3話 初陣
翌日、装備も一新して俺たちは探索者ギルドの前に来ていた。探索者ギルドでは、冒険者ギルドと同じように依頼を受けて報酬を得る事ができる。初めて入る願いの塔だけに、どんな依頼、どんな魔物がいるのか解らない。まずはギルドで聞いてみて決めるとしよう。
「依頼については、アサギに任せていいか?」
「うん。冒険者の時もそうだったから、探索者になっても大丈夫よ」
こういう交渉事は、アサギに任せるのが一番だ。ぶっちゃけ、俺やカメリアはどんぶり勘定な上に適当に依頼を受けるので、今までも結構損をしていた。とは言え、交渉したら上手くいったかと言うと……まあ、無理だっただろう。アサギがパーティにいてくれて、本当に良かった。
ギィイィィィ……
探索者ギルドの扉を開けて中に入る。とりあえずお試しで願いの塔に入る予定なので、ピーク時から少しずらしてギルドに来た。相変わらずギルドの中は閑散としていて、俺ら以外に探索者の姿はちらほらとしか見えない。カウンターにも、相変わらずカリンさん1人。本当に大丈夫なのか、このギルド……。
「私はカリンさんに話を聞いてみるから、ホクトくんたちは掲示板の方を見てて。気になったのは覚えておいて、カリンさんに聞いた内容と合わせて受ける依頼を考えましょう」
「おう」
アサギと別れて、カメリアと一緒に掲示板の前まで来る。さて、探索者への依頼ってのはどんなものがあるのか……。
「えっと……薬草の採取に、魔物の素材…………なんだ、冒険者とほとんど同じだな。違うのは、願いの塔限定の素材って事くらいか」
「この辺の報酬が高いのは、多分上に行かないと出てこない魔物の素材ってとこか……」
カメリアと一緒に、一通り依頼を見てみる。これと言って真新しい依頼は無かった。今の俺達でも受けられそうなのは……お、これはこれは。
「ん?なんかニヤニヤしてるけど、どうしたんだホクト」
「いや、懐かしい名前を見つけたから……」
掲示板に張られた以来の中の1つ、『レッド・コメットの角3本』って依頼が俺の目に止まった。レッド・コメット……俺を鍛えてくれたレッド・コメット先生。懐かしいな、願いの塔だと普通に出てくるんだ。俺が見かけた森では、ユニーク個体ってなってたけど……実は違う種なのか?
「お待たせ……って、どうしたの?なんか嬉しそうだけど」
「アサギまで……そんなにあからさまか?」
「うん、口元がヒクヒクしてる。何かあった?」
アサギに指摘されて、意識して治す。
「で、どうだった?」
「色々と聞けたわ。それをもとに依頼を受けましょう」
そう言って、アサギは掲示板から依頼書を何枚か手に取った。残念ながら、その中にレッド・コメットの素材集めは入ってない。って事は、結構レベルの高い依頼だったのか?アサギが受けた依頼は、『麻痺草の採取 10本1セット』『眠り草の採取 10本1セット』『薬草の採取 10本1セット』の3つと、『ホブゴブリンの牙 2本1セット』の計4つだった。
「ホブゴブリンって、願いの塔の中だと大量に湧いてるのか?」
「そんな訳ないでしょ。群れを率いているホブゴブリンを見つけて、それを倒して1セットよ。今日受けたのは、常時依頼が入ってる物ばかりだから、多く持ちかえればそれだけで報酬がもらえるわ。お試しとしては十分よね」
そうか、こういうのが願いの塔の中では常時依頼になるのか。まずはこれが問題なくこなせないと、願いの塔の中で稼ぐことは難しそうだ。
「そんな毒草ばかり集めて、なんにするんだ?」
「毒草って言うのは、逆に回復するための薬にもなるのよ。願いの塔の中では、それだけ状態異常を起こす可能性が高いって事ね。私たちも、常備薬としていくつか買ったでしょ」
今まで冒険者として活動してた時には買う事がなかった、状態異常系を回復するための薬を何本か購入した。探索者として活動するためには、これらの薬は常にストックを確認するように心がけよう。
「よし、依頼も受けたし出発しよう」
「おうよ、早く入りたくてウズウズしてたんだ。おら、さっさと行こうぜ!」
そう言って、一番に外に出て行くカメリア。
「張り切ってるね、カメリア」
「夢だったんだろ、探索者になるのが。だったら、ここで張り切るなって言っても無理だろ。そう言う俺も、やっとここまで来れたって事でテンションは高めだ」
「ふふ、冒険者になる前から言ってたもんね。願いの塔を踏破して、願いで元の世界に帰るって……」
「ああ、そのための第一歩だ。躓く訳にはいかない」
アサギと一緒に、カメリアの後を追う。いよいよ、願いの塔に入るんだ。
探索者ギルドを出て、西門へ向かう道から願いの塔へ向かう道に入る。周りには俺達しかいない。少し遅いだけで、こんなにも探索者に出会わないものなのか?疑問に思いながらも、こんなものかと納得してみる。なんにしても、初めての事だらけで道理がわからない。しばらくは、慣れる事に集中しよう。
「うしっ、着いた!」
カメリアが、両腕をあげて吠える。いや、まだ中にも入ってないんだから、そこで満足するなよ。
「ほら、恥ずかしいから落ち着いて。もうっ、気持ちは解るけど少しは落ち着いてよ。恥ずかしいな……」
願いの塔の前にある広場に到着した。ここには、さすがに探索者と思われる人たちがちらほらといる。その人たちから生暖かい視線を受ける俺達猛炎の拳。視線を向けられてるカメリア本人は、全く動じていない。俺とアサギだけが恥ずかしい思いをしているってのは、どうも納得がいかない。
「ほらっ、さっさと入ろうぜ」
カメリアに急かされて、願いの塔の扉の前まで連れていかれる。気持ちは解るから、腕を引っ張るな!痛いって……。扉に近づくと、すぐ傍に黒い石の塊が地面から生えていた。生えていたってよりも、打ち込まれてって方が正しいのか?とにかく、扉の横に黒い石があるって事だ。
「う、うがぁ!……って、開かねえぞ?どうなってんだ?」
「もう!いい加減落ち着きなさい。さっきカリンさんに聞いたんだけど、塔の中に入るには、そこの石にギルドカードを登録する必要があるようよ」
「石?」
そう言って、横にある黒い石に目を向けるカメリア。ちょっと驚いた顔をしているところを見ると、こいつ全く気付いてなかったな。
「で、ギルドカードをどうするんだ?」
「えっと……あ、これね。石にスリットがあるでしょ?そこにギルドカードを差し込むみたい」
そう言って、アサギが石に開いているスリットに自分のカードを差し込んだ。すると、どういう原理になってるのか解らないけど、石の表面を光が走った。そして、その光は上段の左から右へ、端まで行ったら1つ下に移ってまた左から右へ……これって、PCの起動画面に似てるな。書かれてる文字は全く読めないけど、何かを起動しているっぽい動きをしている。
プププププ……プププ…………プププププ……
しばらく文字が走っているのを全員で見ていると、1ブロックだけ明滅していた文字がスウッと消える。そして自動的にアサギのギルドカードが、外に吐き出された。一瞬飛び出すかと思ったけど、ちゃんとストッパーが付いてるようで、取り易いように外に出て止まった。
「……これで、登録が完了したのかしら?」
「さっき石に写ってた文字って、アサギ読めたか?」
「全然。今まで見たことが無い文字だったわ……」
アサギでも読めないって事は、とんでもなくマイナーか、とんでもなく古いかのどちらかかな。まあ、俺には読めないから結局一緒だけど。
「で、どうだったんだ?登録って言うのは、無事に終わったのか?」
「えっと……うん。大丈夫みたい。カードの方に、今まで無かった回数表示があるわ。多分、このカードで扉は開くはずよ。中に入るには、登録が必要みたいだから、全員登録を済ませてしまいましょう」
アサギに続いて俺、カメリアも登録を行った。2人のカードにも、無事回数表示が出ている。これで踏破した回数が解るようになったって事だな。
「もういいか?今度こそ、中に入れるのか?」
「だから、落ち着けって……。アサギ、この後はどうするんだ?」
興奮してテンションがおかしいカメリアの頭に手刀を落とす。対して力を入れてないから、ダメージは無いだろうけど、ビックリしたカメリアがこっちを睨んでいる。落ち着きがないお前が悪い。
「後は、扉に付いている端末にカードを通せばいいみたい」
そう言って、アサギが扉の横――石とは逆側――の壁に備え付けられた板?みたいなものにカードをあてた。すると、板が一瞬淡い光に包まれた。そして……。
ゴゴゴゴゴ……
ゆっくりと願いの塔の扉が開いた。中は暗くて見えないけど、これで入る事ができそうだ。
「カードをかざすのは、全員しなくてもいいのか?」
「パーティ登録をしていると、ひとりのカードで全員入れるみたい。ただ、次の階層に移ったときは一度全員カードの更新をする必要があるみたいよ」
すげえな、このカード。現代科学よりも未来っぽい。マジマジとカードを見ていると、我慢の限界に来たのか、カメリアが声をあげた。
「んな事は良いから、とっとと入ろうぜ。アタイ、もう我慢の限界だ」
「そうね、ここで留まってても仕方ないわ。さ、ホクトくん。入りましょう」
「そうだな……」
さて、いよいよだ。俺を先頭に塔の扉を潜る。潜っているにも拘らず、中が真っ暗なのはどういう事だ?一瞬ビビったけど、覚悟を決めて足を動かす。しばらく真っ暗な中を歩くと、突然周りが光に包まれた。驚いて目を瞑って、そして開く。そこは……。
「うわぁ……」
「……」
「……すごい」
三人三様の反応。目の前には、塔の中とは思えない風景が広がっていた。
「辺り一面草原じゃないか……。ここって塔の中だよな。一体どうなってんだ?」
「塔の中は特殊な空間になっていて、広さはフロアによって全然違うみたい。聞いた話だと、1階はリーザスの町よりも広いみたいよ」
「マジか……」
「……」
アサギと話していても、さっきまでうるさかったカメリアからの反応がない。心配になって、横を見てみると……。
「……」
呆けた表情で固まっていた。インパクトに、脳がついて行けなかったみたいだ。そんなカメリアが再起動するのを待ってても良いんだけど、俺としても早くこの中を歩いてみたい。なので、カメリアの頭に手刀を落とす。さっきと違って、今度は反応があった。
「……痛えな、なにすんだよ」
「お、反応があった。そろそろ行くぞ」
「…………おう、おう!行こうぜ!」
少しの間の後、一気にテンションがマックスになったカメリアが叫ぶ。よし、これでカメリアは大丈夫だ。アサギの方を見ると、笑顔で頷いてくれた。いよいよ準備ができた。
「さあ、冒険の始まりだ!」
200話かけて、やっと塔の中に入る事ができました。
今後、基本的には願いの塔の冒険になりますが、他の場所に行ったりもします。
折角の異世界なので、ホクトにはもう少し色々な所を見てもらいたいと思います。
これからも、引き続きよろしくお願いいたします。




