4話 塔内での初めての戦闘
「よし、早く行こうぜ!」
いきなり駆け出そうとするカメリアの首根っこを掴んで止める。
「グエェッ!?」
こいつは、どうしていつも考えなしに動き出そうとするんだろうか。アサギの顔を見ると、苦笑いしている……多分、俺も同じような顔をしてるだろう。
「な、なんだよホクト!いきなり酷いじゃねえか!」
「良いから、落ち着け。俺達は願いの塔の事を何も知らないんだ。いきなり闇雲に進んでも、迷子になるのがオチだ。まずはどっちに進むかだけでも決めよう。それに、ほら……」
そう言って指をさす。カメリアは、俺の指先を追うように視線を動かし……目を見開いた。
「これは……」
「な、ここからの景色だけでも見る価値はあると思うぞ」
俺達の目の前には、広大な草原が広がっていた。そして、この塔を支える石の支柱。こんな風景、滅多に見れない。カメリアは呆けた顔をして動かなくなってしまった。
「ふふ、よっぽど感動したのね。でも、その気持ちも解るわ。こんなに綺麗なんだもの……」
アサギもウットリとした表情で、目の前の風景を見ている。俺達が今いる場所は、ただ願いの塔に入っただけの場所。スタートもスタート、言ってしまえば一歩すら踏み出していない。なのに、ここは……と言うか、このフロアは長い階段を下りて初めてフィールドに足を付くことができるような構造になっている。
コツッ……コツッ……
踵で地面を蹴ってみる。見た目の通り石でできた踊り場のようだ。そこから何段あるのか数えるのも馬鹿らしくなるような階段が下まで続いている。石の踊り場に石の階段、どこか神殿のような趣もある場所だ。ここからは、1階の隅々……とまではいかないまでも、かなりの広さを見渡すことができる。左の方に視線を向けると、波打つ丘陵地帯に風になびく草原。真正面は、木が点々と生い茂るサバンナのような風景。右に視線を移せば、そこは大きな森。ここから見ただけでも、自然豊かな土地だと解る。
「願いの塔の中って、こんな風になってるのね……」
「雄大な景色の所々に見える石の支柱が、何とも言えず荘厳に感じるな」
「……アタイ、来てよかった」
まさにカメリアの言葉が、全てを物語っている。来てよかった、本当にそう思える光景だ。
「……とは言え、いつまでもここにいるってのもおかしな話だ。なので、まず大雑把にどっちに進むか決めよう。左の草原か、真ん中のサバンナか、右の森か」
「アタイは、どこでもいい……。どこにいっても、満足できそうだ」
カメリアは、願いの塔にゾッコンだな。
「私としては、受けた依頼の事を考えると森に行ってみたいかな……」
「そうか、依頼は草花の採取が多かったもんな。じゃあ、森の方に行ってみるか」
「うん」
「おう!」
目的地を決めた俺達は、長い階段を下りながら森の方へ向かう事に決めた。
上から見るのと、実際にその場に立つのではえらい違いだ。風に揺れる草木は、魔物が隠れるにはもってこいの場所になるし、身を隠す場所も少ないから、こっちからも見えるが敵からも見つかり易い。ちょっと甘く考えていたかもしれない……。
「森までって、どれくらいかかるか解るか?」
「そうね……1時間ってところじゃないかしら」
「こんな視界のいい場所を、1時間も歩いて行くのか……ポロンを連れてくればよかった」
今回お試しで願いの塔に入るので、どんな状況か解るまではポロンを連れてくるつもりは無かった。だけど、これだけ視界が良いと、俺達よりもポロンの方が敵を見つけるのが早いだろう。次からは、何があってもポロンを連れて来よう。
「この辺り、魔素が随分濃いわね……」
魔素、魔物が纏う気……って言うのか、生命力?魔物がいると、そこに魔素が溜まる。そうすると、そこに更に魔物が来て魔素が濃くなる。するとまた……って具合に、魔物が多くなると自然と魔素の濃度が高くなる。この辺りは、魔素が濃いって事は……。
「魔物が多くいるって事か……」
俺の気配感知に反応があった。数は……結構多いな、10体以上反応がある。
「魔物の反応があった。俺達が向かってる森の方からくる。数は10以上」
「願いの塔での初戦闘だ。気合入れるぜ」
「待って、どんな魔物か解らないんだから、無闇に飛び込むのは危険よ。ホクトくん、できるだけでいいから、鷹の目で魔物の種類を特定して」
「わかった……」
カメリアが先頭、俺が真ん中でアサギが後衛の陣形で魔物が来るのを待つ。その間、俺は鷹の目で反応のした方を監視する。果たして、願いの塔最初の相手はどんな魔物だろうか……。
「…………見えた!あれは……ゴブリン、数は12。ホブゴブリンの姿も見える。それに……アーチャーとメイジの姿も見える。厄介なメンバーだな」
「アーチャーにメイジ……。メイジは私がやるわ。アーチャーはホクトくんが相手をして。その間に残りの魔物の注意をカメリアが惹く。それでいい?」
アサギが早速的確な指示を出す。このパーティの司令塔はアサギだ。リーダーは俺だけど、戦闘中の指揮はアサギに任せてある。さて、作戦も決まった事だし、ゴブリンの相手をしますか。
ゴブリンたちのグループも、俺達に気付いたみたいだ。一直線に、俺達の方に向かってくる。戦闘はゴブリン、その後ろ……左にゴブリンアーチャー、右にゴブリンメイジ……さらにその後ろにホブゴブリン。将棋のような配置だな。
「みんな、作戦通りに行くわ。ホクトくん、お願い」
「任せろ!」
「アタイも行くぜ!」
カメリアがまず飛び出す。少し遅れて、俺も走り出す。走り出す前に隠密のスキルを発動して、前面にいるゴブリンたちのターゲットを取らないように注意してゴブリンアーチャーに向かう。前面にいるゴブリンは、全てカメリアの方に向かったみたいだ。さすが知能が低い魔物は対処が楽だ。ゴブリンアーチャーは、その場で立ち止まってカメリアに狙いを定める。だけど、残念。お前には一本の矢も撃たせない。
「はっ!」
腰から投擲用の短剣を2本抜いて、ゴブリンアーチャーに投げつける。ゴブリンアーチャーは、自分に向かってくる短剣に気付いて矢を射る動作をキャンセルする。そのまま横に移動して短剣を躱す……が、残念。そこには俺がいる。
「はぁっ!」
「ギェギョョョ!?」
隠密が自動的に解除されて、俺の姿がゴブリンアーチャーに認識された。だけど、もう遅い。一気に距離を詰めて、左足にローキック。
「ゲギョオォ!」
足の骨が砕ける感触。堪らずゴブリンアーチャーが悲鳴を上げる。構わず更に前へ。すると、咄嗟に弓を手放したゴブリンアーチャーが、短剣を抜き放って俺に向かって突き出してくる。片足の骨が折れてるのに、なんてタフな奴だ。突き出された右腕の肘に向かって、突き上げるように拳を振るう。それだけで短剣の軌道は大きく外れた。その隙は致命的……捻り込むように左フックを、ゴブリンアーチャーの右脇腹に捻じ込む。
「浸透!」
「ギョギャガーッ!」
顔中の穴から紫色の血を噴き出して、ゴブリンアーチャーは崩れ落ちた。これで1体。アサギとカメリアが気になって、そちらに目をやれば……。
「ゲギョガッ!」
「ウォーター・ジャベリン!」
ゴブリンメイジが火の玉を生み出して、アサギに向かって投げつける。アサギは水の槍を数本生み出して、ゴブリンメイジに向かって射出する。お互いが放った魔法は、しかし水の槍が火の玉を飲み込んでゴブリンメイジに突き刺さる。
「ゲギョギャアァァ!」
槍に串刺しにされたゴブリンメイジは、その場にうつ伏せで倒れた。あれは致命傷だろう。アサギの方も大丈夫そうだ、なら後は……。
「オラッオラッ!どうした、もっと来いよ!」
鬼のように暴れ回るカメリアの姿が、そこにはあった。あいつ塔に入れたことで、テンションおかしかったもんな。この戦闘で、少しは落ち着てくれるといいけど……。カメリアの方は、とりあえず大丈夫そうなので、俺は隠密を使ってホブゴブリンに近づくことにした。
「右手に魔力を集中……そのまま循環させて……」
俺の必殺技、剛拳。以前は気絶するほど危険な相手だったホブゴブリンが、今はどの程度に感じるのかを試してみたい。ホブゴブリンに気取られる事無く、後ろを取る。そして、右腕を大きく振りかぶって……。
「ギョッ?」
ホブゴブリンが後ろを振り返る……だけど、もう遅い。
「剛拳!」
パシュッ!
何かが始めるような音。そこには、頭が柘榴のように弾けた頭部のないホブゴブリン。半年前、あれだけ苦労して勝ったホブゴブリンが今では雑魚扱いだ。ここに来て俺は、この願いの塔でも戦っていける実感を手に入れていた。
「お疲れさん」
「おう、そっちはどうだった?」
「う~ん、大したことじゃねえんだけど……外にいるゴブリン共よりも強いって言うか、タフになってる気がする」
やっぱり同じ魔物でも、外と願いの塔の中とじゃ違うのかもしれない。確かにウドベラの『工夫達の洞窟』で戦ったゴブリンアーチャーよりは強かった……か?あの時も、そんなに苦労した記憶は無い。
「アサギはどうだった?」
「私の方は、あんまり感じなかったかな。一番弱いゴブリンだからこそ、違いを感じたのかもしれないわね」
もし、外と中で魔物の強さが違うようなら、気持ちを切り替えて挑んだ方が良さそうだ。ホブゴブリンを瞬殺できたことを喜ぶよりも、勝って兜の緒を締めよ……だな。
しばらくすると、ゴブリンたちの死骸が地面に吸い込まれて消えた。やっぱり、ここはダンジョンの中だと言う事を思い出させてくれた。
「あ、ホブゴブリンの牙が2本。これは幸先良いわね。この調子で頑張りましょ」
「よし、じゃあ森に向かって出発!」
「おう!」
ここまでは非常に順調だ。この後も何事もなければいいな。




