6話 塔の洗礼
ジャイアント・グリズリーとの戦闘を終えて一息入れた。1階の敵にしては、なかなかの強敵だった。こんな魔物がウヨウヨしてるとなると、注意を払って払い過ぎるって事はないな。ジャイアント・グリズリーの死体は地面に沈み込むようにして消えた。残されたのは、熊の手と毛皮。
「外と違って、剥ぎ取りが無いってのは楽でいいな」
「毛皮は良くドロップするみたいだけど、熊の手はラッキーね。結構高値で取引されてるみたいよ」
毛皮と熊の手を皮の袋に何とか詰め込み、やっと休憩が取れる。
「毛皮が取れたのは良いんだけど、かさばるな……」
「まあ、大きいものね。もし次に倒したら、きっと持って帰れないわ」
「そんときゃ、アタイが担いで帰るさ。折角の戦利品を置いてくなんて、そんな勿体無い事ができるか」
これも悩みの種だ。ゲームやラノベのように無限インベントリがあれば、いくらでも持って帰れるのに現実世界にそんなものは無い。
「あるわよ、何でも入る魔法の袋」
「…………えっ、あるの!?」
まさか本当にあるとは……なら、願いの塔をこの先攻略するためには、是非ともほしい一品だ。どこで買えるのかをアサギに聞いてみた。
「市場には、まず出回らないわね。あっても、ものすごく高いわ。それよりも、願いの塔で宝箱から出るって噂だから、そっちに期待した方が良いんじゃない?」
「願いの塔で手に入るのか。なら、できるだけ宝箱は見落とさないように行こう」
魔法の袋があると無いとじゃ、効率が全然違う。誰か荷物持ちに雇うよりも、宝箱から見つけることを想定して行動した方がいい。でも魔法の袋か……どれくらいの性能なんだろう?
「その魔法の袋って、どれくらい入るんだ?」
「う~ん、物によりけり……かな。凄いのになると、家くらい問題なく入るみたいよ」
「家っ!?そんなものまで入るのか……」
「まあ、まず出ないけどね。同じ魔法の袋でも、通常の皮の袋の2倍程度から家サイズまで色々。もし私たちが願いの塔で宝箱を見つけたら、神に祈って取り出しましょう。もしかしたら、凄い許容量の袋が出てくるかもね」
アサギが、ウインクしながら冗談交じりに言う。そうか、手に入ったとしても有用かどうかは神のみぞ知るって事か。でも、それでも無いよりは全然マシだよな。
「他にどんな機能があるんだ?中の時間が止まったり、温度が変わらなかったりする袋もあるのか?」
「……何そのおとぎ話の世界に出てくるような袋は。そんなものある訳ないでしょ、今まで報告された中にそんな出鱈目な性能の袋は無かったはずよ」
「そうか……そこまで甘くは無いか」
ちょっと残念と思ってしまう自分がいる。まあ、今色々言ったところで捕らぬ狸の皮算用なわけで……まずは宝箱を見つける事から始めないとな。
「その宝箱ってのは、そんな簡単に見つかるもんなのか?確かアタイとホクトでウドベラのダンジョンに潜ったときに、たまたま1つ見つけたけど……あんな感じに隠し部屋とかにあったりするのかな?」
「そういう所にあることもあるみたい。ただ、全部が全部そうだって訳じゃないみたいよ。願いの塔の宝箱は、あるとき突然そこに現れるって聞いたことがあるわ。多分、カメリアの言った宝箱は一度しか中の物を取れないタイプの宝箱じゃないかしら。普通の宝箱は、偶然見つけられれば必ず中に何か入っているみたいだし」
「それだと、闇雲に探すことになりそうだな……」
宝箱探しをメインにしても良いんだけど、偶然に期待するのは効率が悪そうだ。だったら、誰も見つけていない隠し部屋とかを探した方が良さそうだな。
「よし、宝箱探しはおまけだ。基本は今日みたいに依頼を受けて、それをこなしている最中に宝箱を見つけられたらラッキーくらいに思っておこう」
「そうね、それが良さそう。それに、1階は多くの探索者に調べ尽されてるから、もし隠し部屋を探すなら、より上の階層まで行った方が見つかる確率は高そうよ」
だいたいの行動パターンは決まったかな。
「で、アサギ。今回受けた依頼で、まで未完のものってあるか?」
「もう全部達成したわ。あとは、この荷物を持ってギルドに提出すれば依頼完了ね」
「もう帰んのか?」
「今回は様子見だって言ったでしょ。大丈夫よ、これからいくらでも来れるんだから。今回の探索をもとに、次はより効率よく進められるようにしましょう」
カメリアは、まだまだ探索を続けたいみたいだ。俺も余力が残ってるから、まだ続けたい気持ちはある。だけど、初回は無理をしないって決めてここに来たんだ。まだ大丈夫なんて言って、取り返しのつかない事になったらシャレにならない。ここはカメリアには悪いけど、リーダーとしてビシッと決めよう。
「カメリア、今日は最初からすぐ帰る予定だったろ。ここはリーダーとして、今の段階で帰る事を……」
そう話していた時、突然複数の魔物の反応が気配感知に引っ掛かった。
「っ!?魔物複数体接近中。戦闘は避けて、帰る事を最優先に行動するぞ」
「解ったわ」
「……おう」
まだ不服そうなカメリアだけど、さすがに無視してまで残るとは言わない。依頼品の詰まった革袋を俺とカメリアで担いで、そっと入り口まで戻る事にした。
森から出て、当たりを伺う。まだ反応した魔物たちは視認できない。森の反対側から来てるのか?
「どう?」
「見えないな。とりあえず、今のうちにできるだけ入り口に近づくように移動しよう。先頭は俺、中にアサギ、最後にカメリアだ。いいな」
「了解」
「おう」
できるだけ早く、慎重に移動をする。ここから塔の入り口までは、遮るものがほとんどないサバンナ地帯だ。あまり派手な行動をすると、魔物たちに気付かれる可能性があるから、できるだけ静かに小さく動いて歩く。森を出て5分ほど歩いた時、森の向うから何かの大群が近づいてくるのが見えた。
「……ありゃなんだ?四足、額に2本の角。鹿……みたいだけど」
俺が見えた魔物の特徴を口に出していくと、アサギが顔を真っ青にして口を開いた。
「……まずいわ。それはデビルディアよ。群れで行動する、魔物化した鹿よ。1匹の脅威は大したことないけど、名前にデビルって付くくらい出会ったらまずい存在ね」
「デビル……随分とおっかない名前だな。何か由来があるのか?」
必要な情報をアサギから得ながら、それでも歩く足は止めない。森の向うからの土煙に冷や汗を流しつつアサギの言葉を待つ。
「群れの範囲に異物、この場合人間とかね。異物が入ると、それを群れの鹿全てで排除しようとするの。しかも通常の鹿と違って、性格は凶暴で攻撃的。見つかったら、群れの範囲に入らないように一目散に逃げる事を推奨されるわ」
「……もっと早くそれを聞きたかった。このままじゃ追いつかれる、走るぞ」
俺の声を聞いて、返事をするよりも早くアサギとカメリアが走り出す。俺を置いて薄情な……とは思わない。このパーティの中で、俺が一番足が速いんだ。後からいくらでも追いつけるから、それよりも自分たちの行動を早めてくれたことの方が有り難い。
「くっそ、戦ったらダメなのか!」
「数匹なら問題ないわ。でも、あの土煙を見ると、それ以上いるのは間違いないわね」
「ああ、俺の気配感知にも100匹以上反応してる。追いつかれたら最後だ。死ぬ気で走れ!」
一番足が速いのは俺、次がアサギで一番遅いのがカメリアだ。しかもカメリアは、一番重いジャイアント・グリズリーの毛皮が入った袋を持っている。あの袋、俺じゃ重くて歩くのが大変だったから頼んだんだ。だけど、このままじゃ間違いなくカメリアが追いつかれる。なら……。
「カメリア、その袋をこっちに寄越せ!」
「お前じゃ無理だ!」
「じゃあ、どうすんだよ!このままじゃ、確実に追いつかれるぞ」
すでに先頭のデビルディアとの距離は300mを切った。あいつらの群れの範囲ってのがどれくらいなのか知らないけど、群れの数を考えても10mってことは無いだろ。100mを一旦デッドゾーンとして設定する。それを切るなら、戦うしかない。それでも……少しでも入り口に近づいておきたい。
「……ホクト、アサギ悪い!」
そう言って、カメリアは横抱きにしていた皮の袋を、思いっきり放り投げた。それは綺麗な放物線を描いて、近くにあった木の枝に引っ掛かった。
「……おい!?何やってんだ!」
「アタイが持ってようと、ホクトが持ってようと変わんねえよ。あれを持ってたら、追いつかれる。悔しいけど、諦めるしかねえ。それとも、命を諦めるか?」
確かにカメリアの言う事の方が筋が通ってる。戦利品より命。この願いの塔の中じゃ、この判断をすぐにできないと死ぬな。肝に銘じて、視線を前に向ける。カメリアもこれで若干走る速度が上がった。
「ハァ……ハァ……っく、入り口はまだ?」
真っ先に体力が尽きかけたのは、当然のことながらアサギだ。アサギ自体、何かを持ってる訳じゃなくて、純粋に体力不足だ。まあ、魔法使いなんてこんなものだろう。デビルディアとの距離が、あと200mを切った。そろそろまずい。
「……あと半分だ。がんばれるか?」
「まだ……はんぶん……ちょっと、まずいかも」
顔を真っ赤にして全力で走るアサギ。ただ、これは無理かもしれない。さっきの教訓を無駄にはできないな。
「カメリア、こっちを見ずにまっすぐ走れ!」
「えっ?……わ、解った!」
何とは言わずに、カメリアは指示に従ってくれた。次はアサギだ。
「アサギ、ちょっと止まれ」
「えっ!?」
驚いた声をあげてアサギが徐々に速度を落とす。そして、完全に止まったのを見て俺も足を止めた。見えているデビルディアの先頭との距離が150mを切ったか……本当に時間が無い。
「はぁ……ほ、ホクトくん……ど、どうした……の?」
大分苦しそうだ。これじゃ、すぐにでも動けなくなりそうだ。アサギの苦しそうな表情を見て、俺は手に持っていた革袋をその場に置いた。
「……?」
アサギは、何か不思議なものを見るような目でこっちを見る。
「ゴメンな、ちょっと我慢してくれよ」
そう断りを入れて、アサギの膝裏と腰に手を置いた。
「わっ、きゃっ!?」
アサギを横抱き、所謂お姫様抱っこをして重さを確認する。大丈夫、これなら走れる。
「……ホクトくん、今何か不穏な事を考えなかった?」
ジト目で俺を睨んで来るアサギ。だから謝ったのに……。
「行くぞ、しっかり掴まってろ」
そうアサギに声をかけて、魔力を足裏に流す。そして、解放と同時に一気に加速した。
「きゃ、キャアァァァーーーー!!??」
アサギが俺の首に思いっきり抱きつく。ちょっと苦しいけど、それ以上に柔らかい感触を感じられるので±ゼロ……いや、ちょっとプラスだ。ありがとうございます。
「ほ、ホクトくん!?こ、怖いよぉーーー!」
「我慢しろ。逃げきれたら開放するから!」
そう喋っている間も、加速を止めないように何度も魔力を流す。
「アサギ!後ろのデビルディアとの距離は、どれくらいだ?」
「えっ!?え、えっと……あと120メタくらい……かな?」
「しばらく、後ろを見てて距離が100メタまで縮まったら言ってくれ!」
「わ、わかったわ」
自分の限界以上の速度で、しかもアサギって言う重りをつけた状態で、連続して加速を使うのは身体への負荷が大き過ぎる。骨が軋み始めた。
「くっ、入り口はまだかよ……」
誰にともなく愚痴を零す。すると、目の前にあるアサギの表情が若干柔らかくなっていた。どうしたのかと思っていたら……。
「ホクトくん、もう少しペースを落としても大丈夫そうよ。後ろのデビルディアとの距離が徐々に離れてる。今よりも、もう少し遅くても入り口まで持ちそうよ」
それは朗報だ。俺は、加速を使うのを止めて、自分の力だけでアサギを運ぶことにした。こっちの世界に来た頃には考えられない事だったけど、今の俺は、アサギを抱っこして走っても、そこいらの奴らには負けないくらいの敏捷を身に着けていた。更に走る事15分ほど……俺達は、やっと階段の前まで戻ってきていた。
「ホクトくん、ここまで来れば大丈夫よ。私も自分の足で上がるから……」
「お、おう……」
助かったと余裕が出た途端、近くのアサギから良い匂いがしている事に気付いた。年上の女性の匂いを間近で嗅いでしまって、少しクラクラしてきた。頭を振って、邪念を追い払う。そして、階段を二人並んで上がる。カメリアは、すでに一番上まで上がって待っている。
「ホクトくん、後少しよ……ほら、がんばって」
「ああ……って、これじゃ立場が逆転してるよ」
何とか2人で励まし合いながら、長い階段を上り切った。下を見下ろすと、デビルディアは進路を変えて東の草原の方へ走り去っていた。
「ったく、はた迷惑な奴らだ。次に会ったら、絶対に鹿肉にして食ってやる」
「ふふ、食べて恨みを晴らせそうね」
何にしても散々な初探索だった。ジャイアント・グリズリーを倒したところまでは良かったのに、最終的には何も持ち帰れないと言う信じられない結果に終わった。ああ、依頼失敗のペナルティもあるよな……。
「ほら、元気出して。今回の失敗を、次に活かせばいいのよ。命あっての物種……でしょ?」
「……そうだな」
「アタイの機転のお蔭で、命拾いをしたなホクト」
ドヤ顔でこっちを見ているカメリア。確かにカメリアの機転でピンチを脱出できたんだ、間違ってはいない……いないけど、あのドヤ顔はムカつく。
「よし、帰って反省会だ。冒険者ギルドの資料室で、願いの塔の1階に現れる魔物の情報を集めよう」
「えぇー、文字と睨めっこは勘弁してくれーーー!」
初探索は苦い思い出になってけど、このままじゃ終われない。絶対にリベンジしてやる。そう心に誓って、俺達は願いの塔の外に出た。




