14話 モンスターハウス(前編)
追記:文末の・・・を……に変更しました。
俺たちは今、4階層を進んでいた。今日になってやっと3階層を突破して4階層までくることができた。初めての階層はワクワクする。
「階段のあるこのスペースからは左右に伸びる道か。さて、ポロンどっちに行こうか?」
「あぅ?……フンフン……ワン!」
首を傾げて鼻をスピスピ鳴らしながら、どっちに行こうか考えるポロン。初めて来る階層では、最初はポロンに任せることにしている。野生の勘……は、無さそうなポロンだけど以外にここまでハズレを引いたことは無い。
「ここの階層にはクレイ・ゴーレムが出てくるらしいぞ」
初めて戦う魔物だ。ギルドで集めた情報によると、物理攻撃があまり効かないらしい。これはクレイ・ゴーレムが持つ物理耐性が原因らしい。魔法使いをパーティに加えて魔法で対処するのが一般的らしい。
「もっとも、ソロの俺にはどうしようもないけどな……」
「ワンワン!」
お、ポロンが道を決めたようだ。ちょっとは休めたし、攻略を再開しよう。しばらく道なりに進んで行くと、突然横の壁から腕が伸びてきた。
「うぉっ!?クレイ・ゴーレムって壁に擬態するのかよ!」
慌てて回避するけど間に合わない。右腕を殴りつけられ、反対の壁際まで飛ばされる。
「ポロン、壁に近づくな!どこから敵が出てくるか分からないぞ」
「ワン!」
俺のざまを見て学習したのか、ポロンは道の中央で立ち止まっている。飛ばされてきた方を見ると、壁から腕だけが生えていた。なんか会談に出てくるトンネルの怪異みたいだな、ちょっとシュールだ。クレイ・ゴーレムは擬態を解いたのか、徐々に全容が分かるようになってきた。俺を殴り飛ばしたやつは、壁際に腰を下ろして膝を抱えた状態だったようだ。
「クレイ・ゴーレムが体育座りして壁際にいたのかと思うとシュールだ……」
目の前に現れたクレイ・ゴーレムに意識を向けて迎撃態勢を取ると、今度は背中を強打されて前に飛ばされた。
「いってぇ~!」
後ろを振り返ると、背中側の壁からもクレイ・ゴーレムが現れた。
「いったい何体隠れてやがるんだ!?」
この階層、壁には近づきたくない。擬態しているクレイ・ゴーレムは気配感知にも引っかからないから、マジでどこにいるか分からない。しかも今の状況は2体のクレイ・ゴーレムに挟み撃ちにされているから、どちらかを倒さないと危険だ。
「ポロン!向うのクレイ・ゴーレムの注意を引いてくれ。俺は、こっちの奴を対処する」
「ワン!」
ポロンは元気よく一声吠えて、前方のクレイ・ゴーレムに向かっていった。ただ、ポロンでは物理耐性を持つクレイ・ゴーレムとの相性が悪い。とっととこっちにいる奴を倒して、ポロンの加勢に入ろう。
「なんせ、俺には物理耐性なんて関係ないからな。俺はお前らの天敵だな」
動きが鈍いクレイ・ゴーレムに近づいて拳を握る。魔力を集めて準備万端。右足をあげて前蹴りをしてくるクレイ・ゴーレムだけど、ハッキリ言って遅い。身体を横にして前蹴りをやり過ごして、そのまま土塊でできた身体に右フックを叩き込む。
「食らえ浸透!」
魔力を流された場所を起点にクレイ・ゴーレムが爆発した。土塊を巻き上げ動かなくなる。
「うわ、ぺっぺ……うげぇ。土が口の中に入った」
一撃で倒せたのは良かったけど、毎回土を被るのは嫌だな。改めてポロンが相手をしているクレイ・ゴーレムに視線を向ける。ポロンは、自分の攻撃が効果ないと解ったのか避けることに専念している。
「お待たせポロン!一気に倒しちまおうぜ」
「ワンワン!」
ポロンを追い回しているクレイ・ゴーレムは、俺が近づいていることに気付いていないのか未だにポロンばかりを見ている。まあ、所詮土塊ってとこか。
「これで、おしまいだ」
大きく振りかぶった右腕に魔力を集めて、クレイ・ゴーレムの顔面に叩きつける。今度は顔を起点に上半身の半分くらいが爆発して吹っ飛んだ。
「なんかこのダンジョン、相手をしたくない魔物で一杯だな……」
土と埃で大分汚れてしまった。
「さて、気を取り直して。こいつらは何を落としてくれるのかな?」
身体が汚れようが、この時間はたまらなく楽しい。クレイ・ゴーレムは小さな鉱石のようなものを落とした。
「これは……ただの石って訳じゃないよな。なんだろう?鉄とかか?」
鉱物資源なんて見たって解らない。これがギルドの買取でそれなりの値段になってくれることを祈ろう。
「よし、先に進むぞ」
俺は気配感知を発動して歩き出す。しかし、しばらくすると行き止まりにぶつかった。だけど、その行き止まりは妙なことになっていた。
「……おかしい。確かに行き止まりなのに、この壁の先に魔物がひしめいている。これって……隠し部屋ってやつか?」
前にノルンさんに教えてもらったことがある。ダンジョンの中には、稀に隠し部屋と呼ばれる空間があることがあると。隠し部屋には色々なギミックの罠があって、上手く解除できれば、ほぼ100%宝箱が見つかるらしい。
「ハイリスク、ハイリターンだよな。まさに冒険者って気はする」
ノルンさんは、そのときこうも言っていた。隠し部屋に通じる扉にも罠、もしくは偽装が施されていて、そもそも中に入るのも難しいと。
「これ気配感知使ってなかったら、絶対気付かなかったよな。まあラッキーと言えばラッキー……なのかな?俺に、ここの扉を見つけられるか疑問だけど」
見た限り普通の壁に見える。試しに色々な場所を叩いてみたけど、音が違うなんてこともなかった。
「これ、無理じゃね?」
すでに諦めモードに入っていた俺だったけど、ここで救世主登場。
「ワンワン!」
まさしくここ掘れワンワン。ポロンが地面に近い床を前脚でカリカリしてる。そこに何かあるって事か?
「どうしたポロン、ここに何かあるのか?」
「ワン!」
自信をもって答えるポロン。よし、なら見てやろう。ポロンにはその場をどいてもらって壁を調べる。すると、ポロンが前脚で突いていたところに出っ張った石のようなものがある。
「……お前、よく見つけたな。えらいぞポロン」
頭をワシャワシャ撫でまわしてやると、尻尾をこれでもかと振りまくるポロン。お前本当にええ子やなぁ。
「見つかったんなら、覚悟を決めないとな。鬼が出るか、蛇が出るか……どうだ!」
俺は思い切って石を押してみた……しかし、何も起きない。
「あ、あれ?何も起きないぞ……確かに何かのギミックがありそうなんだけど……ポロン、これでいいんだよな?」
するとポロンは前脚で顔を覆ってしまった。止めてくれる?立ち直れなくなるよ?
「え、俺なにか間違えた?」
もう一度石を見てみる。明らかに人工物のように見える。壁の材質とも違うように見えるし……もしかして。
「押してもダメなら、引いてみろってこと……か?」
ダメもとで石を掴んで手前に引いてみた。すると、壁の内部から音がした。
ガコ、ガコン……ガガガ!
なんと壁がひとりでに動き出したのだ。手前に開き始めた壁にビックリして少し下がる。大分重いのか、壁が開く速度は亀のように遅い。
「でも、このゆっくり開くのはいいな。奥に何があるのかワクワクしてくる!」
左側から手前に開いていったので、俺は右側に下がって見ていた。徐々に見えてくる隠し部屋、早く見たいと扉の隙間から奥を見て驚いた。
「……え?これはいったいどういうことだ!?」
扉の奥の光景、それはたくさんのオークと地面に抑えつけられているカメリアの姿だった。
「カメリア!おい、カメリア!!」
大声で呼んでみるけど返事がない。代わりに周りのオークたちの視線を集めてしまった。これは……まあ仕方ない。このままじゃ、カメリアの凌辱ショーが始まってしまう。
「くそ、準備する暇もないのかよ!」
俺は隠し部屋の中に飛び込んだ。でも、カメリアのもとに行くまでにどれだけオークを倒せばいいんだよ。というより、この部屋の中にいったい何匹のオークがいるんだ?軽く見ても30匹以上いるぞ、これ。
しかも、悪い事は重なるもので……
「ワンワン!……・ン……ワ……・」
「え!?」
俺の目の前で隠し部屋の扉が閉まる。おいおい、これじゃカメリアだけ助けて脱出することもできないじゃないか!?しかし、俺の心情なんてお構いなしに扉は閉じてしまった。外にポロンを残して……。
「嘘だろ……」
閉じた扉は、どれだけ力を入れてもびくともしない。完全に閉じ込められてしまった。
「ああ、これが隠し部屋の洗礼かよ。これってモンスターハウスってやつだろ!?」
叫びながら1匹目のオークに走り寄る。そもそも、俺はオークと戦うのは初めてだ。しかも、このダンジョンにいるなんて思ってなかったから予備知識も地球の小説しかない。
俺を敵だと認識したオークは、手に持つ巨大な棍棒を振り回した。動きはそこまで早くないけど、一撃でも貰ったら即死しそうなパワーを持っている。棍棒をギリギリで躱す、耳に風が通り過ぎる音が聞こえてくる。
ブンッ!
「身体が大きい奴の弱点は……足!」
棍棒を掻い潜りながら、オークの膝を砕きに行く。
ガッ!
「かってぇ~!ダメだ、俺の攻撃じゃ足にダメージを与えられないじゃん」
膝に攻撃を受けても、びくともしないオーク。構わずに棍棒を突き出してくる。姿勢を低くして胴体部分に近づく。右の拳をブヨブヨの腹に叩き込む。
「浸透!」
ボコォ!
柔らかいと思っていたオークの腹は、以外に硬かった。これ贅肉の奥にガッチガチの筋肉が隠れてるな。でも……俺の浸透には関係ない。
「フゴォォォ!!」
「よし、まず1ひ……」
2匹目に移ろうとした俺の顔めがけて棍棒が迫ってきた。身体を捻って何とか躱す。
「うわっ、嘘だろ浸透効いてないのかよ!?」
オークの方を見ると、口から血の泡が噴出している。効いてない訳じゃない……ただ、一撃じゃダメってことだ。
「これってピンチだろ。一撃で倒れないとなるとまずい、俺の浸透は連発できないってのに……」
右拳だけだと、2発目の浸透の制御が効かなくなる。かと言って、他の攻撃をしても効果があるとは思えない。
「ぶっつけ本番だけど、左の浸透を使うしか生き残る道はない。覚悟を決めろ三嶋北斗!このままだとカメリアが死ぬより酷い目にあうんだぞ!」
動きの鈍ったオークに向かっていく。相手も必至だ、相当なダメージを受けているのかさっきよりも棍棒の動きが遅い。余裕を持って躱して、胴体に近づく。
「どうだぁぁぁ!」
左拳に魔力を集めて殴りつける。身体に触れた瞬間、流し込むようなイメージで魔力を開放する。
「死んじまえぇぇぇ!」
オークの腹の中で魔力が弾ける。
「ブフォォォォォ!!!」
口から大量の血を吐き出して倒れるオーク。
「……やった、やれたぞ左の浸透!」
浮かれる俺に2本の棍棒が迫る。
「うわっ!あっぶねぇ~、ちょっとは余韻に浸らせろ!」
折角初めて左の浸透が成功したって言うのに。まあ、オークからしたら知ったこっちゃねぇって感じなんだろうけど。左のこめかみの辺りがチリチリする、手で触れてみると血が付いていた。さっきの棍棒は掠ってたのか……ほんと一瞬も気が抜けないな。
「それにしても遠いな……やっとこさ1匹倒したって言うのに。これ、最後まで体力保つか?」
俺に近づいてくるオークは、まだ5,6匹くらいだ。それ以外はカメリアの方が良いのか、こっちに興味も示さない。一刻も早くカメリアのもとに行かないと。
「行くぞ、オークども!」
俺は覚悟を決めてオークの群れの中に飛び込んだ。
あれからどれくらい経ったのか。俺は未だにカメリアに近づけないでいた。
「ハァ……ハァ……こいつら、強ぇな」
あの後2匹のオークを倒すことはできたけど、これじゃ焼け石に水だ。もっと効率よく倒していかないと……やっぱり頭だよな。
「直接オークの頭に浸透を叩き込めば、さすがに一撃で死ぬと思うんだけど」
そうできない理由があった……オークと俺とで体格差が倍近くある。普通に頭を攻撃しようとしても届かない。カメリアの方も防具を外され、そろそろ本気で操の危険が迫っている。
「……頭を直接攻撃できない。なら、どうする?
膝を地面につけさせることができれば、俺の身長でも頭に届くだろう」
つまり最初に放棄した膝への攻撃……正面からやってもダメだったなら、膝の裏に当てるしかない。あの棍棒を掻い潜って、オークの後ろに回って膝裏に攻撃する。その上で頭へ浸透を叩き込む。やることは解ってる、後はそれを……。
「実戦して見せれば良いって訳だ……」
できるかどうかじゃない、やるしかカメリアを助けられない。1匹のオークに狙いを絞ってダッシュする。振り下ろされる棍棒を左に避けて、後ろに回り込もうとする。しかし、別のオークが攻撃をしてくる。さっきから、この繰り返しでまともに攻撃することすらできない。焦るばかりで上手く身体が動いてくれない。
左から攻撃され皮の籠手でガードする。ダッジさんに怒られそうだけど、そんなことを言っている余裕がない。受けたまま横に吹っ飛ばされる。そのとき閃いた。この勢いを利用できないか?
「くっ、身体が浮いたらダメだ。勢いだけを加速に利用するんだ」
右からの棍棒の攻撃を着地と同時に避けて躱す。オークの股下をくぐって……おえぇ、イヤな物が目に入った。プラプラさせるな鬱陶しい!
グッとこらえて後ろに回り込む。むき出しの膝裏に全力の蹴りを入れると、オークは膝をついた。ここまでは狙い通り。あとは……。
「後頭部に浸透!」
オークが俺を見失っている間に、後頭部への浸透が決まる。顔中の穴から血を噴出してオークが絶命する。
「3匹目!」
左のオークが棍棒を振り回すのを集中と鷹の目で回避し続ける。右、突き、左からの掬い上げ……隙が大きい。掬い上げを躱すと同時に後ろに回り込む。
「膝、そして頭へ浸透!」
4匹目のオークがうつ伏せに倒れる。ここまで来ると、俺を無視できなくなったのか何匹ものオークが近づいてきた。
「この数は、やばいな……。でも、これでカメリアから引き剥がすことができた。ポロン聞こえるか?」
壁際でオークを睨み付けていたポロンに声をかける。返事は来なかったけど、聞こえているものとして命令する。
「1匹でいい、オークの注意を引いてくれ。その間にカメリアを起こす」
俺はそれだけを言うと、俺に群がってきたオークたちに突っ込んで行った。棍棒の森を掻い潜り、近くにいるオークを前蹴りで蹴りつける。
「ブフ……」
ただの蹴りじゃダメージが入らない。それは知っている、だから……
「お前は踏み台だよ!」
オークの腹を蹴り付け、その足を軸足として飛び上がった。所謂壁蹴りの要領で空中に飛び上がった俺は、目の前にある頭に向けて左拳で殴りつける。
「浸透!」
頭を破裂させて倒れるオークを隠れ蓑にして、別のオークへ近づく。俺を見失ったオークは無防備に背中を見せていた。気配を極力殺して近づき、膝に全力の蹴りを入れる。膝をついて姿勢が低くなったところに右の拳を叩きつける。
「浸透!」
これで2匹。右手の連発は魔力が集まり難くて失敗するけど、左右で打ち分ければある程度は連発できそうだ。ただ、魔力も無尽蔵じゃない。このままじゃ遠からず魔力が枯渇する。
「これ本当に全部倒せるのか?無理ゲーじゃねぇかよ……」
倒しても倒してもオークが減った気がしない。カメリアまでの間にあと3匹。そのとき後ろの1匹が別の方を向く。
「……ポロン、ナイス。今のうちに2匹をやっつける」
ポロンが俺の命令通りに1匹の注意を引いてくれているようだ。この2匹を倒して、とっととカメリアの所まで行こう。
左右から振り回される棍棒を避けて、前へ前へ進む。右のオークの射程に入ると棍棒を握っている右手の小指に思いっきり殴りつける。
メキィ!
イヤな音と共にオークが棍棒を取り落とす。小指が折れたことで力が入らなくなったのか、それとも痛みで手放したのか地面に落ちる棍棒。慌てて左手で取ろうと姿勢を低くしたオークの頭に拳を叩き込む。
「お前らが馬鹿で良かったよ!」
あと1匹。左のオークに振り返ろうとしたところで、横から衝撃を受けた。
「がぁぁぁ!!」
横っ飛びに吹っ飛ばされて地面を転がる。
「くぅ、何があった?棍棒で殴られたのか?」
その割にはダメージが致命的じゃない。オークの方を見ると、左の腕を振り切っていた。どうやら、空いた方の手で殴られたらしい。
「ちくしょう、初めて食らったな……。棍棒じゃなくて良かったけど、こんなの何発も耐えられる自信はないな」
折角詰め寄っていた距離も離されてしまった。また、あの暴風雨の中を進まないといけないと思うと気が重い。何とか気力を振り絞っていると、カメリアの方から微かな声が聞こえた。
「……うぅ、アタイ生きてんのか?」
「カメリア!!」
待っていた瞬間、ようやっとカメリアが目を覚ました。




