33話 スタンピードの真相
「アサギ、準備終わってるかな……」
多少息が上がってるけど、もうひと踏ん張りだ。ダッジさんを抱えながら、その建物の扉を開けて中に入る。途端に感じる静謐な空気。打ち捨てられ、忘れ去られても尚静謐さを損なわないその建物は、地下の町で唯一の教会だった。外観からそうではないかと当たりを付けて、アサギが罠を張る場所に選んだんだ。
「アサギ、いるか?」
「ホクトくん!遅いよ、ダッジさんは……って助け出せたの!?」
「ああ、俺の完璧な作戦が上手くいった」
実際ダッジさんを助けたんだ。俺の作戦は成功だった……俺は、誰に弁明してるんだろう。
「こっちの準備はできてるわ。魔物たちは?」
「すぐにでも来るぞ。ただ、中に入ってくるかまではわかんないぞ」
「そこは、運を天に任せるしかないわね。大丈夫、天に祈るにはちょうどいい場所だし」
アサギが笑顔で言ってくる。こいつの場合、本心なのか冗談なのかよく解らないな。まあ、なんにしろここまで来たら任せるしかない。カメリアは……既に隠れてるな。
「じゃあアサギ、ダッジさんと一緒に隠れてくれ。発動のタイミングは任せる」
「わかった、大丈夫だと思うけどホクトくんも気をつけてね」
そう言って、アサギは祭壇の裏にダッジさんを連れて行った。でも、本当にそこで大丈夫なのか?アサギのうろ覚えの知識で、教会の祭壇は決して燃え尽きる事がないような作りになっているって言われて、今回の作戦を思いついたけど。まあ、すでに賽は投げられた。後はアサギを信じるしかない。
ギイィィィ……
その時、教会の扉が開いてリザードマンとワニの魔物たちが中に入って来た。
「ようやく観念したか。全く、最後の場に教会を選ぶとは……随分熱心な信者なのだな」
「……そうでもない。そもそも俺は多神論者だ、1つの神様に固執はしてないよ」
「ほう、そんな奴もいるのか。それで……お前は何者だ?」
注意深く周りに意識を向けながら、リザードマンは教会に入って来た。その後ろからは、ワニの魔物が10体ほど。恐らく、残りの魔物たちは外で教会を包囲しているんだろう。
さて、せっかくだからリザードマンと少し会話をしてみよう。
「俺はDランク冒険者のホクトだ。あんたは?」
「ほう、まさか魔物に自己紹介をする冒険者がいるとはな。ククク……これは面白い男に出会ってしまったものだ」
「魔物って、あんたは亜人じゃないのか?」
俺の言葉を聞いて、リザードマンは一瞬キョトンとした表情をする。蜥蜴の顔でもキョトンって表現がピッタリな顔をするんだな。ちょっと面白い。
「お前には、俺が亜人に見えるのか。先程の多神論といい、ずいぶんとおかしな環境で生きてきたのだな。俺は亜人ではない、歴とした魔物だよ。俺の名は……まあいい。どうせすぐに死ぬんだ、俺の名前などどうでもいいことだ」
すでに勝敗が決したかのような言い方だ。まあ、傍から見たら完全に俺たちの負けだけどな。ここで、態々訂正してやる義理も無い。相手が名乗らないなら、相応の対応で十分だ。
「で、お前たちはどうしてこんなところにいる?どうしてダッジさんを攫った?どうしてこの地下街の事を知っていた?」
「どうして、どうしてと五月蠅い奴だ。その全てに応えてやる義理はないな。1つだけであれば、応えても構わないがな」
1つだけ……さて、何を聞こう。こいつを捕まえて連れて帰れば、色々解りそうだけど、ここで死んでしまう可能性もある。なら、一番知りたいことを聞いておきたい。
「じゃあ、1つだけ。お前たちの目的はなんだ?恐らく、お前が今回のスタンピードの首謀者なんだろ?何のために、スタンピードを起こしてまでリーザスの町を狙った」
「ふん、頭は悪くないようだな」
いや、知能2のボンクラですが何か?
「お前の言う通り、リーザスの町を襲った魔物たちのボスは俺だ。そして、理由だったな……それは、願いの塔を踏破して願いを叶えてもらうためだ」
「……は?え、そんな理由で町を襲ったのか?」
「そんな理由?俺たちにとっては、それだけで十分な理由だ。貴様たち人間のように、いつでも気軽に塔に挑戦できる者からすれば信じられんだろうがな」
え、本当にそれが理由なの?そもそも、魔物が願いの塔に入って何をする気なんだ。リーザスの町を襲った理由は解った。解ってないけど、解ったことにした。だけど、それでも腑に落ちない部分は多い。
「正規のルートで、願いの塔に入ればいいじゃないか。お前は亜人……じゃないのか。でも亜人に見えるんだ、それなら怪しまれずに済んだんじゃないのか?」
「……俺だけなら、あるいはな。だが、他の魔物たちはどうだ?人間は、魔物を町の中に入れるか?入れる訳がない、俺達魔物と人間は常に敵対し合っている。そんな奴らを人間のテリトリーである町になど入れない」
確かにこいつの言う通り、町には入れないだろう。今回の件ですら、ここまでの大事になっているんだ。『いれてぇ』『いいよぉ』なんて簡単に事が済む訳ない。
「そもそも、お前たちはどんな理由があって願いの塔に入ろうとしているんだ?魔物たちにも願いたいものがあるのか?」
「……はぁ、お前は本当に何も知らないんだな。そもそもだ、願いの塔は人間たちが不当に占拠している。お前は、願いの塔は誰が建てたものか知っているのか?」
願いの塔を作った奴……そんなの知る訳がない。遥か昔からあるみたいだし。
「名前なんて知らない。そんなものを知らなくても、願いを叶えてくれるってだけで魔物から守る理由になるからな」
「それだ、そもそも守るなんて言っているが、別に願いの塔は人間が作ったものではない。あれは、生物が生まれるよりも以前から在る物だ。決して、人間が独占していいものではない!」
え、は!?願いの塔が、人間が作った物じゃない?いや、それはおかしいだろ。だって、じゃあなんで……。
「……なんで、人間は自分たちが作った物じゃないものの周りに町を作ったんだ?」
解らない、俺には真実が何なのか解る訳がない。そもそも、俺はこの世界の人間じゃない。世界の歴史や人間の生い立ちにも詳しくない。そんな俺が、人間を勝手に代表して代弁していいわけがない。
「遥か昔、願いの塔は種を問わず挑戦する権利が与えられていた。そして、その当時弱い人間と魔物たちを隔てるために、この町は作られた。ここはな、人間たちが暮らすことを許された町だった。そして、上の町には今は魔物と言われる種族たちが住んでいたんだ」
うおぉい、もう俺の頭じゃついて行けないよ。ヘルプミー!アサギ!
「いつの頃からか、魔物の代わりに人間が上の町に住むようになり、魔物たちはこの地より追い払われた。そして、人間が上の町に移った事で、ここは忘れ去られた町となってしまったのだ」
「その魔物たちはどこにいったんだ?」
「……目の前にいるだろ。さっきから言っている、俺達は魔物だ。もっとも、お前たち人間は区別がつかないものは全て一括りに魔物と呼んでいるようだがな」
魔物、リザードマンも二足歩行のワニも魔物。ひょっとして、俺が倒したアラクネも正確には魔物じゃないのかもしれない。
「森の中にいるゴブリンなんかと、お前たちは同じ魔物だっていうのか?」
「ゴブリン?あんなものと俺達を一緒にするな」
「ああ、混乱してきた。つまり、お前たちは何なんだよ!」
「俺達は、お前たち人間が忌避した事で魔物扱いされた、ただの人間だ。お前たちは、未だに魔物と一括りで呼んでいるようだがな」
こんな話、誰かに言ったところで俺がおかしい奴扱いされて終わりじゃねえか。そもそも、この世界の人間じゃない俺からすると『へぇ、そうなんだ』で終わる話だ。どいつもこいつも、全てひっくるめてファンタジーの住人に違いは無い。
「……その話は本当なのか?」
突然後ろから声をかけられて、振り返る。そこには、ダッジさんとアサギたちが立っていた。今の話って、俺よりもこの世界で生きてきたダッジさんやアサギたちの方がショックがデカいんじゃないか?あのカメリアでさえ、顔を青くしている。
「お前たちが信じるか、信じないかはどうでもいい。俺達の歴史の中に間違いなく存在している事実と言うだけだ」
「お前たちが……いや、お前が今回事を起こしたのは、独占された願いの塔の解放と言う事か」
「そうだ、俺は不当に占拠された願いの塔を解放するために兵を挙げた。これは、人間どもから願いの塔を解放するための聖戦だ!」
なんだよ、結局俺たちがやっていたのは、ただの戦争だったって事か?俺は、世界を渡ってまで戦争に巻き込まれたって事なのか。そう思った瞬間、足に力が入らず尻餅をついた。
「何だよそれ、俺がやってたのは戦争?俺は、ただ周りのみんなを魔物から守りたかっただけだ。それが、戦争だって言うのかよ……」
「まだわからん。ホクト、今のはあくまでこいつが一方的に行っているだけに過ぎん」
俺の横まで移動してきたダッジさんが、俺の顔を見てそう言う。確かに、片方だけの言い分を聞いたに過ぎない。だけど、俺の中で何かがストンと落ちた気がした。ひょっとしたら、俺はこの世界の在り方に、ずっと違和感を感じていたのかもしれない。それが、あいつの言った事で納得してしまった。
「ひとつ聞きたい。なぜ俺を殺さずに攫った?」
「お前が人間どもを指揮していたのは知っている。お前を攫い、お前の命と引き換えに塔の解放を呼びかければ、これ以上の血を流さずに早期決着ができると思った」
こいつらは、こいつらなりにこの戦いを不毛なものだと感じていたのか。
「……はぁ、素直と言うか真面目と言うか。まあいい、それでお前はこれからどうするんだ?ご覧の通り、俺は助け出された。今となっては、お前の立場の方が危機的状況だと思うがな」
「……お前たち人間と、交渉がしたい」
「お前さん、状況が解ってねえのか?総大将であるお前が、今ここで俺達に捕まれば、魔物の群れなぞ有象無象の集団に成り果てるぞ?それでも、俺たち人間がお前と交渉をするメリットは何だ?」
口が出せない。俺が頭が悪いからかもしれないけど、このリザードマンが言っている事が間違っているとは思えない。でも、それでも俺たちは人間だ。人間として、町を守り抜かないと知り合いが死んでしまうかもしれない。どちらを取っても、心にしこりが残りそうだ。こんなの、どっちがなんて選べない。
「……俺が戻らなければ、残った魔物たちが一斉にこの町を襲う。そうなったら、ひとたまりもないぞ。俺達には、まだ5000の同胞が残っている」
おいおい、当初の想定よりも全然多いじゃねえか。ここまでだって千単位で魔物を殺してるんだぞ?それが、まだそんなに残ってるなんて……。
「ハッタリだな。そういう事は、自分たちが有利な状況で言わねえと意味ねえぞ?」
「ハッタリかどうか、試してみるがいい」
「「…………」」
ダッジさんと、リザードマン。どちらも睨み合ったまま動かない。ダッジさんもさすがだ、俺なんか素直に信じてしまった。しばらく睨み合ったままだった2人が、どちらからともなく力を抜く。
「……今回は見逃してやる。だがな、例えお前らが正しい事を言っていたとしても、俺達人間がそれを呑むことは有り得ん。人間の歴史上、そんな事実があった事など無いし今後も変わらん」
「……それが、人間の答えか?」
「そうだ……」
またも睨み合う2人。だけど、今回は早かった。リザードマンが、俺達に背を向けて教会を出て行った。恐らく、仲間と一緒に自分たちの陣地に戻っていったんだろう。これで、とりあえずの危機は去った。ダッジさんも無事に救出できたし、めでたしめでたし……にしたかった。
「……ダッジさん。これで良かったんですか?」
「何がだ?」
「だって、戦いを終わらせるチャンスだったんじゃないんですか?」
あのリザードマンの話を聞いて、お互いが歩み寄ればスタンピードは終息したんじゃないのか?俺には、そう思えてならなかった。
「それは無理よ、ホクトくん」
「アサギ、どういう事だ?」
アサギも何か気付いているのか?カメリアの方を見ると、首を縦に振っている。なんだ、俺だけが解っていないのか……。
「ホクト、これは生存競争だ。共栄の道は無い。それが、人間たちの総意だ。今までも、そしてこれからもな」
俺には解らない価値観。多分、この世界で生まれて、この世界で生きてきた人たちにしか理解できない何かがあるんだ。いっとき間借りしている俺が口を出す事じゃない。だけど……。
「……行くぞ。あいつが戻れば、今度こそ本格的に攻めてくる。これが、最後の戦いだ」
そう言ってダッジさんは教会を出て行った。




