18話 試験が進むにつれ、考え方が捻くれる不思議
あの精神攻撃を受けたトラップを抜けてから、2回野営を行った。あのアサギが壊れた日以降、俺達はそのステージ最後の空間で野営をすることにしていた。見晴らしも良く、恐らく襲撃もないだろうと考えての事だ。もっとも、この施設自体に全幅の信頼を寄せる訳にはいかないので、交代で夜警には立ってるんだけど……。それでも、いつ襲撃があるか不安になる夜は無かった。そして今、俺達は7つ目のステージをクリアしたところだった。
「これで、このステージも終わりね」
「ああ。ここに来て、ステージクリアまでの時間があんまり変わってないのは、俺達がダメな証拠だけどな……」
ここまで7つのステージをクリアしてきたけど、1つのステージをクリアする時間にあまり変化はない。ソウルたちの話を聞いていた俺達からすると、自分たちのセンスの無さに嫌気がさしてくる。
「そんな事無いわ。ステージを進むにつれ、トラップの難易度は間違いなく上がっている。それでもクリアまでの時間が変わらないのは、私たちが成長している証拠よ」
そう言われるとそうなのかもしれないけど、あいつら1日で全ステージクリアしたんだろ?それを考えると、素直に喜べない。
「うちはうち、よそはよそ……よ」
笑顔で言うアサギ。あのトラウマに成りかねない精神攻撃を超えて以降、アサギは随分と逞しくなった気がする。あの後も、人が嫌がるようなトラップの数々だったけど、アサギはその度に機転を利かせて難関を突破してきた。頭の悪い俺やカメリアは、ただただアサギに頭が下がる思いだ。
「ステージがいくつあるのかは教えてくれなかったけど、恐らくは10で終わりでしょうね」
「ん?なんでそんな事が言いきれるんだ?」
「だって、ソウルくんたちは1日でクリアしたんでしょ。さすがにそれ以上になると、いくらソウルくんたちが凄いからって、物理的に無理だと思うの。それこそ、何か不正をしない限りはね」
確かにそうか。それに、10って数字もキリが良いし。一応目標は10ステージクリアを目指そう。それで違ってたら、その時考えよう。今の俺達のパーティに、その程度で心が折れるような軟弱者はいない。そう考えると、あの精神攻撃は間違いなく俺達を成長させてくれたんだと実感できる。
「俺達、打たれ強さとトラップ回避は成長したけど……肝心のトラップ解除は成長してないけどな」
「それは仕方ないわ。実際、どうしても解かないとクリアできないステージ最後の空間以外では、私たち1つもトラップを解除してないし」
俺達は、ここまでオール回避で来ている。次に進むために、仕方なく解いている各ステージ最後の部屋以外は。これは、願いの塔に潜る前に本格的に仲間を探した方が良いかもしれない。
「町に戻ったら、トラップの解除ができる仲間を探すか……」
「そうね。今の状態で願いの塔に入るのは、私も怖いし……。本格的に潜る前に、仲間を見つけておきたいわね」
仲間の補充。今までも何度か検討したことがあったけど、その時々の理由で断念している。だけど、今回こそは新メンバーを見つける必要がありそうだ。次は男がいいな……これ以上女性が増えると、俺もソウルの事を笑えなくなってくる。
「……そろそろ行こうぜ」
今まで会話に参加してなかった、カメリアが言ってくる。では何故、今までカメリアが会話に参加してこなかったのか。それは、ずっと槍を振っていたから。こいつ、思考は自分に向かないと完全に放棄宣言をした。ある意味潔いんだけど、ちょっとは嫌な事も我慢してやろうとする努力をしようよ。俺だって、お前と変わらない……というか、お前よりも低い知能でアサギと話し合ってんだ。お前もうちのメンバーなら、一緒に考えろよ。
「そうね、私たちは焦ってない分丁寧にここまで来たけど、食料の備蓄もあるから、これ以上はゆっくりし過ぎになってしまうわ。カメリアが望む、望まざるにかかわらず、あなたの力を必要とするときがくるわよ」
「……解ったよ。無理しない範囲で、アタイも考える。だけど、この素振りの時間くらいはくれよ。最近魔物と戦ってないから、どうも気持ち悪くてさ……」
身体と精神の均衡を保つために素振りをする。これはカメリアみたいな武人にとって、無くてはならないカウンセリングなんだろう。俺もやろうかな、シャドーボクシングとか……。
「今は先に進みましょう」
そう言ってアサギが立ち上がる。それに釣られて俺も立ち上がる。さて、このステージもとっととクリアしますか。
「……そう思っていた時期が、俺にもありました」
「あ?何の話だよ」
「気にするな、独り言だ……」
目の前に聳える巨大な壁に、早くも心が折れそうになっている。
「……これって、迷路?」
そう、迷路。日本でも、遊園地に巨大迷路を備えている所もあった。実際、子供の頃に友達と一緒に巨大迷路に挑んだ時は面白かった。ワーワー、キャーキャー騒ぎながら駆け回り、無事にクリアできればみんなで大喜びだ。誰が一番だったとか、あそこが難しかったとか……。しかし、今目の前で、その本物を見ても俺の心は湧き立たない。どっちかというと、面倒くさいって思考の方が結構な割合を占めている。
「……これが、大人になるって事なのか」
「さっきから、ホクトは何をブツブツ言ってんだ?」
「気にするな、独り言だ……」
数分前にも同じフレーズを言った気がするけど、気にしたら負けだ。気を取り直して、目の前の巨大迷路に視線を向ける。巨大すぎて、全貌が全く把握できない。遊園地だと、迷路の中央とかに立ち見櫓とかあって、親なんかはそこで子供の勇姿を見守るのだ。残念ながら探索者ギルドには、そういうエンタメ心が足りていない。ただただ、試験者に苦痛を強いるだけの組織だ。
「……俺、なんだか無性に探索者ギルドがムカついてきたわ」
「奇遇だな、ホクト。アタイも今それを思ってた……」
現実逃避組の俺とカメリア。アサギだけは色々考えてるみたいだけど、そもそもこの巨大迷路って頭を使えばクリアできるものなのか?どう考えても、間違ってる気がする。
「この手の巨大な奴って……あの穴が開いてたところの仕掛けに似てそうだよな」
「……あり得るわね。迷路に挑む前に、一端この辺りを調べてみましょうか」
俺の呟きにアサギが答える。そして即断即決。俺達の方針は決まってた、後は本当にそんな仕掛けがある事に期待するのみだ。ぶっちゃけ、こんな面倒くさい迷路なんてやらなくて良いならそれに越したことは無い。
一通り周りを調べてみた結果……。
「なにも無かったな……」
「ただ疲れただけだったぜ……」
「くぅ~ん……」
「くっ………………」
勘が外れて、何も見つけることができなかった。言い出しっぺの俺としても、そんな事は無いだろうと思ってたんだけど、指示を出したアサギが屈辱に顔を歪ませていた。良いじゃん、どうせ身内しかいないんだから。それに仕掛けが無いって事に先に気付けたのはデカいと思うぞ。
「……良いわ。後で気付くよりも、先に不安を潰せたことを喜びましょう。後は、この巨大迷宮をクリアするだけね!」
アサギらしい、ポジティブな感想が出てきた。司令塔は、これくらい不遜で良いのかもしれない。
「なら、とっとと行こうぜ。アタイ、ただ歩くだけなんて退屈で我慢できねえかもしれねえ……」
「あなたも、頭の中にマップを作りなさいよ。全員でやった方が、絶対に精度は高くなるんだから」
「そう言うのは、アサギに任せた。自慢じゃねえが、2つも角を曲がったら、スタート地点に戻ってこれない自信があるぜ」
本当に自慢にならない事を、平然と言ってのけるカメリア。こいつの場合、方向音痴とかじゃなくて、ただ覚えるのが面倒くさいってだけで道を覚えないからな。
「よし、行こうぜ!」
俺の号令のもと、全員が一斉に迷路に足を踏み入れた。
「……なあ、この迷路おかしくないか?同じところを通ってる感じじゃないのに、一向に出口に着く気配がしないんだけど」
俺達は見事に迷っていた。ただ、これだけは言い訳させてほしいんだけど、明らかに迷路の方がおかしい。上からの俯瞰ができないのがもどかしいけど、規模に対して実際歩ている感覚の方が圧倒的にデカいのだ。
「う~ん、次は右に行ってみましょう」
アサギの指示のもと、みんなで連なって歩く。もうかれこれ、数時間は歩いている。別段罠が仕掛けられてるって訳でも無いんだけど、逆にそれが不思議で仕方ない。疲労で足の重たい俺たちにとって、何が一番きついかって……避けられないトラップだよな。こんな巨大迷宮、確かに厄介だけど迷路の性質上、ゴールは絶対ある。ただ、その空気をまるで感じないのが引っかかる。
「……もう壁を壊して先に進もうぜ」
カメリアが脳筋全開な事を言い始める。いやいやカメリアさん、それじゃ迷路の意味が……。
「……そうか。別に、馬鹿正直に迷路をクリアする必要なんてないんだ!」
「どうしたの、ホクトくん?」
突然俺が大声をあげたせいで、アサギがビックリして聞いてくる。でも、そんな事を気にしていられないくらいの衝撃だ。だって……。
「そうだよ、これは遊びじゃないんだ」
「それはそうでしょ。だって、私たちは今試験を受けてるのよ?」
「そう、試験だ。だけど、別に迷路をクリアする必要は無いだろ」
「それって……ズルして、迷路をクリアしないで先に進もうって事?」
「迷路を馬鹿正直にクリアする必要は無いって事だ。つまり……その辺の壁をぶっ壊して先に進もうぜ」
そう言われて、アサギとカメリアがビックリした表情を見せた。そうだよな、俺も最初は何とかして迷路をクリアしようと躍起になってた。だけど、別に真面目に迷路をクリアする必要はどこにもない。試験の説明を聞いてた時も、トラップを壊してはいけないとは書いてなかった。もし仮に、そんなルールを作ったら、トラップの解除ができなくなる。それでは育成を目指しているギルドの考え方と矛盾する。だから、この壁を壊すってのはアリな気がしてきた。
「破壊するなら、アタイに任せろ!」
喜々として壁を壊すカメリア。本当に楽しそうだ。迷路の形状なんて全くの無視で先に進むカメリア。そして、遂に迷路の秘密が解き明かされた。
「……壁が動いてるな」
「ああ、壁が動いてるな」
「つまり……」
つまり、俺達が進んだ後で壁が動いて、通行可能だったところを塞いで通れなくしていたって事だ。確かにこれじゃ、いつまで経ってもゴールに辿り着けなかった訳だ。
「……こんな迷路アリか?」
「私たちだって壁を壊して進んできたんだから、おあいこって事じゃない?」
カメリアが壁を殴りそうになる度、動かなかった壁が突然動き出す。完璧な擬態で壁を演じてた魔物?ゴーレムって奴か?が逃げ惑う。確かに相手も裏技を使ってるんだから、こっちが使っても文句は言われないだろうけど、一生懸命迷路をクリアしようとしてた自分を殴りたい。
そして30分後、俺達は無事9ステージに進むことができた。




