21話 アラクネ(後編)
「ウギィヤァァァーーー!!!」
景気良く燃えるアラクネ。やっぱり虫系は炎に弱いな。
「はぁ……はぁ……やったわね」
苦しそうに喘ぐアサギだけど、表情は嬉しそうだ。あの一発にそれだけ全力を注いでくれたって事だな。
「大丈夫か、アサギ……」
「ふぅ……少し疲れたけど平気よ。しばらくすれば、呼吸も元に戻るわ」
「でも、今の連携は良かったよな!アタイたち、パーティの力を全部集結したみたいで気持ちよかった!」
カメリアの言いたいことはわかる。カメリアが止めて、俺が相手の行動力を削ぐ。そして、止めにアサギの精霊魔法。おまけに、それが天狐の力なんだ。俺達全員で与えたダメージだ。これなら、アラクネだって……。
「ウギィィアァ…………アァァ。よ、よくもワタクシの美しい身体に……」
「……マジかよ。アレを食らって、まだ動けるのかよ」
見れば天狐の炎はすでに消えていた。そして、その中心地にはところどころ焦げてはいるけど未だ健在なアラクネの姿があった。おいおい、確かにあれで死んでるとは思ってなかったけど……それでも瀕死にはなってると思ってた。Aランク相当の魔物って、どれだけ強いんだよ。
「……フフ、フフフフ……よくもやってくれたな、人間風情が。まさか、ワタクシをここまで追いつめる者がいようとは、思いもしなかった。これは、ワタクシの慢心が招いた事なんでしょうね」
ユラリとアラクネの姿が歪む。なんだ、あの蜃気楼みたいなのは……。
「あれは魔素?魔物が体内に蓄えている力の具現化。まさか、見えるほど強い魔素を持っているなんて……」
「大丈夫だ、あいつは足を1本失ってる。それに、天狐の炎で身体中傷だらけだ。そんな満身創痍の奴に、アタイたちが負ける訳ねえだろ!」
そうだ、俺達はあいつをあそこまで追い込んだ。なら、もう一度同じダメージを与えれば、さすがのあいつも耐えられないだろう。
「よし、もう1回行くぞ。俺も、この籠手の力があれば……」
両腕の籠手に魔力を流して循環させる。力の使い方が解ったんだ。あとは、こいつを何度でもアラクネにぶち込んでやる。しかし……。
「うぐっ……な、なんだ?魔力が制御できない……それに、この身体のダルさは一体なんだ?」
高熱を出した後のような倦怠感。指を動かすのすら億劫に感じる。
「ホクトくん、それは魔力欠乏症よ。さっきの攻撃で魔力を使い過ぎたのよ」
なんだ、その魔力欠乏症って。今までにも魔力は結構使って来たけど、そんな症状になった事は一度も無かったぞ?
「多分、さっきの籠手の力はかなり膨大な魔力を必要としてたんだと思う。だから、たった一発打っただけで今までホクトくんが使ったことも無い魔力の量を吸い取られたんじゃないかな?」
「魔力を吸われた?この籠手は、俺の魔力を吸ってあの一撃を打ったのか」
なんて事だ。せっかく、流れがこっちに来たって言うのに、俺が流れを止めてしまうなんて……。
「……くそっ、俺にもっと魔力があれば」
野球をやってて、自分の打順で打線の流れを途切れさせたときのような苦い感覚がする。ここは、今の流れに乗ってアラクネに畳みかけなきゃいけない所だ。
「なんですか、ワタクシをここまで追い込んでおきながら、もう手も足も出ないのですか?まったく、貧弱な生き物ですね人間と言うのは……。ク、ククク……なら、そこで見ていないさ。ワタクシが、その人間たちを蹂躙する様を!」
1本欠けた足を忙しなく動かしながら、アラクネが行動を始める。さっきよりは遅くなっているけど、やっぱり他のどの魔物よりも早い。
「くっ、カメリア!私とあなたであの魔物を止めるわよ。ホクトくんは、その間に何とか戦える状態に体調を戻して!」
「おう!ホクトが戻ってくる間、アタイたちがあいつを止めてやるよ!」
くそ、こんなときに動けないなんて。とりあえず、カバンに入っているポーションを飲んで頭痛だけでも治れば……。
さっきまでとは違い、カメリアでもアラクネと十分戦えている。やっぱりアラクネも相当ダメージを受けているようだ。だけど、それでもまだ足りない。あのアラクネを倒すためには、さっき以上の攻撃をぶつけないと倒せないだろう。
「よくぞ、ここまであの魔物を追いつめた。俺達にも手伝わせてくれ」
「え?」
肩を叩かれ振り返ると、そこには後ろに下がっていた他の冒険者たちが立っていた。さっきまでは、アラクネを見て身体を動かすこともできなかったのに……今は、みんな何か決意に満ちた表情をしている。
「……でも、あいつ凄い強くて……みんなじゃ」
「大丈夫だ!情けない話だが、俺1人じゃとても太刀打ちできない。だが、ここにはこんなに冒険者が居るんだ。1人じゃ無理でも、ここの全員の力を合わせれば、お前が戻ってくるまでの時間稼ぎくらいしてやるさ。なあ!」
「おう!お前らの戦いを見ていて、身体の中から力が溢れてきたぜ。俺もお前らみたいに、戦いたいってな。だから、任せろ!」
「そうだ!みんなでやれば、何とかなるさ!」
みんな……その熱い思いに触れて、俺も力が湧いてくるのを感じる。この人たちなら、何とかしてくれる。そんな気がした。
「わかりました。だけど、絶対無理だけはしないでくださいよ!」
周りの冒険者たちを送り出し、改めて自分に何ができるのかを考える。魔力の残っていない今の状態じゃ、剛拳――そう名付けた――はもう使えない。残る手段は……。そこで俺の脳裏に、この前覚えたユニークスキルの事が浮かぶ。まだ試し打ちもしていない。どれだけの効果があるのか、どんな弊害があるのかわからない。だけど、もしここで起死回生の一発があるとすれば……。
「ディスタンスゼロ……しかないか」
俺の未知数のユニークスキル。ノルンさんや、アサギの話ではユニークスキルを持つ冒険者の強さは、まさに規格外らしい。確かにソウルのイカれた性能もユニークスキルあっての事だ。ただ、使い方を間違えると意味のないものになってしまう。もうマナポーションは飲めない。この一発で勝負するしかない。
「うがぁぁー!」
その声にハッとして振り返る。
「弱い弱い、人間とはなんて脆い生き物なのでしょう。それで、よくもワタクシの前に立てたものです」
1人の冒険者がアラクネに踏みつけられている。クソッ、今すぐにでも助けに行きたい。だけど、今行っても俺には何もできない。
「右の方たち、アラクネに近過ぎます。少し距離を取って下さい!左の方たちは、そのままアラクネを押し留めてください、魔法行きます!」
アサギが天狐を呼び出して、火の玉を連続で打ち出す。まるで流星群のような、無数の火の玉はその全てがアラクネに向かっている。
「効かないわ!」
「きゃぁぁ!」
その時、アラクネが跳躍してアサギに向かって鋭い爪を振り下ろした。アサギは咄嗟に回避したけど、その余波はアサギの身体を打ち付けた。
「くっ、うぅ……」
「あなたが司令塔のようですからね。念入りに潰させてもらいますよ」
「アサギさんを守れ!」
「「「うおぉぉぉーーー!!!」」」
アサギを守るために、前衛の冒険者たちが一斉にアラクネに向かっていく。俺もこんなところで蹲っている場合じゃない。身体に力を入れて立ち上がる。自分の身体を確認して……よし、これなら戦える。
「ホクトくん!もう大丈夫なの?」
アサギと合流して、これからの事を話し合う。ここに来るまでに思いついた作戦と呼べないほどの作戦。アサギはそれを黙って聞いて……。
「わかった。ホクトくんに任せるよ」
「……自分で言うのもなんだけど、そんな簡単に決めて良いのか?」
正直、アサギがこんな簡単にOKするとは思わなかった。俺がやろうとしていることは、博打としか言えないような事だ。
「今の戦力を考えて、一番可能性があるのがホクトくんの案だもの。私は、チームメイトとしてホクトくんの案を信じるわ」
「……わかった。絶対成功させてやる!」
「うん!」
腹は決まった。後は実行に移すだけだ。
「ホクト!」
カメリアが俺に気付いて、こっちにくる。おいおい、お前までこっちに来たら戦線を維持できなくないか?
「頼みがあるんだ」
「頼み?」
「ああ、アタイにも何かやらせろ。このままじゃ、アタイは足手纏いのまま終わっちまう。アタイ、そんなのイヤだ」
今まで見たことの無い表情を見せるカメリア。そうだな、今回の戦いでカメリアはアラクネに対してまともにダメージを与えられていない。カメリアがそう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
「さっき、みんなであいつに一泡吹かせたろ?だから今回も……アタイだけのけ者にしないでくれ。アタイは、ホクトの為なら何だってやってやる!」
そうだよな、俺達は猛炎の拳だ。誰か一人が背負う必要はないんだ。アサギがいて、カメリアがいて、俺がいる。全員で力を合わせて勝てばいいんだ。
「よし、カメリアにちょうどいい仕事がある。やってくれるか?」
「……おう、任せろ!」
渾身の笑みで答えるカメリア。やっぱり、こいつはこういう顔をしているときが一番生き生きしてるな。カメリアに今回の作戦を簡単に説明して、やってもらいたいことを告げる。
「わかった。アタイに任せとけ」
「ああ、頼んだ」
カメリアはすぐさま、他の冒険者たちの所に戻っていった。見れば、アラクネとも結構渡り合っている。確かに何人か戦線を離脱しているけど、決定的な穴は未だに作っていない。
「行って、ホクトくん。チャンスは私たちが必ず作る」
「おう、行ってくる」
さあアラクネ、最終決戦だ。
「皆さん、ホクトくんが行きます。援護を!」
「「「はい!!!」」」
後衛の魔法使いたちから、一斉に魔法が放たれる。
ズガガガッ
「その程度で!」
「お前ら、ホクトが来るぞ!前衛の意地を見せてみろ!」
後衛からの援護を受けて、前衛も一気に攻撃に参加する。アラクネの足1本あたりに数人の冒険者がついて、攻撃を繰り返す。
「そんな攻撃無駄です。あなたたちでは、ワタクシに傷ひとつつける事はできませんよ!」
「それで良いんです!とにかく、アラクネの機動力を奪ってください」
「「「おう!!!」」」
なるほど、確かにさっきからアラクネは同じ場所に留まり続けている。アサギが上手い事前衛を使って、アラクネを釘づけにしてるんだ。
「ホクト、行くぜ!」
「おう!」
カメリアがアラクネに向かって走り出す。徐々に速度を上げて最高速に達したタイミングで、俺も走り出す。カメリアが思いっきり右足に力を入れ、目一杯踏み切る。それに合わせて俺もジャンプ、身体を捻って腰からの力を右足へ伝える。
「行って来いカメリア!」
カメリアの右足の裏目掛けて、後ろ回し蹴りの要領で自分の足裏を添える。そして魔力を流して、カメリアを射出する。そう、あのセミとの戦いでやった俺とカメリアの合体技だ。
「なっ!?」
上空高く舞い上がるカメリアを見て、さすがのアラクネも唖然として見ている。良いのかね、そんな悠長にしていて。
「うおぉぉぉぉ、鬼心尖牙!!!」
上空からアラクネ目掛けて真っ逆さまに落ちてくるカメリア。重力の力を借りて、アラクネの胴体を槍で貫く。
「ば、ばかな!?ギィヤァアァァァ!!!」
カメリアの朱槍は、そのままアラクネを地面に縫い付ける。まるで、理科準備室に飾られた標本みたい。
「う、ウググ……抜けない」
「アタイはバッチリ仕事をしたぜ、ホクト。次はお前の番だ!」
「ああ、任せとけ。絶対にこいつを倒す!」
両腕の籠手を合わせて打ち鳴らし、アラクネに近づく。さあ、もう逃がさねえぞ。一歩一歩アラクネに近づいて行く。そして、ここで俺はとっておきの切り札を切る事にした。
「ディスタンスゼロ……」
瞬間、身体を何かが覆ったような気がした。自分の両手を見てみるが、特に変わったようには感じない。あれ、これちゃんと発動したのか?
「例え槍で縫い付けられようとも、ワタクシに素手で近づいて無事に済むと思っているのですか?」
前面にある巨大な口から、紫色の体液を撒き散らすアラクネ。地面に触れたその体液から、異臭と煙が舞い上がる。毒だ、ここに来て新しい攻撃パターンを出してきた。だけど不思議だ、今の俺には当たる気がしない。
「もちろん、俺はお前に止めを刺しに来たんだ。散々暴れてくれたけど、それもここまでだ。お前は、俺が倒す!」
右腕を前に突き出して、アラクネに宣言する。突き出した拳を握り込み、更にアラクネに近づく。すると、突き出していた右腕が微かに光っているように見える。ひょっとして、これがディスタンスゼロの効果か?このユニークスキル、確か効果は……。
『1分間、敵との距離が近ければ
近いほど攻撃力にボーナスがつく』
そう、敵との距離が近ければ近いほど攻撃力があがる。この右拳を見るに、既に攻撃力があがる距離には入ったって事かな。今でだいたい5mくらいか?それにしても、敵って……俺が敵と認識するだけでいいのか?この辺りは、時間があるときに検証しよう。
「な、なんだその光は……」
「さてね、なんでもかんでもホイホイ教える訳ないだろ」
更に足を踏み出し近寄る。拳の光も徐々に強くなってる気がする。更に一歩。近づく度に光が強くなる。そして、その光は拳から肘、肘から肩と徐々に体を覆う面積が大きくなっていっている。果たして、剛拳以上の威力を出せるのか。
「く、来るな……」
アラクネが、激しく毒を撒き散らす。もはや狙ってるとは思えないほど、辺り一帯にマシンガンのように飛び散っている。
「残念ながら、そんな攻撃は俺には当たらない」
「い、嫌だ……ワタクシは、死にたくない……」
驚くほどの変わり様だな。だけど、歩く速度は緩めない。こいつには、仲間の冒険者たちも大分やられたんだ。悪いけど、ここで死んでもらう。更に近づく、もう身体全体を覆うほど光が強くなっている。今で1mくらいか。
「それにしても、随分派手なスキルだな。これじゃ、戦場で使っただけで格好の的になるんじゃないか」
もうアラクネの前脚の射程に入った。アラクネは、まだ怯えて震えている。本当に諦めたのか?
「さて、そろそろお別れだ。最後に聞きたいんだけど……お前たちを統率しているのは、なんて魔物だ?」
「そ、それは……」
アラクネの懐に入った。距離は、もう30cmもない。上半身の人型は、自分の肩を抱えて、震えに抗っているように見える。こうして見てしまうと、可哀想という感情が芽生えてしまう。このスキル、近づけば近づくほど攻撃力があがるって言うけど、それって殺す相手の顔を間近で見ないといけないって事なんだな。生存競争とは言え、人型の……それも美女の姿をしているものが視界に入るのはやり難い。覚悟を決めて、グッと腹に力を入れる。
「それは?」
「……」
「……おい?」
「誰が言うか、バァーカが!」
一対の前脚を大きく振りかぶって、俺の背中目掛けて振り下ろしてくる。やっぱり演技だったか、美女の顔が醜く歪む。振り下ろされる前脚を咄嗟に庇って左手をかざす。それだけで、アラクネの前脚が弾け飛んだ。
「なっ!?」
「……やっぱりか。なんか、途中からおかしいと思ったんだよ。それにしても……どうなってるだ、この力。今のは何も力を入れてないぞ?こりゃ、この距離で本気でお前をぶん殴ると、跡形もなく消えちゃいそうだな」
「ふ、ふざけるなぁ!貴様ら人間に、このワタクシが負けるわけない!!!」
美女に見下ろされ、俺の眼の前に巨大な口が浮かび上がる。何だろう、目の前にグロテスクなものがあるのに、今の俺は怖いと感じない。このスキル、実は結構やばいんじゃないか?
アラクネが、必死に俺を食べようと口を動かす。俺は恐れず前へ踏み出す。また距離が縮まった。
「じゃあな!」
右拳がアラクネに触れた感触がした。たったそれだけでアラクネの胴体は弾け飛んだ。
パアァァァン!
「あまり人間を舐めんなよ」
アラクネ戦決着。
だけど、まだまだリーザスは危ない状況。もう少し、この章は続きます。




