18話 天狐
俺の目の前で、アサギが炎に包まれた。
「アサギ~~!」
何も考えず、天狐に突っ込む。今は何よりアサギの身の安全が最優先だ。天狐は、俺の攻撃に力がない事を知っている。どんなに引かせようとしても、俺の攻撃では天狐を動かすことができない。
「どけ、ホクト!」
後ろからカメリアの声。咄嗟に横に飛んで躱す。
「鬼心尖牙!」
赤銅色の穂先が、まっすぐ天狐に向かう。さすがの天狐も、鬼心尖牙を食らえばただでは済まないだろう。その場を引くことを予想した、しかしそれ以上に天狐と言う存在は厄介な奴だったらしい。
「はっ、この天狐相手に火属性の攻撃を仕掛けるとはな!」
天狐が朱槍の穂先に向かって歩を進める。これはカメリアにとっても想定外だったのか、驚愕表情を見せる。
「我は火の上位精霊。我に御せぬ火はない」
赤銅色に輝き、高熱を発している穂先に優しく手を添える。それだけで、朱槍から熱が奪い取られた。
「なっ!?」
「精進が足りんな」
穂先の熱は奪われた。だけど、鬼心尖牙の突進力は奪われていない。つまり、カメリアのベクトルは未だ前を向いたままで……。
ガッ!!
「ガハッ!」
もろにカウンターで天狐の攻撃を、その身体に受けてしまった。
俺の目の前でカメリアが地面に叩きつけられる。勢いが収まらず2回、3回と地面の上を跳ねて戦闘範囲から弾き出された。
「カメリア!」
カメリアの方を見る、ピクリとも動かない。ヤバイ……そう感じたとき
「ぐぅ……ゴホッ!ゴホゴホ……ペッ」
口から血を吐き出しながらも立ち上がった。その手には、今だに朱槍が握られている。まったく、なんて根性してるんだよ。
「お前も、他人の心配をしている余裕はあるのか?」
カメリアに意識を向けていたことで、完全に天狐の存在を忘れていた。
「やっぱり天狐は半端ないな……。俺じゃ、どんなに逆立ちしてもダメージを与えることはできそうにない」
「ほう……ではお前は諦めるのか?」
「はは、まさか。俺の今の仕事は、お前の攻撃を掻い潜ってアサギを安全な場所まで退避させることだ」
今の攻撃力では、例え天狐に当たってもダメージが無い。なら、俺の一番の持ち味である速さで、俺はこの戦いに貢献してやる。
「お主程度の力量では何もできぬよ」
「やって見なけりゃ分からない!」
咄嗟に足の裏に魔力を流し、一気に加速する。俺に出来るのは、これくらいだ。天狐の横を抜けてアサギに近づこうとする。すると、後ろで殺気が膨れ上がった。
「まさか我を無視して、ただで済むとは思っておらんよな?」
「クッ……」
気配感知、集中、鷹の目を総動員して天狐の攻撃を躱す。今まで自分を支えてきたスキルを総動員しても、天狐の動きを追うのが難しい。時折見失う事がある……その度に気配感知で何とか重篤なダメージを回避する。
「ハァ……くそ、避けることもままならないのか」
「お主、攻撃は大したことないが、我の攻撃をここまで躱し続けるとは見事。苦しまぬように一思いにとも思っておったが、なかなか楽しませてくれる」
まさに鼠を甚振る猫だ。だけど、鼠もただではやられない。
「伊達にレッド・コメット先生に鍛えられてないんだよ!」
留まる気配のない天狐の攻撃を何とか躱していく。それでも全てを躱すことはできない、そんな攻撃でも最小限のダメージに抑えるため、当たり所を考えてやり過ごす。
天狐は今、俺への攻撃に意識を向けている。俺も天狐の攻撃に意識を集中している。このままじゃアサギを助けるまで行けそうにない。だけど……。
「ホクト!アサギは無事だぞ!」
「む!?」
俺に攻撃を当てることに意識を向け過ぎた代償、アサギはカメリアが無事に助け出してくれた。
「俺たちはチームだ。俺じゃなくても、誰かがアサギを確保できれば問題ない」
「まさか、あやつのダメージも小さいものではなかったはず。お主にはあの鬼娘が動けることが分かっていたのか?」
「照れくさいセリフだけど、カメリアの事は信じてるんだよ。今までも、こんなピンチはあった。それでも、いつもカメリアは俺の期待に応えてくれていた」
少し天狐との距離があいた。カメリアがアサギを救出したことで、思った以上に驚いてくれたようだ。ざまぁみろ!
天狐を気にしながら、俺もカメリアたちと合流する。
「カメリア、アサギの容体は?」
「大丈夫、息はしている。だけど右腕が……」
横目でアサギの容体を確認すると、右腕が真っ赤に腫れていた。かなり重度の火傷を負っているようだ。
「意識は?」
「だ、だいじょうぶ……だよホクトくん。私は、まだ……くぅ……戦える」
思った以上にダメージが大きいな。長期戦になれば、俺たちはともかくアサギは戦線を離脱しなきゃいけなくなりそうだ。
「なあ、天狐……さん」
「ふっ、何を今更言葉なんぞ気にしておる。構わぬから言ってみよ」
「ちょっと作戦タイム取りたいんだけど」
「ダメだな、お主らの力量はだいたい解った。我がこれ以上、構ってやるほどではないと結論に至った。さっさと、お主らを倒して我は眠りに着く」
くそ、思った以上に天狐は短気だ。何とかして、俺たちに興味を持ってもらわないと、本当にもう終わりになってしまう。
「今俺の頭の中には、お前を驚かせる秘策がある。だけど、それには2人の協力が必要不可欠だし、それをお前のいる前で披露しては秘策にならない。頼むよ、そんなに時間は取らせないから、ちょっと2人と話をさせてくれ」
「……」
お、ちょっとは考えてくれるか?
「よかろう。だが、これで最後だ。次のお主らの攻撃が我に届かなかったとき、それがお主ら全員の死を意味すると知れ」
「……ありがとうな」
天狐に感謝してアサギとカメリアの方に近づく。天狐は、律儀に距離を取って、俺たちの話が聞こえないようにしていた。以外に素直な一面もあるんだな。
「ホクトくん……どうするつもり?」
「何か、考えがあるのか?」
「……さて、どうしよう」
「「はぁ!?」」
俺のノープランを聞いて、2人が素っ頓狂な声を上げる。その声に遠くにいた天狐も反応する。
「どうした?何か問題でも起きたのか?」
「い、いや大丈夫!」
「……そうか」
そう言って天狐は再び静かになった。
「ちょっとホクトくん、今のはどういう事?」
「お前、あれだけの啖呵を切って何も考えていなかったのか?」
さすがにアサギとカメリアの声のトーンも落ちる。実際、今ここで行っているのは密談だ。さっきみたいな大声を上げるのはNGって事が、2人にも伝わったようだ。
「あの時、ああ言わないと俺たち3人は死んでたぞ?今は天狐が若干の興味を持ってくれたみたいだから、なんとか命を繋いでいるだけだ。これから、あいつを驚かせる秘策を思いつかないと俺たちに明日はない」
俺の言葉を聞きながら、2人の表情が徐々に驚いたものに変わっていく。
「ホクトくん、あの状況でそんなこと考えていたの?」
「ホクトが心理戦を仕掛けるとはな……頭大丈夫か?」
「うるさいよ、実際に俺の機転で助かったのは事実なんだからいいだろ」
天狐が、いつまで待ってくれるか分からない以上、巻きで進めないと時間がいくらあっても足りない。
「さっきまでのような戦術で、天狐に当たっても大した事はできなかった。あくまでも、あいつの想定外の事をしないと……あいつは精霊だ。きっと勝つとかダメージがって事よりも、驚くようなことをした方が助かる可能性がある」
「そうね、確かに精霊は悪戯好きが多い。上位精霊になると、分別がつくようになって、そういった行為は減るみたいだけど嫌いって訳じゃ無いでしょうね」
「なら、みんなで『わぁ!』って驚かすか?」
「……カメリア、本当に驚かせてどうする?」
こいつ、俺たちがやらなきゃいけない事を理解できてないのか?
「ちょっとしたジョークじゃねえかよ、そんなに可哀想な目でアタイを見るな」
良かった、いくらこいつが救いようのないバカでも、今のはジョークだったらしい。
「ホクト、考えていることが丸解りだからな。お前にだけは言われたくないぞ?」
「あっ!」
俺とカメリアが下らないやり取りをしていると、アサギが何かを思いついたようだ。俺とカメリアには無い、頭脳担当の閃きを信じたい。
「こんなのはどう?」
「さて、そろそろ良いか?これ以上は、時間の無駄だ」
天狐が痺れを切らして、そう言ってきた。俺たちとしても、細部まで詰めることができたのでギリギリ間に合ったと言っていいだろう。
「ああ、お前をあっと言わせてやるよ」
「ククク……。お主、口だけは達者だのう。では、来るがよい!」
「行くぞカメリア、アサギ」
「ええ、作戦通りに」
「おう、任せろ!」
俺とカメリアが天狐に向かって走り出す。
「……なんじゃ、あれだけ時間をやったのに、結局最初と同じではないか。やれやれ、時間を無駄にしたの」
「そう考えるのは、ちょっと早いんじゃないか?」
真っ先に俺が天狐と接敵する。これは、一番足が速いのが俺なんで当然と言えば当然の結果だ。
「もうちょっと付き合ってくれ……よ!」
身体の四肢全てを使った攻撃、当然ダメージは見込めないけど天狐をその場に縫い留めるには問題ない。
「相変わらずちょこまかと……ぬ?」
そして、俺の攻撃の合間にカメリアが槍の攻撃を重ねていく。さっきよりは連携に重点を置いた攻撃だ。
「おら!、おりゃ!、うりゃ!」
カメリアが三段突きを天狐に見舞う。その間に天狐の後ろに回って魔力を練る。
「……何か企んでいるようだな。だが、お主の攻撃ではダメージを与えられない事は、さっきまでの攻防で解っていたと思ったが?」
「俺たちはチームだって言ったろ。このチームのメイン火力は俺じゃないんだよ」
「……なるほど、狐人族の娘か」
天狐の視線が、遠くで魔力を練っているアサギに向かう。俺とカメリアが天狐の相手をしている間に、魔力を練って大技の準備をしていたのだ。
「とはいえ、これでは先ほどと変わらんな。何か奥の手があるのだろう?」
天狐がニヤッと笑う。こいつ、やっぱり好奇心が旺盛のようだ。自分の優位は覆らないと思っていながら、俺たちが何をするのか楽しみで仕方ないんだ。
「お前を、あっと驚かせてやるよ」
俺の準備もできた。さて、始めようか。
「ブースト!」
足の裏で練っていた魔力を一気に解放する。カタパルトから発射されるような、無理やり前へ押し出される感覚を味わって、俺は天狐に肉薄する。
「お前は素早さしか能がないのか?」
「へっ、今はこれが精いっぱい!」
「ウオオォォォ!鬼心尖牙!!!」
「おっと……」
俺の素早さと、カメリアの鬼心尖牙。どちらも粗削りで弱点も多い攻撃だけど、一緒にやられると以外に厄介だ。俺たちはお互いに足りない部分を補って連携すれば効果的だと知っているからな。
「クッ……なかなかやるの。だが、弱い!」
「だろうな……だから、アサギ!」
「はい!」
アサギが水の高威力魔法を発動する。濁流が指向性を持って、俺たちの方に向かって来たのだ。
「なるほど、お主らが我の動きを封じている間に、あの一撃を入れて決着を着けようと言う訳か。確かに考えたの……だが、あの魔法は我には効かぬと先ほど解って追ったのではないのか?」
「お前には効かなくても、使い道は幾らでもあるんだよ!」
俺は小刻みに動いて、天狐の攻撃を回避しながらスキルを発動する。
「跳躍!」
普段ではありえないほどの跳躍力を使って、天狐の頭上にジャンプ。そして、空中にいる俺に目掛けて魔法の濁流が襲い掛かる。
「なに?」
今ので少し天狐が驚いたようだ。でも、まだまだだ。これから、もっと驚いてもらわないといけないからな。
「はぁ!!!」
向かってくる濁流に向かって、銀の籠手を向ける。
「な、なんだ、その籠手は!?」
籠手に触れた濁流は、俺にダメージを与えることなく、銀の籠手に吸収されていく。この籠手、俺の魔力を吸うだけじゃなくて、外からの攻撃も吸収することができるみたいだ。
『その籠手は、外から打ち込まれた魔法に対しても吸収ができるみたい。私がこの程度の火傷で済んでいるのは、この籠手が天狐の炎を吸収してくれたから。だから、この籠手を使って天狐に一泡吹かせてみない?』
アサギの言ったことは正しかった。この籠手は、魔法を吸収できる。敵だろうが味方だろうがお構いなしに魔法を喰う籠手。やばい、厨二臭くてたまらない。リアルに『右手が疼く』ができる。
『そして、吸収した魔法の属性によって籠手の属性が変化するみたい。つまり、私の水の魔法を吸収したら、この銀の籠手は水属性に変わる。水属性なら、ホクトくんも天狐にダメージを与えられるよ』
まったく、ズタボロにやられただけじゃなく、ちゃんと勝利への導線を考えつくなんてアサギは大したものだ。俺やカメリアでは、こんな案は出てこなかった。
「今までの分、たっぷり味わえ天狐!」
着地と同時に天狐に近づく。当然俺を脅威と見なした天狐は、俺を燃やそうとあの手この手を使ってくるが、俺には当たらない。当然だ、早さだけなら天狐にも負けていないんだ。それに、カメリアも俺のフォローに入ってくれる。
「くそ、なぜ当たらん!」
「はっ、今になって焦ったのかよ?アタイたちを……いや、ホクトを馬鹿にしてるから、してやられるんだ。ホクトは、そこらにいる男とは違うんだぜ!」
カメリアが朱槍を振り回しつつ、俺ageを止めない。ちょっと恥ずかしいから、止めてほしい。
天狐から迸る炎の波を掻い潜り、遂にその小さな身体に密着する。
「グッウゥ……」
「バカが、人の身で我に触れるなど……離れろ、お主死ぬぞ?」
「痛い、熱い、だけど……我慢する!」
「無茶苦茶な奴だな!?」
今にも触れている部分が炭化していきそうになる。これは一刻の猶予も無いな、籠手に渦巻いている高威力の魔力を一気に解放する。
「浸透!」
「な!?」
精霊の外皮は、どんなに攻撃してもダメージを与えられない。なら、高威力の水属性の魔力を直接内部に叩き込んだらどうなる?
「ぐぅ……グァアァァーー!?」
「へ、驚いてくれたか?」
目の前の天狐が、初めて見せる苦痛の表情。内部を食い荒らされ、その姿を保つのも難しくなってきたようだ。
「恐ろしい奴だ……我をここまで追いつめるとは。だが、惜しかったな。これで終わりであれば、この勝負我の勝ちだ」
「今回の主役は俺じゃない。なら、花道を飾るのは真打だろう?アサギ、やれ!」
「はい!」
「!?」
魔力の乱れた天狐の身体に、アサギが身体ごとぶつかっていく。
「これで、俺たちの勝ちだ……」
そこで、俺の意識は暗闇に消えた……。
次回で5章もエピローグとなります。
引き続きよろしくお願いします。




