3話 楽しい食卓
宿屋に戻ってきた俺は、ひとまず身体を綺麗にしようと部屋で身体を拭いて戦いの垢を落とした。ウドベラに来て早2か月、そろそろ湯船に浸かりたい……。ああ、『羊の夢枕亭』が恋しい。
「この宿も悪くは無いんだけど、やっぱり風呂が無いのはきっついな」
宿の人に行ってお湯の入ったタライを用意してもらう。その中に裸のまま入って腰を落とすと、手ぬぐいを使ってゴシゴシと洗っていくわけだ。石鹸なんて高価なものは買えないから水洗い、この場合お湯洗いか?
「汚れは落ちてるんだろうけど、湯船に浸かって身体の芯から温まるあの開放感には勝てないよな……なんか疲れが取れた感じもしないし。あと1か月攻略を続けて、それでもダンジョンの踏破ができなかったら、1回リーザスに帰るか」
戻る理由が風呂に入りたいってのは、いかにも日本人らしい。家の近所のスーパー銭湯に週一くらいで行ってたから、大きい風呂が恋しくなる。
「ほらポロンも来い、一緒に洗ってやるから」
「ワン!」
ポロンが俺の胸目掛けて飛び込んできた。こいつはキレイ好きで、身体中を洗ってやると気持ち良さそうな顔をする。恐らくハンナちゃんが毎日洗ってくれてたのが、風呂好きになる切っ掛けだったんだろう。そもそもが野生の白狼種だ、風呂が好きなんて感覚は人間と一緒に住むようになってからのものだろう。
ポロンの身体を優先して洗う。手ぬぐいよりも手で洗われる方が好きみたいだから、全身を手もみでワシャワシャ洗っていく。
「……ワフゥ」
本当に気持ち良さそうだ。口が半開きで舌先だけチョロっと出ているのが可愛い。一通り全身を洗ってから、乾いた手ぬぐいで拭いてやる。
「よし、綺麗になった。さっぱりしたな、ポロン」
「ワンワン!」
やや湿ってはいるけど、これ以上は自然乾燥に任せるしかない。
「さて、あんまりゆっくりしてると湯が冷めちゃうし……なにより、アレが来そうだ」
慌てて身体を洗っていく、しかし時既にお寿司……。
「ホクト、早く飯に行こうぜ!」
「バカ、まだ終わってねぇよ!お前、毎日わざとだろ。なんでわざわざ俺が身体拭いてるときを狙って部屋に来んだよ!」
「あっれ~、ごめんごめん。まだ終わってなかったかぁ~」
「わざとらしいんだよ、とりあえずいったん部屋から出てけ!」
「へへへ……早くしろよ」
最後まで俺の裸を凝視したまま扉を閉める。カメリアがまた入ってくる前に急いで身体を洗って服を着る。ちくしょう……せっかくの憩いのひと時が、あの痴女のせいで楽しめなかった。
普段着に着替えて準備が整ったので、扉の前にいるカメリアに声をかける。
「……もういいぞ」
ギィィ~
「……へへ。良いもん見れた」
「止めろよな、こういうこと。お前だってやられたら嫌だろ?」
俺の苦情に少し首を傾げて考えるカメリア。俺よりも大柄な鬼族の女であるカメリアがやっても全く似合ってない。
「う~ん……それも良いかも」
「は?」
「そうだ、いっそのこと一緒に入ればお湯代も浮くじゃねえか!ホクト、お前頭いいな!」
一瞬カメリアが何を言ってるのか分からなかった。
「……い、いやいや。おかしいだろ?カメリアだって女なんだから、恥じらいを持てよ!」
「アタイら鬼族の女は、欲しいと思ったものは力ずくってのが基本だからな。好きな男に素っ裸見られるくらいなんてことない」
「好きな男って……」
相変わらず、俺への好意を隠そうともしない。
「ホクトは……その、イヤか?アタイみたいなデカい女の裸を見るのは」
うわぁ~、途端にシュンとなっちゃったよ。こいつのこういう仕草は見ていて辛い。大きい体を、これでもかと小さく縮こまらせて俯くのだ。こっちの罪悪感が半端ない。
「……嫌じゃない、むしろご褒美だけど。って、いやいやそうじゃなくてな」
「アタイの裸は、ホクトにとってご褒美なのか?」
ああ、喜んじゃったよ。確かにカメリアみたいな美人の裸を見れるのはご褒美だけど、今それを受け入れる訳にはいかない俺からすると拷問以外の何物でもない。
「うるさい!ほら、飯に行くんだろ?」
「もう照れちゃって……可愛いな、ホクトは」
「止めてください、可愛いって言われても全く嬉しくないです」
2人で宿を出る。ここの宿屋は食堂が付いていないタイプなので、食事の度に外に出る必要がある。まあ、その分安いから問題ないけど。
「今日は何にする?」
「肉だな!」
「お前、毎日肉じゃんか」
「肉の何が悪い?」
「はぁ……じゃあ、肉料理の美味い店に行くか」
「おう!」
2人連れ添って、ウドベラの繁華街へ向かって歩き出した。
ウドベラの町は北と南に門を構える城塞型の町だ。俺はリーザスの町から北の門を通ってウドベラに入った。北と南を繋ぐ大通り、そこから枝葉のように張り巡らされた小道は、主に住宅地の方へと延びている。繁華街は南門寄りの大通りから1つ入った辺りのことをそう呼んでいるみたいだ。ちなみに、ギルドは北門に近いところにある。俺たちの宿があるのも北門に近いので、繁華街まで行くとなると結構歩くことになる。
1か月もいると、ウドベラの町にも慣れてきた。最初の頃は色々な店を食べ歩きをしてたから、ハズレの店にも何度か当たったことがある。あれで金を取るのは詐欺だと思うような、口に入れる前から匂いでNGってものもいくつかあった。
「今日はここにしよう」
1つの店の前で足を止める。その店はカメリアとも何度か来たことのある店で、肉料理の種類が豊富でどれもこれもが美味い。1回来ただけじゃ全部を食べきれないくらい種類があるから、だいたい週1回は来てるかもしれない。
「いいね、今日はガッツリした肉を食べたいと思ってたんだ」
ちなみにカメリアが一番気に入っている店でもある。カメリアは肉料理に目が無く、しかも味に結構うるさかったりするので店を選ぶのが大変だ。その点、この店は大当たりの部類だから、安心してチョイスできる。
「よし、入ろう」
「さあ、食べるぞ~!」
俺に続いてカメリアが店に入る。すでにいい時間帯なので、店の中はかなり混雑していた。
「やばいな、出遅れたか?」
「いざとなったら、その辺の奴の首根っこ掴んで……」
「やめろ、この店出禁になって悲しい思いをするのはお前だけじゃない」
「分かってるよ、ちょっと言ってみただけだ……」
冗談だと言ってる割に目がマジだ。いよいよとなったら本気でやらかしそうなカメリアを見ながら、空いている席を探す。
「いらっしゃ~い♪お2人ですか?カウンターなら2席空いてますよ?」
指さされた方を見ると、確かに2席空いてる。カメリアに視線で確認すると問題ないとばかりに頷いたので、その席に座ることにした。俺とカメリアが席に座り、俺の膝の上にポロンを抱っこする。この店のいいところは、ポロンも一緒に食事をすることがOKなこともある。最初に来た時に聞いてみたら、汚さなければOKと言われた。この世界、衛生面とか大分意識が薄いようで俺たち以外にもペットを連れてくる客は意外に多いらしい。
「アタイは、とりあえずエール」
「じゃあ、俺もエールにしよう」
2人分のエールと、更にミルクを頼む。こっちはポロン用だ。
「そう言えば、最初の頃はホクト全然酒飲まなかったのにな。どういう心境の変化だ?」
そう、俺も酒を飲むようになった。地球では17歳は酒を飲めないけど、この世界の成人は15歳。俺よりも年下の冒険者たちが平気でエールを飲んでいる様を見て、へんに地球のルールに引っ張られるのがバカバカしくなったのだ。
「単純に飲んだことなかったからだよ、飲んでみたら以外に美味しかったから飲むようになっただけだ」
としておこう。カメリアには俺の秘密を打ち明けていないので、下手に嘘をつくとボロがでそうだ。
「エール2つとミルクお待ちどうさま~♪はい、ワンちゃんの分はここに置くわね」
店のウェイトレスが木でできたジョッキを2つと、浅い皿をテーブルの上に置く。
「よ~し、乾杯しよう!」
「「乾杯!」」「ワン!」
ポロンも俺たちの掛け声に被せてくる、こいつ本当に頭いいな。
「ゴク……ゴクゴク……ぷはぁ!美味い!」
「ングング……ング……かはぁ!堪んねえ!」
「ペロペロペロ……ワン!」
ポロンもご満悦だ。口の周りを白く汚してこっちを見る。
「はいはい、綺麗にしような~」
手持ちのタオルで口の周りを拭いてやる。最近、ポロンの中でのマイブームは俺に口を拭いてもらう事らしい。ちょっと汚れると、すぐ寄ってきて拭くように催促するのだ。その時の顔がまた可愛くて、俺も毎回ホッコリした気分で拭てやる。まさにWIN-WINの関係だ。
ツマミの小鉢を突きつつ、エールを飲む。そんなマッタリとした時間を過ごした。この時間を有効に使おうと思い、普段気になってたことをカメリアに聞いてみることにした。
「そう言えばさ、なんでカメリアは俺の宿に移ってきたんだ?」
「ング……ふぅ。なんだよ藪から棒に」
酒が入ったせいか、ほんのりと桜色に火照った顔のカメリア。実に色っぽい。
「いや、ずっと気になってたんだ。カメリアがアーネちゃんに紹介された宿の方が、俺が泊まってるところよりも良いとこだったろ?金額は同じで設備なんかの充実度はそっちの方が良かったよな?」
「そんなの、お前と一緒の宿が良かったからに決まってんだろ?」
「そうなんだけど、だったら俺がそっちに移れば良かったんじゃね?」
「あの時は宿がいっぱいで、ホクトが泊まる部屋が無かったんだよ」
まあ、俺と一緒の宿がいいってのは想像がついていた。わざわざこっちに来なくても、俺の方から移っても良かったのが何故?ってずっと思ってた。その理由が部屋が無かったからとは……。
「もっとも……ホクトがアタイの部屋に転がり込んで来るって言うなら、考えるまでも無かったけどな」
火照った顔でそういう事を言うのは止めてください。今の俺は表面張力の力を借りて、辛うじて自制心を働かせている状態なんです。
「今からでも遅くないぞ?どうだ、ホクト……アタイの部屋に来ないか?」
うわぁ~マジで止めて~。俺だって酒が入って気分が高揚してるんだ。そんな状態で、そんなこと言われたら、コロッと行ってしまいそうになる。
「お、俺は……」
「お待ちどうさま~♪ローストビーフとサラダの盛り合わせで~す!」
救世主現る!あ、危なかった……。
「あ、ありがとう!さ、カメリア食べようぜ!」
「……チッ」
今この人舌打ちしましたよ!?わざと話の流れをピンクな方に持って行ってたな?カメリアって俺と同じ脳筋なのに、こういう策士みたいなことをたまに仕掛けてくる。もっとも、ピンクな方限定だけど。
「ほら、ポロンにも取り分けてやるな?」
「ワンワン!」
ポロン用の小皿をもらって、ドレッシングがあまりかかっていない部分を取り分ける。ポロンだって白狼種という高位の魔物だ、当然肉だって大好物である。ローストビーフを取り分けてやると、俺の腹の前にある尻尾を忙しく動かして喜んでいる。
「美味いな、やっぱりここの料理は最高だ。ほら、カメリアもブスッとしてないで食べろよ。好きだろ?ローストビーフ」
「ああ、クソッ!こうなりゃ自棄だ、腹が破裂するまで食ってやる!」
そう言うや、すごい勢いで食べ始めた。ゴメンなカメリア、本当はお前みたいな美人に言い寄られて嬉しいんだけどさ、もう少しだけ待ってくれよ。俺も気持ちの整理を付けたいし……なにより、リーザスで待ってるあいつのこともある。今は、このマッタリぬるま湯な関係のままでいさせてほしい。




