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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第三話 別の協力者
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トリンとダイル

 青の瞳が周囲に向けられる。真っ直ぐなプラチナブロンドは軽く一つにまとめられているが、少し乱れぎみだ。整った少年の顔には、疲労の汗がにじんでいる。

 周囲には、耳の小さいキツネのような魔物がいた。黒い毛の身体は猫とそう変わらない大きさだろうが、数が多い。さっきから攻撃を繰り返しているが、それでもまだ百近くはいそうな気配だ。一体どこから湧いてくるのだろう。

「一旦、引き上げた方がいいかしらね」

 少年の背中でそんな声がした。

「改めて来ても、また現れるんじゃないのか」

「ありえるけど……このままじゃ、ダイルが倒れるわ」

「……」

 悔しいが、確かに全滅させるだけの魔力があるとは思えない。そのうち底が見える。いや、もう見えかけている。

「レーフル、ダイルの方に寄って。タイミングを見計らって、彼を乗せてちょうだい」

「わかった」

 別の声が返事をする。

「あら、誰か来たみたい」

「なっ……新手か?」

 これ以上数が増えたら、もう無理だ。

「新手には違いないでしょうけど、敵ではなさそうね」

「敵じゃないって……何なんだ、一体」

 ダイルと呼ばれた少年は、気配を感じて空を見上げた。黒い影がこちらへ向かって飛んで来る。地面からだけでなく空からも攻撃を受けたら、こんな隠れられる岩や木がない場所ではどうにも逃げようがない。敵ではないと言われたが、それならあの影は何者なのか。

「おい、大丈夫か」

 空からそんな声が降ってきた。

「え?」

 ようやくその姿がはっきりし、飛んで来たのは黒獅子だとわかった。最初はその黒獅子が声を出したのかと思ったが、その背中に誰かが乗っているのに気付く。

 ダイルは呆然として、彼を取り囲む魔物達はよくわからない存在の出現に戸惑って空を見ていた。

 黒獅子は旋回し、やがてダイルの近くに降り立つ。その背に乗っていたのは、自分と変わらないであろう少年と少女だ。カロックにはいないはずの人間。

「誰なんだ、きみ達」

「今は自己紹介してる場合じゃないだろ」

 我に返った魔物達が、新たな獲物に興奮している。赤い口からよだれを流している者もいた。

「全滅させないと、助かりそうにないな。レリーナ、無理するなよ」

「ラディこそ、無茶しないでね」

「もう本調子だってば。ジェイ、こいつらの弱点、わかるか」

「特にないな。強いて言えば、風くらいか」

「ねぇ、私もやるのぉ?」

 黒獅子が面倒そうに尋ねる。ここまで来たはいいが、戦う気ほとんどなし、か。

「一緒に来たついでだろ。頼むよ。力を貸してくれ」

「デリスなら簡単でしょ」

「まぁ、私くらいになればね。……ふふ、まぁいいわ。乗せられてあげる」

 ダイルは状況がすぐには飲み込めなかったが、とにかく助っ人が一気に増えた。これで戦況はかなり楽になる。風が弱点らしいということなので、ダイルは風の刃を魔物に向けて放った。

「きゃっ」

「レリーナ!」

 隙を突いて、魔物が少女を襲った。悲鳴を聞いて誰もがそちらを振り返ったが、牙をむいて襲った魔物の方が地面にひっくり返っている。

「だ、大丈夫よ。何ともないわ」

 結界? 結界を張っていたのか。

 少女が本当に平気そうなのを見て、ダイルは悟った。ずいぶん準備のいい助っ人だ。

 やがて、攻撃の数が増えたこともあって魔物は次第に数を減らし、とうとう最後の一匹を誰かの放った風の刃が仕留めた。

「うー、スタミナにまだ問題ありだな。もう少し長く続けられるようにしないと」

 軽く息を切らしながら言う少年を、ダイルも息を切らしながら見ていた。

「ありがとう、助かった」

 礼を言われた少年……ラディもダイルの方を振り返った。

「困った時はお互い様だ。俺はラディ、こっちはレリーナ。で……」

「ジェイじゃない。久しぶり~。元気だったぁ?」

 明るい声が響き、ラディ達がそちらを見ると明るいベージュ色の竜がジェイに飛びついている。大きさはほぼ同じだが、色違いだ。

「トリンだったのか。仲間の誰かとは思ったけど」

 珍しくジェイが戸惑った表情をしていた。

「うわ……ジェイ以外の竜を見る日が来るなんて思わなかった」

「すっごぉい、こんなこともあるのね」

 ラディとレリーナは目を輝かせている。さっき他の竜と会ってもジェイで免疫がついているから、なんて話をしていたが、もう会えた。

「どうしてカロックに人間がいるんだろうって思ったけど、協力者なら納得だよな。デリスに人間がいるって言われた時は本当に驚いたけど、無事でよかった。俺達も前に似たようなことがあって大変だったんだ」

 その時は灰色狼が現れて、魔物達は逃げて行った。狼の出現がなければ、こちらが逃げるしかなかっただろう。

「そうか……。ぼくはダイル・リバート」

「よろしく。俺達はロネールに通ってるんだけど、ダイルは?」

「ぼくはナージュだ」

 ラディ達が住むルーヴェインの国から東へ国を二つ越えた所に、エルデスの国がある。そのほぼ中央にソロアの街があり、魔法使い協会ナージュはそこに位置する。

「国を隔てた協会の魔法使いに会えるなんて、不思議ね。協会同志の交流だって、見習いが会えるのはせいぜい隣国の人達なのに」

 正規の魔法使いになれば、仕事の関係などで他国の魔法使いに会う機会がある。しかし、見習いはそうもいかない。大きい国なら二つあったりもするが、だいたい一つの国にある協会の数は一つ。自分が所属する以外の協会の魔法使いに会おうと思えば、隣の国へ行く必要がある。しかし、そういう機会はほとんどないに等しいのだ。

「カロックのどこかに、もっと遠い国の見習い魔法使いが来てたりするんだろうなぁ」

 これまでは考えなかったが、大竜はジェイだけではない。同じように試練を受けている竜は他にもいるだろうし、そんな竜がいるということは協力者もいるということ。世界のどこかで、自分達と同じように現れる魔物に四苦八苦しながらかけらを探しているのだ。

「ダイル~、紹介するわ。私の仲間のジェイザークスよ」

 ジェイがこちらへ引っ張って来られた。

「あなた達がジェイの協力者ね。私はトリンルジーナ、トリンでいいわ。よろしくね」

 大竜というのは、種族全体として人なつっこいのだろうか。トリンと名乗った女の子竜は、明るい声で自己紹介する。

 ラディ達も自己紹介した。ダイルが召喚した魔獣はレーフルという氷馬(ひょうば)だ。氷の馬ではなく氷属性の馬で、見た目も涼しそうな青みがかった白い体毛に青の瞳をしている。ラディが以前呼び出した炎馬(えんば)のリーオンより小さいが、それはつまり普通の馬サイズということだ。ダイル一人しか乗らないなら、十分な大きさである。ちなみにオス、もとい男性だ。

「ジェイも今回はこの近くで探すの? 私達もそうだったんだけど、ここへ着いた途端にあれよ。みんな一緒にがんばっていたんだけど、数で来られちゃね」

 トリンもジェイと同じく、魔力はかなり大幅に制限されている。攻撃はもちろんできるが、その威力は本来のものとは比較にならない程弱い。すぐにでも一掃したいところだがその力は抑えられているため、一時退却を考えていた。そこへジェイ達が現れたのだ。

「煙が見えて、カロックの奴じゃない魔法の気配があったから、もしかしてって思ったんだ。余計な手出しをするのはどうかって、ちょっと悩んだけど」

 悩んでたようには見えなかったけどな……と、ラディとレリーナは思ったが、黙っておくことにした。絡めば何か面白いことが起きるかも、と思っていたに違いない。

「あんなに離れた場所でも、ジェイにはカロックの奴かそうじゃないかがわかるのか。竜ってすごすぎだな」

「まぁね~」

 ラディにほめられ、トリンは嬉しそうに笑う。ジェイにしろトリンにしろ、素直に感情を表すところがかわいい。

「私達、気配には敏感なのよ。でも、それは集中した時だけ。普段からそんな敏感になっていたら、いくら竜でも疲れちゃうわ」

 竜とは言っても、肉体を持つ以上は疲れと無縁ではいられない、ということだ。それでも、すごいということに変わりはない。

「ふふ、それにしても……協力者が二人なんて珍しいわね。ジェイらしいわ」

「オレが意識的にやった訳じゃ」

「ねぇ、また何か来るわよ」

 ジェイの言葉をデリスが遮った。その言葉の中身に、誰もが再び緊張する。

「見晴らしがいいからって、色んな奴が来るなぁ。ったく……」

「何もこんな時にここを通らなくてもねぇ」

 ジェイとトリンは小さくため息をついた。ラディ達には豆粒より小さくて見えないが、デリスが言う方向の空に何か飛んでるらしいのはかろうじてわかる。竜達がため息をつくくらいだから、魔物なのだろう。

「あれは……エクアか。面倒な奴らが来たな」

「レーフル、どういう奴なんだ?」

 空を見詰めてつぶやく氷馬に、ダイルが尋ねる。

「図体が大きいくせに、団体で行動する魔鳥だ。あまり関わりたくないが……このメンツだと素通りしてくれないだろうな。魔力の気配が多すぎる」

「あいつら、見境ないのよねぇ。相手の強さなんてお構いなし。強すぎる相手に向かって逆にやられちゃうんだから。身体ばっかりで、頭は低レベルの小物と同じよ」

 デリスが後ろ足で首をかきながら話すのを見ていると、そう大したことがないように思える。しかし、身体が大きくて見境がないのはかなり厄介ではないのか。

 豆粒くらいだった影は、話をしているうちにすぐ人間の目でも確認できるまでに大きくなった。素通りしてくれれば、という希望は空しく打ち砕かれ、大竜と協力者達の頭上を旋回し始める。

「……ねぇ、かなり大きいんじゃない?」

 エクアと呼ばれた魔鳥は、十羽くらい。それが頭上を飛ぶと、その影で周辺が暗くなる。猛禽類のようにくちばしの先は曲がり、濃い茶色の翼を広げるとデリスよりも大きく見えた。こんな魔鳥が一斉に襲って来たら、こちらはひとたまりもない。

「ジェイ! あいつらの弱点は?」

「火だけど、火を飛ばすのはマズいな。あっちは頭上だ。火の粉が落ちた時に、こっちがダメージを食らう」

 仮に炎で魔鳥の身体を包んだとして、飛べなくなった巨体が落ちて来た時に逃げきれなければ火の下敷きになってしまう。火がないとしても、押しつぶされる。

「泥の方がよさそうね。すぐにダメージを与えられなくても、翼にくっつけば重みで高く飛べなくなるわ。火を使うとすれば、その時よ」

 トリンの追加アドバイスに、見習い魔法使い達は頷いた。

 耳障りな鳴き声をあげ、一羽のエクアが滑空してくる。狙いは人間。この中で一番襲いやすく獲物にふさわしいと考えたのか。

 だが、そのくちばしが協力者達に届くことはなかった。タイミングを見計らったデリスが横から飛び出し、一瞬エクアに飛び乗ったかと思うとその鋭い爪で背中を傷付けたのだ。さらに耳障りな声が響き、黒獅子が飛び降りた後のエクアは失速して地面に落ちた。

「やっぱり図体ばっかりね」

 デリスはつんとすまして言う。落ちたエクアの方は、致命傷だったのか落ちた衝撃のためか、煙になって消えてしまった。

「俺達も負けていられないな」

 ラディは泥のつぶてをエクア達に向けた。いくつかは当たったが、いくつかは高さが足りずに放物線を描いて落ちてしまう。やはり空中にいる相手だと、こちらがいささか不利だ。

「要は、翼が使い物にならなければいいんだろ」

 そう言うと、ダイルは風の攻撃魔法の呪文を唱えた。だが、それは風の刃や竜巻が起きるものではない。風の力が圧縮され、小さな弾となってエクアに向かう。エクアの翼や身体に当たるがほとんど跳ね返された。しかし、わずかな弾が翼を貫く。

「へー、やるじゃん、トリンの協力者。風も使いようだな。貫けなくても、数を打ってればダメージは蓄積するぞ」

「でしょー。ダイルはよくやってくれてるのよ」

 ジェイがほめたのはダイルなのだが、トリンの方が嬉しそうにしている。

「なるほど、鳥系の魔物は風に強いと思っていたけど、ああいうのもありなのか。そうだ、レリーナ。今のやり方、わかる?」

「うん、やってみる」

 レリーナにも複合魔法はできないことはない。しかし、どうしたって基礎魔法より力は劣る。それなら、少しでも強い効果が期待できる基礎魔法で攻撃した方が、結果的に早く魔鳥を倒せるはずだ。

「氷でもいいはずだな」

 レーフルはそうつぶやくと、氷の矢を飛ばした。あえて細く、だがその分強固なものにしておく。貫きやすいように。自分の属性だから、その辺りの加減は楽なもの。

 それぞれがそれぞれの方法で魔鳥と対峙していたが、状況が不利だと感じたのか、一羽のエクアが大きな鳴き声を上げた。

「うわっ」

 思わず顔をしかめてしまう程に大きく、空気が揺れているのを肌で感じる。耳の奥まで揺さぶられているようで、誰もが耳をふさいだ。

 音のダメージを受け、防御ががら空きになる。その瞬間を狙われた。

「え……」

 ラディは自分の身体がふと浮いたような気がして、閉じていた目を開けた。気がした、ではなく、本当に浮いている。

「ラディ!」

 下でレリーナが叫んでいる。ラディは一羽のエクアに捕まっていたのだ。ラディの腕より太い脚で、胴をしっかりと掴まれている。

「この……放せっ」

 すぐ近くで声が聞こえ、顔を上げるとダイルも同じように捕まっていた。向かい合わせになるようにして、二人は魔鳥の脚に掴まれているのだ。

「うわ……同時かよ」

 魔鳥の捕捉技術に感心している場合ではない。エクアはどんどんレリーナ達から遠ざかろうとしていた。もちろん、ジェイ達も応戦しているのだが、他のエクア達が邪魔をしてすぐには追えないでいる。

 あっという間に仲間達の姿は消えてしまった。

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