17話 灯台下暗し
翌日の朝。結局俺たちは、安全よりもアサギの心の平穏を優先して、その場で野営を敢行。俺とカメリアの2人で、交代で警戒に当たった。案の定というか、ラッキーと言うかトラップの発動や、夜襲は無かった。今は俺1人、テントの前で朝食の準備をしている。
「ふぁ~……ああ、眠い」
欠伸を噛み殺しながら、火にかけた鍋に材料を適当に放り込む。地球では料理など一切しなかった俺だけど、さすがに冒険者稼業を半年もしていれば嫌でも料理を覚える。もっとも、適当に材料を切って鍋で煮込むだけだけど……。うちのパーティでは、基本的に食事は持ち回りで作る……んだけど、俺やカメリアの作る漢料理はアサギに大層評判が悪い。最近では、余裕があるときは全てアサギが料理をしている。本人曰く、料理に恨みを持つくらいなら自分で作った方がマシ……らしい。
「……それにしても、昨日のアサギは強烈だった。普段が何でもできる美人秘書みたいなアサギだけに、昨日の壊れっぷりは凄まじい物があったな」
泣き叫び、言動が幼稚になっていくアサギ。俺とカメリア2人で、何とか宥めすかして寝かしつける事ができた頃には、2人とも疲労困憊でぶっ倒れそうだった。そもそも日中に、精神を磨り減らす事をずっと強いられていたことも疲労の蓄積を伴っていたのに、まさか止めをアサギに刺されるとは思ってなかった。お蔭で先に夜警につくのをどっちにするかで争った挙句、じゃんけんで決着を付ける羽目になった。
「……何で俺は、あそこでチョキを出したんだ」
うちらのパーティでは、夜警は三交代制。今回はアサギが役に立たないので、自ずと1回目に夜警に立った者が3回目もやる羽目になった……つまり、今の俺だ。そうこうしていると、後ろのテントから人の動く気配がしてきた。どうやら起きたみたいだ。
「……うぅ、頭痛い」
目元を真っ赤に腫らしたアサギがテントから出てくる。顔色も、いつもと違って悪い。まさにバッドデイを体現している。
「おはよう。その感じだと、あまり寝れなかったか?」
「あぁ、おはよう。ここは……ああ、あの分岐路の広場ね」
今頃気付いたのか、アサギがどこか素っ頓狂な事を言ってくる。おいおい、大丈夫か?
「私、昨日の夜って……その、何かした?」
「へっ?」
「……実は、昨夜の記憶が全く無いの。最後に、全部行き止まりだった穴に入った事は覚えてるんだけど、そこからここに戻って来たところから記憶が無いの……ねえ、ホクトくん。私何かした?」
瞬間寒気がした。マジか、あの幼児退行も、泣き叫んで暴れた記憶も今のアサギには無いのか……。さて、どうしよう。素直に教えてやるのが優しさか。
「ふぁ~……おぉ、アサギも起きてたんだな。おはようさん」
俺が答えあぐねていると、カメリアも起きだしてきた。俺が、今のアサギの状況を上手く誤魔化そうとカメリアにサインを送ろうとしたところで、カメリアの方が一瞬早くアサギに話しかけていた。
「ったくよぉ、アサギも勘弁しろよな。お前、昨日の夜は酒飲んで酷い酔い方してたんだぞ……」
「えっ!?私、冒険の野営でお酒飲んだの?」
まあ、このアサギの反応は当然の事だ。野営中に酒なんか飲んだら、いざ襲撃を受けたときにまともに戦えない。だから、まともな冒険者は野営中は禁酒するもんだ。当然、俺達のパーティでも野営中の飲酒は禁止している。それを自分が破ったことが信じられないって表情をしている。
「まあ、昨日の探索は飲まねえとやってらんねえって気持ちも、解るっちゃ解る。だから、これ以上は言わねえけど……次は無いから覚えとけよ」
「う、うん……ごめんなさい」
そう言ってカメリアは、ちゃっかり俺の左隣を占拠する。あ、ちなみに右隣は既にポロンが占拠しているので、アサギはポロンの右隣がこの瞬間決定した。まあ、本人はそんなことに気づきもしないほど愕然としてるけど。
「(おい、今の説明は何だよ)」
「(仕方ねえだろ。本当の事を言う方が、あいつにはショックだろうし。昨日の醜態を考えたら、忘れてるならその方がいいって)」
驚いた。さっきの話が聞こえてたのか、カメリアが機転を利かせてくれたようだ。普段空気なんか読まないこいつが、そんな機転を働かせるくらい昨夜のアサギはやばかったって事か。これからは、あまりアサギが精神的に追い詰められないように気を付けよう。
「あ、なに?2人して内緒話なんて……私にも教えてよ」
お前の事だよ……とは、口が裂けても言えない。
「何でもねえよ。それよりも、とっとと飯食って、あのクソッ垂れな仕掛けをクリアしようぜ」
鍋からスープをよそいながら、カメリアが言う。いつの間にか朝食の準備も、整っていたみたいだ。最後の調整もできなかったけど、まあいいか。俺も自分用の器にスープをよそって食べ始める。1人だけ腑に落ちないって顔をしていたアサギだったけど、これ以上は無駄だと判断したのか、しぶしぶ食事を取り始める。
「……まずっ。ホクトくん、これ塩入れた?」
「あ、忘れてた……」
食事も終わり、撤収準備も完了したので、本日のお仕事を始めよう。
「……はぁ、今日も楽しい楽しい探索の始まりね」
既にこの世の終わりのような表情をしているアサギ。気持ちは分かるけど、もう少しやる気を出そうぜ。そんな苦い薬を飲む前の、子供のような顔をしなくても……。そんなアサギを見かねて、俺は昨夜暇だった夜警の間に考えていたことを話してみる。
「そう言えばさ、これも一種のダンジョンの罠って事なんだよな?」
「えっ……そうね、そう言っても良いんじゃないかしら」
「だったらさ……目の前の無数の穴自体が罠って事は無いか?」
「……どういう事?」
俺が昨夜考えていた事、それは正解があの穴の中には無いのではないか?と言う事だ。ぶっちゃけ、虱潰しに探せば見つかる正解だったら罠とは言わないだろ。あれを見て、そこのどこかに正解がある。そう言う風に思考を誘導している事自体が罠ではないか?そう考えたわけだ。
「……なるほど。それは一理あるかも」
「そうか?ただ単純に、昨日の続きをしたくねえだけじゃねえのか?」
「う、うるさいわね!こういう時は、焦らずにじっくり考える事も大事なのよ」
アサギの言ってる事は、至極最もなんだけど……昨日の今日でその発言をしても、説得力は全くない。まあ、言い出しっぺの俺が、それにツッコミを入れる訳にもいかないんで、黙ってるけど……。
「私たちは、この広場に入った瞬間、目の前の穴の数に呆然とした。さも、そこから正解を探し出せと挑戦されているように感じたから……それが、そもそもの罠。だとしたら、これだけの穴は何のためにあるのか……」
アサギが1人で思考の海に埋没した。まあ、この手の事で俺とカメリアは全く役に立たないので、ここはアサギに頑張ってもらおう。さっきアサギの負担を軽減しようと考えたばかりと言われるかも知れないけど、無理なものは無理なのだ。
「…………そうか、視覚的に注目を集めさせる理由は1つ。他の何かを隠したいから……そうか、そうよ!ホクトくん!」
「ん?」
「正解は、ここにあるわ!」
考え出した結果の答えがそれである。え、結局それのか?
「興奮してるとこ悪いんだけどな、頭の悪い2人にも解るように説明してくれないか?」
「だから、答えはここにあるのよ!この、広場のどこかに」
どうもアサギの言ってる事が理解できない。カメリアを見ると、案の定ポカーンとした顔をしていた。
「もう!だ・か・ら!あの穴の先じゃなくて、この広場のどこかに正解に通じるヒントや仕掛けがあるってことよ」
「えっ……ああ、そういう事か!」
「え、アタイだけわかんないぞ?どういう事だ?」
「つまり……今までと同じだって事だ。これまでに俺たちが解いてきた、隠しボタンかなんかで、あの穴とは全く別の道が隠されてるんじゃないかって事だよな?」
「そう!ホクトくんの言う通り、あの膨大な穴の数は、それから目を背けさせるためのカモフラージュって事よ」
すげえな、昨日あれだけ打ちひしがれてた人物と同一人物とはとても思えない。しかも、俺がただ何となくで思いついたフラッシュアイデアから、こんな答えを導き出すなんて……アサギ、恐ろしい子。
それからは早かった。そこかしこで口を開けている穴を完全に無視して、俺達は広場を徹底的に調べた。その結果、案の定壁から隠しボタンを発見して――もちろんポロンが――止める間もなくアサギがボタンを押す。普段のアサギからは考えられない軽率さと、俊敏な動きだった。よっぽど、今回の仕掛けに参っていたんだろう。
「……何も起きない?」
「そんなはずは……これ見よがしな隠しボタンだぞ」
しかし、俺達の予想に反して何も起こらず。疑問に思っていた俺達を導いたのは、またしてもポロンだった。
「わんわん!」
突然鳴き出したポロンをみんなで見た。すると、ポロンがある穴を見て吠えているのが解った。
「あの穴が何だって……あれ、あの穴。光ってないか?」
見れば無数に開いている穴の一つ、その奥から光が零れているのが見えた。確か、さっきまでは何って事無い穴だったはずだ。
「ボタンを押したから、あの穴が光ったのか?」
「……多分、そうじゃない?」
みんな半信半疑だったけど、他にできることもないので全員で穴の中に入ってみる。その穴は、昨日探索が終わっていた穴だったので、中の構造はみんな覚えていた……いたはずなんだけど……。
「……なあ、ここって三又だったか?」
「……アタイの記憶が確かなら、二又だったはずだ」
「つまり……」
ゴクリ、誰かの喉が鳴った音が聞こえた。昨日調べたときは二又の分岐路、今日調べたら三又の分岐路に変わっていた。それが示すところと言えば……。
「新しく増えた、この真ん中の道。これが正解って事じゃない?」
全員を代表して、アサギが答える。そう正解、つまりは出口だ。一斉に全員の表情が笑顔に変わる。
「待て待て。浮かれるのは、ちゃんと先に進んでからにしよう」
「そ、そうね。糠喜びって可能性が無くはないわ……この捻くれたトラップを考えた作成者なら尚更ね」
改めて気持ちを引き締める。喜ぶのは、無事先に進んでからにしよう。ポロンを先頭にアサギ、俺、カメリアの順で新しく出来た道を進む。そして、大凡半日ぶりに俺たちは次のステージに進んだ。




