34話 最後の戦いの前に
「結局、罠は使わなかったね……」
アサギが、俺の方を見てかすかに笑った。解ってる、アサギも俺の事を元気づけようとしてるんだって事くらいは。だけど、今は何も考える事ができない。
「……俺たちも戻ろう」
「ホクトくん」
後ろからアサギの声が聞こえたけど、それに応えることなく教会のドアをくぐって外に出る。ゴメンな、アサギ。でも今は、俺も頭の中がグチャグチャで何を話せばいいのか解らないんだ。
外に出たときには、リザードマンやワニの魔物、ダッジさんも姿は無かった。完全に置いていかれてしまった。
「はぁ~……こんな辛気臭いところ、とっとと出ようぜ」
外に出てきたカメリアが言う。それには、俺も同意だ。
「それには賛成だけど、カメリアは帰る方向分かるのか?」
「……えっ?いや、分かんねえけどアサギがわかんだろ?」
「随分他力本願ね、カメリア。はぁ、こっちよ」
そう言ってアサギが先導し始めた。良かった、空気が悪くなると思ったけど、教会から出たからか何とかいつもの調子で話をすることができる。
しばらく、他愛もない話をしながらもと来た道を戻る。ああ、ここは見覚えがある。一度場所の特定ができれば、後は簡単だった。町の外周に移動して、緩やかなスロープを上る。そして、ここに初めて来たときと同じように町を一望できる丘まで戻って来た。改めて町を見渡す。ここが、元々人間が住むために作られた町。そして人は、ここから上の世界に出て行った。それ以来、この町は帰るべき主を持たない町となった。
「来た時は感じなかったけど、今見ると随分寂しい町だったのね」
アサギが感慨深げに、独り言を呟く。カメリアは、そんなアサギの言葉に鼻を鳴らし……。
「ハンッ、こんな辛気臭せえところ、もう二度と来ないだろうよ。さっさと帰ろうぜ」
そう言って、カメリアは竪穴に通じる道に入っていった。アサギも、それに続くようにその場を後にする。俺は、1人そこに留まって町を見下ろす。感傷……なのかもしれない。だけど、もっと上手くやれたのではないか?その思いが、今も燻っている。まあ、俺1人がどんなに頑張っても無駄か……。
「……もう一度、ここに来てみたいな」
「ホクトくん、行くよ」
アサギの声を聞いて、最後にもう一度町を見てアサギたちを追う。確かに、今は浸っている場合じゃない。この後、魔物の軍勢が押し寄せてくるだろう。ダッジさんは、これが人と魔物の生存競争だと言っていた。なら、勝たなければ後が無い。俺は、ハンナちゃんや羊の夢枕亭のみんなの為にも、負けられないと心に誓った。
「ふぅ、やっと外の空気が吸えた」
地下で、どれくらい時間が経過したのか。今俺たちの目の前には、まさに飛び出そうとしている太陽が見えている。夜通し潜ってたのか……。
「でもテントの中の死体が片づけられてて良かった。戻ってきてまで、あの死臭は嗅ぎたくなかったね」
アサギも、テントから出てきて伸びをする。すると、俺達が出てくるのを待ってたかのようにダッジさんが声をかけてくる。
「おう、遅かったな。今それぞれの門に伝令を飛ばした。各グループの主要メンバーを集めて、この後の緊急ミーティングに参加してもらう。当然、お前らも参加な」
ダッジさんに微笑まれて、逃げられない事を悟った。なら、他の連中が集まってくるまで休ませてもらおう。
「ダッジさん、俺ら完徹で疲れてるから少し寝ていいっすか?」
「まあ、仕方ないか。でもいいか、全員揃ってお前らが起きてなかったら……俺直々に叩き起こしてやるからな」
ダッジさんの笑顔に見送られて、俺達3人は広場の隅っこで固まって横になる。そう、固まってだ。当然、色々な物が俺の身体にぶつかってムチムチ、ポヨポヨと気持ちいい感触を俺の脳に伝えてくる。いやいや、寝れないから!
「どうした、ホクト。寝ないと後が辛いぞ?」
そう言いつつ、俺に縋り付いてくるカメリア。本人はリラックスして目を閉じている。
「役得だね、ホクトくん。後の事はダッジさんが人を集めてやってくれるから、私たちはその間に、じっくり身体を休ませようね」
俺の腕を取って、逃がす気など微塵も感じさせずにアサギが言ってくる。こいつら……こんな状況で寝れるか!
なんて思っていたのに、大分疲れていたみたいだ。自分がいつ寝たのかも覚えていないくらい簡単に落ちたらしい。
どれくらい時間が経っただろうか、周りの喧騒に意識が徐々に浮上する。薄く目を開くと、まず目に飛び込んできたのは中天近くにある太陽。結構な時間寝ていたみたいだ。伸びをしようとして、身動きが取れない事に気づいて、その原因たちの方を見やる。
「すぅー、すぅー……」
「むにゃむにゃ……ホクトは塩味……うまー」
それは、多分風呂に入ってないから汗でしょっぱく感じてるだけだぞ?とカメリアに軽くツッコミを入れたくなった。アサギもカメリアも、こんな状況なのにぐっすりと眠っている。でも、そろそろ起きてくれないと、周りからの視線に耐えられなくなるかも……。
「おうおう、随分羨ましい状況だなホクト」
顔に直接浴びせられていた太陽光が、いきなり何かに遮られた。そして、頭上からの良く知った声。この声は……。
「……ソウルか?」
「おう、それにしても……こっちは魔物どもに纏わりつかれてイライラしてたって言うのに、お前ときたら。なんて羨ましい事になってんだ!」
改めて、自分の姿を見える範囲で見てみる。左にアサギ、右にカメリアが抱きついてきている。今動かせるのは頭だけ、それもかなり狭い可動域だけだ。少しでも動かそうと腕に意識を集中すると、ムチムチとした感触をダイレクトに感じる事になる。……幸せだ。
「何幸せそうなツラしてやがる。さっさと起きろよ、そろそろ会議が始まるぜ」
「俺も起きたいんだけどな、こいつらが……」
「うぅん、ホクトくんそこはダ・メ。お姉ちゃん困っちゃう……」
「今度は、甘辛味のホクトか!?ホクトは、どれだけアタイを困らせれば気が済むんだ!」
「…………」
いや、これ絶対起きてるだろ……。
「アサギ、カメリア……拘束を解かないと、二度と一緒に寝な……」
「おはよう、ホクトくん!」
「お寝坊さんだな、ホクト!」
勢いよく2人が離れていく。全く、青少年をおちょくるのはいい加減止めてほしい。俺だって、我慢するには限度があるぞ。立ち上がって、固まっているコリを解す。ゴキリ、首や肩が威勢よく鳴る。
「……お前、よく我慢できてるな。同じ男として、尊敬するよ」
ニヤニヤしながらソウルが茶化してくる。
「嬉しくない、こんなの蛇の生殺しだ……」
軽く柔軟をしつつ、辺りを見回す。主要な冒険者たちは、だいたい集まっているか?涼風の乙女や竜神の鉾の姿が見える。この2つのパーティがここにいるって事は、それぞれの門への攻撃は一旦止まってるって思っていいんだろうな。
「町への攻撃って、止まってるのか?」
ソウルに確認してみる。
「ああ、日が昇ってしばらくしたら魔物たちが引いていった。それからしばらくして、ダッジさんからの伝令が来てここに集められたって訳だ。着てみれば、お前は気持ち良さそうに寝てるし。お前、何があったのか知ってるのか?」
「……俺の口から言わなくても、ダッジさんが言ってくれるさ」
眠りに落ちる前の事を思い出して、嫌な気分になる。もう割り切ったと思っていても、やっぱり心のどこかで引っかかっているみたいだ。
「ふぅん……」
ソウルも、そんな俺から何かを感じ取ったのか、それ以上は追及してこなかった。
「注目してくれ!そろそろ会議を始める」
ダッジさんの声が響いて、会議が始まった。場所は司令部があった広場、テントはすでに片づけられていて、青空の元会議をするみたいだ。
「まずは、ここにいるお前たちに言っておかなければならない事がある。今日、魔物たちに総司令部は占拠された」
その一言を聞いた瞬間、周りが騒然となった。当然だ、みんな町に魔物が侵入しないように一生懸命戦っていたのに、自分たちの総司令部が魔物に乗っ取られた。それが何を意味するのか、その事実に愕然としているんだ。
「……ほんとかよ」
隣でソウルも驚いている。
「そして、その時の襲撃で総司令部は壊滅。俺も敵の手に落ちて攫われた」
またもや騒然となる。ダッジさんは、事実だけを淡々と話しているけど、それはそれで周りへの配慮なんて微塵もない。まあ、この後の事を考えれば正しい事なんだろうけど……。
「お前は驚かない所を見ると、知ってたのか?」
「ああ、俺達が見つけたからな」
事態の急展開について行けないのか、ソウルがポカンとした顔をしている。俺もソウルと同じ立場だったら、そんな顔をしていただろう。
「落ち着け!今ここに俺がいる事が、すでに事態が解決した証だ。俺は拉致され、そこにいる猛炎の拳の面々に助け出された。そして、俺を拉致したやつこそ、今回のスタンピードを操っていた黒幕だった。そいつの要求は、願いの塔を人間以外に……つまり自分たち魔物にも解放しろと言って来た。そして、俺はそれを断った。当然だ、願いの塔は俺たち人間の物だ!例え、何を差し出されようと、それを呑む訳にはいかない!」
「そうだ!願いの塔は、俺達人間の物だ」
「ダッジさん、良く言った!さすがは俺たちの総司令だぜ」
周りの冒険者たちは、口々にダッジさんの事を讃えている。確かにダッジさんは嘘は言っていない。だけど、全てを口にした訳でも無い。全てを知っている俺からすると、都合の良いように煽動しようとしている風にしか見えない。
「……これが政治か」
「ホクトくん、我慢して。これがみんなの為の最善よ」
解ってる。俺がここで本当の事を騒いでも、結局何の意味もない。魔物は襲ってくるし、そいつらを倒さないとリーザスが元に戻る事はない。
「いいか、お前ら!これから魔物たちは、全戦力を結集して襲い掛かってくる。それを全て倒しきれば……俺たちの勝利だ!」
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
周りのボルテージは、一気に最高に達した。次の一戦で終わる。その一言をみんな待っていたんだ。
「これより、北門の先に我々の戦力も全て掻き集める。総力戦だ、各門のリーダーは自分が任された門まで戻り、全ての冒険者を取りまとめて北門に集まってくれ。準備ができ次第、こちらからも打って出る。最後の決戦だ、気合を入れていくぞ!」
「「「おおおぉぉぉぉ!!!」」」
こうして、スタンピード最後にして最大の大決戦が始まろうとしていた。




