15話 第一の障害
扉を開けて中に入る。そこは、小さなドーム型の小ホールだった。入ってきた扉の対面に、同じような扉が見える。多分、あの扉の先が次のステージって所か。
「なにも無い、だだっ広い空間。さて、ここは一体何のためのホールなのか……」
ポロンを先頭に俺、アサギ、最後にカメリアの順でホールの中央まで進む。ポロンが反応してないって事は、近くにトラップの類は無いんだろう。
「何にもないな。どうする?ちょっと休憩しようか?」
「う~ん、確かにポロンが反応してないからトラップは無いと思うけど、一通り部屋の中を調べてみない?なんにしても、安全は確保しておいた方が良いと思う」
「そうだな。じゃあ、手分けして探すか」
そうして俺、アサギ、ポロンはホールを調べるために散らばった。え、カメリア?そっとしておいてやれよ。終始俯いてて、今のあいつにかける言葉が見つからないんだよ。
「しかし、探すと言っても何を探せばいいのか……」
見渡す限り、目につくような物は見当たらない。床は石が敷き詰められていて、綺麗に磨かれている。これだけでも、結構手間がかかってるのがわかる。上を見上げれば、そこは剥き出しの岩肌が覗いていた。手を入れたのは地面だけか……。一応何かないかと思って、壁沿いまで歩いてきた。壁も天井と同じで、岩肌が剥き出しだ。って事は、天井と壁にはギルドの手が入ってないって事なのか?とりあえず、壁を左にグルッと1周してみる。進んでいる途中で、扉を調べているアサギと遭遇……と言うほど、大きな空間でもないけどな。
「何かあったか?」
「……そうね。とりあえず、この扉が開かないって事は解ったわ」
「開かない?鍵がかかってるのか?」
「そうみたい。それに、ほら見て」
そう言ってアサギが指さす先は、扉の取っ手部分。目を凝らして見るが、俺には何を言いたいのかよく解らん。
「ノブだな。これがどうした?」
「……はぁ、そんな気はしてたけど」
あからさまな溜息をつくアサギ。何だよ、そんなに俺の注意力ってダメか?これでも、休日の新聞に載ってた間違い探しとか得意だったんだぞ。そんな俺のクレームなんて気にもしないで、アサギが俺を見ながら言う。
「扉のノブはあるのに、鍵穴が無いでしょ?」
言われて気付いた。確かにドアノブの下に鍵を差し込むための穴が無い。え、でもこれって……。
「これでどうやって扉を開けるんだ?」
「だから困ってるんじゃない……」
最早俺には何も期待していないかのような、アサギの表情。あからさまに落胆したその表情は、結構くるものがある。これまで何度もアサギから色々な事を教わってきたけど、ここまで見限られたのは初めてかもしれない。
「だ、大丈夫だって!きっと、どこか別の場所に鍵を開ける仕組みがあるんだよ」
「……まあ、私もそう思ってたけど」
「だろ!なら、それを見つければ良いって事だ。無闇に何かを探し回るよりは、目標があって良いじゃん。よし、早速探そうぜ!」
もうアサギの呆れた顔を見てられなくて、俺は早口に捲し立てるとアサギの返事を聞かずにその場を離れた。だって、どんな蔑んだ目で見られるか……考えただけでも怖い。
扉を挟んで反対側の壁から捜査を再開する。少なくとも、壁を調べ始めてから扉の所までには変わった所は無かった。実際、壁に何かがあるとは限らないけど、目に着く所から進めるのは間違ってないと思う。ゆっくり、注意深く壁を見つめながら歩く。今のところ変わった所は見つからない。そして、しばらく壁を見ながら歩いていると、また扉に辿り着いた。
「これは……俺達が入ってきた扉だな。これでだいたい3/4は調べたか。まあ、ここで行き詰ったら最悪戻ればいいだけだ。ひょっとしたら、ここに来るまでに何か仕掛けがあって、それを解除しないと先に進む扉が開かないって可能性もある」
自分で言ってて、本当にあり得るんじゃないかと思い始めた。これは、一度確認しておいた方が良いな。そう思って、扉のドアノブを掴んで捻る。だけど……。
「えっ……あれ?」
ガチャガチャ……
扉が開かない。押しても引いても、ダメもとで横にスライドさせようとしてもダメだ。
「そんな馬鹿な。さっき俺たちが入ってきた扉だぞ。それが何で開かないんだよ……」
ガチャガチャ……ドンドン!
どんなにノブを捻っても、扉が開く気配はない。イライラが募って扉を叩いていると……。
「どうしたの?」
アサギがこっちまで来ていた。
「いや、ここに来るまでに仕掛けがあるかと思って戻ろうとしたんだけど……扉が開かないんだ」
「えっ!?」
流石のアサギも驚いたようだ。終いにはポロンとカメリアまで集まってきた。そして、この扉が開かない事。向うの扉も開かない、つまり俺たちはここに閉じ込められたことを説明した。
「何だよそれ、訳解んねえ……」
ドン!
カメリアも扉に八つ当たりを始めた。ひょっとしたらカメリアの怪力で扉が吹っ飛ぶかと期待したけど、さすがに頑丈にできているのか、びくともしなかった。
「……一度落ち着いて、状況を整理しましょう」
そう言って、アサギがホールの中央まで戻っていく。アサギに解らないんじゃ、俺やカメリアだけ残っても仕方ない。俺達もアサギを追って、ホールの中央に戻る。閉じ込められて事で精神的に疲れたか、誰ともなく腰を下ろす。
「とりあえず、ここまでに気付いたことを言っていきましょう。まずは私から……ホクトくんにはさっき説明したけど、ここの扉には鍵穴が無いわ。あの先に進む扉も、そして私たちが入ってきた扉にも」
「えっ!?今の扉にも鍵穴無かったのか?」
「……無かったわ」
あ、またアサギが呆れた表情をしている。いやだって、あんだけ焦ってたんだ。見落としもするだろ……と言い訳しようとしたけど、現にアサギは後から来たのに気付いていた。ここまで来ると、本気で自分の注意力に自信が無くなってきた。
「鍵穴が無いって事は、鍵以外の方法で扉が開くと言う事。私が気付いたのはここまでね……次はホクトくんお願い」
御鉢が回ってきた。だけど、何を話せばいいんだ?
「何か話したいけど、俺には何も見つけることができなかった……。一応壁を調べてみたけど、ここまでの自分の行動を思い返すと、俺の言う事は当てにならないかも……」
ここはアサギに任せて、俺とカメリアは大人しくしてた方が効率が良さそうだ。俺が調べたところも、結局信用ができないんじゃ調べるだけ無駄だ。アサギの邪魔をしそうで怖い。
「大丈夫よ、ホクトくん。一度落ち着いて考えましょ。ホクトくんは邪魔なんかじゃない……確かに注意力が散漫かもしれないけど、絶対ホクトくんの力が必要になるときが来るわ」
アサギにここまで言われて黙ってるなんて、それはそれで俺らしくない。なら、俺に出来る範囲でアサギをサポートしよう。
「そうだな、できないからって何もしなければ、上達なんて絶対しないもんな。願いの塔に入れば、こんなトラップが一杯あるんだろ。なら、今できなくても願いの塔で役立つように訓練しよう」
「そうそう。ホクトくんは、それくらい前向きな方が良いよ。さて、じゃあ情報が出尽くしたみたいだから、これからの事を相談しましょう」
そうしてアサギの考え、俺が気付いた事なんかを話していく。途中からカメリアも機嫌が治ったのか、積極的に意見を言うようになった。ここに来て、やっと猛炎の拳らしくなってきた。
「つまり、鍵を開けるための仕掛けが……」
「この部屋のどこかに絶対ある……って事か?」
「そうだと思う。じゃないと、一度入ったら二度と出られなくなっちゃう。確かに塔の奥の方にはそんなトラップがあるかもしれないけど、試験として入った最初のホールで、そんな極悪なトラップを仕掛けるとは思えないのよね」
アサギの言う事も解る。ここは自然にできたダンジョンじゃなくて、ギルドが作った試験の為の施設だ。いきなり極悪なトラップを仕掛けるよりも、奥に行けば行くほど難易度が上がっていくと考えた方がいい。
「……まあ、願いの塔に入っちゃったら、こんな考え方邪道も良い所だけどね。今回だけはルールがある想定で行ってみましょう」
そして再度部屋中に散る猛炎の拳メンバー。今回は、カメリアとポロンも一緒だ。特にポロンは、ここまでで見せたトラップを見つける能力に期待している。カメリアも、自分にはできないと諦めていたけど、俺と同じように何事も経験と割り切って、部屋の中を調べ始めた。
特に今回アサギから言われたのが……。
「壁や床の形?」
「そう。周りに溶け込んでいないって言うのかな。自然物って、あらゆる線が自然に繋がって見えるのよ。それが、手を加えられると途端に歪になるの。特に隠しボタンとかは、周りとの違いが一目瞭然よ。色は無理かもしれないけど、そういう所を探して」
アサギからレクチャーを受けて、俺もカメリアも目を皿のようにして壁を調べる。そして、どれくらい経っただろうか……。
「あ、おいこれ!ちょっと、こっち来いよ!」
突然カメリアが声を荒げた。何だ何だと、みんながカメリアの元に集まる。
「どうした?」
「これ、壁のココ!ほら、なんかおかしくねえか?」
カメリアが指さす場所。よく見ても、俺には何がおかしいのか解らない。だけど……。
「そうよ、これよきっと!凄いわカメリア」
「わんわん!」
みんな違いが解ったみたいだ。さっきまでは全然ダメだったカメリアまでもが、何かを見つけた。俺って、ほんとに役立たずかもしれない……。
「ほらホクト、ここだよここ!こう上から壁の皺が下りてくるだろ……で、ココ!ここでほら、ちょっとだけズレてるんだよ!」
カメリアが、自分の発見を何とか俺に気付かせようと説明する。そのカメリアの指をジッと見つめて後を辿る。すると、確かにある一点から線がブレているように見える。
「あ、見える!解るよ、ここだろ!ここが右に少しだけズレて……ああ、解る。くっそ、なんでこんな解り易い物に気付かなかったんだ……」
「大丈夫よホクトくん。一度気付けば、きっと次からは簡単になるわ。頭が違和感を覚えたんだから」
全員気付いたことで、そのズレた部分をカメリアが手で押し込む。
「……くっ、ダメだ。押せねえ」
「じゃあ、上下左右のどれかにスライドさせてみて」
アサギの指摘を受けて、カメリアが壁に添えた手を色々な方向に動かそうとする。すると、上に力を入れたときにスッと壁の一部がスライドした。
「あ、あった!中にボタンが見えるぞ」
「……どうする、押してみる?」
アサギが俺に聞いてくる。ここでの決定はリーダーの仕事か。さて、どうしよう?押せば何かが起こる事は間違いない。問題は……。
「これを押したことで、別のトラップが発動する可能性もあるよな……」
「そうね……。だけど、他に何も見つかってない。この部屋をあれだけ調べて、これしかないって事は……可能性はあるんじゃないかしら?」
こういう時に、パーティメンバーの命を預かるのは胃に来るな。
「……よし、押そう。悪いけど、アサギが押してくれ。俺とカメリアは、アサギに何かあったときにフォローできるように待機。ポロンは俺達の後ろで警戒しててくれ。ここ以外から、何かが起こるかもしれない」
「解ったわ」
「任せとけ!」
「わん!」
さて、何が起こるか……。アサギがカメリアと場所を入れ替わる。俺とカメリアは、いつでも動けるように戦闘態勢を取って身構える。ポロンは俺達の後ろで待機。アサギが、ゆっくりとボタンを押し込む。すると……。
カチッ
何かが噛み合う音がした。それと同時に、ポロンが吠えだす。何かあったのかと、後ろを振り向くと……。
「今のは……ドアの鍵が開いた音?」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だけど、何かが確実に変わったと言う事だ。俺は慎重にドアに近づいて、そっとドアノブを捻る。すると、さっきまではどんなに強く動かしてもびくともしなかったのに、今回は驚くほどすんなりと扉が開いた。
「……はぁ、これで第一関門突破ね」
「この後も、こんなのが続くのか?ストレスで、頭がイカレそうだ」
2人とも疲労困憊だ。そういう俺も、少し休みたい心境だ。だけど、せっかく扉が開いたんだ。これから、どれくらいの道のりなのか解らないんだ。少しでも進んだ方がいい。
「よし、先に進もう」
俺の言葉に、全員が頷いた。




