54話 収束
遂に、俺達は冒険者ギルドの建物まで来ることができた。羊の夢枕亭で、ローザさん達を保護して、ここに来るまでにもお婆さんを1人保護。結果的に5人の一般人を保護して、ここまで来ることができた。正直、戦闘面ではあまり役に立てなかったけど、ひとりでも多くの人を助けることができたのは純粋に嬉しい。
「ホクト!」
「カメリアもお疲れ。怪我とかしてないか?」
「アタイは大丈夫だ。ホクトの方こそ、随分やられたんじゃねえか?」
カメリアに言われて、初めて自分の今の格好に目が行く。モスマンたちとの戦闘で、大分ボロボロにされた。銀の籠手と、群青の燐鎧はさすがの高性能。群青の燐鎧は、多少引っ掻き傷とか付いているけど性能には何の問題もない。銀の籠手は言わずもがな。代わりに上着とズボンは、切り裂かれた痕がいくつも残っている。もう、これは着れないだろうな。新しいのを買おう……。
「見た目は酷いけど、身体の方は問題ない。これだけの戦場を渡って来た割には、大した被害も無くて良かった」
「アタイは、もっと戦いたかったけどな」
良い笑顔でカメリアが言う。こいつは、本当に戦闘狂だ。俺なんか、しばらくは魔物を見るのも嫌だ。どこかに籠って、グータラしたい。
「あ、あの……ホクトさん!」
「おお、ユーリ。お前も無事だったか」
エスカちゃんと一緒にユーリもギルドから出てきた。この2人が無事なのが、今回一番の成果かな。ハンナちゃん?ローザさんがいて、ハンナちゃんが怪我するなんて想像もできない。
「ピュゥ!ピュイピュイ!」
「うわっ、やめろウナ!突っつくなって……なんだ、どうしたんだよ」
「僕ばっかり心配して、ウナを心配しないから妬いてるんですよ」
「ピュイピュイ!」
ユーリの肩の上で、ウナがその通り!と、頷いている。本当に人みたいな仕草をする鷹だな。ご要望通り頭を撫でたら、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
「わぅわぅ!」
「ポロンもお疲れ。今回は、お前がいてくれて本当に助かったよ」
嬉しさが爆発したポロンは、俺の周りをバッタのように跳ね回る。今の嬉しさを表現しきれていないみたいだ。身体中をワシャワシャと撫で回して落ち着かせる。
「エスカちゃんも無事でよかった。怪我とかしてないよな?」
「はい。ローザさんも、ハンナちゃんも、ポロンも、そしてユーリも。みんなが私を励ましてくれたから、大丈夫でした!」
ひまわりのような笑顔。ああ、この子は、本当はこんな風に笑う子なんだな。やっと、心の底から笑ってくれて良かった。頭を撫でると、猫みたいに目を細めてされるがままになる。ちょっと離れたところで、ハンナちゃんが羨ましそうな顔でこっちを見てたから、後で同じように頭を撫でてあげよう。
「お、おい!?あれを見ろよ!」
みんなの無事を確認していると、周りの冒険者たちが騒ぎ出した。なんだなんだと、騒いでいる冒険者たちの視線の先には……。
「アマンダさん、それに涼風の乙女。良かった、無事だったんだ……」
「ホクト……そっちじゃない。その後ろだ……」
「えっ?」
町に戻ってからも見かけなかった、アマンダさんと涼風の乙女。その所在がはっきりして喜んでいると、カメリアからツッコミが入った。
「なんだよ、アマンダさん達が無事だったんだ。それを喜んでなにg……」
何が悪い。そう言おうとしたら、カメリアに顔を抑えられて強引にある方向を向かされた。
「い、痛えよ!いったいなんだって……」
それ以上は言葉が続かなかった。強引に向かされた先、そこには大きな魔物の姿があった。竜人の鉾のメンバーが変身したような、そんな姿。あれって……。
「あれ、ワイバーンだろ」
「ま、まさか……涼風の乙女だけでやったのか!?」
「見ろよ。あの大きさのワイバーンとやりあって、誰も怪我らしい怪我をしてないぞ。やっぱりAランクパーティってのは、俺達とは違うんだな……」
周りの反応から、あの大きな魔物がワイバーンだと分かった。皮膜のような翼、両腕?前脚?が無い代わりに、肩から翼が生えている。そして、竜と同じような顔に鱗。これが、漫画や小説によく出てくるワイバーン。
「でっかいな……」
「僕、ワイバーンなんて初めて見ました」
思わず口を出たのは、何の捻りもない言葉。でも、ただただデカい。とんでもない存在感だ。死んで尚これなんだ。生きていた時は、どれだけの脅威だったのか。
「お、小僧じゃねえか!お前も無事だったんだな」
ミルさんが、俺を見つけて声をかけてくる。美女揃い、そして実力でもAランクパーティのメンバーが声をかけたんだ。周りからは、誰だって顔をされる。ああ、有名人に知り合いがいる人って、こんな感覚なのか。
「外で戦っていた時に、姿が見えなかったんで心配しました。どこにいたんですか?」
「私たちも行こうとしたんだけどね……」
「リーダーがゴネた」
ディーネさんとキリュウがアマンダさんの方を見てニヤニヤしている。いや、キリュウはいつもの無表情だ。でも、なんでだろう……あれは、絶対茶化してる顔だ。
「わ、私は別にゴネてなんか……。ただ、最終決戦をするにしては随分簡単に乗ってきたから。それで、何か裏があるかもって……みんなだって、賛成してくれたじゃない!」
「もちろん賛成したわ。こういう時のアマンダの勘って、恐ろしく当たるから」
ワイバーンを倒すくらいの功績を上げても、目の前の美女軍団は変わらない。さも、それが当然とばかりに自然体だ。こういうところは見習いたい。
「いいなぁ、アタイもワイバーンと戦いたかった……」
「俺達にはまだ無理だ。経験を積んで、いつか戦ってみたいな」
カメリアも俺も、涼風の乙女に憧憬の視線を向ける。それが恥ずかしかったのか、アマンダさんが顔を真っ赤にして俯く。
「ほんと、この子は……こういう事に免疫が無いんだから。ゴメンね、ホクトくん。あんまり、そういう目でアマンダを見ないであげて。さすがに、これだけのギャラリーの前で悶える姿を見せるのは可哀想だわ」
ビオラさんが困ったって感じに言ってくるけど、目は口程に物を言う。アマンダさんをおちょくるのが楽しくて仕方ないって感じだ。
「それにしても、ワイバーンですか。すごいですね」
「Aランクパーティにもなると、ワイバーン程度ではあまり誇れません。それに、今回は町の防衛が第一。何を倒そうと、それが結果的に町を守るための行動であるならば、それは誇って良い事です」
アイラさんは、相変わらず固い。だけど、その表情からは町を守ったと言う自負と自信が滲み出ている。町の防衛に貢献できたことが嬉しいんだろう。改めて、涼風の乙女を見る。これだけの事をしたのに、みんなそれが当たり前のような顔をしている。あれがAランクか……俺も、いつかあそこまで行ってみたい。
「皆さんは、これからどうするんですか?」
いつまでも引き留めるのは悪いと思って、これからどうするのかを聞いてみる。特に下心があったわけじゃなくて、純粋にどうするのか聞いてみたかっただけだ……いや、マジで。
「さすがにワイバーンの相手は疲れた。あたしは少し休むよ」
「そうね、スタンピードも収束してきているようだし。私たちも街中を走り回って、少し疲れたわ。しばらくは、ギルドで休みましょう。もちろん、何かあったら一番で対応するけどね」
アマンダさんも、少し疲れた表情でそう言う。
「ホクト、お前も少し休め。ずっと動きっぱなしじゃねえか」
「うーん、そうだな……。今は気が高ぶってて、疲れてるのかよく解らない。しばらくして、疲れに抗えなくなったら休むよ」
日本人の血か、何かしていないと気になって仕方ない。俺、日本じゃ高校生だったのに……こう考えるのは、教育の賜物なのかな。
「ホクトさん!」
みんなでギルドに入ろうと動き出した時、そのギルドから俺を呼ぶ声が聞こえた。見れば、少し寄れた制服に身を包んだノルンさんが手を振っている。
「ノルンさんも無事だったか」
久々に見たような気がするノルンさん。以外に大所帯になった俺達は、みんなでノルンさんの方に歩き出す。そう言えば、俺やアレク、キールはまだ帰還報告をしてなかった。
「良かった、無事だったのね」
目尻に涙を溜めながらノルンさんが言う。しまったな、ギルドに着いた時に早々に報告に行けばよかった。俺が心の中で、あれやこれやを考えていると、それに気づいたのかノルンさんが苦笑する。
「ふふ、大丈夫よ。別に怒ってる訳じゃないから……。ただ、個人的にも心配してたから……次からは、早めに帰還報告してくださいね」
「は、はい!」
頭の上の耳をピコピコ、尻尾をユラユラさせながらノルンさんが注意してくれる。やばい、凄くかわいい。俺が、そんなノルンさんに癒されていると、カメリアに尻を思いっきり抓られた。
「いっっってぇぇーー!ちょっ、なにすんだよカメリア」
「ふんっ!」
何も言わずに、ギルドの為物の中に入っていった。何だよアイツ。確かにノルンさんの笑顔に鼻の下が伸びてたかもしれないけど、やっと顔を見ることができたんだ。今くらい許してくれよ。
「ふふふ、カメリアさんも変わらないわね。そうだ、ホクトくん。これからちょっとだけ付き合ってくれない?」
突然ノルンさんに誘われた。ここは……カメリアには悪いけど、俺も久しぶりにノルンさんと話したい。周りからの嫉妬の眼差しにもめげず、俺はノルンさんの誘いを受けることにした。
「うわぁ……」
「どう、なかなかのモノでしょ」
自信満々にノルンさんが言う。だけど、言うだけの事はある。今俺たちがどこにいるかというと……冒険者ギルドの最上階。職員の、それも結構上の役職の人だけが入れるプレミアな空間みたいだ。突然ノルンさんに誘われて、連れて来られたのがこの場所。
「下からじゃ、あまり解らなかったけど……ここから見える景色は凄いな」
「私も好きなの。ここはギルドの、ちょっとだけ自慢できる場所よ」
そう言われて、プレミアム感を味わいながら周りの景色を見る。普段なら、さぞ見応えがある景色なんだろう。マンションとかの5階くらいには感じる。
「それで、どうして俺をここに?」
「うん……ほんの少しだけ、ホクトくんが辛そうだったから。私たちがお願いして、戦闘に参加してもらってるのにフォローが上手く出来なくて、ごめんなさい」
突然頭を下げるノルンさん。
「え、ちょ、ちょっと……止めてくださいよ。俺だって、自分で町を守りたくて立候補したんです。今辛いのは、別にギルドのせいじゃないし、何よりノルンさんのせいじゃ全然ないですよ」
今回のスタンピードは、誰が謝る必要もない。
「それでね、私に何かできないか考えたの。それで、ここの事を思い出して……少しでも元気になってくれればと思って」
ほんと、この人って優秀だな。今は特に疲労とか感じなかったけど、見る人が見たら一目瞭然なのか?
改めて、高所からの絶景を味わう。ここなら、リーザスの端まで見渡せる。そして、その中で街中から煙が上がっているのが見える。
「あれは……火事?」
町の至る所から、火の手が上がる。ここから見えるだけでも、10か所くらい見えるか。これから、もっと増えていくんだろう。
「随分やられましたね……」
「そうね。だけど、あなたたち冒険者が瀬戸際で頑張ってくれたから。本当は、ここからの景色も今回の騒動で、醜くなるんじゃないかって……だけど、そんな事は無かった。ここはやっぱり最高の場所。私は、今日ここでホクトくんと見たことを一生忘れないわ」
「一生なんて、そんな大げさな」
「それだけ感動したって事よ……。ホクトくん、あなたはそれの一端を担ったのよ。もっと胸を張りなさい」
照れくさいけど、目の前で誰かに感謝されるって……あまり、経験したことがない。
「……忘れないでね、この光景を」
その後は、2人とも特に何を話す訳でなく、ずっと街中を見下ろしていた。見れば、街中に飛来する魔物の数もすでにない。そんな事を考えながら、ここからの景色を、空が茜色に染まるころまで堪能した。
長かった7章も、次話で終わりとなります。
思った以上に長くなってしまって、書いた本人が驚いています。
丸1カ月以上かかった本章ですが、同時に第一部の終わりでもあります。
元々二部構成で、260話くらいで完結するつもりでしたが、すでに超過を繰り返してて
とてもその話数で終わる気がしません。
話しとしては、まだまだ続きますので、今後ともよろしくお願いします。




