると、湖から半魚人のような魔物が現れている。
「様子を見るのはやめて、出て来た……ってところかな」
「ずっと様子を見てるだけにしてくれりゃいいのに」
できれば、こんな所で余計な魔力は使いたくなかった。
「迎えに来てもらうまで、やられないようにしなきゃね」
「ああ、まずは……」
「結界だね」





