16話 限界突破
あれから俺たち猛炎の拳は、2ステージを何とか突破した。今は3ステージ目を攻略中だ。それにしても、だんだんこの施設が本気を出してきた。今にして思えば、1ステージ目の隠しボタンを見つけるなんて生温く感じる。2ステージ目のホールには、最初のステージの苦労を嘲笑うかのような、隠しボタンの連続。しかも、間違ったボタンを押したせいで、ホール中に魔物が湧くモンスターハウスと化してしまった。誰だよ、戦闘なんか無いって言った奴……。まあ、出てきたのはゴーレムの群れだったんだけど。カメリアだけが、喜々としてゴーレムを倒してたな。結局、全てのゴーレムを倒したら扉が開いたけど……あれ、絶対正しい開け方じゃ無かったな。
「……さすがに疲れてきたな。そろそろ、どっかで休憩を取りたい」
「だったら、このステージのホールまで行きましょう。ここまでのステージを考えると、あの部屋が一番休憩に適しているわ」
確かにアサギの言う通り、あのドーム状になってるホールはトラップを解除するまでは危険だけど、解除してしまえば安全地帯になる。今の時間は解らないけど、施設に入った時間的にそろそろ今日の探索を終わらせて野営の準備をした方が良いかもしれない。
「なんだホクト、もう疲れたのか?アタイなんて、まだまだいけるぜ!」
そりゃ、さっきのステージで今までの鬱憤を晴らすかのように大暴れしてたもんな。今のカメリアの顔、今まで見たことないくらい艶々してる。よっぽど今までの道のりがストレスになってたんだろうな。
「とりあえずは、ホールを見つけないとな。3ステージになって、そろそろ地形も入り組んできた。ここからは、ひとつの失敗が全滅になるかもしれない。気を抜かずにいこう」
「そこはポロンと私に任せて。ね、ポロン」
「わん!」
ポロンはもちろんだけど、だんだんアサギが覚醒してきている。最初の頃は見落としてポロンに助けられたりしたけど、今はかなりの確率でトラップを見抜いている。ぶっちゃけ、ホールに行くまでは俺もカメリアも何もしていないと言っても過言じゃない。
「……過言じゃないってカッコつけたけど、内容はかなり情けないな」
「あん?どうした、ホクト。そんな時化たツラして」
俺は人並みに羞恥心とか罪悪感とか持ち合わせてるけど、今のカメリアを見る限り、そんな事は微塵も感じて無さそうだな。その鈍感力が羨ましい。
「何でもねえよ。ほら、俺達はアサギたちの邪魔をしないように気を付けよう」
「そうだな。トラップに関しちゃ、アタイは全く役に立たない。やっぱり、そんな簡単には人間変わらないって事だな」
何を嬉しそうに情けない事を言ってんだ、こいつは。お前、さっき少しでも上達するように頑張るって言ったばかりだろ。それすら無かったかのように振る舞うカメリアが恐ろしい。
そんな風にお荷物な2人がバカな会話をしていると、アサギとポロンが困った表情でこっちを見ていることに気づいた。
「あ、ゴメン。邪魔したか?」
「……ううん、そうじゃないの。ちょっと困ったことになって……とにかく、こっちに来てくれる?」
アサギが手招きして、道の奥へ誘導する。その先は、ちょうどブラインドになっているカーブで、アサギたちの困った理由ってのも、その先にあるんだろう。俺とカメリアは、顔を見合わせてアサギの後を付いて行く。そして、カーブを曲がった先。そこには……。
「……ああ、こういう事か」
「そうなの、どうしようかと思って……」
「こりゃ……」
三人三様の反応をしたのには理由がある。今俺の目の前には、分かれ道が存在する。それだけなら、今までにも何回かあったから、そこまで気を遣う必要は無いんだけど……。目の前の分かれ道は、今までとは趣きが違った。
「……これ、いくつに分岐してんだ?」
「……くぅ~ん」
前脚で顔を覆うポロン。気持ちは解るぞ、なんせ今目の前には無数の分かれ道が存在してるんだから。
「10や20じゃ利かないな。これの中から、当たりを探せって事か?」
ちょうど今立っている場所が、エレベーターホールのように広場になっている。そこから人一人が通れる程度の大きさの穴が、壁一面に広がっていた。これ作った奴、絶対性格歪んでるよ。どうやったら、こんな嫌らしい地形を考えつくのか……。
「見た目に違いはない……となると、1つ1つ試してみるしかないかな?」
アサギも眉を八の字に歪めて呟く。入り口からここまでのトラップは、恐らく経験者なら問題なくクリアできる程度の難易度だったと思う。だけど、これは……。
「心が折れるな……」
「忍耐力が試されてるのかしら……」
「……わぅ」
見てるだけで、やる気がゴリゴリと削られていく。どうしたもんかと考えあぐねていると……。
「ここで考え込んでても、仕方ねえだろ。こういう面倒なのは、とっとと動いて片しちまった方が良いってのがアタイの経験則だ」
こういう時に、一番頼りになるのは実はカメリアだったりする。俺も、カメリアほどに思い切ったことを言えればいいんだけど……こいつの男前な発言にはいつも助けられる。
「……そうだな。ここは頭を使うところじゃなくて、身体を動かすところだな」
「……やりますか。じゃあ、入った穴の前には目印を付けて行きましょう。1回入った穴に、もう1回入るのは無駄以外の何物でもないから」
そうして、俺達の長い戦いが始まった。
どれくらい時間が経っただろうか。見れば、沢山ある穴の壁にはバツ印の嵐。俺達が、中に入ってハズレを引いた数だ。最初のうちは、まだよかった。みんな余裕があったから、ハズレでも笑ってられた。それが、5つ6つと増えるにつれて顔から笑顔が消えた。10を超えた辺りで、全員能面のような表情になった。そして今、俺達は15個目の穴を潜っている。
「……」
「…………」
「………………」
誰も、一言も喋らない。あのポロンでさえ、黙々と前を向いて辺りを警戒している。もっとも、耳はずっとペタンと塞がったままだけど……。この穴の先なんだけど、すぐに行き止まりになる事もあれば、奥で更に分岐していることもあった。だから、確認した本数以上に、俺達は疲れていた。
「……この穴も、きっとなにも無いのよ」
普段ポジティブな思考のアサギでさえ、今の状況に稀に見るネガティブさを発揮していた。やばいな、このまま続けるのは無理だ。きっとどこかで、誰かが帰ると言い出しかねない。俺としては、何としても今回で探索者になりたい。なりたいけど、その誰かが自分になりそうで怖い。ああ、頭がおかしくなりそうだ……。
「……アタイ、ここまでにも何個かダンジョンを見てきたけど……ここまで、極悪な形をしたダンジョンは見たことねえ」
「……私もよ。自然にできるダンジョンで、ここまで捻くれ捲った地形になる事なんて万が一にも無いわよ。フフフ……ほんとに、この施設を設計した奴が目の前にいたら…………フフフフ」
こわっ!?なんかアサギが闇に呑まれ始めてる。意外とメンタル弱かったんだな。そう言う意味では、ここで知れて良かった……いや、良くねえよ。マジでアサギが壊れ始めた。
「あ、アサギ……あんまり思いつめるなよ?この作業だって、いつかは終わるんだ。そうすれば、今この瞬間の事も、いつかは笑い話にできるって」
「……そんな事は問題じゃないの。私に、こんな無意味な労働を強いているのに、作った本人は、きっとどこかでのうのうと生活してるのかと思うと……ちょっとね」
休憩しよう。何か見つけても、見つけなくても、今の穴を調べ終わったら絶対に休憩を取ろう。いっそ、今日はここまでにしても良いかもしれない。
その後、入った穴は中で3回分岐を繰り返し、全部で8本の行き止まりに突き当たった。もうアサギの顔を見るのが怖くて、まともに前を向いて歩けない。何も変わることの無い探索を終えて、最初のホールまで戻ってきた。
「……なあ、今日はここで野営しないか?確かに、こんな中途半端な所で野営するのは嫌だけど、正直これ以上続けても神経が参るだけだ。リーダーとして、メンバーの体調を考えた上での判断だ」
穴から出た直後に、考えていたことをアサギたちに伝える。反応は様々だった、カメリアはブスッとして、その場に座り込んだ。ポロンは、俺の足元まで来て体を擦り付けて甘えてくる。そして、アサギは……。
「……グスッ、ヒック……うぇ……うぇ~~~ん!」
突然泣き出した!?それも、泣くなんて可愛げのあるものじゃない。大号泣だ。天を仰いで、泣き叫ぶ。いや、アサギさん……24歳の妙齢の美女が、そんな泣き方しちゃあかん。あぁ、鼻水も垂れてきた……これ、世間にお見せできないよ。
「あ、アサギ……とにかく落ち着け、な?」
「うわぁ~~ん!も、もうやだぁ……アサギおうちかえる…………」
ああ、遂に幼児退行まで始まった。アサギの心は、とっくにポッキリ折れてたんだ。余りの状況にカメリアさえも唖然としている。
「……アサギのこんな姿、初めて見た」
そんな悠長な事を言ってる場合じゃねえ!何とか、アサギを落ち着かせないと。
「ほ、ほらアサギ。辛かったな、だからな……もう泣き止んで……」
「うぇええぇぇ~~~ん!!!」
……もう、ダメかもしれない。俺の方も、心が折れそうだ。世のリーダーたちは、こんな時どうやって慰めてるんだよ。リーダールーキーの俺に、誰か教えてくれ。
それからしばらくの間、洞窟内にはアサギの絶叫だけが木霊していた。
限界突破したのは、アサギの忍耐力でした。




