5話 初めての戦闘
「おい、この森どうなってんだよ!」
「シッ!気付かれるから、静かにしろ……」
今俺たちは、当初の予定通り森の中にいる。と言っても、浅い部分で向うには木の切れ目から陽の光も見える位置だ。にも拘らず、なんでこんなに焦ってるかと言うと……事の発端は、森に到着した時まで遡る。
「はぁ、やっと着いたぜ……」
大きく伸びをしながら、カメリアが言う。願いの塔に入ってから、ここまでで大凡1時間。街の中にダンジョンがある事を考えると、悪くない数字だ。
「最初のうちは依頼を受けながら、この辺りで慣れていこうか」
「そうね。森に入ってからになるけど、問題ないようならしばらくはここで経験を積みましょう」
少し休憩を挟んで、俺達は森の中に入った。とは言え、最初だから余り奥までは行かず、いつでも逃げ出せるように森の浅い所で薬草を探すつもりだ。
「あ、この辺りに生ってるよ」
アサギに言われて、当たりを見渡すけど……どれも同じ草に見えるな。
「どれもこれも、同じ草に見えるぜ?」
カメリアも俺と同じ感想のようだ。
「えっと……あった。これが麻痺草、で……あ、これね。これが眠り草」
アサギが草を引っこ抜いて、俺とカメリアに見せてくれる。麻痺草は、茎が独特の形をしていて、眠り草は花が白く小さい……スズランみたいだな。ふむ、これなら見分けがつくか……。
「後は……あった。これが薬草よ」
そう言って、見せられた草は……どこにでも生えている雑草にしか見えなかった。俺の隣でカメリアも首を傾げている。
「これは……多分俺達じゃ見分けがつかないな」
「そう……なら、私が薬草を採取するから、ホクトくんとカメリアは麻痺草と眠り草を探してくれる?」
「おう、それなら大丈夫だ」
「アタイもバッチリだぜ!」
効率は悪いかもしれないけど、見分けのつかない薬草を探すよりも、自分たちでもわかる麻痺草と眠り草をメインに探した方が良さそうだ。とりあえず、あまり遠くに行かない事、しばらくしたら見つからなくてもここに戻って来る事を決めて、俺達はそれぞれ依頼品を探すために散開した。
「さて、しっかり仕事をしますか……」
見れば、結構な数の麻痺草と眠り草が生えているのがわかる。中腰になりながら、1つ1つ丁寧に根っこから引っこ抜く。薬草系の採取なんて最初は地味だと思ってたけど、そもそもこんな作業をしたのは小学校の時以来だ。
「……意外と楽しいかもしれない」
綺麗に抜けると気持ちいい。思いのほか楽しい時間を過ごしていると、いつの間にか最初の場所から結構離れてしまっていた。
「まずいな、採取に気を取られてて警戒が疎かになってた。これからは、採取中にも周りに気を配ろう」
改めて気配感知を発動する。すると……。
「げっ!?周りに幾つも反応がある」
まずい。まだ距離があるから、すぐに戦闘になる事は無いけど、一刻も早くアサギたちと合流しないと各個撃破される可能性がある。念のため、隠密を発動して合流地点まで戻る。戻ってはきたものの、そこにアサギもカメリアの姿もなかった。
「あいつらも、採取に気を取られて遠くまで行っちまったのか?」
とは言え、大声で呼びかける訳にもいかない。入れ違いになるのも怖いから、ここで帰って来るのを待つしかないか……。
「はやっく帰って来いよ……」
それからしばらくして、最初にアサギが戻って来た。
「どうしたの?」
「気配感知に反応があった。相手には気付かれてないと思うけど、だんだんこっちに近づいてきている。最悪カメリアは間に合わないかもしれないから、戦闘の準備だけはしておいてくれ」
「ッ!?わかったわ……」
採取してきた薬草を革袋に詰めて、少し離れた木の根元に置く。俺の分も置いてあるから、帰りに忘れずに持って帰ろう……そんな余裕があれば、だけど。
それからしばらくしても、カメリアは戻ってこなかった。
「クソッ、あいつどこまで行ったんだよ……」
「落ち着こう。ここでイライラしても、良い事なんか何もないわよ?」
「解ってる……」
俺の方も、いつでも戦闘ができるように準備は終わってる。反応があった魔物との距離は100mくらい。もう、5分もしないうちに視界に入る。これは、カメリアを抜きにした戦闘になるかもしれない。
魔物の反応が70mを切った、そろそろ相手にもこちらの存在が気付かれる距離になってきた。動物系の魔物なら、すでに気付かれてる可能性は高い。
「カメリアは、間に合わないわね……」
「……仕方ない、俺達だけでやろう」
魔物との距離が残り50mを切った。その時、俺達から見て右側で音がした。距離にして10mもない。慌ててそちらを見ると……。
「おお、もう戻って来てたのか。アタイが最後か?」
笑顔のカメリアが、髪に葉っぱを付けながらこっちに来た。何てタイミングで戻って来るんだよ。魔物の反応は……残り20m。間に合うか?俺は隠密を維持したまま、カメリアに向けて駆けだす。いきなり俺が向かって来たことで驚いたカメリアを無視して、俺はカメリアの口を手で塞いで思いっきりタックルした。
「ッ!?ぅぅ~!!」
「シッ!後で説明するから、とりあえず静かにしてくれ」
押し倒す形でカメリアを拘束する。気付かれたか?アサギの方を見ると、アサギも木の陰に隠れてジッとしている。俺の考えてる事を察してくれて助かる。視線でカメリアに魔物の事を伝える。最初はモゴモゴと暴れてたカメリアだったけど、俺の必至のゼスチャーに気付いてくれて静かになった。カメリアの上に乗っかったまま、魔物の方に視線を向ける。
「「…………」」
しばらくすると、周りの草花を踏みしめながら、そいつが現れた。
「ゴフッ……ゴフッ……」
「「…………」」
体長2m強、鋭い爪と体全体を覆う硬い毛。俺達の前に姿を現したのは、巨大な熊だった。
前に出会ったシャドウ・グリズリーよりもデカい。カメリアに指で熊をさしてみたけど、カメリアも知らないみたいだ。首を左右に振っている。後はアサギだけだけど、ここからアサギの方に向き直るのは控えたい。
俺とアサギのちょうど中間に熊は歩み寄る。そして、鼻を鳴らして辺りを嗅ぎ出した。まずい、俺達の匂いを追っている……。しばらくフゴフゴと鼻を鳴らしていた熊、それが突然俺とカメリアの方を向いた。バレた!?
「グオォオォォォ!!!」
「ウォーター・ジャベリン!」
俺達の方を向いたことで、アサギに背中を向けた熊。その隙に、アサギが熊の後頭部目掛けて魔法を発動した。
バシュッ……
後頭部に直撃した魔法だったけど、残念ながら大したダメージにはならなかったようだ。
「グフォッ!?」
いきなり後頭部に何かがあったって驚いた熊が、アサギの方に身体を向ける。その瞬間、俺はカメリアにアイコンタクトを送って後ろからの奇襲を提案する。コクコク頷くカメリアに通じたと信じて、俺は一気に熊目掛けて駆け出した。隠密は、もちろんそのままに……。
あの巨体だ。背中を殴りつけても、大したダメージにはならないだろう。理想は剛拳だけど、今は魔力を練っている時間がない。咄嗟に目標を足の踵、アキレス腱のあたりに定めて足を突き出す。
「はあぁっ!」
狙い違わず、俺の蹴りが熊の右踵に当たった。そのまま魔力を流して浸透を発動。
「ゴオォォォ!」
いきなりの攻撃に驚く熊。だけど効果は今いち、ただ熊を怒らせただけになってしまった。とは言え、これでアサギから俺の方に視線を奪えた。
「気を付けて!そいつはジャイアント・グリズリー、Cランク相当の魔物よ」
ジャイアントか、シャドウよりもデカいもんな。集中を途切れさせないよう、ジャイアント・グリズリーと対峙する。後ろの気配から、カメリアは別の場所に移動したようだ。なら、ここは俺がターゲットを取り続けるしかない。
「行くぞ、熊公!」
一定の距離を保ちつつ、ジャイアント・グリズリーを牽制する。そのうちカメリアもアサギと合流できたようで、熊越しに2人が揃ったのが見えた。
「アサギ、カメリア!俺がジャイアント・グリズリーを惹きつける。その間に、お前たちで何とかこいつの動きを止めてくれ」
拳を突き出しながら、2人に言う。その瞬間、視界の外から何かが俺に向かってきた。慌ててバックステップで回避……できずに頭にヒットする。
「ぐあぁっ!?」
強い衝撃を受けて、一瞬意識が飛びそうになる。鉢がねが何とか守ってくれたみたいだけど、今までなら間違いなく頭を吹き飛ばされていた。背中を悪寒が駆け上がるのを無視して、再度ジャイアント・グリズリーの懐に飛び込む。怖いけど、俺にはこの方法しかない。
「はあぁっ!」
「ウォーター・ジャベリン!」
後ろから2人の攻撃が、熊の足に当たる。一瞬動きを止めたジャイアント・グリズリーだったけど、目の前でウロチョロする俺が気に入らないのか、ターゲットを変えることなく俺を攻撃してきた。今のところ順調だけど、このままじゃジリ貧だな。何とか、決定的なチャンスを作らないと……。
丸太のようなジャイアント・グリズリーの腕を掻い潜りながら、浸透を打ちこんでいく。間違いなくダメージは通ってるはずなのに、ジャイアント・グリズリーが怯む様子はない。ただ浸透を入れるだけじゃ、このデカ物は落ちない。なら、狙うは急所。俺は覚悟を決めて、必殺技を繰り出す。
「ディスタンス・ゼロ!」
俺の切り札、ディスタンス・ゼロ。相手との距離が近いほど、攻撃力があがる。ただし、有効時間は60秒。そもそも、この巨体を相手にインファイトで挑もうって言うのが無謀だ。だけど、ここは俺の距離。絶対にジャイアント・グリズリーを崩して見せる。
「うおらぁぁ!」
ほぼ密着状態で、熊の巨体を殴りつける。それでも怯む事無くこちらを攻撃してくるジャイアント・グリズリー。耳の側を、その剛腕が通っていくたびに唸るような音が聞こえて肝を冷やす。それでも留まれば待ってるのは死、だから一か所に留まらずジャイアント・グリズリーの隙を突いて攻撃を当てる。
「グオォオォォォ!」
当たらない事に業を煮やしたのか、攻撃が大雑把になっていくジャイアント・グリズリー。それを見て、ここがチャンスだと思ったのかカメリアが突撃する。
「はぁっ!鬼心尖牙!」
狙いは俺が最初に蹴りつけた右足のアキレス腱。ちょうど右足が伸びきったタイミングにカメリアの朱槍が突き刺さる。
「ウゴォアァァァ!?」
入った!カメリアは槍の捻りながら抜いて、バックステップで距離を取る。そこにアサギの追い打ちが入る。
「ウォーター・ジャベリン!」
更に傷を広げる、水の槍の攻撃。これでジャイアント・グリズリーの右足は死んだ。自重を支えきれず、膝をつく。
「この瞬間を待ってた!喰らえ、浸透!」
懐の一番深い場所、ゼロ距離からジャイアント・グリズリーの顎目掛けてアッパーを叩き込む。
「ウゴォッ!」
脳天に突き抜けるダメージ。さらにそこから……。
「浸透!」
止めの浸透が頭蓋を抜けて、脳に直接ダメージを与える。
「グゴォオォォォ…………」
そのまま、ジャイアント・グリズリーはうつ伏せに倒れる。俺は下敷きにならないように、その場から距離を取る。そして、ディスタンス・ゼロが終わる……。
「……やったか?」
カメリアが朱槍の先で、ジャイアント・グリズリーを突く。それでも反応しない事を確認して一息つく。
「……はぁ。何とか勝てた」
「いきなりの大物だったね……」
3人とも、その場に腰を下ろす。一応、周りの警戒はしているけど、今の所反応は無い。これでひとまず戦闘は終了だ。こうして、俺達猛炎の拳は願いの塔での初戦に勝利した。




