2話 小悪党の末路
「おかえりなさホクトさん、カメリアさん」
「ただいまアーネちゃん」
「ただいまアーネ」
ウドベラに戻った俺たちは、依頼達成の報告と採集したドロップ品の買取をしてもらうためギルドに来ていた。もはや指定席と化しているアーネちゃんのいるカウンターに並んで、今日の成果の報告をする。
「今日はどうでしたか?」
「ああ、まだ7階層は攻略できてない。でも明日には8階層に行けそうだ」
「やっと蜂にも慣れてきたからな、戦闘時間も短くなったし結果として沢山採集できたよ、ほら」
カメリアがカバンからドロップ品の蜂蜜を取り出す。1匹からの量は少ないとはいえ塵も積もれば山となる、今日の成果は自分たちの取り分を除いても1リットルペットボトルくらいある。
「はわぁ~♪凄い量です。1日でこんなに取ってきたんですか?」
犬人族であるアーネちゃんの尻尾がちぎれんばかりにブンブン左右に振れている。アーネちゃんは表情以上に尻尾が感情に左右されるみたいで、本当に喜んでいることがわかる。
「カメリアとキラー・ビーの相性が良すぎるんだよ。俺のマイナスを補ってもお釣りが出るくらいだ」
「確かにそうかもしれないけど、ホクトだって結構倒してるだろ。マイナスって言うほど役に立ってない訳じゃないぞ?」
「でもなぁ、お前の戦いっぷりを見てると自慢気に成果を吹聴する気にもならないよ。実際4倍くらい差があるんだから……」
「時化た顔すんなよホクト、お前はすげえ!もっと胸を張れ」
カメリアとそんなやり取りをしていると、カウンターの向こうでアーネちゃんがクスクス笑っていた。
「ふふふ……お2人とも随分仲良くなりましたね。初めて顔を合わせたときは、あんなに喧嘩していたのに」
初めて会ったとき、それは宿屋で口論になって更にギルドで醜態を晒してアーネちゃんがギャン泣きした時のことだよな。
「ああ、あのときは……」
「まあ何というか……」
「懐かしいですよね?」
「「アーネ(ちゃん)のギャン泣きしか覚えてない」」
「そっちですか!?違いますよね?ほら、お2人とも売り言葉に買い言葉で……その、あの……私は泣いてませんからね!」
「いや、ピーピー泣いてたろ?」
「すごい声量だったよな、俺より年上とはとても思えない泣き声だったな」
当然アーネちゃんの言いたいことは分かっている。だけど、ついついからかっちゃうんだよな。俺だけじゃなくてカメリアもノリノリでアーネちゃんのことを弄ってるから、実際止める人がいない。
「そ、そんな……わたし、そんなに……ないて……ないですぅ」
あ、やばい。やり過ぎた。アーネちゃんの尻尾が徐々に膨れ上がる。
「わぁ!嘘、嘘だからねアーネちゃん。ちゃんと分かってるよ?」
「そ、そうだぞアーネ。アタイもホクトも、ちゃんと覚えてるからな?」
「……すん、うぅ~ほんとうですかぁ?」
「ほんとほんと、だから泣くなよな?」
アーネちゃんの頭を一生懸命撫でまわす。さりげなく垂れたイヌミミをモミモミと撫でてやると、にへらぁ~と気持ち良さそうに笑った。危なかった、前に今日と同じようにからかい過ぎて止め時を見失ってアーネちゃんがガチ泣きをしたことがある。あの時はホールにいた他の冒険者たちも何事かと、一斉にこっちを見たしな。
「おいホクト、今回はロドスいないよな?」
「見える範囲にはいない、それに今回はギリセーフだ。アーネちゃんは泣いてない」
「ズピッ……お2人ともどうしたんですか?」
「何でもない何でもない、ところで蜂蜜の鑑定をお願いしてもいいか?」
「あ、はい!こちらで処理しておきます」
よし、別の話題に誘導できた。隣でカメリアもサムズ・アップしてる。
「討伐依頼の方も達成ですね、最近失敗がなくて大変結構ですよ」
これは俺の事じゃなくて、カメリアのことな。カメリアは俺とパーティを組むまでは結構依頼の失敗が続いていたらしい。アーネも心配して、カメリアが成功しやすい依頼を見繕っていたみたいだけど、カメリアって人の話聞かないし。討伐証明部位もドロップ品も持ち帰っていなかったみたいだ。じゃあ依頼を受けるなよと言いたいところだけど、どっちかというとアーネちゃんの方が依頼を受けさせてランクを上げる手伝いをしていたみたいだ。
「カメリアも早い段階で7階層まで来れてれば、そこまで成功率下げなくても良かったのにな」
「うぅ、もうその話はするなよ。良いんだよ、Cランクに上がるために必要な成功率にはまだ間に合うんだし」
「そうですよカメリアさん、遅いなんてことはありません。これからも適切な依頼を受けていけば、いつかCランクに上がりますよ」
「ああ、そうだよな!」
アーネちゃんはええ子や、そしてカメリアはチョロ過ぎ。まあ、俺とパーティを組んでればドロップ品を取りこぼすって事も無いだろ。ポロンも一生懸命拾ってきてくれるからな。
「ところで、お聞きになりましたか?」
和気藹々ムードから一転、アーネちゃんが真面目な顔で俺たちに聞いてきた。俺もカメリアも何のことかピンと来なかったので、アーネちゃんの次の言葉を待った。
「ほら、カメリアさんを罠に嵌めたパーティですよ。ご存じないですか?」
「ご存じも何も、最近は全く見かけなかったからな。クソッ、アタイの前に現れたらボッコボコにしてるのに!」
「あいつらって、結局なんのお咎めも無かったのか?」
「いえ、意図的に罠に嵌める行為はペナルティーの対象になります。言ってしまえば殺人未遂ですから、彼らはランクの降格と保護観察処分になりました」
保護観察ってのは、まあわかる。再発を未然に防ぐことにもなるんだろうけど、実際降格がどれだけ罰として重いのか分かんないな。
「降格って、そんなに重罰なのか?俺なんて、別にEランクに落ちてもなんとも思わないけど」
「それは甘いですよホクトさん!降格が広まれば、色々なところで今まで通りの生活ができなくなります。例えば武器屋や防具屋、道具屋などは今までのように商売をしてくれなくなります。最悪出禁ですね」
「つまり、悪評が立つと周りの目が厳しくなって冒険者として立ち行かなくなると?」
「そうです、お店をやっている方たちも好き好んで粗野で乱暴な人とは関わり合いたくないですから」
そうなると、取れる手は悪評を上回る評価を得るか、別の町に移って悪評から逃げ回るかだな。けど、冒険者って意外と個別のコミュニティーを持ってたりするから他の町に行っても、前の町の評判なんかは付いて回ったりするかもな。
「へっ、ざまあねえな」
「カメリアはそれでいいのか?正直殺されても文句言えないことを、あいつらはお前にしたと思うんだけどな」
「アタイが直々に引導を渡してやりたいとは思う。けど、いちいち罰を受けた奴を追いかけて行って制裁を加えるのは面倒くさい」
「ははは、確かに」
どうやらカメリアは、あの時の一件については自分の中で整理ができているようだ。せっかくパーティメンバーになったんだ、昔の事で悩んでほしくは無い。
「で、結局アーネは何が言いたいんだ?あいつらの近況の話しか?」
「それに近いですけど、もっと別の話しです」
な~んか、嫌な予感がするな。この後碌なことを言われない気がする。
「彼らですが、1人は遺体で、残りの2人は行方不明になっています」
やっぱり碌な話じゃなかった。
「え、遺体?行方不明?」
「はい。遺体が見つかったのはダンジョンの中です。3階層の途中で発見されました」
「3階層?そいつはおかしいぞ。あいつら、性格は別にして技量は4階層や5階層レベルはあったはずだ」
「そうなんです、ですからギルドとしても何が起こったのか原因を調べているんですが、まだ分かっていません。本来、こういうことは個人の方には伝えないんですが、彼らから被害にあったカメリアさんには知っておいてもらった方が良さそうなので……」
「……なんで、カメリアが知ってた方が良いんだ?」
アーネちゃんが下を向いて唇を噛んだ。言うのを躊躇っているのか、それとも別の理由か……何かを一生懸命堪えているような表情だ。
「言えよアーネ。それもお前のギルド職員としての仕事なんだろ?」
「違います!本当はカメリアさんに言ってはいけなんです、でも今言っておかないとカメリアさんの身が……」
驚いた、アーネちゃんは個人としてギルドの決定に逆らおうとしているようだ。
「心配すんなアーネ、アタイは大丈夫だ」
「カメリアさん……」
再び俯いたアーネちゃんだったけど、今度は何かを決意したのかカメリアをまっすぐに見つめて言った。
「カメリアさんに殺人の嫌疑がかけられています。このままだと遠くないうちにギルドから招集がかかると思います」
「……は?アタイに嫌疑って、どういうことだ?」
「つまり、その遺体で見つかった冒険者とカメリアとの諍いは知れ渡っているから、そいつが死んだとなると一番の被疑者は……カメリアってことだ」
「はぁ!?なんでアタイがそんな面倒なことをしなきゃならん!」
まあ、そうだよな。俺としてもカメリアは完全に白だと思う。身内贔屓ってわけじゃなく、純粋にカメリアという人間の性格からして、そんなことをするなら堂々と決闘を挑みそうなものだ。
「なあアーネちゃん、俺にはカメリアがやったとは思えないんだけど」
「私だってそうです。カメリアさんはそんな手の込んだことをできるような人じゃないです。絶対、途中で面倒になって放っぽり投げちゃいます」
「俺もそれに同意だわ、どう考えてもカメリアみたいな脳筋の仕業じゃない」
「……お前らなぁ!ちょっとはアタイの心配をしろよ!」
「もちろんしてますよ、ただ今回のはギルドの勇み足って感が否めないです」
「そもそも、ダンジョンで死んでるのに犯人が人だって決めつけがおかしい。どう考えても真っ先に思いつくのは魔物にやられたってことだろ?」
誰が音頭を取って動いているのか知らないが、ちょっと意図的な物を感じる。
「つまりどういう事だ?」
「誰かがお前を貶めようとしている可能性がある。俺が証人になっても良いんだけど……今の決めつけからして、効果があるとは思えないな」
これがもっと別の人物が遺体で見つかったってことなら、あっさりダンジョンの魔物に殺されましたで終わりそうな話だ。そうならなかったのは、たまたま死亡した冒険者と最近問題を起こした奴がいたってだけの話しだ。でも冒険者ギルドのお偉いさんは、そこに何かを感じ取ってしまったんだろう。
「まさに迷探偵」
「なあ、アタイどうしたらいいんだ?」
「現時点では、カメリアさんへの拘束力を持った通知は出ていません。これは私個人が友人としてカメリアさんに教えただけですから」
「そう……なのか」
「後でいきなり言われても、カメリアさんキレて暴れ回るだけでしょ?だから事前に知っていてほしかったんですよ。それなら、心の準備もできますしね」
以外に策士だなアーネちゃん。でもアーネちゃんの言う通り、今のところはそういう話があった程度で良いのかもしれない。
「わかった、俺たちも注意しておくよ。他に何か情報が入ったら、教えてくれよ?アーネちゃん」
「もちろんです、私にとってはカメリアさんもホクトさんも大事なお友だちですから」
嬉しいことを言ってくれる。見た目は子供なのに、こういう時は年相応に見える……ごめん、やっぱ見えない。どこまで行ってもアーネちゃんは子供だ。
「ホクトさん、今とっても失礼なことを考えていましたね?」
「……きのせいじゃないかな?」
「……ジィ~」
「……と、とにかく。今日の所は帰るよ、またなアーネちゃん!」
追及される前に回れ右をして、とっととカウンターから離れる。カメリアも神妙な表情をしてるけど、俺の後を歩いてくる。カメリアの事は心配だけど、今は何もできないからな。気に留めるだけにしておこう……。




