52話 キールの本音
傷付いたアレクに肩を貸して建物を出る。飲ませたポーションで、辛うじて意識を保ってはいるけど、これ以上の戦闘は無理だ。早くギルドに連れて行って、回復術師の施術を受けさせてやりたい。
「大丈夫かアレク」
「大丈夫とは……言い難いな。もう戦う力も残ってない。今の俺は、完全にお前のお荷物だ。危なくなったら……」
「魔物に見つからないように逃げるよ」
誰が置き去りにして逃げるかってんだ。アレクも、この町で知り合った大事な仲間だ。ともにDランクパーティのリーダーで、そろそろCランクも見えてきた。これからも、お互いから良い刺激をもらって伸びていくところだ。こんなところで、終わらせて堪るか。
「一刻も早く、お前をギルドに連れて行きたいんだけどな。もう少しだけ待っててくれ。今キールを連れてくる」
建物の壁にアレクを寄り掛からせて、キールの入っていった建物を見る。すでに時間は結構経っている。その短い時間で、アレクもあれだけの怪我を負っていたんだ。キールも苦戦している可能性がある。早く助けに行かないと……。
「俺の事はいい。キールを頼む……」
未だ苦しそうに顔を歪めるアレクだけど、やっぱり仲間の安否は気になるだろう。しきりに、キールが消えた建物を見ている。アレクの心配も最もだ。俺も早く助けに行きたいと思って入る。だけど……。
「……お前をこのまま、ここに置いて行くわけにはいかないだろ」
「俺よりも、今はキールの方が危険だ。俺の方は、上手く隠れていれば魔物にも見つからないさ」
苦しそうな顔で、無理に笑顔を作るアレク。こう言う所がリーダーらしくて、男らしいところだ。なんで、彼女の1人も居なんだろう。俺はアレクの顔を見て、そして覚悟を決めた。
「……わかった。できるだけ早く戻って来るから、お前は無理しないで隠れてろ」
「心配するな。今の俺は、無理をしたくてもできないさ」
笑うアレクに肩を貸して、少し建物の裏の方に連れて行く。この辺りなら、早々魔物にも見つからないだろう。ゆっくりとアレクを地面に下ろして、腰から鞘ごとショートソードを抜く。それをアレクの目の前に突き出す。
「俺の職業じゃ、装備できないからな。普段は枝打ちとかくらいにしか使ってない。あんまりいい状態じゃないかもしれないけど、丸腰よりはましだろ。持っててくれ」
この世界に来て、最初の頃に手に入れたショートソード。腰にさしていても、装備の恩恵を受ける事さえなかった無駄装備。まさか、こんなところで役に立つなんて……。
「……良いのか?」
「さっきの戦いで、アレクの剣折れただろ。こんな剣じゃ身を守る事も難しいかもしれないけど、無いよりはましだろ。持ってってくれ」
「わかった。いざという時は、使わせてもらう」
鞘を握りしめて、アレクが言う。これで、最低限の準備はした。一度アレクの顔を見てから、踵を返してキールの入っていった建物に向かって駆けだす。建物に近づいたところで、集音と気配感知のスキルを発動して周りの様子を伺う。ここは、大きな商会の建物のようだ。1階は荷卸しをする空間なのか、外と直接つながっている。左右の壁際に、大きな荷物がたくさん積まれていて倉庫みたいだ。中央部分は、商会前の道から続いている。これは、このまま荷馬車が奥まで入って行けるようになっているのか。この辺りには来たことが無かったから、こういう構造の建物も初めて見る。
「裏側に入り口があるのか?」
見える範囲には、建物に入る扉はない。この道なりに奥に進めば、中に入る扉があると想定して進んで行く。この間も、集音と気配感知は全力で使っている。奥へ進むと、道に面した大きな建物の他に二棟ほど建物が見える。その奥には、羊の夢枕亭にもあった厩もある。あの二棟の建物は、従業員用の宿舎になってるのかもしれない。
「ここまでは、音も気配も感じないな。やっぱり、中に入ってみないとダメか」
中庭のようになっている小さな広場で、周りを確認する。そうすると、意外とあっさり本館の中に入るための扉が見つかった。商人たちやお客は、あそこから中に入るのか?謂わば裏に玄関がある感じだな。
「……ここで、こうしていても仕方ない。中に入ろう」
本館――道に面した大きな建物――に備え付けられた、頑丈そうな扉。それが大きく開け放たれている。この大きさだと、普段から開放しているのかもしれない。ドアの前まで進んで、スキルに反応が無いか調べる。しばらくスキルに集中していると、建物の奥の方で音を拾った。これは……恐らく剣戟の音だ。まだ安心はできないけど、中で別勢力同士が戦っているみたいだ。
まるで魔物が大きく口を開けて、獲物がかかるのを待っているように見える大きな入り口。覚悟を決めて、一歩を踏み出す。見れば、中は向うの宿屋と同じで灯りが機能していない。ただ、奥の方には薄っすらと灯りが見える。集音で拾った音は、そっちの方から聞こえてくるみたいだ。
「あっちか。罠かもしれないけど、ここは弱腰になって引くよりも、多少のリスクは背負って奥に行こう」
薄暗がりの中、ゆっくりと奥に進んで行く。すると、徐々に剣戟の音が聞こえるようになってきた。剣で硬い物を斬りつけたときの音、これはキールがまだ戦ってると思っていいかもしれない。連れ添って中に入ったのは、向うの宿屋と同じガーゴイルだ。アレクの時もそうだったけど、ガーゴイルは武器なんかは使わないみたいだ。だからこそ、剣戟の音は普段から主武器として剣を使っているキールが生存していることを告げていた。
「まだ完全に安心はできないけど、とりあえずキールが死んでいることは無さそうだな」
奥で2階へあがる階段を見つけた。逸る気持ちを抑えて、慎重に階段を上る。徐々に見えてくる2階の光景。まだ俺のところからだと、キールを視認はできない。更に歩を進めて、音の方へと歩いていく。こういう時、隠密スキルを取ってて良かったと思う。シッカと行った偵察行は、しっかりと俺の中で形になってくれている。
廊下を進むと、先が左に折れ曲がっているのが見えた。恐らく音の出所は、その先だ。廊下の角まで進んで、曲がり角の先を見る。そこには……。
「おらぁ、どうした!俺はまだ倒れんぞ!」
なんか、見たことも無いくらい熱くなっているキールがいた。キールの周りには、数体のガーゴイルの残骸が転がっている。あいつ、こんな狭いところでずっと戦ってたのか?足元に転がるガーゴイルの残骸に足を取られそうで、見ているこっちがハラハラする。ここは、奇襲をかけて一気に殲滅と行こう。
「その程度の攻撃、俺には通じん!」
相も変わらず熱いキール。その雄姿を見ながら、こちらに背中を見せているガーゴイルに近づく。キールもガーゴイルも、まだこっちには気付いていない。
「俺は……俺は、こんなところで死ねないんだ。帰ったら、ミランダと熱い夜を過ごすんだ!この戦いの前に約束した……俺は、俺は童貞のまま死にたくない!」
うわぁ……知り合いのカミングアウトとか、聞きたくなかった。もうなんか、このまま放っておいて帰りたくなってきた。確かに女ができると、励みになるのはわかるし、今まさにそれを糧にして戦ってるんだろう。だけど、なんだろう……助ける気力がゴッソリ削られていく。
「…………」
もう、あと一歩踏み出せばガーゴイルを倒せる距離まできた。ここまで来ても、キールもガーゴイルも俺には気付いていない。結構レベル高くなったな、俺の隠密も。なんて、現実逃避をしている場合じゃない。不本意だけど、キールを助けよう。
「浸透」
背中を向けているガーゴイルの、延髄に向かって肘を落とす。同時に浸透を発動して、内部から破壊する。ガーゴイルは、何が起きたのかも把握できないまま床に崩れ落ちた。
「……え?」
その瞬間、キールとガーゴイルの動きが止まる。いやガーゴイルは解るけどキール、お前まで止まっちゃダメだろ。もうツッコミ疲れたんで、周りの事は無視して仕事に徹する。
「1つ」
再度隠密を発動して、別のガーゴイルの背後に移動する。そして、浸透。
「2つ」
浸透を発動したら、そのままキールの横にいるガーゴイルまで一気に加速して、速度のまま渾身の右ストレートを顔面に叩きこむ。
「3つ」
ガーゴイルの囲いを突破したところで足を止める。残るガーゴイルは、キールと戦っている2体のみ。気配感知で調べてみたけど、この建物内には、これ以上の魔物はいないみたいだ。
「……ホクト」
「助けに来たぞ、キール」
微妙な空気が、俺とキールの間に流れる。本来なら、颯爽と助けに入ってキールと協力して戦うつもりだった。だけど、目の前の男のカミングアウトで全てがぶち壊しだ。
「……ひょっとして、今のやり取り…………見てたか?」
まあ、見られたくないよな。誰もいないからこそ、あんな大声で話していたんだろうし。俺は、キールの思いを汲んで左腕を前面に突き出す。そして……。
サムズアップ!
「う、うおぉぉおぉぉぉ!?オォォオオォォォ!」
キールが壊れた!?やっぱり恥ずかしかったのか、周りのガーゴイルに出鱈目に剣を振り回す。そのうちのいくつかが致命傷となって、ガーゴイルが次々と倒れ伏していく。
「まあ、終わり良ければ全て良しだな」
俺は、ただただ呆れて、呆然としてキールを見つめる事しかできなかった。




